『原神』英語版声優が「報酬が4か月以上支払われてない」と報告し、波紋を広げる。支払い遅れが珍しくない“非組合プロジェクト”の落とし穴

 

原神』英語版の声優が、同作の報酬支払いについて「4か月以上待たされている」と投稿し、物議を醸している。米国では報酬の数か月単位での遅れは珍しくないといい、その背景にはプロジェクトが「組合に登録されているかどうか」によって声優の待遇が左右される状況があるようだ。


米国にて活動する声優のBrandon Winckler氏は7月12日、「“最大級”の開発規模のゲームの収録後、報酬の支払を3か月以上待つのはうんざりだ」と投稿。そしてその翌日7月13日、報酬の支払が滞っているゲームは『原神』だと明言した。同氏は『原神』にて、万葉の親友や璃月埠頭の管理人・安などの声を担当するほか、同じくHoYoverseが展開している『崩壊:スターレイル』にも出演。数多くのアニメ・ゲームキャラに声を吹き込んできた人物だ(IMDb)。

Winckler氏は『原神』出演時の報酬について「4か月以上待たされている」と説明。しかもこれは珍しいことではなく、これまでにも報酬の支払に4か月~8か月待ったことがあるという。そのため報酬支払の遅れも加味して、何か月も前から家計を調整する必要があるとのこと。経済的余裕も無いなか、そのように報酬が遅れる仕事を受ける意義も見いだせなくなってくると述べている。


なおWinckler氏の7月12日の発言には「パイモン」の英語版声優Corina Boettger氏も反応。『原神』とは明言していないものの、同氏も“大きなプロジェクト”における報酬支払を待っており、昨年12月にまで遡るセッション数回分の報酬が未だ支払われていないという。そうした状況のため家賃を支払うのにも苦労しているそうだ。同氏は後のツイートでも“あるスタジオの大きなプロジェクト”について言及。同プロジェクトにおいては何か月も無給で収録しているといい、その未払いの報酬は“数千ドル”にのぼるという。Boettger氏は同プロジェクトは何十億ドルも稼ぐような売上があるとし、にもかかわらず報酬が支払われないとの状況を伝えている。


なお『原神』英語版の収録は、Formosa Group内のFormosa Interactiveが担当している。Winckler氏は報酬の支払について同スタジオにメールや電話で何度も問い合わせているが、ほとんど反応はないそうだ。


そして、Winckler氏およびBoettger氏が強く唱えていたのが「(問題の作品は)組合プロジェクトであるべき」といった言葉だ。米国における声優の主な労働組合としてはSAG-AFTRA(The Screen Actors Guild – American Federation of Television and Radio Artists)が存在。俳優や歌手、ファッションモデルからインフルエンサーまで幅広い組合員を擁する組合だ。そして米国では俳優や声優が参加するプロジェクトにおいて、企画者はプロジェクトを組合プロジェクト(Union Project)として登録するかどうかを選択できる制度があるという。

SAG-AFTRAの組合プロジェクトとして登録されていれば、出演者は最低賃金含め雇用者と交渉することなく一定の待遇が保証されるそうだ。また雇用者による報酬の支払期限も定められており、収録後12営業日以内とのこと。これに遅延すると、損害金も課されるという。つまり組合登録のプロジェクトでは労働者であるところの俳優たちを守るために、雇用者に報酬の支払を遅れさせないようにする決まりが存在するわけだ。Winckler氏は、『原神』が組合プロジェクトにならないかぎり、もうこのゲームに携わることはないと伝えている。


『ニーア オートマタ』英語版の9Sなどを演じる声優Kyle McCarley氏も、Winckler氏を支持している。同氏はFormosa Interactiveが組合プロジェクトと非組合プロジェクト両方を手がけている点に言及。『原神』は、組合プロジェクトとして登録される必要があると述べている。作品の売上規模などを考慮して、出演者の待遇を上げるべきとの指摘だろう。また同氏は、ほかの出演者も全員Winckler氏に続いて声を上げるべきだと伝えている。


なお『原神』の英語版収録が組合プロジェクトとして登録されなかった理由や、給与の支払が滞っている原因は不明である。ちなみに同じくHoYoverseが展開している『崩壊:スターレイル』については、米国では吹替をLionbridge Games内のRocket Soundが手がけていると見られる。Winckler氏はユーザーに返答するかたちで「Rocket Soundは大好きだよ!」と伝えており、少なくとも同氏の経験上ではトラブルなく仕事のできるスタジオだったのだろう。

なお声優・俳優として活動するScott Lambright氏もWinckler氏のツイートに反応。SAG-AFTRAの組合プロジェクトには先述のとおり約2週間の支払期限が定められているものの、支払を担当する会社(payroll company)を挟むことで遅れる可能性もあると述べている。遅延による損害金が加算されると見られるものの、組合プロジェクトでも報酬支払の遅延が発生する場合はあるわけだ。今回の一件も、スタジオ間での報酬支払プロセスの違いに起因している可能性もありそうだ。


またそもそも非組合プロジェクトという形態での仕事が存在することも、原因のひとつといえる。SAG-AFTRAに加入するためには一定額の年収があることが条件であり、会費も必要。かけだしの声優は非組合プロジェクトで実績を積むしかない。一方で組合員でさえ、仕事がなければ組合に申告の上で非組合プロジェクトの仕事をする場合もあるそうだ。最低賃金の保証などが必要ないことからか、非組合プロジェクトには数多くの募集があるという(Forbes JAPAN)。

メジャーな作品は組合プロジェクトとして登録される場合は多いようだが、『原神』は売上規模のわりには非組合プロジェクトとして登録されているようだ。なお、Winckler氏は一連のツイートのなかでこうした報酬の遅れを「珍しい問題ではない」と伝えており、ほかにも同様のケースがあることを示唆している。特定メーカーの問題というより、適切な報酬支払がおこなわれるよう環境整備が必要な問題と考えられる。

いずれにせよ今回のWinckler氏による指摘は大きな波紋を広げており、海外メディアTheGamerなどはFormosa Interactiveに本件について問い合わせているという。今後の動向も注目されるところだろう。

【UPDATE 2023/7/15 10:42】
海外メディアEurogamerSports Illustratedによると、HoYoverseは同誌に対して声明を発表。HoYoverse側は、収録スタジオ(Formosa Interactiveと見られる)への支払いを期日どおりにおこなっており、本件を受けてスタジオに声優への報酬を支払うように促したという。また同社はこうした事態に対して遺憾に思うと伝えており、声優らが正当な権利を主張することを支持すると表明。HoYoverse側も別の解決策を模索しているとのことだ。