「ゲームがうつ病のリハビリになる可能性がある」との研究結果。『スーパーマリオ オデッセイ』を週3回遊ぶ臨床試験にて

ドイツのボン大学(University of Bonn)の精神科・心理療法科の研究チームは、大うつ病性障害(MDD)治療における「ゲームによるリハビリ」がもたらす効果を臨床試験を通して調査。「抑うつ症状の改善・認知機能の向上」をもたらす可能性が示されたという。

ドイツのボン大学(University of Bonn)の精神科・心理療法科の研究チームは、大うつ病性障害(MDD)治療における「ゲームによるリハビリ」がもたらす効果を臨床試験を通して調査。臨床試験は被験者の少なさなどの課題もあったものの、先行研究と同様にゲームによるリハビリが「抑うつ症状の改善・認知機能の向上」をもたらす可能性が示されたという。研究チームの論文は、査読付き科学論文のオープンアクセスジャーナルFrontiersに掲載されている。

今回ボン大学の研究チームがおこなったのは、大うつ病性障害患者を対象とした臨床試験だ。なお大うつ病性障害とは、うつ病の分類のひとつ。うつ病とは抑うつ症状や興味の減退、認知機能の障害といった「うつ病エピソード」の症状が表れる気分障害の総称だ。程度の重い大うつ病エピソードが見られる場合、大うつ病性障害に分類される(資料PDF)。


3つのグループに分けた臨床試験

今回の臨床試験は46名の患者を14名の実験群、および16名ずつのふたつの対照群に分けておこなわれた。実験群ではゲームを用いたリハビリを実施。一方、対照群のひとつはアクティブ対照群とされ、コンピューターソフト「CogPack」による認知機能のリハビリがおこなわれた。もうひとつの対照群は通常対照群とされ、心理療法や薬物療法などの標準的な臨床治療がおこなわれたそうだ。

そして実験群がプレイしたゲームには『スーパーマリオ オデッセイ』が採用されたという。3Dステージ内を移動することになる作品であり、脳の海馬における記憶力、特に視空間記憶能力に影響を与えることが期待されたそうだ。視空間記憶能力とは、目で見た物やその位置を記憶しておく能力だ。3Dステージ内を移動するゲームを遊ぶことで、ゲーム内とはいえ物とその位置を記憶する練習とする狙いがあったのだろう。

ちなみに普段ゲームをよく遊ぶ人や『スーパーマリオ オデッセイ』をプレイしたことがある人は実験群の患者から除外されたとのこと。ゲームをあまり遊ばず、初めて本作に触れる人がゲームを用いた実験群の対象となったかたちだ。

『スーパーマリオ オデッセイ』

実験群とアクティブ対照群には6週間にわたって週3回、1回45分間のリハビリセッションがおこなわれたそうだ。また患者に向けては複数の調査および検査が実施された。患者の抑うつ症状を調べるBDI-II(ベックうつ病調査票)、リハビリへの意欲を0~6までの7段階評価で訊く質問、および視空間記憶能力を調べる2種類の検査がおこなわれたとのこと。


抑うつ症状改善の傾向

結果として、臨床試験前と後を比べると、ゲームでリハビリした実験群では抑うつ症状を示す患者の割合に統計的に有意な減少が見られたという。ゲームを用いたリハビリでは、抑うつ症状への改善効果がある可能性が示されたかたちだ。またCogPackを用いたアクティブ対照群と比べて、実験群はリハビリへの意欲も高かったそうだ。リハビリ用プログラムよりもゲームの方が続けやすいといった傾向があるのかもしれない。

さらに視空間記憶能力の2種類の検査では、「BVMT-R」と呼ばれる検査において実験群およびアクティブ対照群で視空間記憶能力の向上がみられたとされる。一方、もう片方の「WMS-Block Tapping」と呼ばれる検査で向上したのはアクティブ対照群のみだったという。今回の実験群は14名と少数だったこともあり、実験群の患者は臨床試験前に「WMS-Block Tapping」で高得点を獲得し、臨床試験後の結果が伸び悩んだといった可能性が推察されている。


課題と先行研究

なお今回の論文では、そもそも臨床試験の被験者が合計46名と少なかった点は強調されている。大うつ病性障害患者のみを対象に、対照群を用意してリハビリをおこなう必要があるといった点から多数の被験者を用意することは難しかったようだ。また患者と研究者が実験群と対照群を把握したうえでおこなわれた非盲検試験であった点から、双方にバイアスが生じた懸念がある点なども課題として説明されている。そうした点から今回の試験結果は慎重に判断されるべきデータであり、今後より大規模な臨床試験や追跡調査をおこなう必要があるそうだ。

とはいえ今回の論文では、ゲームによるリハビリが抑うつ症状や認知機能の低下を改善させる可能性について、複数の先行研究でも示されてきたことも伝えられている。たとえば2018年に発表されたハンブルク・エッペンドルフ大学医療センターでおこなわれた臨床試験結果では、ネガティブなことを堂々巡りに考える「反すう思考」がゲームを遊ぶことで軽減される可能性が示されたという。

今回の臨床試験の結果でも、そうした先行研究の結果と同様に、ゲームによる大うつ病性障害のリハビリ効果が示唆された格好だ。論文によれば、ゲームによるリハビリは、大うつ病性障害の通常治療と共に補助的な治療法となる可能性もあるという。また補助的な治療法としての費用対効果の高さや実用性の高さなどが利点として挙げられている。そうした可能性が示されてきた一方で、現状では今回の試験におけるCogpackのような従来の認知機能のリハビリ方法との比較研究例がわずかしかないそうだ。論文はこの分野さらなる研究の必要性が唱えられて締めくくられている。


ゲームとメンタルの改善というトピックに関連して、過去には『ゼルダの伝説 ブレス オブ ザ ワイルド』によりうつ病が改善したというゲームライターの体験談(関連記事)や、『マインクラフト』による復職支援プログラムといった事例も見られる(GameBusiness.jp)。昨今では学術研究としてもゲームによるメンタル改善効果の立証が進められている点は注目されるところだろう。

Hideaki Fujiwara
Hideaki Fujiwara

なんでも遊ぶ雑食ゲーマー。『Titanfall 2』が好きだったこともあり、『Apex Legends』はリリース当初から遊び続けています。

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