『スプラトゥーン3』内で“中国政府への抗議文”が続々投稿される。このメッセージは何で、どんな背景があるのか?
『スプラトゥーン3』内で、中国語による抗議メッセージが数多く目撃されている。日本リージョンや北米リージョンなど、さまざまな場所でこの抗議メッセージが確認されているようだ。一体このメッセージは何なのか。その背景を紐解いていく。
中国内の“ゼロコロナ政策”に反発することを目的とする活動「白紙革命」が、中国国内にとどまらず世界中で発生している(日本経済新聞)。この抗議活動は、11月24日に中国新疆ウイグル自治区・ウルムチ市にて発生した火災の被害者を追悼するために発生したことが発端。抗議に参加したメンバーの主張は「ゼロコロナ政策の撤回」から、やがて「民主主義と言論の自由」「共産党の下野」「習近平の退陣」の要求にまで発展した。そして、こうした中国政府への抗議活動が、現在『スプラトゥーン3』を始め、さまざまな人気ゲームのなかでも発生しているわけだ。
ゲーム内機能を使ったメッセージの例としては、「PCR検査ではなくご飯をよこせ」「習近平反対」「共産党退陣」「次に死ぬのは自分かもしれない」「自由がなければ死んだほうがまし」といった内容が挙げられる。『Call of Duty: Modern Warfare II』では、ID名を「PCR検査をやめろ、自由をくれ」にして活動するプレイヤーも確認されている。さらには「ジェノサイド」というIDをつけるユーザーも。ジェノサイドについては、おそらく中国共産党のウイグル人に対するキャンプへの監禁、拷問と虐殺のことを指しているのだろう(NHK)。人気ゲームにてこうしたメッセージを発信することで、より多くの人々の目に留まることを期待しているのだろう。
【UPDATE 2022/12/5 22:25】
『スプラトゥーン3』でのイラスト投稿における禁止項目を追記、および加筆
このように人気ゲーム内にまで広まっていった、今回の抗議運動。ここまで規模が大きく、しかも共産党による統制の厳しい中国国内でも多くの人が街に出て抗議される状況は、中国人でも想像できなかった光景だ。実際のところ、中国本土の主要都市はもちろん、多くの大学キャンパス内や、海外の多くの主要都市でもデモと集会が発生している。このような「全面的な」反対運動は、33年前の天安門広場でのデモ以来だろう。筆者も2週間前までは、中国人のここまで反抗的な姿を見ることは想像すらできなかった。中国国内で抗議運動をすることは危険極まりない。些細なことでも警察に逮捕され、虐待される可能性があるからだ。そもそも大半の中国人は愛国心が強い。それゆえに中国政府の方針に従う人が多かったが、今風向きが変わりつつある。
「次に死ぬのは私かもしれない」という危機感
では今回の白紙革命はどのようにここまで大規模な抗議活動に発展したのだろう。ゲーム内の投稿内容を確認しながら説明しよう。
本稿の冒頭にも説明したように、今回の世界規模の反中国共産党抗議活動のきっかけは、中国の新疆ウイグル自治区に発生した火災である。今回の「火災」で起きた人的被害は、天災ではなく「人災」だという見解が強い。市民側が主張するところによると、火災が発生した時には十分に逃げる時間があったにもかかわらず、ゼロコロナ政策で出入り口が封鎖されていたという。また、消防車が駆けつけたものの、ゼロコロナ政策で入り口が封鎖され団地に入れなかったとのこと。なおこの一件による死亡者数は10人であると中国当局は発表しているが、実際にはもっと多くの犠牲者が出ていたと、現地の関係者から得た情報として主張する者もいる(産経ニュース)。
中国では、陽性が一人出ると、その地域が封鎖される。封鎖されると家から一歩も出られないし、買い出しもできない。もちろんコロナ以外の病気があったとしても、病院には行かせてくれないのだ(BBC)。
中国では、ゼロコロナ政策が原因で発生した惨劇が複数報告されている。今年1月にはある妊婦が、コロナの陰性証明がなかったことから、病院で治療を受けられずに死産したという事件が報道された(NHJ)。また今年の9月に大型バスの横転事故により27人が死亡した際には、「新型コロナウイルス陽性者を隔離施設に移送するためのバスだったのでは」という疑惑が広まった(産経ニュース)。同様の事件発生は数知れず。ゆえに多くの抗議活動者が「次は私かもしれない」というスローガンを掲げたわけだ。ゼロコロナ政策は、中国全土で広く容赦なく進められてきた政策。次はどこでどんな惨劇が発生してもおかしくはないのだ。
どんなことを書いても削除される中国
中国のゼロコロナ政策による事件は、発生するたびにネットで話題になる。その際には多くの中国市民が死亡者を追悼しようとするが、その投稿はどれも削除。追悼の投稿をしたアカウントがBANされるケースがしばしば発生している。
中国は、昔から検閲が厳しい国だ。その検閲の対象は、政府への直接的な批判だけではなく、政府にとって不都合なあらゆる内容、または単純に話題性がある内容もまた削除の対象になる。新型コロナウイルスが流行り始めて以来、この傾向が顕著になっている。また、中国ではすべてのSNSアカウントが実名制なので、中国の公安局は誰がどこで投稿したのかは簡単に調べられるし、声をあげた人はそのまま“処理”される対象になる。中国では、もはや賛同の意見しか口に出すことが許されないのだ。
先日のウルムチ市で発生した火災が、中国人の怒りを湧き起こした。しかしWeiboなどで投稿された追悼と政府への批判文は、次々に削除された。これまで「ネット検閲員の皆さんまた残業したね」と苦笑いしていた中国のネット市民は、今回は笑えずにいた。
何も書いてない白紙を持ち上げるだけで逮捕される中国
白紙を持って抗議活動を最初に始めたのは、南京伝媒学院の大学生・李康夢氏だった。最初、彼女は白紙を持ってそのまま立っているだけだったが、途中で白紙が没収されたにも関わらず、彼女は手に白紙を持っているかのように立っていた。徐々に傍観者だったほかの大学生も加わり、大学のキャンパス内で大きな抗議活動に発展した。Redditスレッドから、彼女が一人だった時から、徐々にほかの学生が参加していく様子が写真で確認できる。
その後、南京だけではなく、北京、上海、武漢、四川、雲南省、中国全国各地に、火がつくように抗議活動が広がった(NHK)。
もちろん中国にもデモの歴史はあるものの、多くの中国人にとっては、今回のデモこそが人生で初めての抗議活動だっただろう。しかし、多くの市民が街に出て抗議活動をしたことは、多くの中国市民が逮捕されたことを意味する。すでに逮捕され仮釈放を受けた大学生の証言によると、逮捕されたあとは警察から暴力を受け、全身を検査されて、指紋、虹彩、声などの生体情報が記録されたという。
「白紙革命」の行方は
多くの抗議活動者が「共産党退陣しろ」との旨のスローガンを掲げているが、実際今回の大規模デモで中国に何か革命が起きるとは思っていないだろう。ただしそれでも抗議活動をし続けるべきだと思う人々は多い。「良い結果に繋がらなかったとしても、人々の心の中に小さな種を蒔くことが重要」「一つの歴史の始まりになるだけでいい」と思う人が大多数だろう。
結果的には抗議活動に効果があったといえそうだ。というのも、国内外で発展しているデモの影響をうけて、習近平国家主席もついにゼロコロナ政策緩和のアピールを開始したからだ(日本経済新聞)。
これまで「ゼロコロナ政策」としては、各地の全市民に定期的なPCR検査を強制。24時間(もしくは48時間)以内に発行された陰性証明がある場合のみ地下鉄または商業施設、オフィスの利用が許されたのが今までの流れだった。このたびの規制緩和に関する発表を受け、中国で一部の都市はPCR検査スポットが撤去された。習近平が緩和するよと意思表示しただけで、一部だけではあるものの、これまで厳しかったゼロコロナ政策があっさりと撤回された。オフィスなどの利用ではまだ陰性証明が求められているので、多くの市民がやむを得ず遠くにある検査スポットへ行かざるを得ないものの、こうした変化は抗議活動が勝ち取ったものだろう。
一方で、今回のデモに参加したことで、多くの市民は逮捕されてしまった。そうした背景を踏まえて『スプラトゥーン3』内などの抗議活動を見ると、その意味の重さがわかるかもしれない。
※ The English version of this article is available here