『マインクラフト』で秘密のバーチャル“発禁”図書館が開かれる。サイバー検閲に逆襲する国境なき記者団と「マイクラ専門コンサル」

 

パリに本拠地をおく非政府組織「国境なき記者団/Reporters Without Borders(以下、RSF)」は3月12日、『Minecraft / マインクラフト(以下、マイクラ)』内で「検閲のない図書館」を開いた。プレイヤーは『マイクラ』内のバーチャル図書館にアクセスし、発禁処分を受けた文書や投獄・殺害されたジャーナリストの記事を読むことができるという。情報統制の厳しい国では新聞や書籍はおろか、インターネット上の発信まで危険にさらされる。そうした状況の抜け道として、検閲の目が及ばないゲームの世界を利用したかたちだ。

RSFはブリュッセルやワシントンなど、世界10か所に支部をもつ非政府組織。報道の自由の保護・推進を目的としており、1985年に設立された。毎年180か国を対象とした「世界報道自由度ランキング」で知られるほか、政府によって捕縛されたジャーナリストの支援もおこなっている。

RSFが危機感を抱いているのはインターネットにおける言論統制だ。たとえばエジプトでは500以上のWebサイトがブロックされており、SNS上の投稿が原因で逮捕される人が後を絶たない。あるいはサウジアラビアでは、そもそも独立メディアが一切認められていないという。2017年6月に王族からムハンマド・ビン・サルマンが皇太子に昇格し、拘置されるジャーナリストの数は年初から3倍に膨れ上がった。そしてロシアにおいては「いいね」ひとつで監獄送りにされるおそれさえあると伝わる。同国は2019年11月から2021年1月にかけて段階的に「インターネット主権法」を実施。Webインフラ全体の掌握を試みている。達成されればロシアのインターネットのみワールド・ワイド・ウェブから切り離す“鎖国”も可能となるそうだ。いっときは民主化運動の切り札ともなったインターネットだが、少なくない国々でその自由は奪われている。

しかし、RSFは意外な抜け穴を発見した。どんな国も鍵をかけておらず、なおかつ毎月1億4500万人ものアクティブユーザーが行き交う巨大空間。それが『マイクラ』だった。あらゆるSNSに目を光らせる各国政府も、よもやこの牧歌的なデジタル・レゴゲームにまで手を回してはいなかった。同作では集めた素材でさまざまなアイテムをクラフトできるが、なにも作れるのはツルハシやチェストだけではない。紙と皮を用意すれば白紙の「本」を作ることができる。そこにイカスミ、つまり筆記具を加えれば、ゲーム内でテキストを打ち込んで書物を記すことが可能なのだ。しかも書いた本には署名を加えることが可能。ひとたび生み出された本は二度と編集・改変されることができなくなる。これは使える、とRSFは踏んだようだ。

そして、おびただしい書物がクラフトされた。発禁を受けた記事・投獄された記者の文書・殺害されたジャーナリストの遺稿などが、次々にアイテムとして本に書き起こされたのだ。その数は200以上にものぼるという。そして来たる3月12日、RSFが制定する「世界反サイバー検閲デー」に、めでたく「検閲のない図書館」の門戸が開かれた。すべての本はオープンサーバー上に安置され、『マイクラ』を遊べる人なら誰しもアクセスすることができる。何者かにブロックされることもなければ、改ざんを受けることもない。現在は5つの国・5人の発信者による文書が閲覧可能で、アーカイブは今後も増加していくという。

ただし、本プロジェクトはRSFが独力で成し遂げたわけではない。いくつかのクリエイティブ企業が連携するなか、名を連ねているのが「blockworks」というイギリス・ロンドンの会社だ。彼らはいわば『マイクラ』の専門集団で、設立以来7年間にわたって同作中の建築デザイン・施工を手がけてきた。ウォルト・ディズニー・スタジオやワーナー・ブラザースなど大クライアントの依頼に応えつづけるなか、とうとう2019年には『マイクラ』公式から10周年アニバーサリーマップの設計者に抜擢される。細密で色鮮やかなマップは大好評を博し、600万ダウンロードもの実績を残したという。

今回の図書館設計でもblockworksは実力をいかんなく発揮。実際の図書館や博物館建築でも用いられる新古典主義のスタイルを採用し、文化や知の象徴である古代ギリシャ・ローマを思わせる仕上がりとなった。建築には1250万ものブロックが用いられ、施工にあたっては16か国から24人のビルダーが携わったという。図書館内部は著作者らの国ごとに部屋が分かれており、巡回することでそれぞれの文書に触れることができる。「検閲と表現の自由」というテーマに沿って展示されたオブジェも見どころだ。建物中央のドームはゲーム内で幅300メートルにおよぶとのこと。建築家のひとり、blockworksのマネジメントディレクターでもあるJames Delaney氏は今回の「検閲のない図書館」について、「『Minecraft』の大胆な利用だ。このゲームの偉大さとコミュニティが創りあげてきたもの、すべてがまさしく凝縮されている」と語る(RSF)。

情報統制が敷かれ、国家が“正しい”とする情報しか与えられない状況について、RSFが懸念するのは子どもたちのことだ。ドイツのRSFマネージングディレクター、Christian Mihr氏は次のように語る。「若い人たちは、自分自身の意見を形づくることができないままに育ってしまう。世界でもっとも人気のあるコンピュータゲーム『Minecraft』をメディアとして使うことで、彼らを、縛られない情報にアクセスさせることができるんです」。『マイクラ』は検閲をくぐり抜けやすいだけでなく、世代を超えて子どもたちにも届けやすい点で理念にかなったツールなのだろう。RSFは次のように謳う。「次の世代に、情報の権利を得るべく立ち上がる力を与えましょう。そして圧政的なリーダーと闘う強力なツールを渡しましょう——すなわち知識を。」焚書なき永遠の図書館がこの先いかなる役割を果たすのか、永い歴史のなかで見守る必要があるだろう。

【UPDATE 2020/03/14 11:37】
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