『サイレントヒル2』のスピードラン配信において、ランダムな謎解きの答えを確実に予言する謎の視聴者が存在した。かつて走者達を混乱させた「魔術師」の技術


ゲームにおけるRNG(乱数)は、スピードランナー達の天敵である。KONAMIの名作ホラーアドベンチャー『サイレントヒル2』でもそれは例外ではなく、本作でもいくつかの謎解きやギミックの答えがプレイごとに変化する。今こそとある乱数判別法によりこれらの答えは事前に知ることができるのだが、この手法が発見されるにあたってとあるドラマが展開されていたことをご存知だろうか。

『サイレントヒル2』のスピードランに大きく影響を与えるRNGは4つ存在する。1つ目はBlood Codeと呼ばれるもので、ブルックヘイブン病院(通称病院)にて見つかる壁に血文字で書かれた4桁の数字だ。2つ目はCarbon Paper Codeと呼ばれるもので、同じく病院に配置されているタイプライターに挟まったカーボン紙に書かれた4桁の数字だ。この2つは完全にランダムな4桁の数字となっており、Louise Puzzleと呼ばれる4重のロックがかけられた箱の解錠に使われる。4つのロックのうち2つはゲーム内で手に入る鍵で解除され、残り2つは上記の4桁の数字でそれぞれ解除されるというわけだ。

シリンダー式の錠の解錠にBlood Code、押しボタン式の錠の解錠にCarbon Paper Codeが必要


3つめは迷宮通廊での謎解きである。ここのパズルでは、6つの吊るされている死体にそれぞれ罪状が設定されている。論理パズルのようなメモを解いてこの6つの死体のうち冤罪者を見つけ、その位置のロープを引くという趣旨の謎解きなのだが、スピードランで選択されるNORMAL難易度では必ず「放火魔」の死体が答えとなっている。ただし、どの死体がどの罪状になるのかは毎回ランダムであるため、答えを知っていてもロープを引く前にどの位置の死体が放火魔なのかを確認する必要がある。そして4つめはBriefcase Codeと呼ばれるもので、レイクビューホテル(通称ホテル)にあるスーツケースを解錠するのに要求される4文字の英単語だ。ここのコードは「hell」「kill」「love」「open」など、19種類の英単語からランダムに選択される。


さて、これらのランダムパズルの答えに特定のパターンが存在すること自体は知られていたものの、長らくは正攻法で解くしかないとされていた。しかし、2019年の夏頃、『サイレントヒル2』を走っているTwitch配信のコメント欄に「sh2_luck」と呼ばれる謎のユーザーが時折出現するようになる。このユーザーはスピードラン配信の序盤に現れ、Blood CodeやCarbon Paper Codeの4桁の数字の予想などをコメント欄に残していく。もちろん走者は半信半疑のまま普通にランを続行するのだが、この予想がかなりの高い確率で的中するのである。

Blood Codeの3767を正確に予想するsh2_luck氏


さまざまな走者の配信に現れては高精度でパズルの答えを予想していくsh2_luck氏に、最初こそ驚くだけであった走者たちであったが、だんだんとコミュニティは事態の深刻さに気付くことになる。このsh2_luckという人物がほぼ確実にパズルの答えを予想できる能力を持っており、その方法がsh2_luck氏本人以外の誰にも不明である以上、配信中にsh2_luck氏が現れた走者が圧倒的なアドバンテージを得ることになってしまうのだ。『サイレントヒル2』スピードランコミュニティのモデレーター(コミュニティ内でレギュレーションの設定や、リーダーボードの管理などに権限を持つ人物)であるPunchy氏は、前代未聞の事態に頭を抱えることになった。走者たちも、突然自分の配信のチャット欄に書き込まれる有益な情報をどう扱うべきなのか判断しかねていた。

この珍妙な状況はしかし、長続きしたわけではなかった。発端であるsh2_luck氏が、ほどなくして自身が乱数の予想に使っていた表を公開したのである。その実際の表がこちらである。この表はsh2_luck氏(正体は走者の一人でもあるFinicky45氏)は完全に独自に解析して完成させたもので、同氏は文字どおり世界で唯一『サイレントヒル2』の乱数を予想できる人間であったのだ。

こちらの表の仕組みを軽く解説すると、まず多くのゲームの例に漏れず『サイレントヒル2』の乱数はシード値を特定することで予想することが可能となる。『サイレントヒル2』ではタイトル画面が表示されてから毎フレームごとにシード値が変化し、ゲームが開始した瞬間のシードで乱数が決定される。表における(Fr)の値が、タイトル画面が表示されてから何フレーム目でゲームが開始されたかに相当する。表には0フレーム目から99フレーム目までの乱数が列挙されていて、これはつまり30fpsで動く本作ではタイトル画面が表示されてからおよそ3秒以内にゲームを開始すればこの乱数表の範囲内に収まる乱数シードでゲームを始めることができるということだ。

では実際に自分がどのシード値でゲームを開始したのか判断することが出来るのかというと、これには『サイレントヒル2』最序盤に存在するとある時計のパズルを利用する。この時計パズル、答え自体は毎回9時10分で固定なのだが、時計の初期位置が毎回ランダムとなっている。この初期位置もシード値によって決定されているため、最初にセットされている時間をメモっておくことで自分が今どのシード値なのかを知ることができるのだ。例えばこの時計の初期位置が11時3分であった場合、表を参照することで今回のプレイが「タイトル画面表示から25フレーム目でゲームを開始した時のシード値」であることが分かり、Blood Codeは8331、Carbon Paper Codeは8177、放火魔は左上、スーツケースの暗号はluckであることが確定するというわけだ。


なお、この乱数表が正しく機能するための条件としてゲーム起動時に表示される「KONAMI」や「SILENT HILL 2」のスプラッシュ画面をスキップしてはいけないというのがある。sh2_luck氏が正確にパズルの答えを予想できる配信と、そうではない配信があったカラクリはここにある。走者がスプラッシュ画面を飛ばしてしまった時や、ゲームを3秒以内に始めなかった場合は表が使えない。しかしこの2つの条件さえ満たしていれば、sh2_luck氏は配信で時計の初期位置に注目しておくだけでコメント欄に正確な予想を残していくことが可能だったのだ。

この表が公開されたことによって、この乱数制御法は『サイレントヒル2』スピードランにおける正式なテクニックとして認められることになった。Punchy氏などにとっては気が気ではなかっただろうが、当時は冗談交じりに「魔術師」などとまで呼ばれたsh2_luck氏のちょっとした悪戯心によって、過去に例を見ないような奇妙な状況がスピードランコミュニティに生まれたことは、実にオカルティックで『サイレントヒル2』らしいエピソードと言えるのではないだろうか。