VRなどを装着し、亡くなった娘と仮想現実で涙の再会。倫理面から批判の声が出るも、本人たちには救いに
仮想空間へのダイブおよび、そこでの疑似体験を可能とするVR技術。その活用分野はゲームや動画コンテンツにはじまり、今では医療や教育現場、ビジネスなど、あらゆる方面に伸びつつある(関連記事)。そして今回、VR技術は故人との再会でさえも実現させることになった。
韓国の放送局MBCは2月7日、ドキュメンタリー番組「あなたに会えて」を放送した。その内容は、亡くなった娘とその母親を仮想空間の中で再会させるといったもの。YouTube上で公開されている番組の映像にて、VR機器を被っている人物が母親のJang Ji-sung氏。そして仮想空間の中で話す少女が、今は亡きJang氏の娘Nayeonさんである。
Nayeonさんは2016年、わずか7歳という若さでこの世を去った。原因は難病だったという。大切な我が子を失ったJang氏の悲しみは計り知れない。実際に氏は、娘を亡くしてから月に一度は必ず納骨堂を訪れているという。また、遺骨が入ったネックレスを肌身離さず着けているとも。こうしたなか、今回ドキュメンタリー番組から出演依頼が寄せられたようだ。仮想空間なら今は亡き娘と出会えると。
番組映像の冒頭、仮想空間の中で娘を探すJang氏。氏は「どこにいるの」と呼びかける。すると草陰から「お母さん!」とひとりの少女が。その姿が亡き娘のものだと分かり、思わず涙を流し始めるJang氏。もう二度と会えないはずの娘との再会に感無量の様子だ。そして「お母さん、とても会いたかったよ」と話すNayeonさん。声を震わしながら、「私も本当に会いたかった」と我が子に手を伸ばす母。どうやら両手に装着した触覚デバイスにより、身体が触れ合う感覚も感じ取れるようだ。
その後も誕生日を祝ったり、人形と一緒に遊んだりと楽しい時間を過ごす母と娘。その途中では「お母さんがもう泣かないように」とNayeonさんが願うシーンも。しばらくしてNayeonさんは、近くにあったベッドの上でお母さんに向けて書いたという手紙を読み始める。どうやらお別れの時間のようだ。眠りに落ちるNayeonさん。最後に「お母さん、大好きだよ」と言葉を残し、Nayeonさんはいなくなる。この様子には、一緒にスタジオに来ていた父や姉弟、そして番組スタッフも思わず涙。現実世界では実現しえなかった母の願いは、仮想現実で叶うこととなった。
前述したとおりNayeonさんはすでに亡くなっているため、仮想空間に登場する少女はあくまで3Dモデルである。しかしその繊細な表情やしぐさ、グラフィックの質感は非常にリアルだ。それもそのはず、MBCは今回の企画のために8か月を費やしてNayeonさんのモデルを制作したという。VR技術を駆使し、Nayeonさんの顔や身体の動き、そして声まで再現したとのこと。さらに動きに関しては、モーションキャプチャー技術も取り入れているようだ。今回の企画はMBCとしても、前人未到の試みだったのだろう。
一方で今回の映像およびMBCの企画については、賛否さまざま。肯定的な意見としては、大切な瞬間を再び体験できるといったコメントや、亡くした大切な人と出会いたい気持ちはよく分かるといった共感の声が寄せられている。と同時に、悲しみを余計に増幅させるのではないかと危惧する意見や悪用の危険性を唱えるユーザーも出現。今回のMBCによる企画は、故人を人工的に作り出している。ゆえに倫理面や道徳面においてセンシティブな部分も大きく、企画自体の正当性が問われても仕方ないのかもしれない。
ともあれ、放送後の反響はかなり大きかったようだ。多くの視聴者がJang氏のブログに訪れ、最終的に20万以上のアクセスを記録したという(現在ブログは閉鎖されている)。また氏はインタビューにて、娘と出会えた時間は天国のようだったと述べており、企画についての賛否は別れているものの、出演したJang氏本人にとってはこの上ない経験になったよう。娘に会えない寂しさを募らせるよりも、今まで以上に愛していてあげようという気持ちになったとも語っており、前向きにもなれたようだ。
故人と出会うという、まさに現実では不可能な体験を可能にした今回の企画。否定的な意見も目立つ結果となったが、VR技術における新たな可能性を示したことは確かだろう。もしかすると技術の発展は、天国との距離でさえ縮めていくのかもしれない。今回の番組からはそんなことも考えさせられる。