米国海軍のゲーム実況にて、「長崎原爆投下」をからかうようなユーザー名でプレイが展開され批判殺到。ネットに翻弄され、リテラシーを見失う軍人たち


アメリカ海軍が今、インターネット上で非難の的になっている。その原因となったのは人狼ゲーム『Among Us』だ。米国陸軍・海軍は国民へのPRを目的としてTwitch上でそれぞれチャンネルを立ち上げており、しばしば『Call of Duty』や『Apex Legends』といった人気タイトルを配信している。そして海軍のリクルートチームが9月13日に配信したゲームが『Among Us』だった。今や同時接続人数19万人を超え、ストリーミングシーンでもっとも熱い作品だ(関連記事)。ところが実況中、参加者が使用していたユーザーネームが不適切であるとして火種となった。ひとりのユーザーは「Nagasaki」を名乗り、もうひとりは「Japan 1945」との名前を使用していたのだ。

明らかにこれは、1945年の日本・長崎に対する米軍の原爆投下を引用しての命名だとわかる。重大な過去の悲劇を軽んずる態度であるとして、ネットでは大いに批判が高まっている。同時に「gamer word」を名乗るプレイヤーにも非難が集中した。ややマニアックだが、こちらは人種差別用語を指すネットミームだ。その由来は2017年、人気実況者PewDiePie氏が配信中に「黒んぼ(nigger)」と口走りスキャンダルとなった出来事にさかのぼる。この発言に対し「PewDiePieは悪いことをしてないよ。ただゲーマー用語(gamer word)を言っただけ」「オンラインゲームではよく使われる用語だよ」とする詭弁がTwitterで注目を浴び、以来gamer wordといえば黒人差別用語を指すようになった。今回、gamer wordを名乗ったプレイヤーがわざわざ黒色のキャラクターカラーを選択していたことからも、明らかに差別的ニュアンスを込めた悪質なジョークとの声が紛糾している。今回ゲームが遊ばれていたのがプライベートルームであり、実況していた軍人も名前についてとがめず笑っていたことから、その態度が問題視されているのだ。
【UPDATE 2020/9/14 15:05】
ユーザー情報について追記、あわせてタイトルを修正

米軍の運営するTwitchチャンネルは以前からセンシティブな問題を抱えてきた。eスポーツへの本格参入は2018年より始まっていたが(関連記事)、若年層・少年に対するリクルート活動への是非を問う議論が兼ねてから存在していた。ことがおかしくなり始めたのは今年6月1日のことだ。TwitterにてDiscordの公式アカウントが何気なく陸軍eスポーツチームにリプライを送ったところ、軍は「UwU」という顔文字にハートマークつきで返答。こちらは「可愛すぎて無理」といった意味合いで、もっぱらオタク層に使われる“濃ゆい”スラングである。あまりにくだけた軍部らしからぬ反応に、かねてより火種を抱えてきた立場とのミスマッチが相まって、この出来事は一挙にネット上を席巻した。

ここから米軍を「イジる」動きが活発になり、陸軍公式Discordサーバーでは「誰がいちばん速くBANされるか」という荒らしのスピードランが流行することとなる。この際もっとも“確実”とされた手法が、Wikipediaにおける「米国の戦争犯罪」のページへのリンクを貼り付けることであった。以来、戦争犯罪をちらつかせることで米軍を批判する/おちょくることはネット住民お決まりの作法となった。

大きな動きが生じたのは今年7月8日の陸軍Twitch配信においてだった。政治活動家のJordan Uhl氏は、陸軍所属Joshua David氏が『Call of Duty: Warzone』をプレイする配信に突撃。その際、「あなたがいちばん好きな戦争犯罪は何ですか?」と挑発するコメントと、例のWikipediaリンクを投稿した。この際「戦争犯罪」との単語は自動ブロックされていたため、同氏は意図的に綴りを変えてチャットに送信している。これに対しDavid氏は「このインターネットのキーボードモンスターめ」との呪詛を返し、程なくしてUhl氏はBANを食らった。Uhl氏は海軍チャンネルでも同様の行為を繰り返した末、締め出されている。

この出来事をWashington Postが報じた際、コロンビア大学Knight First Amendment Instituteのスタッフ弁護士がBANについて、言論などの自由を保証する合衆国憲法修正第1条に反するとの見解を提示した。これを受けて陸軍は「ストリーミングにおけるポリシーおよび手続を確認・明確化するため」、一時的にTwitchチャンネルを閉鎖することを余儀なくされる。

ふたたび配信が再開されたのは8月14日のことだ。チャットはふたたび戦争犯罪にまつわるコメントであふれかえったが、今度は一切規制されず放置する方針が採られた。実況を担当したChristopher Jones軍曹は、まず2時間にわたりユーザーからの質問へ回答。荒らしコメントは無視しつつ、自身の軍警察官としての経験や『Apex Legends』『World of Warcraft』について語った。また「合衆国陸軍eスポーツプログラムはゲームへの情熱を通じてアメリカと陸軍をつなげるためにデザインされています」とも伝え、チャンネル視聴層の年齢について尋ねられた際は「合衆国陸軍に志願するには17歳から34歳である必要があります」と答えた。若年層へのリクルートではないかという批判に対しあくまで慎重な姿勢を見せたといえる。


陸軍が一時的にTwitchチャンネルを閉鎖していた一方、海軍は依然として運営を継続していた。ただし両者ともチャットのポリシーを改訂し、中立的な立場から見て攻撃的なユーザーのみをBANするとしている。これだけネット上で騒ぎになった過去のある米軍チャンネルが、なぜ今回の『Among Us』におけるミスを防げなかったのかは疑問が残るところだ。そしてこの後、Twitchがどのような判断を下すかにも注目が集まっている。かつてドナルド・トランプ大統領でさえ「ヘイト行為」を理由に規制した前例のあるTwitchだけに、海軍に対しても厳しい処断をとる可能性も少なくない。今後の動静を注意して見守りたいところだ。

【UPDATE 2020/9/15 11:15】
海軍は海外メディアKotakuの問い合わせに対し回答を寄せ、配信を担当していたスタッフはストリーミングから外されたと伝えた。海軍広報担当の Lara Bollinger中佐がメールにて回答している。「最近の『Among Us』配信で海軍所属でない3名のユーザーがきわめて不適切なゲーム内ユーザーネームを使用していました」。「これらのユーザーネームは容認できないものであり、海軍Goats and Glory(eスポーツチーム)の当面の対応は迅速性に欠け適切ではありませんでした。配信者は即座にゲームを離れ、公然と不適切なユーザーとプレイすることを拒むべきでした。状況に対する配信者の対応はチームの一員としてあるまじきもので、今後Goats and Gloryのストリーミングを担うことはありません。くわえて今後こうした事態を防ぐべく、配信におけるゲーム参加者に対する審査の再検討を進めています」。