インディースタジオWingman Gamesの代表Matt Norman氏は8月4日、警察官シミュレーションゲーム『Police 1013』の開発を中止し、同スタジオも閉鎖すると発表した。YouTubeに公開した映像では詳しい説明もおこなっている。本作は、実際の警官の仕事を体験できる作品として2014年から開発が続けられてきた。開発中止およびスタジオ閉鎖の理由としては、ソーシャルメディアからの個人攻撃があり、心身ともに耐えられなくなったからだとしている。しかし、それから僅か2日後に開発中止を撤回するという慌ただしい動きを見せている。
ふたりのYouTuberからの批判
今回の発表の中でMatt Norman氏は、ソーシャルメディアからの攻撃に関して、BigfryTVとSidAlphaというふたりのYouTuberの名を挙げている。いずれも10万人前後のチャンネル登録者を持つインフルエンサーで、ゲームデベロッパーに関する話題を中心に扱っており、『Police 1013』についても何度か取り上げていた。そのきっかけは、2019年3月に公開された本作の開発状況を伝える映像だった。
開発元Wingman Gamesは、公式サイトにて本作のロードマップを公開し、毎月各スタッフがどのような作業をおこなったのかを報告しており、映像としても公開していた。その今年3月の映像で披露された本作のビルドが、それまでよりもかなり開発が進んだように見えたことが、両YouTuberの興味を引いたようだ。なお同スタジオは、上の発表映像以外はすべて削除しており、オリジナルの映像はもう確認できない。また、TwitterやFacebookのアカウントも削除されている。
まずBigfryTVは、『Police 1013』の開発状況について疑問を呈していた。というのも、開発が進んだように見えたビルドの内容は、ほぼUnreal Engine 4のマーケットプレイスで購入できるアセットばかりと見られたためだ。既存のアセットを利用すること自体は問題ではないし、のちに差し替えるまでの仮のものという可能性もある。しかし、Wingman Gamesはクラウドファンディング形式でファンから約13万ドル(約1380万円)もの寄付金を集めて開発費に充てていたものの、こうした点についてファンに説明はしていなかった。
また、そのビルドはわずか5週間で制作したと説明されており、寄付金を募っておきながら、これまでの5年間は何をしていたのかとBigfryTVは指摘し、詐欺ではないかと疑惑の目を向けている。一方のSidAlphaはこの件について触れながら、さらにMatt Norman氏のネット上での振る舞いについて取り上げた。
影響力ある者の批判により、批判が激化
Norman氏はアセットの利用について認めながら、『Police 1013』の存在自体を疑問視する、特にアセットや同様のジャンルのゲームの開発者の声に対して強く反発。そして、名誉毀損で訴えると脅迫めいたコメントをあちこちに送っていたという。Norman氏はその後、SidAlphaの投稿により自らの過去の言動を見つめ直したと反省を示している。また、躁うつ病を患っていたことが一因だったと釈明した。
両YouTuberの一連の投稿をきっかけに、Wingman GamesおよびMatt Norman氏に対して、視聴者からの批判的な意見が殺到したようだ。今回の発表の中でNorman氏は、自身だけでなく妻や子供にまでその被害は及び、中には殺害をほのめかす脅迫まであったとしている。また、Norman氏が脳腫瘍の摘出手術を受けて本作の開発が一時停滞した際には、やはり詐欺だったのかといった声を受け、腫瘍のレントゲン写真を証拠として提示してもそうした声は止まなかったという。そのほかにも、秘密保持契約を守らないスタッフや、何か月経っても成果を出さない開発スタッフへの対応や、短期間で大きな進捗を求めるファンに悩まされてきたと述べる。
またBigfryTVやSidAlphaのようなインフルエンサーについては、視聴者数とYouTubeでの広告費を稼ぐことを目的に、一方的な見方を繰り返してきたと批判。また、インフルエンサーが特定のゲームに対して詐欺であると述べたことで、開発が立ち行かなくなったインディースタジオはこれまでにもあり、業界に対する問題提起もおこなっている。そしてNorman氏は、これ以上『Police 1013』の開発を続けることはできないとし、このプロジェクトを信じて寄付してくれたファンに謝罪した。
今回の『Police 1013』の開発中止の発表を受け、BigfryTVもその内容を報じている。BigfryTVは、これまでの投稿の中で本作は詐欺であり、Matt Norman氏を詐欺師と呼んだことは間違いないが、同氏やその家族を個人攻撃したことはないと反論。本作の開発状況について取り上げただけで、視聴者がコメント欄などでNorman氏を攻撃したとしても、自らには何の責任もないとした。
こうした一連の動きから2日経った8月6日、『Police 1013』の公式サイトが突如更新。本作の開発中止の発表が削除され、代わりに新たな発表がおこなわれた。それによるとNorman氏は、寄付してくれたファンのために、開発中止よりもポジティブな方向でできることはないかと思案していたという。そして、これまでの開発資産をほかのデベロッパーに提供し、本作の開発を継続させる考えを示している。Norman氏自身は開発には直接関わらないが、チームの一員として残るとのこと。『Police 1013』の将来は、これに応募するデベロッパーが現れるかどうか次第となったようだ。
『Police 1013』の開発は、確かに順調には進んでいなかったように見える。開発者Matt Norman氏の過去の言動を含め、YouTuberが自らのコンテンツの題材にするのは、昨今において避けられない流れだと言えるだろう。一方で、インフルエンサーが状況的な証拠だけで誰かを詐欺と呼ぶことを正当と呼べるかは疑問の余地が残る。ひとりが批判をすることで、風向きが大きく変わりえる。そんなインフルエンサーなどがもたらす影響については、今一度考えさせられる一件である。