無料ゲームとして17年開発されてきた『Dwarf Fortress』がSteam/itch.ioでの有料販売に踏み切った背景には、健康悪化と医療制度への不安があった

有名フリーウェア『Dwarf Fortress』の有料版が、Steam/itch.io向けに発表された。開発開始から17年が経過したこのタイミングで有料販売を決めた背景には、『Dwarf Fortress』開発者の健康悪化および米国医療制度への不安があった。

Tarn Adams氏およびZach Adams氏兄弟が設立したBay 12 Gamesは3月13日、フリーウェアとして配信されている『Dwarf Fortress』の有料版をSteam/itch.ioにて発売することを発表した。『The Shrouded Isle』『Moon Hunter』『Boyfriend Dungeon』など特徴的なインディー作品のパブリッシャーを務めるKitfox Gamesの協力のもと、20ドルの販売価格で発売される予定だ。同作の開発が始まったのは2002年。2006年8月に無料アルファ版の配信が開始され、その後も今に至るまでアップデートが続けられている。

 

カルト的人気を誇る老舗シミュレーションゲーム

『Dwarf Fortress』は、ドワーフたちの住処となる要塞を築き上げ、飢餓、ドラゴンの襲撃などさまざまな危機を乗り越えていく、ファンタジー世界のシミュレーションゲーム。「もっとも奥深く、複雑なワールドシミュレーション」と謳う『Dwarf Fortress』は、自動生成されたマップ上にて、文化、生物、文明の発展と凋落など、世界全体がシミュレートされていく。コミュニティ内では「Losing is Fun」というスローガンが浸透しており、何をやっても免れることのできないコロニーの崩壊を見届けることも、楽しみのひとつ。のちに登場する『RimWorld』『Prison Architect』『Minecraft』といったシミュレーションゲームに影響を及ぼしてきた一作であり、いまだカルト的人気を誇っている。また、通常のフォートレスモードとは別途、ひとりの冒険者として自動生成された世界を旅するアドベンチャーモードと、自動生成された世界の歴史を追っていくレジェンドモードも存在する。

有料版『Dwarf Fortress』には、新しいタイルセット、グラフィック(オリジナルのASCIIモードもあり)、サウンド、SteamワークショップおよびMod対応などが盛り込まれている。ただ根幹となるゲームプレイは無料版と変わらず、これまでどおりの『Dwarf Fortress』を楽しめるという。無料配信されている既存のASCII版は、『Dwarf Fortress Classic』として今後も継続的にアップデートされていくとのことだ。

なお有料版用の新しいグラフィックおよびタイルセットは、Adams氏自身の長年の知り合いでもあるKitfox GamesのTanya 氏主導で、ModderのMaydayことMichał Madej氏、MephことPatrick Martin Schroeder氏と共に進められているという。またサウンド面では作曲家/SFXデザイナーのDebu氏が企画に参加している。今回の有料版販売は、後述するAdams氏の医療費およびPatreonの今後に対する不安を聞いたTanya氏が持ちかけた企画とのことで、売上のレベニューシェアは極めて良心的。配信プラットフォーム側の取り分が引かれたのち、残りの20%をパブリッシャーのKitfox Gamesが、80%を開発元Bay 12 Gamesが得られるような契約条件になっているという。

 

健康および米国の医療制度に対する不安

オリジナル版『Dwarf Fortress』

2002年からフリーウェアとして開発されてきた本作の有料版を、このタイミングで発売しようと決断した理由については、制作者のひとりであるZach Adams氏および親しい家族メンバーの健康悪化と高額な医療費が挙げられている。幸いZach Adams氏の医療ケアは、加入している医療保険によりカバーできているが、保険プランが短期間のうちに何度も変更されたことや、彼らが住む米国の現在の政治的状況を鑑みると、今後どうなっていくのか不安で仕方がないという(Patreon)。そうした家族が直面している健康面での不安、そしてTarn Adams氏自身が年を重ねるごとに将来への備えが必要であるとの危機感を高めていることを踏まえ、有料版の販売という決断に至った。

これまでAdams氏は、コミュニティからの直接の寄付およびPatreonに頼って生活を送ってきた。だが、現在の健康状態および将来負担になってくるかもしれない高額な医療費のことを考えると、このまま寄付だけに頼り続けるのは危険。Tarn Adams氏がもしもZach氏のように医療ケアを受けることになれば、「貯金が全部飛んでいってしまう」と不安を隠せずにいる。Steam/itch.ioでの有料販売は、開発者を支援する方法ならびに彼らの収入源を増やすための新たな選択肢なのだ(公式FAQ)。

また現在は収入の4分の3をクラウドファンディングサービスのPatreonに頼っているのだが、今後ビジネスモデルがどう変わっていくのかわからない。というのも、今年1月にPatreonのCEOであるJack Conte氏が、急激な成長を遂げている同サービスにおいて、現行の寛容なビジネスモデルは持続可能なものではないと、不安を覗かせていたのだ(CNBC)。Patreonは現在、資金の90%を寄付対象となるコンテンツクリエイターの手元に渡している(残り10%のうち、5%が取引手数料、5%がPatreonの取り分)。仮にPatreonでの取り分が減れば、収入も貯金も限られた彼らにとっては大打撃となる。

有料版をリリースしたからといって、収入が安定するとは限らない。だがこのまま寄付だけで生きていくことは現実的ではなく、あらたな収入源を生み出そうと動く必要があったのだ。なお、有料版のアナウンス時点でのPatreonの月間寄付額は5900ドルであったが、Adams氏の置かれた状況が知れ渡ったためか、本稿執筆時点では6900ドルにまで増えている。

 

世界のすべてをシミュ―レートするその日まで

またTarn Adams氏はPCGamesNのインタビューにも応じており、米国の医療システムに対する不安は、彼らのような個人開発者だけでなく、ゲーム業界全体が抱いているものだとコメントしている。いつ無くなるかわからない収入源に頼り、いつ起きてもおかしくない健康悪化と高額医療費の支払いを恐れて生活を送るAdams氏。彼ら自身が置かれた状況もあってか、国民皆保険およびベーシックインカムには賛成派であると、先述したPCGamesNのインタビューにて語っている。ただ同時に、そうした主張は、彼らのライフスタイルにも合うような制度を整備してほしいという、わがままな気持ちから出てきたものであることも、理解しているという。

開発開始から17年が経過した『Dwarf Fortress』であるが、Adams兄弟の同作の開発における目標は世界の全てをシミュレートすること。Steamストアページの記載内容によると、現在の完成度はざっくり42%ほどということで、二人が思い描く『Dwarf Fortress』の完成形に至るまでには、まだまだ長い年数を要するものと思われる。プロジェクトを完遂させるためにも、長期的な収入確保を視野に入れ、予期せぬ出費に備える必要がある。情熱から始めたゲーム開発も、いずれそうした現実的な問題に直面するということを赤裸々に示してくれた例と言えるだろう。

Ryuki Ishii
Ryuki Ishii

元・日本版AUTOMATON編集者、英語版AUTOMATON(AUTOMATON WEST)責任者(~2023年5月まで)

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