Blizzard Entertainmentが7月15日の『オーバーウォッチ』アップデートにて、あるスプレーを削除したことがわかった。スプレーとは、ゲーム内の壁や床にステッカーやロゴを描くことができる機能だ。削除されたのは西部劇風ヒーロー・マクリーが使用するもの。もともと彼は「絞首刑の縄(輪縄)」をモチーフとしたスプレーを使うことができたが、現在は「BAD LUCK」と刻まれた馬蹄の絵柄に差し替えられている。Blizzardは本件について今のところ公式な発表を出していない。ただし複数メディアが指摘するところによれば、今回の修正は首吊り縄が抱えた歴史的背景が影響を及ぼしている可能性がありそうだ。
先月下旬、米国カーレースNASCARにおける唯一の黒人フルタイム選手Bubba Wallace氏のガレージにて、輪縄が吊るされているのが発見された。Wallace氏がTwitterなどで怒りをあらわにしたほか、NASCARも極めて悪質な行為であるとして厳しく対応する姿勢を示した(なお、のちのFBIの捜査では「縄は以前からあったもの」として事件性がないと結論づけられている)。文化の異なる日本では直感的に理解しづらいが、アメリカにおいては首吊り縄のモチーフが強く示唆する対象があるのだという。集団リンチだ。
全米黒人地位向上協会(NAACP)によれば、1882〜1968年に集団リンチに遭った被害者は4743人にのぼり、そのうち約72.7%が黒人だったという。あくまで統計上の数字であり、実際の数はより大きいとされる。海外メディアCNNが伝えるところでは、ほとんどのリンチは南部で起きており、黒人の人権的解放に危機感を覚えた白人がカウンター的に起こした事例だといわれている。黒人市民は木から吊るされ、何らかの罪状を主張され死ぬまで暴行を加えられた。
1960年代までにこうした事案は鳴りを潜めていったが、現在でもアメリカにおいて「輪縄」は吊るされて暴行を受けた黒人、集団リンチの歴史を色濃く示すシンボルとして受け止められている。Wallace氏の件以外にも、殺害された黒人の写真とともに輪縄が吊るされていた事件や、12歳の黒人の少女が輪縄をかけられた人形を渡された事件など、輪縄と黒人差別にまつわるヘイトクライムは枚挙にいとまがない。
Blizzardが輪縄を削除したことについては、今年5月から続くBlack Lives Matterムーブメントに配慮しての対応である可能性がある。運動と直接の関わりはないが、同社は2019年4月にも『オーバーウォッチ』のリーグにおいて、ファンが「OKサイン」のエモートを使うことを禁止した過去がある。これは一部のオルタナ右翼がOKサインを「White Power(白人権力)サイン」として使っている事情から取られた対策とされている(関連記事)。Blizzardがかつて抱えた人種的問題としては2017年、エジプトにルーツをもつヒーロー・ファラのスキンにネイティブ・アメリカン的な装飾が施されていたことで、有色人種に対する認識の甘さを指摘されたことがある。こうした苦い過去もあり、潜在的にセンシティブな箇所に早めの対応をとっているのかもしれない。ファラはその後、エジプト系・ネイティブアメリカン系のハーフとして扱われるようになった。
Black Lives Matterムーブメントに対し柔軟な対応をとったようにも見えるBlizzardだが、ユーザー間では他にも議論を醸している表現があるようだ。一部のファンは女性ヒーロー・ブリギッテとD.Vaに実装されている警察風スキンを削除すべきではないか、と主張している(こちらに関しては明確なコンテクストがないため反対する声もある)。そもそも作中の組織「オーバーウォッチ」自体が警察権力的であり現代にそぐわないのではないか、というところまで議論が及んでおり、さまざまな表現に対してプレイヤーが敏感になっていることは確かなようだ。
警察権力に対する反応としては『Call of Duty: Warzone』においても動きが見られた。こちらも先週「OKサイン」削除が話題になったが、今週に入ってオペレーターD-Dayのスキン「Border War(国境戦争)」のスキン名と説明文を変更した。もとはメキシコとの国境の警備隊がモチーフになっていると思われ、「連中にやり口の間違いをわからせて、償わせてやろう」との説明が添えられていた。海外メディアPolygonなどは、開発元のInfinity WardがBlack Lives Matterへの支持を表明したときからすでに、ユーザーの間で「Border Warスキンの存在は警察暴力への反対と矛盾するのではないか」との議論があったことを伝えている。現在、当該スキンの名称は「Home on the Range(この地の我が家:アメリカ民謡のタイトル)」に変更されており、説明文も「鹿やレイヨウと戯れよう」といった主旨のものに差し替えられた。
ゲームにおいてどの表現が差別的で、どこまでがセーフとするかは、極めて難しい問題だ。昨今の情勢を鑑みれば、今後各社とも慎重な対応を続けざるを得ないだろう。