「東方Project」霊夢の“ボイス”がローソンで流れ、ファンがざわつく。「コンビニで博麗を名乗る女性」異変の背景とは
SNSにて、「東方Project」シリーズの主人公「博麗霊夢」が一時話題となったようだ。議論を集めたのは、その「声」について。きっかけとしては、コンビニエンスストアでのとあるキャンペーンがあったようだ。
博麗霊夢は、弾幕シューティング「東方Project」シリーズにて主人公格を務めるキャラクターだ。プレイヤーが操作する自機として、ほとんどのシリーズ作品に登場する。舞台となる幻想郷にて結界を守るほか、人間を守護する使命を負っており、さまざまな異変を解決してきた。裏表がない性格で、敵となる妖怪は問答無用で調伏。可憐で素敵な少女でありつつ、情け容赦のない苛烈な巫女としての側面も持ち合わせている。そして初出から現在に至るまで、「博麗霊夢」に原作でキャラクターボイスが当てられた例はない。
「東方Project」の顔を担う霊夢であるが、最近とある出来事で脚光を浴びることになった。そのきっかけは、コンビニチェーン・ローソンでの出来事だ。Twitterでは複数のユーザーから、「『博麗霊夢』を名乗る女性の声が店内で流れている」との証言が流布。コンビニというパブリックな場所で突然現れた東方キャラクターに、戸惑いの声を上げる投稿が多数見られた。多くのユーザーが動揺した背景には、1月18日から開始されたローソンのキャンペーンがあったようだ。
ローソンは1月18日より、アプリゲーム『東方ダンマクカグラ』とのコラボキャンペーンを実施中。同作関連商品の販売や、ステッカー配布などをおこなっている。『東方ダンマクカグラ』は、DeNAより配信されるスマートフォン向けアプリだ。「公認」の二次創作ゲームであり、リズムゲームと箱庭作成パートにて構成される。「東方Project」キャラクターが多数登場する、お祭り的な作品だ。そして重要な点として、ほとんどのキャラクターに声優のボイスが当てられている。
ローソンでは1月17日ごろより、この『東方ダンマクカグラ』コラボイベントを告知する店内放送が流れている。その内容は、霊夢が自己紹介や『東方ダンマクカグラ』のPRをしつつ、キャンペーンの内容を伝えるというもの。このときのボイスは、『東方ダンマクカグラ』本編と同じく声優の湯浅かえで氏が担当している。
ローソンで流れた“霊夢の音声”は、以前から『東方ダンマクカグラ』を遊んでいたプレイヤーにとっては自然に受け止められるものだった。一方で、「東方Project」は知っていても『東方ダンマクカグラ』は遊んでいない層のユーザーからは、戸惑いの声が挙がっている。「声色のイメージが違う」といった意見から、「霊夢はこんなに愛想がよくない」といったキャラクター性にまつわるものまで、一部のユーザーには違和感のあるボイスとして受け止められたようだ。なかには「自分のことを博麗霊夢だと思い込んでいる一般女性」と揶揄する声まで挙がっており、少なくない数のユーザーにとって「ローソンの霊夢の声」は衝撃的だったようだ。なぜ、ここまで“霊夢の声”に驚くユーザーが多いのだろうか。
そもそも「東方Project」は旧作含む25年以上の歴史において、公式で登場人物にキャラクターボイスを当てたことは一度もない。これは、クリエイターのZUN氏が意図的にボイスを当てない方針を取っていることが知られている。一方、二次創作において霊夢をはじめとするキャラクターに声が当てられることは珍しくない。この場合は同人活動として声優業をおこなう人が声を担当する場合が多く、あくまで「二次創作者の解釈として」のボイスであるという側面が大きかった。
特殊なケースとしては、2006年から続く同人アニメーション「夢想夏郷」シリーズが挙げられる。同作は同人サークル舞風が制作したフルアニメーション作品。特筆すべきは、声優陣にプロのキャストを起用している点だ。霊夢役の中原麻衣氏をはじめ、霧雨魔理沙役の沢城みゆき氏や伊吹萃香役の豊崎愛生氏など、本業として活動する著名な声優陣が当てられている。
*同シリーズ2021年最新作のPV。
そのクオリティの高さは一定の評価を得た一方、一部では「プロを起用することで、同人作品ではなく公式作品と誤認されるおそれがあるのではないか」との懸念の声も挙がることとなった。実際、ZUN氏の個人ブログにおいても同様の指摘を受けたと言及されており、「非公式(ファン作品)である事が手に取った全ての人にちゃんと伝わること」などが呼びかけられている。つまり、少なくともゼロ年代の「東方Project」二次創作において、プロの声優を起用することはそれだけイレギュラーなことだったのだ。
ところが近年は風向きが変わってきている。大きな出来事として、「東方Project」の「公認」二次創作ゲームが登場したことが挙げられるだろう。2014年、ソニー・コンピュータエンタテインメントジャパンアジアはSCEJA Press Conference 2014を開催。そのなかで、「ZUNxPlayStationプロジェクト」の立ち上げを発表した。
同プロジェクトは、これまで同人作品として流通していた「東方Project」二次創作ゲームを、PlayStationプラットフォームで発売可能にするという企画だ。それまではZUN氏の意向により、個人による「東方Project」二次創作作品は商業プラットフォームでの販売が禁止されていた。ところが、同プロジェクトにZUN氏が賛同したことで、はじめて「東方Project」二次創作作品がコンソールにてリリースされることとなったのだ。
「ZUNxPlayStationプロジェクト」はその後「Play Doujin!」へと名前を変え、取り扱いジャンルを同人ゲーム全般に拡大。一方、当初の主題であった「東方Project」二次創作作品のリリースも続けられている。同人サークルがゲームを開発し、主宰企業メディアスケープがコンソールでの販売をサポートする作品が続々と発売された。『不思議の幻想郷 -THE TOWER OF DESIRE-』『幻想の輪舞』など、同人作品出身で高い評価を獲得したタイトルがコンソールにデビューしていくこととなる。
これを機に「東方Project」二次創作ゲームは「同人作品」から「インディーゲーム」としてのジャンルにも進出していった。そこで変化したのが、「東方Project」二次創作ゲームをサポートするパブリッシャーの登場だ。メディアスケープのほかにも、「東方Project」二次創作ゲームのパブリッシングを手がける企業が数多く登場。国内パブリッシャーPhoenixxから『幻走スカイドリフト』などが発売されたほか、弊社アクティブゲーミングメディアのインディーゲームブランドPLAYISMからも、『Touhou Luna Nights』『幻想郷萃夜祭』などが発売されている。
さらにここ数年では、そもそも企画開発から企業がおこなう「東方Project」二次創作ゲームも登場するようになった。2019年には、公認二次創作ゲームとしては初のアプリゲームとなる『東方キャノンボール』がリリース。同作はアニプレックスの子会社であるQuatro Aにより開発・運営された。また2020年にはグッドスマイルカンパニーより『東方LostWord』、タイトーより『東方スペルバブル』がリリース。そして2021年、DeNAより『東方ダンマクカグラ』が配信されている。スマートフォンへの進出・企業主導の二次創作と、ここ数年で「東方Project」二次創作ゲームを取り巻く環境は大きく変わってきたわけだ。
同人作品から企業作品への変遷が生じるなかで、大きく変化した要素がある。それはキャラクターボイスの有無だ。資金力のある企業が開発のバックにつくことで、プロの声優を起用する機会が増加。プロモーション戦略としても積極的に、東方キャラクターに声優によるボイスが当てられることが一般化していったのだ。もちろん同人制作でもボイスがある作品、企業パブリッシングでもボイスがない作品など、例外はある。とはいえ、ここ数年で「東方Project」のキャラクターボイスが一般に認知されるようになった背景には、企業が「東方Project」二次創作ゲームに携わるようになった影響が大きいだろう。
「東方Project」二次創作ゲームはここ数年で、個人開発の同人作品から、企業がバックについた資金力のあるプロジェクトとして制作されるようになった。こうしたなか、製品をプロモーションするうえでプロの声優がキャラクターボイスを当てることも珍しくなくなってきている。同時に、PS/Xbox/Nintendo Switchなどコンソール作品で流通したことから、「東方Project」作品が同人界隈だけでなく、比較的パブリックな環境に進出することも増えてきた。こうした土壌があったからこそ「コンビニで」「ボイスつきの霊夢が」出現するという状況が発生したといえるだろう。
一方、古参の「東方Project」ファンであれば、昨今の事情よりも、ゼロ年代の「同人作品としての『東方Prpject』」が念頭にある人も少なくないと見られる。そのため、ローソンという公共の場で東方キャラクターが登場すること、そしてそこにボイスがつけられていることが、驚きをもって受け止められたのだろう。
博麗霊夢をはじめとする「東方Project」キャラクターは、見る人によって印象が変化する存在だ。そのため、ファンとしては“これが霊夢の声”という固定イメージがつくことを忌避する意見が根強い。グッドスマイルカンパニーの『東方LostWord』では、あえてキャラクターのイメージを固定化しないように、1キャラにつき3種類のボイスが用意されていたほどである。ローソンに顕現した霊夢についても、ファンの間では「あくまで『東方ダンマクカグラ』の霊夢」であるという認識が根強いようだ。今なお拡大を続ける「東方Project」の二次創作においては、今後も七色の声をもつ霊夢が描かれていくことだろう。
ところで今回の件に際し、霊夢と同様に注目を集めた存在がある。「ゆっくり」と呼ばれる概念だ。もとはネット掲示板発祥の、独特の表情をした霊夢と魔理沙のAA。それがイラスト化され、さらに合成音声「SofTalk」と組み合わせられることで、さまざまな解説動画のナレーション役として広く用いられることとなった。「『東方Project』を知らなくとも、ゆっくりの解説動画は見たことがある」という人も少なくない。そのため今回のローソンで湯浅かえで氏が演じる霊夢の音声を聞いたときは、「霊夢なのに合成音声じゃないの?」と、とっさに感じてしまった人もいるようだ。霊夢、ひいては「東方Project」の裾野の広さを感じさせる一件といえるだろう。
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