『Overwatch』から女性キャラのお尻を強調する勝利ポーズが削除された理由、Blizzardブランドの本来あるべき姿とは
先日、Blizzard Entertainment(以下、Blizzard)は、現在クローズドベータテストを実施中の新作マルチプレイヤーFPS『Overwatch』(オーバーウォッチ)から、女性キャラクターのお尻を強調した一部勝利ポーズの演出を差し替えることを明らかにした。決定に先立ち、セクシーさを前面に出した描写にはキャラクターの特徴と何の関連性もなく、Blizzardブランドの本来あるべき作風から逸脱していると、一部のユーザーから否定的なフィードバックが寄せられていた。一方で、過剰な配慮から他の演出も削除されることを危惧するファンからは批判が殺到。賛否を巻き起こしている。「Gamergate」運動を発端とする反進歩主義に対する同社のスタンスから、ディレクターが変更を決断するにいたった背景を紐解いていく。
セックスアピールに適したキャラではない
『Overwatch』は、6人ずつのチームに分かれて計12人でオンライン対戦が楽しめる一人称視点のアクション・シューティング。BlizzardがWindows/PlayStation 4/Xbox One向けに開発している十数年ぶりの完全新規タイトルとなる。未来の地球を舞台に、多種多様な武器や装備、特殊能力を操るヒーローが登場するのが特徴で、キャラクターによって得意分野や役割分担が大きく異なる。現在、当選者を対象に、Windows版のクローズドベータテストを実施中。なお、同社は「BlizzCon 2014」のプレスカンファレンスにて、女性キャラクターの過度な性的描写は過去タイトルよりも控えめにしていくことを明言していた。キャラクターを性的特徴だけで区別するのではなく、個性による多様性を重視する方針を取っている。老若男女を問わず、千差万別のユーザーを対象にしたゲームを目指すためだ。
今回、ベータテストのフィードバックで議論の的になったのは、本作のパッケージカバーを飾る女性キャラクター「トレーサー」の勝利ポーズの一部。一見、肩越しに後ろを振り返っているだけの描写だが、コスチュームが食い込んだお尻を強調することの必要性に疑問を投げかける意見が投稿された。『Overwatch』の看板娘ともいえる「トレーサー」は、2丁のパルス・ピストルを両手に、瞬間移動や時間をさかのぼる能力を駆使してスピーディーに戦う天真爛漫な女の子だ。フィードバックを投稿したユーザーは、個性豊かで多様性に満ちた女性キャラクターの演出全般を含め、「トレーサー」のデザインそのものや、その他のポーズ・アニメーションに関しては大いに評価している。その一方で、セクシーさを出した表現は「トレーサー」の本質に相応しくないばかりか、彼女の個性をありふれたセックスシンボルとしての女性像に貶めていると指摘した。
「ウィドウメイカー(セクシーな衣装や振る舞いが特徴の女性スナイパー)のポーズではないのです。(トレーサーは)セクシー担当のキャラクターではありませんよね。このポーズからは、“私たちにはクールで多様なキャラクターがこんなにいるけれど、ゲームへお金をつぎ込んでもらう為の役に立つのなら、いつでもセックスシンボルに貶めても構いません”という姿勢がプレイヤー層に伝わってきます。(中略)私にも若い娘がいて、毎朝私が目を覚ますたびに再度リコールトレイラーを観たがります。彼女にはトレーサーが誰だか分かっているし、成長するにつれて、こうしたキャラクターを見て大きくなっていくんです。私が言いたいのは、今後Overwatchに格好や投資要素を追加し続けていく上で、強い女性キャラクターのデザインに注力するなら、見返りと同時にリスクも倍になるということです。これまでのところ素晴らしい出来栄えだと思います。しかし、このようなトレーサーのポーズを残して発売したら、せっかくの良作に傷をつけてしまうのではないでしょうか」
この書き込みが大きな反響を呼び、スレッドの流れは一気に加速。大多数が、「このスレッドがジョークであること願いたい」「Blizzardのポーズを心配するよりも、若者のポップカルチャーを気にかけたほうがいい」といった批判的な反応をみせる一方で、「キャラクターの特徴を逸脱しているという点は一理ある」と賛同する声も寄せられた。中には、「Blizzardさん、お願いですからこういう人たちの言うことに耳を傾けないでください。彼女は自分の娘に喫煙者を見せたくないからという理由で、次はマクリー(リボルバー使いのカウボーイ風早撃ちガンマン)の葉巻を削除してほしいと言うに決まっています」と難色を示すユーザーに対して、「Fipps(スレッド主)が女性だなんてどうしてわかるんだ? 男性にだって同じ見方をする人はいる。スレ主は正しい。このポーズは(トレーサーという)キャラクター的にはセクシャル過ぎるように思える」という意見も。確かに、性的表現を批判する人間が必ず女性だと決めつけるのは、一種の性差別といえるだろう。
演出の変更で大衆迎合に屈したわけではない
Blizzardブランドの本来あるべき作風から逸脱しているとのフィードバックを受けて、『Overwatch』のゲームディレクターを務めるJeff Kaplan氏は、ポーズの差し替えを決定。「私たちはコミュニティの全ての人に力強いヒロイズムを味わってほしいと思っています。誰かを不快にしたり、卑下させたり、間違ったイメージを植え付けたりだけは、絶対にしたくありません。陳謝するとともに、これからも鋭意努力していく所存です」と、加熱したスレッドに自らコメントを投稿した。さらに翌日、改めて補足声明を発表。それによると、今回の変更は決して苦渋の決断などではなく、チーム全体にとっても容易いものだったという。そもそも「トレーサー」のポーズにはすでに代案が存在しており、指摘を受けたオリジナル版にはそれほど満足していなかったとのこと。コミュニティ内でポーズが本当に適切かどうかを疑問視する声を上げてくれたことは、ファンのフィードバックを開発方針に反映させる上で大いに役立ったと説明している。苦情がきたからやむなく修正するというわけではなく、ユーザーの意見を参考によりよい作品を作るためであると断言した。
「Overwatchにおけるクリエイティブなビジョンを犠牲にはしませんし、誰かが気に入らないという理由だけで何かを削除することはありません。私たちが目指すところは、世界観や、そこに組み込んだ多様なヒーロー観を水で薄めて均一化することではないのです。このゲームにどれだけのまごころと魂を注ぎ込んできたかを考えれば、そんな真似は決してできません。我々の決定に賛同できない人もいることは重々承知しています。それも仕方のないことでしょう。こうしたパブリックテストはそのためにあります。非難に迎合したわけでも、屈服したわけでもありません。本件は我々の方針に基づいた選択です。次回ゲームをプレイする時には、これまで同様にお楽しみいただけると思います」
迎合主義に基づいた決断ではないとの説明に一定の理解が得られた一方で、公式の開発方針に異議を唱える者は後を絶たない。フォーラムサイトRedditには、渦中のフィードバックやゲームディレクターの判断を嘲笑すると共に、「トレーサー」のオリジナルポーズを差し戻すよう嘆願するスレッドが出現。「死ぬまで顔を撃ち続けるゲームから全てのケツを削除したらどうか」といった皮肉交じりの反対意見が多く寄せられている。挙句の果てには、一連の騒動を「#Gamergate」(ゲーム文化における性差別撤廃や進歩主義に対するネガティブキャンペーンであることを示すハッシュタグ)に掛けて、「#Tracergate」の名を冠したジョーク動画が作成される始末。しかし、中には「女性には配慮するのに子供のことは考えないのか」と、FPSというジャンルそのものを否定する的はずれなコメントもあり、Blizzardブランドの開発方針という論点から逸れた本末転倒な意見が目立つことも否めない。セクシャルな表現だけでなく個性による多様性を尊重したいという真意が婉曲解釈されているようにも受け取れる。
反進歩主義やミソジニーへのアンチテーゼ
「トレーサー」のお尻騒動をきっかけに、Blizzardがフェミニズムに迎合しているかのようなイメージが一部で独り歩きしているが、Kaplan氏が声明の中で補足しているように、女性キャラクターの扱いに関する同社のポリシーは微塵もブレていない。Blizzardの3大看板シリーズ『Warcraft』『Diablo』『StarCraft』の生みの親であるChris Metzen氏は、「BlizzCon 2014」における『Overwatch』のプレスカンファレンスで、女性従業員や自分の子供との会話を振り返り、その胸中を明かしていた。愛娘が『World of Warcraft』の「Dragon Aspects」(本編に登場する5人の女戦士の長)を初めて目にした時、「どうしてみんな水着姿なの」と聞かれて返す言葉を失ってしまったという。ゲームという文化が老若男女を問わず万人の娯楽となった時代だからこそ、過度な性的表現で女性キャラクターを単なるセックスシンボルに貶めてしまうのではなく、男女が同等に表現される作品を目指していきたいと、『Overwatch』の開発を進める上での方針を明確にした。
特筆すべきは、「BlizzCon 2014」が開催された同年11月といえば、「Gamergate」という思想運動がネットの海に蔓延し始め、一部では脅迫事件や殺害予告に発展していた背景だ。「Gamergate」とは、前述したハッシュタグを旗印に、主にゲーム文化における反フェミニズムやメディア批判を目的としたインターネット上のキャンペーン全般を指す。明確な定義はないが、フェミニストのような進歩主義者への嫌がらせや誹謗中傷の大義名分として、SNSやフォーラムサイトを中心に使われることが多い。そのほとんどは匿名で、思想の中心となる人物や組織が存在しない。ネット社会に形成された完全なスタンドアロン型の複合現象といえる。主にターゲットにされるのはゲーム業界で活躍する女性デベロッパーやフェミニストで、過激な事例になるとプライバシーの侵害や殺害・レイプ予告にまでいたっている。
2014年8月、ゲーム開発者のZoë Quinn氏の元交際相手が自身のブログで彼女との関係を暴露。自身のタイトルを絶賛する記事を書いてもらうために男性ジャーナリストと肉体関係を持ったという事実無根の疑惑が広まり、Quinn氏は元恋人のブログ内容を支持するミソジニストたちの標的になった。同じく女性デベロッパーのBrianna Wu氏は、同年10月に「Gamergate」を嘲笑するツイートを投稿して、不特定多数の餌食になった。画像掲示板8chanで住所を含めた個人情報が晒された上で、強姦殺人を予告する具体的な脅迫を受けている。なお、両事例とも長期にわたる嫌がらせに悩まされた挙句、転居を余儀なくされた。また、ポップカルチャーにおける女性像を分析する動画配信チャンネル「Feminist Frequency」で知られるメディア評論家、Anita Sarkeesian氏も例に漏れない。自身がゲームキャラクターにレイプされているイメージが送りつけられたり、ゲームイベントの授賞式に際して爆破予告を受けたりと、終わりのない脅迫の末にFBIが捜査へ乗り出す事態にまで発展したこともある。
こうした背景から、Blizzardの共同創設者でCEOのMichael Morhaime氏は、「BlizzCon 2014」に登壇した際、「Gamergate」という明言は避けつつも一連の騒動に言及する形で、同社のスタンスを明確にしている。スピーチの中で、一部の心ない人たちが市民生活を脅かし、ゲーマーとしての名誉を傷つけていると、不特定多数による匿名の嫌がらせを一刀両断。スクリーンの向こう側にいるのは同じ人間であることを強調した上で、ゲーム文化におけるヘイトや嫌がらせの蔓延に終止符が打たれることに願いを込めた。見えない脅威に立ち向かう毅然とした同社の姿勢に、観客からは拍手喝采の嵐が巻き起こった。つまるところ、Blizzardは決して昨日の今日からフェミニズムに迎合し始めたのではなく、とうの昔から進歩主義を含めた価値観の多様性を受け入れているのである。『Heroes of the Storm』に女性キャラクターの水着スキンが出ないのも、『Overwatch』から「マーシー」(天使のごとく空飛ぶ女性メディック)を自慰行為の“おかず”にするイースターエッグが削除されるのも、全てミソジニーへのアンチテーゼといえるのではないだろうか。
ちなみに、ハイレグ姿のセクシースナイパー「ウィドウメイカー」も、食い込んだお尻を自慢気に見せびらかすように身体を反らしているが、こちらは変更どころか問題視すらされない。それは、Kaplan氏もフォーラムの中でヒーロー観の均一化に言及しているように、Blizzardはセックスシンボルそのものを否定しているわけではないからだ。あくまでも、女性キャラクターの描写における多様性を尊重するために、それぞれの個性に適した表現を心がけているに過ぎない。もちろん、ピチピチのお尻も「トレーサー」のチャームポイントになり得るだろうが、彼女の最大のトレードマークは天真爛漫な性格と時間の壁を突き破るスピードといえる。事実、修正後の勝利ポーズでも、コスチュームが食い込んだお尻を見せるように振り返るという構図は変わらない。演出の仕方が変更されただけである。変更事例のピンポイントだけでなく、Blizzardが目指す本来の運営姿勢そのものが、より脚光を浴びることを期待したい。