ロシア下院議員が「LGBTを宣伝するゲーム」をリストアップ。『Fallout』や『Apex Legends』など有名ゲーム多数を危険視
ロシア下院議員のヤーナ・ラントラトヴァ氏はロシアの有力電子新聞ガゼータ・ルーのインタビューにおいて、LGBTの登場するゲームを名指しでリストアップし、「非伝統的な関係を魅力的なものとして子供たちに提示するものだ」と非難した。
LGBTを宣伝するプロパガンダとしてゲームに言及したのはロシア下院のヤーナ・ラントラトヴァ氏。ロシア下院教育委員会のホームページでは、教育委員会の第一副委員長として紹介されている。
リストで非難の対象として取り上げられているのは、以下のゲーム:
『アサシン クリード』
『ボーダーランズ』
『Divinity: Original Sin 2』
『Dragon Age』
『Life is Strange』
『The Last of Us』
『Fallout』
『Apex Legends』
『RimWorld』
『オーバーウォッチ』
『The Sims 3』
同氏は「и другие」(and others)と述べているので、危険視しているゲームはほかにもあるのだろう。
リストに名前の挙がっているゲームにはたしかにLGBTについての描写が存在する。たとえば『The Last of Us Part 2』では性的マイノリティのキャラクターおよび恋愛模様が描かれている。俳優陣にもトランスジェンダーの役者を招くなどジェンダーに関する取り組みに積極的な作品だった。
『Apex Legends』では今月11月2日より参戦している新たなレジェンド、カタリストがトランスジェンダーとして紹介された(関連記事)。同作に登場するレジェンドたちはほかにも多様なセクシャリティを持っている。一例をあげると、ジブラルタルは、英語版公式ホームページにおいて過去に彼氏がいたことが言及されている。
『Fallout 76』では最新の「Expeditions: The Pitt」アップデートで追加されたオーランドというNPCがいる。深く触れられるわけではないが、外見は中性的で、他のキャラクターからはthey/themの代名詞で呼ばれている。同アップデートでVoice Directorを務めるPhillip Reich氏はTwitchの配信において彼がノンバイナリー(男女どちらとも異なる性自認と性表現をもつ)であると述べている。
ラントラトヴァ氏は『The Sims 3』について厚く言及しているようで、同作のゲームシステムについて「プレイヤーは同性の友人と家族を作ったり子供を作ったりすることもできる。家族関係についてのオルタナティブなシナリオを試す機会を与えている」と述べている。たしかに『The Sims 3』においては同性間でロマンスを繰り広げることが可能。養子を引き取れば家族を形成することもできる。リストに上がっている『RimWorld』においても、性格として「同性愛者」が用意されており、たしかにこれらのシミュレーションゲームにおいては、性的マイノリティが自分の人生を再現できるのみならず、マジョリティがマイノリティとしての人生を体験することもできるだろう。
しかしながら、リストに上がっていないそのほかの多くのゲームでも、LGBTは要素として登場する。なぜこれらのゲームだけがLGBTを“宣伝”するゲームとして言及されたのかは謎である。近年のゲームでは、システムやストーリーの根幹に性的指向や性自認が関係しなくとも、キャラクターのバックグラウンドの一部としてセクシャリティが明かされたり、ロールプレイにおける性的な制約がなかったり、LGBTに対するゲームコミュニティ全体としての連帯を示すためのファッションアイテムが用意されていたりすることも多い。有名なゲームのみをリストアップしているようにも思える。
となると、特定の資料を参考にした可能性はありそうだ。LGBTコミュニティに対する貢献のあったメディアをたたえるGLAADメディア賞の最優秀ビデオゲーム部門にノミネートされたゲームを見ると、本リストとかぶるところは多い。2019年には『Assassin’s Creed Odyssey』が、2020年に『Apex Legends』『ボーダーランズ3』『オーバーウォッチ』が、2021年に『The Last of Us Part II』『アサシン クリード ヴァルハラ』『ボーダーランズ3』DLC「愛と銃と触手をぶっ放せ!」が、2022年に『Life is Strange: True Colors』がノミネートされている。いずれにせよ、あまり一貫性のないピックではある。
今回のリストアップの背景には、ロシアにおける同性愛宣伝禁止法改正案の影響がある。ロシアでは2013年に、LGBTに関する情報を子供たちに提供することを犯罪とする同性愛宣伝禁止法が制定されている。同法については先月10月に、対象を子供に限らないものとするなど大幅に強化する改正案がロシア下院の第一読会で可決された。ロシア下院では法案を審議する段階が三つあり、現時点で改正案は、骨子や合憲性を審議する第一読会において全会一致で可決されている。ガゼータ・ルーの記事によると、より具体的な条項について審議する第二読会の修正案では、ゲームについての規定が盛り込まれる予定だ。
実は、過去にもロシアの議員たちは、同性愛を保護しようとする価値観の普及を防ぐための施策として、ゲームを規制しようとしたことがある。英ガーディアン紙によると、6年前の2016年、『FIFA 17』において、無料でレインボーフラッグ柄のユニフォームを配布したところ、ロシア連邦共産党の議員が通信監督庁に措置を要請したことがあったようだ。具体的にはプログラミングコードやレイティングの変更を提案するよう要請したとのことである。この際も根拠として提示されたのは同性愛宣伝禁止法だった。もっともこの時には特に行政が動くことはなかったようである。
ゲーム以外のエンターテインメント業界においては、すでにロシアでの規制の動きは強まっている。先月10月のロイター通信の報道によると、TikTokはLGBTをテーマにした動画を宣伝したとして、現行法に基づき300万ルーブル(約700万円)の罰金を科されている。またBBCの報道によると、ロシアのメディア規制当局は国内の出版社に、“LGBTプロパガンダ”を含むすべての書籍の販売中止を検討するよう求めているそうだ。同法はフィクションもノンフィクションも区別なく対象としており、出版社は検閲を懸念しているほか、ロシア文学の古典すら対象となるのではないかとおびえているようだ。
今回第一読会を可決した法案は、前述のとおり、実効性を強化したものとなっている。同法案には、成人を対象としたメディアやインターネットでの“LGBTプロパガンダ”に対して、個人には最高40万ルーブル(約90万円)、法人には最高500万ルーブル(約1000万円)の罰金を科すことが盛り込まれている。また外国人の場合はロシアから追放される可能性があるとしている。もっとも、多くのゲーム関連企業は今春の時点で、ロシアによるウクライナに対する軍事侵攻を受け、ロシア国内での製品販売を停止すると表明していた(関連記事)。ロシア側からの規制以前に、ロシア向けのゲーム販売が滞っている状況でもあるのだ。
ロシアでは性的マイノリティに対する非難や攻撃が強い。ミハイル・ゴルバチョフ氏が1985年に共産党書記長に就任して以来その役割を積極的に認められてきたロシア正教会は、今でも同性愛を禁じており、またソビエト連邦時代には同性愛が刑事犯として処罰の対象とされていた。改正案の内容を伝える政府の記事には「子どもたちや普通の生活をしたい人たちを守るために全力を尽くさなければならない。それ以外は罪であり、ソドミーであり、闇であり、我が国はそれと戦っている」という国家院議長の言葉が引用されている。
この言葉が、(日本の)衆議院にあたる国家院の公式ホームページに書かれている文言であることを考えれば、そのイデオロギーの強さがわかるだろう。プーチン大統領もウクライナ4州併合を一方的に宣言した演説の中で「私たちの国、このロシアで、母と父の代わりに“親1、親2、親3”を持ちたいのか」と述べるなど、ロシアの独自性を支える価値観の一つとして“伝統的で自然な性愛”をかなり重視しているようだ。このまま同性愛宣伝禁止法改正案が大統領署名まで達した場合、いわゆる「ハイブリッド戦争」(情報戦・心理戦を意識し、あらゆる手段を使ってイデオロギーの実現を目指す現代型の戦争)の影響を、ゲーム文化も真正面から受けることになりそうである。