『Anthem』の開発はなぜ難航を極めたのか。BioWareの現・元従業員の声をもとにした詳細レポートが公開される
これまでに『マフィアIII』開発元Hanger 13、『Dead Space』シリーズのVisceral Games、Blizzard Entertainmentの『ディアブロ』開発チームなどの内部事情を探り、数々のスクープを世に放ってきた海外メディアKotakuのJason Schreier記者が、開発期間6年半におよぶBioWareの『Anthem』プロジェクトが難航した経緯を、BioWare現従業員および元従業員の計19名による証言をもとに記事として公開した。Schreier氏は本作が発売される前の2018年1月時点でも、『Anthem』の開発に苦悩するBioWare内部の様子をレポートとして届けていた(関連記事)。今回はより詳細な調査が行われており、BioWareも公式ブログにて同記事に対するレスポンス文を出している。
『Anthem』は弊誌でも度々取り上げているように、2019年2月のリリース以降、もはや網羅することすら困難なほど膨大な量の問題に悩まされ、各方面から批判され続けている。技術的なトラブルからゲームデザインの根幹部分に対する不満まで、『Anthem』のsubredditは、鳴り止まぬプレイヤーたちの悲鳴で日々埋め尽くされている。リリース時点での不具合の多さやチューニング不足、『Destiny』『The Division』などの過去事例から学んだとは思えない不完全な仕様であったりと、本作の開発はまともには進行していなかったと思わせるような課題が今もなお山積みだ。そんな本作の開発は、どのようにして迷走していったのだろうか。Schreier氏のレポートから浮かび上がってくるのは、マネジメントの失敗と優柔不断さが招いた悲劇の物語であった。
ビデオゲームのボブ・ディランになりたかった
※2014年に公開された、当時未発表タイトルであった『Anthem』のコンセプト映像
まず「E3 2017」にてゲームが正式発表される直前まで、本作のタイトルは『Anthem』ではなく『Beyond』であったという。人類の拠点となるフォート・タルシスの防壁を超えて(beyond)外界へと繰り出していくという、本作の世界観に沿うタイトルだ。しかしながら、商標登録に難航したことから改名を余儀なくされる。『Beyond』という、しっかりとした意味が込められていたタイトルとは違って、『Anthem』という単語は当時ゲームと関連性がなく、開発チームのほとんどはタイトルの意味が理解できずにいた。『Anthem』というタイトルの意味やゲーム内での位置付けは、E3 2017でゲームを発表してから、後付けで考案されたものだ。
このエピソードひとつだけでも、『Anthem』のビジョンがいかに曖昧なものであったのか、感じ取れるだろう。ちなみに、2012年の草案段階でのプロジェクト名は「Dylan」。「ビデオゲームのBob Dylan」として、ゲームの歴史に名を刻むという想いが込められていたという。
6年半のうち、本開発は12か月〜18か月
本作の開発期間は6年半とされているが、そのうちの大半はプリ・プロダクションに費やされていた。脚本のリライトやゲームデザインのリブートにより時が流れ、本格的なプロダクションが進んだのは最後の12か月〜18か月のみ。あまりのドタバタ劇により、最後の数か月になるまで、多くの機能は実装されなかった。Kotakuの取材に応じた情報提供者たちによると、E3 2017でデモ映像が流れるまで、作っている側としても『Anthem』がどういうゲームなのか、よく理解していなかったという。
しかも2012年当時のコンセプトは、今のようなルートシューターではなく、Co-opサバイバルゲームに近かった。当時は長年BioWareに在籍していたベテラン開発者Casey Hudson氏が力強いビジョンによりプロジェクトを引っ張っていた。EAが実施している各開発チームの健康状況報告書によると、『Anthem』チームの士気はEAプロジェクトの中で最高。BioWare内では、『Mass Effect Andromeda』のチームからうらやましがられる存在だったという。
しかしながら開発が進むにつれて技術面およびゲームデザイン面での問題に次々と直面していったほか、リーダーであったHudson氏がBioWareを退職(その後2017年7月、BioWareのゼネラル・マネージャーとして復帰している。関連記事)。かわりに2011年に入社した元DisneyのJon Warner氏がゲームディレクターの座に就くこととなった。
物語としても、当初構想されていたものと、2015年に『Dragon Age』シリーズのライターDavid Gaider氏がチームに加わってから考案されていったものは大きく乖離しており、チーム内で意見の対立が生まれていったという。この点についてGaider氏はKotakuの取材に応じており、「サイエンス・ファンタジー」路線の物語を要望したのはデザインディレクターのPreston Watamaniuk氏であり、Gaider氏自身のアイデアではないと回答。そしてそのサイエンス・ファンタジー路線に対して、「これまでのBioWare作品とは異なる物語」を求めていたチームメンバーから大きな反発があったことは事実であると答えている。なおGaider氏は2016年にBioWareを退職。その後も脚本はリライトされ続けることとなった。のちにナラティブディレクターに着任したjames Ohlen氏も、『Anthem』発売前にBioWareを去っている。
EAやスタジオ内での力関係、そしてFrostbiteに苦悩
同作はEAのFrostbiteエンジンを採用している。BioWareも過去作でFrostbiteエンジンを利用しており、ノウハウのあるスタッフもいるのだが、Frostbiteを使える優秀なスタッフは次々とEAの『FIFA』プロジェクトに引き抜かれていき、能力・人手ともに不足していったという。またEAのFrostbiteチームからゲームエンジンについてサポートを得たくても、『Anthem』の優先順位は『FIFA』や『Star Wars バトルフロントII』と比べて低いことから、なかなか助けてくれず、どんどん計画に遅れが生じていったという。
EAとの関係値だけでなく、カナダ・エドモントンと、アメリカ・テキサスにあるBioWareのスタジオ間の関係悪化も問題となっていった。テキサスのスタジオには、『Star Wars: The Old Republic』にてオンラインゲームの開発経験があるスタッフが在籍しており、Co-op中のカットシーン挿入が招くプレイ体験の悪化など、オンライン独自の問題点について、主導権を握るエドモントンのスタジオにフィードバックを送っていたが、力関係の問題もあり相手にされなかったとのこと。
スタジオ間だけでなくチーム内でもマネジメントの問題を抱えていたようだ。先述したWatamaniuk氏や、アートディレクターのDerek Watts氏、アニメーションディレクターのParrish Ley氏といったリーダー陣による「不透明なビジョン」が問題の根源であったと、Kotakuの取材に応じたBioWareの元従業員らは語っており、彼らが責任を持って決断を下そうとしないため、何度議論しようと、ゲームのメカニックや登場種族の背景ストーリーなどが、いつまで経っても決まらなかったとのことだ。
いざ決断が下されても、Frostbiteエンジンにことごとく泣かされ、実際にビルドに落としこまれるのは数か月後、もしくは1年以上経ってからというケースがざらにあったという。そのころには開発状況は変わってしまっている。Frostbiteでは実現が困難という理由で実装を見送った機能やアイデアも沢山あったとのことだ。いまでも『Anthem』に新しいゲームメカニックや機能を追加したり、簡単なバグを修正したりといった作業には、Frostbiteが原因でかなり苦しんでいると、従業員のひとりは伝えている。
飛行移動すら、E3発表直前まで実装が決まっていなかった
いまでこそ『Anthem』最大のセールスポイントとなっている飛行移動でさえ、2017年初頭時点の社内ビルドでは実装されておらず、最後の最後まで取り入れるべきか議論が交わされていたという。プロジェクトリーダー陣はさまざまな技術的な問題、ゲーム設計上の問題により飛行移動の実装に反対していたが、当時の社内デモ版の完成度に満足していなかったEA幹部のPatrick Söderlund氏を説得するとの目的で、2017年春、ゲームに組み込むことにしたという。
その直後の6月、E3 2017で公開されたゲームプレイ映像は、Söderlund氏のためにつくったデモ版を土台にして制作されたものだ。この時点ではまだ開発はプリ・プロダクション段階。ミッションはひとつもできあがっていないし、ゲームプレイ映像で流れた各種機能や飛行移動のメカニックに関しても、どうすれば実装できるのか、そもそもFrostbiteエンジンで実装できるのか、あまりわかっていなかったという。この流れからして、最後の最後までビジョンが固まっていなかったことがわかる。
おかしいとわかっていても直せない
YouTubeではE3 2017と製品版の比較映像などが投稿されているが、製品版の仕上がりがデモ映像とここまで大きく異なるのは、デモ映像公開時点ではほとんどゲームが出来上がっていなかったからだ。「2018年秋」という当初の発売予定時期がいかに無謀であったかがわかる。2019年2月という最終的な発売日にもかなり無理があったが、EAとしては会計年度末となる2019年3月以降まで先延ばしにすることは認められない。圧倒的に時間が足りない中、リリースするしか選択肢はなかったのだ。
たとえば、異様に多く、そして長いロード時間についても、もちろんゲームとして問題であることは理解していたが、ゲームの土台ができあがっていない状況で対応する余裕はない。あからさまなキャンペーン時間の水増しミッションが存在するのも、コンテンツを作り込む時間が明らかに不足していたからだ。そしてリリース日に間に合わせるため、BioWareの『Dragon Age』新作も犠牲に。『Dragon Age 4』のリソースの大半が『Anthem』にあてられたことから、『Dragon Age』プロジェクトは一旦中断され、また最初からやり直すことになった。
E3でのゲーム発表後も開発はスムーズに進まず、何度も何度もアイデアをスクラップしては最初からやり直すという工程が繰り返されていった。ミッション構造、ルートシステム、ジャベリンのスキルなどの仕様や中身が確定するのはさらに先。バグを探すためにプレイテストしようにも、バグが多すぎてまともにテストすることすら困難。そんな状態では、ルートドロップのバランスや、実際のエンドゲーム体験など調整しようがない。なおゲーム内ストアで装飾アイテムを販売することは決まっていたが、Co-opミッション外で他プレイヤーに見せつける場がないことに気づいたのもギリギリになってからで、大急ぎでこしらえられたのが、ほとんど使われることのない、フォートタルシスのローンチベイである。
キャラクターのパフォーマンスキャプチャーに関しても、予算の関係上、ワンテイクで撮らなくてはいけないことが多かったという。そしてゲームデザインや物語が絶えず変わり続けるなかで一発撮りを続けた結果、意味が成立しないシーンが無数に生み出されることとなった。実際にプレイして何度か違和感を覚えた方もいるだろう。たとえば、ストロングホールドで最初にアンロックされるタイラントの坑道では、とあるNPCと既知の間柄であるように話しているのに、2番目にアンロックされるスカーズの神殿ではいきなり自己紹介が始まる。ミッション中、ジャベリンスーツが壊れていないのに、壊れてしまったと言い出すNPCがいたり、フォート・タルシスにてNPCが目の前にいる他NPCの噂話をし始めたりといった、よく考えてみるとおかしい奇妙な会話が複数確認できる。だが、おかしいとわかっていても、もはや変えることはできない。
労働環境と精神状態の悪化
一時期はEAプロジェクトの中でもっともモラルが高いと言われていた『Anthem』開発チームであるが、2017年から2018年にかけてベテランスタッフが次々と去っていき、チームは穴だらけになった。現在のエグゼクティブ・プロデューサーMark Darrah氏がチームに入ったのは2017年10月。6年半の開発期間のうち、関わったのは最後の1年4か月だけだ。なおDarrah氏は、物語、レベルデザイン、ルートシステム、世界設計などが一向にまとまらない中、きっちりと発売日に間に合わせることに大きく貢献したようで、Kotakuにコメントを寄せたBioWare元従業員はDarrah氏について、それまでのリーダー陣に不足していた「決断を下す」能力に長けていたと評価している。
とはいえ、猛烈に時間が足りない中での開発は過酷を極めたようで、退職者が続出しただけでなく、複数のスタッフが精神的な理由で職場から離脱していったという。Kotakuの取材に応じたBioWareの元従業員たちは「スタッフは常に怒り、悲しみに暮れていた」「BioWare内では憂鬱と不安が蔓延していた」といったコメントを寄せている。精神状態の悪化により離脱していったスタッフは、社内で「ストレス犠牲者(stress casualties)」と呼ばれているとのこと。
BioWareマジック
スタジオ内部で使われている用語としては、ほかに「BioWareマジック」というものが紹介されている。どれほどゲーム開発が難航していても、最後の数か月で必ずなんとかなるという精神風土だ。『Mass Effect』三部作や『Dragon Age』シリーズなどの成功事例から定着していったものだという。これらの作品も、開発終盤のデスマーチにより、高評価を得る作品へと昇華させていったという。だが、『Mass Effect Andromeda』『Anthem』と低評価が続いたBioWareには、もう魔法の力は残っていないのかもしれない。
『Anthem』は、長期運営が想定されたライブサービスゲームだ。現在もアップデートが続けられている。Kotakuの報道によると、現在残っている『Anthem』スタッフが本作の未来を悲観的に捉えているわけでもない。ゲームの運営はエドモントンではなく、オンライン開発経験のあるテキサススタジオのスタッフ主導で進められているため、山積みになった問題も解消していけると、自信を覗かせているという。『Destiny』や『The Division』が長期運営を経て改善されていったように、いずれ『Anthem』が評価される日も訪れるのだろうか。
BioWareのレスポンス
なおKotakuが記事を公開した直後には、BioWareの公式ブログが更新され、同記事に対するレスポンス文が公開されている。リーダー職を含む開発チームの現従業員および元従業員全員を信じ支持すると同時に、記事内では特定メンバーおよびリーダー陣が不公平に取り扱われていることから、本件についてコメントすることは避けると声明。従業員たちのことを考え、彼らをこきおろすような行為に関与したくはないと伝えている。
また記事内で言及された労働環境の問題については、社内文化の改善に努めており、クランチと呼ばれる集中的な長時間労働を避けるための改善案を設けるとともに、社内アンケートの結果も踏まえて取り組みを続けていると語っている。そしてスタジオとして、チームとして、全ての批判は受け入れるとしつつも、ゲーム開発のために全力を注いでいる人たちをこきおろすような行為に価値はなく、そうした記事はゲーム業界やゲーム開発の発展や改善には貢献しないと回答。スタジオは今後もプレイヤーたちのために、『Anthem』をより良いゲームにすべく全力を尽くすと述べ、声明文を閉じている。