任天堂キャラ“マリオ”の発音は「マーリオゥ」か「マリオゥ」かをめぐって議論勃発。言語学者の答えは


任天堂の看板キャラクター、マリオ。日本人であれば口頭で「マリオ」と伝える時に、発音に迷うことはほとんどないだろう。しかし、その「マリオ」の発音について、アメリカ/イギリス英語間では気になる差異があるようなのだ。海外YouTuberが言語学者の助けを借り、その違和感の背景に迫っている。


ゲームキャラクターのなかでも、世界的に高い知名度を誇るマリオ。『スーパーマリオ 64』では、マリオは声高らかに「イッツミー!マーリオー!」と訛った英語で自己紹介。この名乗りは全世界のゲーマーの意識に刻み込まれていることだろう。

マリオ自身によるこの「マリオ」の発音は、イタリア語がベースだと考えられる。マリオは「マンマミーア!(Mamma mia)」といったイタリア語の言葉を発する。また、マリオの名前はイタリア系アメリカ人のマリオ・セガール氏にちなんでいる。それはマリオの“生みの親”である宮本茂氏も認めるところだ。したがって「マリオの正式な発音はイタリア語風の発音である」と考えられるだろう。一方で、日本人のほとんどは特に意識せず、「マリオ」と頭高型のアクセント(標準語の「みどり」「めがね」などと同一)で発音するはずだ。同様に、世界各国の人々も、それぞれの言語における自然な発声で「マリオ(Mario)」と口にしているはずである。

しかし、英語については少々事情が違う。イギリス英語とアメリカ英語の存在のためだ。このふたつの英語はさまざまな点に差異があり、発音も変わってくる。そうした差異に悩まされることとなったのが、YouTuberのThomas氏だ。同氏はYouTubeチャンネルThomas Game Docsにて、任天堂関連のゲーム史紹介動画などで人気を博している。必然的に「マリオ」と口にすることも多いなか、とある視聴者からのツッコミがThomas氏を悩ませた。「マリオの発音が違う」という意見だ。そこで同氏は「“マリオ”の発音が間違ってるのはあなただ」と題した動画を公開。「マリオ(Mario)」の発音について、言語学者の助けを借りて分析している。

まず、イギリス英語とアメリカ英語における「マリオ」発音の差を考えてみたい。Thomas氏の動画によれば、アメリカ人の多くは「MARio [‘mɑː.ɹi.joʊ̯]」すなわち、カタカナであらわすと「マーリオゥ」といった発音になるとのこと。一方で、イギリス人の多くは「Marry-oh [‘ma.ɹi.jɘʊ̯]」すなわち、「マリオゥ」のような発音になるそうだ。ここで注目したいのは、発音記号の違いである。アメリカ風発音では、マリオの「a」は「ɑː」、一方で、イギリス風発音では「a」となる。

実際の発音については、上述のThomas氏による動画を参照することもできるが、微妙な差異なため聞き取りづらい。補足すると、アメリカ風「マリオ」の「ɑː」については「オ」と発声するような舌の形で「ア」と発音する音。利用例としては「hot/ホット[hɑt] 」などがある。また、「ː」の記号は長音であり「アー」と伸ばすかたちだ。一方でイギリス風「マリオ」の「a」については、日本語の「ア」に似通った発音であり、伸ばさない。この微妙な差異が、英語話者にとっては引っかかるようだ。そのため、イギリス人ゆえに「Marry-oh」派であるThomas氏の動画には「Marry-ohじゃなくてMARioが正しい発音だ」との指摘が届くのだろう。


Image Credit: Thomas Game Docs

アメリカ風とイギリス風、どちらが正しいのか。Thomas氏は発音の問題に決着をつけるため、言語学者のYoïn van Spijk氏に協力を仰いだ。そして、van Spijk氏は興味深い見解を示してくれた。“本家”であるイタリア風「マリオ」発音は、アメリカ風とイギリス風どちらとも違う。その中間に位置する発音だというのだ。

マリオの声でお馴染みの声優であるCharles Martinet氏はアメリカ人だ。しかし、同氏の「イッツミー!マーリオー!」を分析したvan Spijk氏は「イタリア語の特徴を極めてよく捉えている」と判断。つまり、イタリア語の発音を“正解”として捉えて差し支えないということだろう。そして、イタリア語での発音は「マーリオ [’mäː.ɾjo]」となる。

Charles Martinet氏による「イッツミー!マーリオー!」

そして、このイタリア風の「äː」は、イギリス風の「a」とは音が似通っているとのこと。一方で、アメリカ風の「ɑː」とは音が違うものの、「マーリオ」と伸ばす点はイタリア風と共通。つまり、それぞれが「部分的に合っており、ほかは違う」といえる発音なのだそうだ。イタリア語風を“正解”とするならば、結局のところ、アメリカ風とイギリス風どちらも不正解だったというわけだ。

また、こうした特異な状況が生まれたのも、英語ならではのようだ。まず、フランス語風発音では「マリオ」の「a」はイギリス英語と同様になるようだ。しかし、イタリア語をはじめとして、日本語・ドイツ語・オランダ語・スペイン語・ポルトガル語における「マリオ(Mario)」の「a」の発音は、発音記号でいうなら「ä」ないしは「äː」。おおむね一致している。すなわち、イギリス/アメリカを中心とする英語話者たちだけが、「イッツミー!マーリオー!」を聞いて、それぞれ違う音と解釈したのだ。

そもそも、マリオ本人がイタリア語風で挨拶しているとはいえ、我々も合わせる必要はない。日本語の日常会話で「マーリオゥ」と発音するのは言いづらいだろうし、変である。また、普通に「マリオ」と口にしてもツッコミは受けない。ほかの国々でも同様だろう。

しかし、英語は世界の各地域に散らばり、共通性を保ちつつ独自の発展を遂げてきた、やや特殊な背景がある。「“MARio”か“Marry-oh”どちらが正しいか」との問題はその背景ゆえ浮上した、言語の発展の興味深さを示す事例だ。しかし極論をいえば、どの言語の発音でも「マリオ」といえば、だいたい赤い帽子とヒゲでジャンプの上手い男のことだと伝わるのである。



※ The English version of this article is available here