長年失われていた幻のワケアリ「シム」シリーズ『SimRefinery(シム精製所)』が公開、誰にでも遊べるように

『SimRefinery(シム精製所)』の名を知っているユーザーは少ないことだろう。その存在のみ知られ希少性の高さが語り草となっていた幻の「シム」。ところがそのコピーが今になって発見され、インターネット上で公開されているという。

Maxisといえば、言わずと知れた『シムシティ』『シムズ』といったシミュレーションシリーズを生み出した開発スタジオだ。現在はエレクトロニック・アーツに買収され一部門となっているが、現在でもシリーズにはMaxisのロゴを見ることができる。現在でこそ揺るぎない栄光の記憶とともにその名が語られるスタジオだが、処女作『シムシティ』大ヒット直後のラインナップはかなり混沌とした様相を呈していた。『シムアース』、『シムアント』、『シムファーム』、『シムコプター』等々。とにかく「シム」を冠したタイトルが乱立し、先立っての成功を追いかけようという意欲に満ちていた。そうした中で、シリーズのコアなファンでも『SimRefinery(シム精製所)』の名を知っているマニアは少ないことだろう。なぜならこの作品はある石油精製企業の教育ツールとして開発され、一般には流通しなかったからだ。その存在のみ知られ希少性の高さが語り草となっていた幻の「シム」。ところがそのコピーが今になって発見され、インターネット上で公開されているという。

Image Credit : The Obscuritory


『SimRefinery』についての関心が高まったのは、海外のニュースメディアArs Technicaがある論文の紹介記事を掲載したことに端を発する。希少なゲームやあまり知られないソフトウェアを紹介するブログサイトThe Obscuritoryに投稿されたそのレポートは、Maxisの創業から繁栄、衰亡に至るまでを克明に著した記録だった。長大なドキュメンタリーの中でキーとなる作品のひとつが『SimRefinery』だ。The Obscuritoryの筆者は本作を、Maxisの哲学を読み解く上で鍵となる要素として捉えていた。しかし4年間にわたる関係者への調査で話には聞けども、ついぞそのコピーに出会いプレイすることは叶わなかったのだという。Maxis側が所持していたマスターコピーのフロッピーディスクはバインダーに仕舞い込まれ、やがてスタジオが引っ越すときのドタバタで失われたようだった。ところがArs Technicaが紹介記事を掲載すると、その読者がたまたまフロッピーディスクのコピーを所持する元関係者とコンタクトすることに成功したという。データはすぐにデジタル化され、インターネット上にアーカイブが公開されるはこびとなった。

『シムシティ』が1989年にリリースされ、2年間で500万ドル以上もの売り上げを叩き出して以来、世間の「ゲーム」に対する考え方は変わった。たとえば1990年、プロヴィデンスの市長選の際には候補者たちが地元紙が主宰する『シムシティ』の試遊会に招待され、そこでうっかり重大な行政ミスを犯した候補者のひとりが実際に選挙における得票を失ったと評されるほどだった。『シムシティ』のシミュレーションがどこまで精密だったかはさておき、人々の間で「シミュレーションゲーム」は“現実世界を正確に反映した、有用なもの”として認知されつつあったのだ。Maxisは新たにソフトウェア企業のDelta Logicと手を組み、より実用性の求められるプロジェクトに取り組むことになる。それが『SimRefinery』だった。石油精製企業のChevronの依頼で、社内教育用の石油精製プラントシミュレーションを製作することになったのだ。

Image Credit : The Obscuritory
『SimRefinery』を走らせるウィル・ライト氏(左)と共同創業者のジェフ・ブラウン氏。


ChevronからMaxisに7万5000ドルが支払われ、プロトタイプの開発が始まった。Maxisがシミュレーションゲームを作る際にまず行うことは入念な調査だ。『シムシティ』が都市システムのリサーチから始まり、『シムアント』がアリの社会性の研究からスタートしたのと同様に、『SimRefinery』でもまずはChevron社における実地調査が行われた。プラントを見学し、専門家に話を聞く。何度も質問を経たのち、Maxisは実地見聞した結果をゲームに反映する。出来上がった成果物はChevronによりさらにチェックが加えられる。こうした丹念なフィールドワークとアウトプット、フィードバックの結果『SimRefinery』のプロトタイプ版は完成した。1992年10月26日のことだった。

この教育シミュレーターはある程度気に入られたものの、Chevron内ではそれほど流通しなかったようだ。プロトタイプ版以降「製品版」となるものは生まれていない。そして何より『SimRefinery』は、Maxisの創設者であるウィル・ライト氏の理念に叶っていない作品だった。実は同氏は本プロジェクトに最初から反対しており、プロトタイプが完成したときにはじめて承認を下したのだという。ライト氏はどれだけ現実世界にもとづいた調査にのっとるゲームであっても、それらは決して現実世界の正確な反映ではなく、あくまで「楽しみ」のためのものであると捉えていた。それは『シムシティ』が世間で評価され、多くの企業が同氏に「プロフェッショナルバージョンを作らないか」と持ちかけにくるのとは正反対の思想だった。彼は「現実世界に比べたら、シミュレーションは本当に、現実と比べたら情けないものだと思います」と1999年のインタビューで語っている。

Image Credit : The Obscuritory
『シムシティ』。


その後Maxisは実用シムとエンターテイメントの間で揺れ続け、知られるとおりの歴史を辿ることになった。The Obscuritoryにレポートを寄せた筆者によれば、『SimRefinery』はMaxisが「シミュレーションゲームが物事を教育することができるのか、あるいはするべきなのか」というジレンマを抱えるようになった端緒となる作品だという。スタジオの歴史にとって重要な分水嶺となった本作が見つかったことに非常な喜びを示すと同時に、「より重要なことは作品の周囲にあるコンテクストを理解することです。我々はなぜ作られ、どのように作られ、人々にとって何を意味していたのかを学ぶことができます。もしそれを知ることができれば、実際にプレイできることはそれほど大事ではないでしょう」。

とはいえ「幻のシム」が見つかったとあれば、遊んでみたくなるのが人の性というものだ。入念な調査にもとづき、プラントの各所が相互に作用する巨大なシステムが再現されている。たとえばプレイヤーは、メンテナンスを怠れば全体の機能不全を招き、かといって1週間生産を止めれば収入は減り先のメンテナンス費をまかなえなくなる……といった葛藤を体験することになる。『シムシティ』がそうであるように本作にも明確な「解法」はなく、さまざまなジレンマに挟まれながら最善と思われる道筋を見つけ、可能な限り長期的な生産を目指すことが目的になる。実地での入念なリサーチに裏打ちされた緻密な再現ぶりは一見の価値ありだが、「プロトタイプ版」であるため、ところどころボタンが機能せず混乱させられることも。また 「Residdum」「H2」「iC4」といった専門用語の並びがいっそうプレイのハードルを高めると同時に、本作が現場教育用に用いられていたという歴史的事実を改めて感じさせられることになるのではないか。

このたび発見されたアーカイブデータはこちらでダウンロードすることができる。『シムシティ』のお約束にもとづいた「災害」——プラントの爆破も実装されているため、興味が湧いた人は遊んでみるといいだろう。

Yuki Kurosawa
Yuki Kurosawa

生存力の低いのらくら雰囲気系ゲーマーです。熾烈なスコアアタックや撃ち合いを競う作品でも、そのキャラが今朝なに食ってきたかが気になります。

Articles: 1615