元スクエニ幹部、“スクエニの売上目標は無謀だった”との意見にやたら丁寧に反論。「ゲーム業界『フォートナイト』化」説を唱えて古巣をフォロー

かつてスクウェア・エニックスにて事業開発ディレクターを担当していたJacob Navok氏が、同社の決算発表についてさまざまな考えを述べている。同社の決算発表に寄せられた意見に反論する狙いがあるようだ。

かつてスクウェア・エニックスにて事業開発ディレクターを担当していたJacob Navok氏が、同社の決算発表についてさまざまな考えを述べている。同社が「売上・利益目標を過度に高くしていたのではないか」といった意見に反論する狙いがあるようだ。

Jacob Navok氏は、2010年から2015年にわたり、スクウェア・エニックスにて当時の和田洋一社長直属の部下として事業開発ディレクターを担当。その後2014年に設立され、2016年に解散となったグループ企業シンラ・テクノロジーではシニアバイスプレジデントを務めていた人物だ。現在は次世代型ライブ配信イベント『SILENT HILL: Ascension』などを手がけるGenvid TechnologiesをCEOとして率いている。

『ファイナルファンタジーXVI』

そんなJacob氏は今回、スクウェア・エニックスの決算発表に関して言及している。同社は5月13日、2024年3月期の連結決算を発表。このなかでは、デジタルエンタテインメント事業などは増収となり売上高は前年同期比3.8%増となる3563億円を記録。一方で開発費の償却などの影響により減益となり、営業利益が前年同期比26.6%減となる325億円となったことなどが明かされていた。なお前中期経営計画において2024年3月期は売上高は4000~5000億円、営業利益は600~750億円が目標とされていたものの、いずれも未達となった。

さらに海外メディアBloombergが同社社長桐生隆司氏がアナリスト向けに発表した内容として報じるところによると、2024年3月期では『ファイナルファンタジーXVI』(以下、FF16)、『ファイナルファンタジーVII リバース』、『フォームスターズ』の売上・利益が予想を下回っていたとのこと。ただしいずれの作品も必ずしも低調というわけではなく、また『FF16』については18か月間の販売計画では目標どおりの売上を達成できる見込みだという。とはいえ、前述した前中期経営計画も含め「売上・利益目標が高すぎたのではないか」といった意見も寄せられている。


元スクウェア・エニックスJacob氏の反論

Jacob氏はそうした意見に対して声明を投稿。同氏がスクウェア・エニックスに在籍していた当時の方針をもとにしているものの、機密情報などを除く一般公開されている情報からの推論と強調しつつ、“非常に長い”推察を投じている。スレッドとして連なったXポストは約25個におよぶ。


このなかでたとえばJacob氏は“スクウェア・エニックスが投資家向けにわざと高めの売上目標を設定している”といった誤解が15年近く存在すると言及。少なくとも同氏が在籍していた当時はそのような方針はなく、現在もわざと売上目標を高くしているとは考えにくいと述べた。

というのもJacob氏によれば、2015年から2022年にかけては顧客総数(Total audience)が増加を見せることが合理的に想定されていたそうで、今もそうした状況は同じだという。スクウェア・エニックスもそうした業界の成長傾向から増益を見込んでいたと同氏は考えているようだ。

一方、2017年には『フォートナイト』が早期アクセス配信開始。同氏によると同作を含む、基本プレイ無料ライブサービス型ゲームの台頭がゲーマーの需要に劇的な変化を与えたという。


『フォートナイト』の台頭

Jacob氏によれば『フォートナイト』の登場以前の買い切りゲーム販売は、映画業界のようにリリース日を決めてそれを守り、その前後の週に発売されるタイトルを競合相手として想定するだけでよかったそうだ。同時期の発売タイトルからゲーマーの使える時間やお金を仮定し、リリース後の2週間でいかに多く定価で販売するかといった戦略がとられていたという。ゲーマー側も遊んでいた最新作を終えると、次のゲームに移行するサイクルをとっていたとのこと。

しかし現状では『フォートナイト』や『Call of Duty: Warzone』などの台頭により、新作買い切りゲームの販売にあたっては、常にコンテンツが拡張されていく基本プレイ無料のライブサービス型ゲームへの対抗が必要になっているとJacob氏は説明。またそうしたライブサービス型ゲームが盤石な地位を築き上げているため、巨大な資本をもった企業でもなければ新規参入さえ難しいと考えているそうだ。

『フォートナイト』

このため同氏によると、新作ゲームでは想定顧客にライブサービス型ゲームを中断させ、フルプライスで購入させるために要求される「切替コスト(switching cost)」が大幅に高まっているとのこと。つまり優れた品質や期待値をもち、かつ発売後のレビューで好評を得られなければ買ってもらえないという考えのようだ。

そしてJacob氏は、予算が計画された当時にはスクウェア・エニックスが“業界の『フォートナイト』化”を完全には予測できていなかったのだろうとの見解を伝えている。つまり前中期経営計画などにおける売上・利益目標は『フォートナイト』といった基本プレイ無料ライブサービス型ゲームの隆盛以前の戦略で計画されたため、同作登場後の業界の変化を受けて大きく下回る結果になったという見解なのだろう。

またJacob氏によると、そうした業界の変化の影響を受けたのはスクウェア・エニックスだけではないとのこと。実際、セガサミーホールディングスバンダイナムコホールディングスといった国内メーカーも2024年3月期にて、ほかの事業では好調なもののゲーム事業では大幅な減益となったことを伝えている。基本プレイ無料ライブサービス型ゲームの台頭により、業界全体が方針転換を迫られていることもうかがえる。

『Call of Duty: Warzone』

なお先日にはDevolver Digitalの共同設立者兼チーフマーケティングオフィサーを務めるNigel Lowrie氏が、ライブサービスゲームの台頭によりユーザーが買い切り型ゲームに使える時間が減少しており、特に新作大規模開発ゲームは厳しい状況があるとの見解を伝えていた(GamesIndustry.biz)。市場調査会社Newzooなども、新作よりもライブサービス型ゲームをはじめとする数年前にリリースされたゲームが遊ばれている傾向を伝えている(関連記事)。ライブサービス型ゲームが新作ゲームに与えるプレッシャーは各所で見受けられる状況だろう。


古巣ゆえか

ちなみにJacob氏はその後もユーザーから寄せられた反応への返答として、スクウェア・エニックスの『ファイナルファンタジー』およびそのほかのIPにおける戦略などについての見解をかなり丁寧に述べている。またそのなかでは同社が失敗もありつつ『オクトパストラベラー』といったヒット作を生みだしている点に言及。称賛されるべき挑戦もあるのに失敗から批判を受けている状況があるとして、複雑な心境も吐露されている。古巣であるスクウェア・エニックスの減益に向けてさまざまな意見が寄せられている状況に思うところがあったのだろう。同社の事業開発を率いていた人物の目線で、じっくりと反論がおこなわれている点は興味深い。


なおスクウェア・エニックスは2025年3月期から2027年3月期にかけての新中期経営計画を発表している。「Square Enix Reboots and Awakens〜さらなる成長に向けた再起動の3年間〜」と題されて4つの戦略が掲げられており、マルチプラットフォーム展開を強力に推進していくといった施策もおこなわれるという(関連記事)。Jacob氏いわく“『フォートナイト』化”を見せているゲーム業界で、スクウェア・エニックスを含む各社が今後どのように作品を打ち出していくのかは注目される。

Hideaki Fujiwara
Hideaki Fujiwara

なんでも遊ぶ雑食ゲーマー。『Titanfall 2』が好きだったこともあり、『Apex Legends』はリリース当初から遊び続けています。

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