『BioShock Infinite』DLCの「バゲット小僧」は、なぜ踊り狂っていたのか?苦悩と流用が生み出した、奇妙すぎるNPC
『BioShock Infinite』のDLCには、一部ファンの注目を集める「パンを掲げて踊る少年」が登場する。同キャラの誕生秘話を、実装した開発者自身が明かした。また、同作開発にまつわるエピソードなども明かされている。海外メディアKotakuなどが伝えている。
『BioShock Infinite』は2013年に発売された、RPG要素を盛り込んだFPSゲーム『BioShock』シリーズの3作目だ。プレイヤーは人生のどん底にあえぐ男ブッカー・デュイットとなり、エリザベスなる女性の救助依頼に赴く。ブッカーは巻き込まれた争いを通じて、想像もしなかった真実に向き合うことになるのだ。
本作については、それまでのシリーズ作品から雰囲気を一変させている。というのも、2007年の『BioShock』と2010年の『BioShock 2』では、舞台は閉鎖的な水中都市ラプチャーだった。また、都市が基本的にポストアポカリプスの様相を呈しており、生きているまともな人間は稀少な状況でゲームが進行していた。一方で、『BioShock Infinite』およびDLCでは開放的な空中都市コロンビアや在りし日のラプチャーなど、人々が平和に暮らすロケーションも舞台となっている。多数のNPCたちがごく普通の営みを送る、息づく都市の美しい景観や市民の様子も見どころだ。
そんな街の人々のなかでも、一部プレイヤーから注目を集めていたのが「バゲット小僧(Baguette Boy)」だ。バゲット小僧は、『BioShock Infinite』のDLCである「Burial at Sea – Episode 2」にて登場するNPC。パリの町並みを彩る市民のひとりだ。その最大の特徴は、天高く掲げたフランスを象徴するパン「バゲット」である。しかも彼は、バゲットを誇らしくアピールしながらも軽快なステップでぐるぐると踊っている。エリザベスと挨拶を交わす様子はあるものの、バゲット踊りをやめる素振りは一切ない。なぜ踊っているのか、そしてなぜバゲットをもっているのか、作中で一切の説明もない。同DLC冒頭でいきなり視界に入るインパクトもあり、かなり謎の存在なのである。
*バゲット小僧の踊りは動画3分10秒頃から
本作の一部ファンにとっても、謎のバゲット小僧は気になる存在だったようだ。海外掲示板Redditなどでもしばしば彼にまつわるスレッドが立てられており、バゲット小僧が踊る理由を解き明かそうとするユーザーや、「彼くらい人生を楽しめればよかったのに」と陽気にバゲットライフを謳歌する姿を羨む声も見られる。ともかく唐突なバゲットダンスは、2014年の同DLCリリース後から、一部プレイヤーの心を悩ませる関心事だったのである。
そして今回、彼がバゲットダンスを踊るに至った真相が明らかになった。証言したのは、デベロッパーのChump Squad創設者であるGwen Frey氏。Frey氏は、かつてIrrational Gamesにて『BioShock Infinite』の開発に携わっていた。同氏は自身のTwitter上にて、同作およびDLCの背景NPC配置をすべて担当していたとコメント。さらには、「バゲット小僧にバゲットを持たせたのは私だ」と自供して、バゲット小僧誕生秘話を語り始めた。
同氏はDLC開発当時、にぎやかなパリを演出するために市民キャラたちを配置していた。AIをもたず、シンプルな動作に限られる賑やかしのキャラクターたちを、同氏は「Chumps(まぬけ)」と呼んでいたそうだ。パフォーマンスの問題により、開発チームは高度なAIをもつNPCを多く配置できず、パリの町並みを彩る背景キャラの多くがこの「Chumps」で構成されているとのこと。また、開発リソースも限られていたため、既存アニメーションを使い回すなどやり繰りして舞台を演出していたそうだ。
そしてFrey氏はDLC開発中、パリの町並みに動きがなさすぎると感じたそうだ。そこで、視覚的な動きを手軽に加えるために「筒の周りを走り回るキャラクター」を実装しようと思い立ったとのこと。同氏が最終的に利用したのは、踊るNPCのアニメーションだった。こちらは本編にて、エリザベスが踊るシーンで共に踊っているキャラから流用されたとのこと。
流用はいいものの「ただカップルが踊っているのではつまらない」と感じたFrey氏は、ふたりの子どもたちに踊らせようと決断した。しかし、子どもと大人では体格が違うため、足は地面にめりこみ、お互いの手は突き抜けてしまう有様だったという。動きを大人同様にするために、同氏はアニメーションの演算方式を変更してみた。しかし、結果として出来上がったのは「手を高く挙げて踊る子ども」だったそうだ。
窮したFrey氏は、とりあえずダンスパートナーとなるもうひとりの子どもを削除。パートナーのかわりに、掲げた両手にバゲットをもたせたとコメント。「ジャーン!バゲットと踊る子どもの完成!提出!」とおどけて、当時を振り返っている。同氏は、バゲット小僧について聞かれた場合「パンって最高じゃない?」と誤魔化せばいいと思っていたとのこと。答えになっていない辺りからして、当時は相当に追い詰められていたのかもしれない。また、バゲット小僧の存在がファンの注目を浴びるとは、当時思っていなかったそうだ。
以上が、Frey氏の語ったバゲット小僧誕生秘話である。少年の陽気な踊りの背景には、大人向けアニメーションを半ば無理やり適用され、パートナーを奪われバゲットをあてがわれた過去があったのだ。しかし、バゲット小僧がいなければ、ゲーム内のパリの景観はもう少し寂しいものになっていただろう。単なるトリビアに留まらず、限られたリソースのなか、工夫を凝らしてステージを演出する開発者の苦労も忍ばれる逸話だ。
Frey氏の一連のツイートには、ファンや開発者たちから多くの質問や反響が寄せられている。「一連のバゲット小僧誕生プロセスにはどのくらいかかったのか?」との問いにFrey氏は「30分ほど」と答え、同じような急場の開発を“いつもやっていた”とコメントした。続くツイートで同氏は敵キャラである「Boy of Silence」について言及。同キャラはゲームからカットされたものの、また唐突に復活した要素だったそうだ。実装までの猶予はわずか4週間だった。Frey氏とプログラマーは、ゲームからカットされた「タレット(自動機銃)」のシステムを流用。かなりギリギリの急ごしらえで、プレイヤーを発見すると絶叫して敵を引きつける「Boy of Silence」を実装したそうだ。
また、別のユーザーは、かなり不気味な「老けた赤ちゃん」についてツッコんでいる。Frey氏によれば、こちらはあくまでも仮のプレースホルダーだったとのこと。本来であれば、ちゃんとした赤ちゃんのモデルに差し替えられる予定だったようだ。しかし、『BioShock Infinite』は普通の子どもを縮小しただけの仮の「赤ちゃん」を実装したまま出荷されてしまった。悲しいかなFrey氏は、DLCにおいても同じモデルを使ってくれと指示されてしまったとのこと。老けた赤ちゃんは、バゲット小僧と同じく、開発のドタバタで誕生してしまった悲しい存在だったのだ。
今回のFrey氏の一連のツイートによると、少なくとも『BioShock Infinite』開発については、かなりのドタバタ劇が展開されていた様子が垣間見えた。同氏は、現在Chump Squadにてパズルゲーム『Lab Rat』を開発中。PC(Steam)およびXbox Series X|S向けに2022年リリース予定だ。こちらは急ごしらえの必要なく、落ち着いて開発できているよう期待したい。