Nintendo Switchのeショップでセール中の「100円ゲーム」が売れ存在感放つ。販売メーカーは何を考え、どんなメリットを得ているのか?
Nintendo Switchのニンテンドーeショップには、ランキングの項目が存在する。「すべてのタイトル」と「ダウンロード専用」に分けられたこのセクションでは、さまざまなタイトルが名を連ねている。そうしたランキングでは、しばしば見慣れないタイトルが上位に入ることがある。そのうちの多くが、セールで格安販売されているゲームだ。100円もしくはそれを下回る価格で売られるゲームたち。ユーザーは、お得さを感じ、あまった残高などでゲームを購入するのだろう。こうしたセールでの格安ゲームがランキング上位に入る現象は、グローバルに見て取れる。実際にそうした開発者はどのような思惑を抱いているのだろうか。Kotakuが取材した海外事情を引用しつつ、弊誌で取材した国内デベロッパー事情を踏まえ、「格安セールのゲーム販売」についての実態に迫っていく。
安くして販売本数が激増
海外事情としては、たとえばパブリッシャーのHitcentsは2018年1月にNintendo Switchで『Draw a Stickman: EPIC 2』をリリース。ゲームの価格を30%オフにすることで売上が10倍になったという。そしてその流れで8月に99セントでセールにして売り出したところ、1日の販売本数が1000倍になったとのこと。Hitcents は、同社がパブリッシングする『A Robot Named Fight』の開発者Matt Bitner氏に同じ手法を提案。同作は、Steam版よりも良いスタートを切ったものの、やがて勢いが鈍化していたからだ。セールで低価格にすることでランキング入りを果たし、ゲーム実況やTwitterで話題にされることも増えたという。Bitner氏は、低価格に設定することで注目を集めるのは良い方法であるとコメント。実際にセールしたことにより、前月に比べて売上が1500%になったほか、次回作を作るのには十分になったと振り返っている。
『Membrane』のSeth Scott氏は、9.99ドルの定価でゲームを売り出していた。「近日中」のカテゴリから出てしまうと、何の露出もなくなってしまうことも含めて、eショップの構造を研究していた同氏は、実験的な意味合いで何度かセールを実施し売上ランキングに顔を出す策を練る。そして最終的に99%オフというスイートスポットを見つけ、10万本を売り上げた。なお定価販売の売上は、わずか1%のみだという。同氏も大規模なセールをすることでRedditの投稿やYouTubeの実況を目にするようになったと語っている。
そのほか、いくつかの成功談が記されているが、いずれの事例もゲームの価格を大きく下げてセールすることで、ランキング入りを果たし注目を集めるというもの。それが彼らの手法で、そしてその手法に手応えを感じているようだ。理論自体は理解できるが、肝心の「利益」の部分には言及されていない。いくら多く売れようとも、利益を手にできていなければ意味がないからだ。こうした部分を確認するために、国内で「セールによる格安ゲーム販売」で存在感を見せるMUTANの担当者に話をうかがった。
新作のための旧作セールがきっかけ
MUTANといえば、『Sky Ride』や『ひっくりガエル』、『グーニャファイター』といったオリジナルタイトルを手がけるデベロッパー。同社は大規模なセールを敢行しセールスランキング上位に入るなど、eショップの構造を利用したプロモーションに熱心だ。しかし同社は、最初から思い切った値下げをするメーカーではなかった。もともとNintendo Switch市場に非常にポジティブな印象を持っていた同社は、『Sky Ride』で市場参戦を果たす。ゲーム発売後しばらく経ったところで売り上げが落ち着いてしまいセールをおこなっていたが、その時点ではプロモーションとして活用できていなかったそうだ。
同社が大幅なセール値下げを敢行したのは、『Sky Ride』が初めてだった。厳密にいえば同作の100円セールは、新作『グーニャファイター』のプロモーションのためだったという。期間前にセールしていた『グーニャファイター』の反響に手応えを感じながらも、手違いにより肝心の発売日にゲームは通常価格に戻ってしまった。その流れで、eショップでの露出も失われてしまったという。同社は急遽、『Sky Ride』を100円にして『Sky Ride』を持っているユーザーは『グーニャファイター』を割引価格で買えるというプランを考案。この『グーニャファイター』を売り出すためのプラン自体はうまくいかなかったものの、100円の『Sky Ride』は予想以上に売れ、100円の販促効果を実感したとのこと。
そうした経緯から、子供ユーザーが活発になる夏休みの期間に『グーニャファイター』を100円で販売するプランを敢行。ゲーム自体の評価も上々で、SNSやYouTubeでの投稿も増加し、プレイヤー人口の拡大がなされたとのこと。100円期間中の『グーニャファイター』の売り上げについては具体的な数字は言及が避けられたが、規模感的にはパッケージソフトの販売ランキング1位くらいの週販本数だったという。DLソフトランキングで2週間連続1位になり、コンスタントにプレイヤー数が増加したという。
利益は大赤字
肝心の利益について聞いてみたところ、販売本数のインパクトはあるが、利益としては大赤字であるという。しかしながら、利益は薄いものの今はユーザーに認知されるフェーズと捉えていると前向きな回答。担当者は、「大切なことは利益を犠牲にしてでも、何を得るかということだと思います。」と弊誌に決意を語っている。自分たちのゲームに自信があったがゆえに、セールを通じて多くのユーザーにゲームを知ってもらえることで、後述する動画投稿や有名イベント出展などの素晴らしいドラマが起こったと振り返る。「もしもゲームの出来が悪かったなら、このセールは売り上げ的にもプロモーションとしても意味のないものになっていたと思います。」と、埋もれるリスクがあった状況なども踏まえて、100円セールについて肯定的に捉えている。利益については、現在通常価格や通常セール時にて確保する試みであるという。
100円セールをしようと思ったきっかけとしては、面白いものを出しやすい環境が整ってきたものの、タイトルをリリースするためのハードルが下がり、数あるタイトルの中に埋もれてしまうリスクが増し続けている状況が出てきたことが理由であったそうだ。プロモーション費用をかけられないタイトルとして、とるべき方法として選んだのが「セール」だという。同社は、この路線にリスクがあることを認識しているとのこと。また今後プロモーションの一環としてセールをおこなう可能性は否定しないながらも、定価で買ってもらえるように商品価値を上げていくことが目的なので、商品価値の向上に比例してセール価格は定価に近づいていくだろうとコメントした。
そのほか、100円セールをおこなった効果としては、SNSなどで話題となったほか、ドワンゴ主催のイベント「ニコニコ町会議名古屋」ではメインの実況ゲームに選出されたり、有志ユーザーによるeスポーツ大会が開催されたり、インフルエンサーに取り上げられたことなど、多くの成果があったとも報告している。
定価購入者にはコンテンツとプレイヤー人口で補填
ただし低価格セール路線にはデメリットも存在する。通常価格で買ったユーザーが落胆する可能性がある点について訊ねた際には「アップデートやゲームの改善といったゲーム環境の向上」および「対戦ゲームとしてのプレイ人口増加」をあげていた。『グーニャファイター』は、発売後も継続的なアップデートによりコンテンツが追加されている。今後の展望としては、9月26日に同作で「実験室」と呼ばれる2週間に1度新しい遊びが楽しめるモードが開放されるといった最初の大型アップデートが実施された。グーニャの日である9月28日にはTwitter上で記念イベントを実施するとも。低価格でセールすることでユーザーを集め、コンテンツを増加させプレイヤー人口を充実させる。それが、MUTANの考える通常価格のプレイヤーへのある種の補填となるのだろう。長期的な視点でゲームのサポートをしようとしているMUTANだからこそとれる方法かもしれない。
なお、MUTAN担当者は、定価/セール価格にてゲームを購入したユーザーに深い感謝の気持ちがあるといい、「ゲームを通じて世の中を明るく、笑顔にすること」をモットーに開発を続けていくとコメントした。
国内外の低価格セールメーカーの事情を見たところ、露出の増加という点で、おおむねのメーカーがその試みについてポジティブに捉えている印象だ。またMUTANからの回答もあったように、利益については低価格セールでは得られていないどころか赤字の状態で、今後回収していくスタンスのようだ。ニンテンドーeショップは、金額ベースではなく本数ベースでランキングが構築されるため、今回のような低価格セール路線で注目を集めることができるのだろう。Steamのように金額ベースになれば、そのランキングの様相は変化するかもしれない。Nintendo Switchは依然として小規模開発者にとって魅力ある市場だと言われることも多いが、その一方で多くの作品が埋もれていっている。市場のポテンシャルを生かすための、キュレーション機能の向上に期待を寄せたいところだ。