大規模マルチプレイを実現する新鋭の開発ツールSpatialOSが、Unity規約違反によりライセンスはく奪。ライバルEpic Gamesが約27億円のツール乗換基金を用意

Unityのサービス利用規約に反するとして、開発ツールSpatialOSの提供元ImprobableのUnityライセンスが停止された。この一件を受けてEpic Gamesが25億ドルのツール乗換基金を発表している。

テクノロジー企業Improbableが、Unityのサービス利用規約違反によりUnityライセンスをはく奪されたと報告。同社はオンラインマルチプレイゲーム向けの、クラウドベースの開発プラットフォームSpatialOSを提供しており、そのSpatialOSの利用条件を巡って2社間で意見の不一致が生じた。だが規約違反に関する事実関係について、両社の発表内容に齟齬があることから混乱を呼ぶことに。そんな中、Unityのライバル企業であるEpic Gamesが、SpatialOSを利用している開発者を対象とした2500万ドル(約27億円)のツール乗換基金を発表するという事態に発展した。本稿では、本件に関する一連の流れが見えるよう、各社の発表内容を順番に追っていく。
【UPDATE 2019/01/12 18:43】
ツール乗換基金の記述について、「25億ドル(約27億円)」という誤った表記になっていたため、「2500万ドル(約27億円)」に修正

SpatialOSとは

まずImprobableとは、2012年に新設された英国のテクノロジー企業。同社が提供するSpatialOSは大規模なオンラインマルチプレイを実現するための、クラウドベースの開発プラットフォームとして近年その名を広めつつある。ひとつのサーバーごとにゲーム世界を構築・運営する一般的な手法とは違い、複数のサーバー・複数のゲームエンジンを連携させることで、大規模かつ複雑なゲーム世界を分割してシミュレートしながら、シームレスに連携させることが可能。開発における素早いイテレーションや軽い動作を強みとしている。

SpatialOSを利用したタイトルとしては、『Worlds Adrift』『Lazarus』といった運営中のオンラインゲームのほか、『Halo』シリーズ開発者が手がけるサバイバルシューター『Scavengers』、1000人対戦バトルロイヤルゲーム『Mavericks: Proving Grounds』など開発中の注目作品による採用事例が増えてきている。比較的小規模なスタジオながら、スケールの大きな作品を開発できるというメリットが顕著となったラインナップとなっている。

SpatialOSを提供するImprobableは、これまでにGoogle Cloudとの提携のほかEpic Games、Crytekなどさまざまな企業との技術連携を進めてきた。Unityも例外ではなく、2018年10月にはUnity向けのGame Development Kitを公開している(関連記事)。なお現在SpatialOSはオープンベータ段階にあり、公式サイトからは無料版のSDKをダウンロードできる。

 

Improbableの主張:全開発者が影響を受ける

SpatialOS x Unity製の『Worlds Adrift』

Unity向けのGDKを公開したばかりのImprobableであるが、このたびUnityのサービス利用規約改定を受けて、SpatialOSを利用している全タイトルがUnityの規約に反することになったと公式ブログにて発表。Unity製タイトルは今後、SpatialOSを利用した作品の開発・運営が禁止されるほか、Improbable自体のUnityライセンスがはく奪されたため、ゲームのサポートにも支障が出ると主張。UnityではSpatialOSの利用が不可能になったことから、今後は他のゲームエンジンに移行するためのサポートなど、開発者向けの代替手段を模索していると説明していた。だが後述するように、開発・運営中の個別タイトルが規約違反に該当するというのはImprobableの誤認である。

 

Unityの説明:規約違反に該当するのはImprobableだけ

Unityは、ImprobableのツールがUnityのサービス利用規約およびEULAに違反することは、Improbableに対して1年以上前から伝えており、両社間で長きに渡り続けられてきた交渉が失敗に終わったことから、Improbableとの関係解消に至ったと説明されている。Improbableは先述した公式ブログにて、Unityによるライセンスはく奪は予期せぬ対応であったかのように語っていたが、実際にはかなり前から把握していたはずだというわけだ。Improbableと対話したことのあるゲーム開発者の中には、Improbableは2017年時点でUnityのサービス利用規約に違反していることを認識していたと述べる者もいる。

Improbableは、SpatialOSを利用している全タイトルの開発・運営が規約違反に該当すると説明していた。この点についてUnityは、SpatialOSを利用している「開発中のプロジェクト、および配信中のプロジェクトが、Unityが Improbable社に対して取るあらゆるアクションによって影響を受けることはありません」と伝えており、Improbable側の発表とは齟齬が生じている。事実、先述したSpatialOS利用タイトル『Worlds Adrift』の運営は今も継続されている。

情報の齟齬については、ゲームエンジン提供者であるUnity側の発表が正しいものとして受け止めてよいだろう。なおImprobableのUnityライセンス停止後も、SpatialOS利用タイトルが開発・運営を続行できる旨は、Improbable側にも説明してきたとのことだ。

ではライセンスはく奪につながった直接の理由とは何なのだろうか。これについてUnityは、「Unityのテクノロジーや名称を、Improbable社の製品の開発、営業、マーケティングにおいて、規約上認められない不適切な方法で利用していました」という理由を挙げている。

さらにUnityはクラウドサービスの利用について、「サードパーティ製のサービスにおいて、Unityランタイムをサードパーティ製の追加の SDKと組み合わせてクラウド上で実行する場合、Unityはその組み合わせは 1つのプラットフォームとみなします。このような場合には、Unityはそのサービスに、認定を受けた Unityプラットフォームパートナーとなるよう要請します。こうしたパートナーシップの締結により、Unityとしては幅広いプラットフォームに対して、堅牢なサポートを提供し、デベロッパーの事業を成功に導く手助けができるようになると考えています」と説明しており、UnityがImprobableと交渉していたのは、まさしくこのパートナーシップの締結に関するものだったという。

なおImprobableはライセンスが停止された理由について、2018年12月のUnityサービス利用規約改定が原因であると説明していたが、この点についてもUnity側は補足している。Unityいわく、2018年12月の規約改定は、規約内の曖昧な文言を明確な表現に変えるものであり、根本的な内容を変えたわけではないとこと。改訂によりこれまで許容されていたものがNGになったのではなく、あくまでもUnityとImprobable間の個別の問題だったというわけだ。Unityとしては、Improbableが一向に応じないことから、もはやライセンスをはく奪するほかなかったという。

 

Epic Gamesのツール乗換基金

SpatialOS x UE4製『Scavengers』

Unityとの関係が決裂したImprobableは1月10日、Epic Gamesと提携し、2500万ドル(約27億円)の基金を設立したことを発表。SpatialOSとUnityをセットで利用している開発者を対象に、よりオープンなゲームエンジン・サービス・開発環境への移行をサポートするための基金であると説明されている。

同時にEpic Gamesは、デベロッパーやミドルウェア提供者を含む全ての関係者とオープンな関係を保つ意向である旨を説明した上で、Improbableの開発プラットフォームSpatialOSについても、Unreal Engine用のGDK(Game Development Kit)を用意していると改めて紹介。また、デベロッパーの選択を尊重するフェアでオープンなビジネス関係、そしてプラットフォーム・ソフトウェア・サービス間の完全な相互運用性を推奨する企業として、より成熟した業界を実現するため、価値観を共有する企業・団体に、各社が団結するよう呼び掛けている。

冒頭で述べたImprobableの誤情報を含む発表により、Unityが開発者フレンドリーではないビジネスプラクティスに準じていると世間に思われている中で、Epic Gamesは同業他社として、より寛容なアプローチを取っているとアピールすることに成功。ライバルよりもオープンで開発者フレンドリーな企業であるという宣伝の仕方は、Steamとの違いを強調したEpic Gamesストアの発表方法とも似ており、好印象を与える上でもわかりやすい手法といえるだろう。

 

Crytekも反応

SpatialOS x CRYENGINE製の『Mavericks: Proving Grounds』

また今回の騒動を受けて、SpatialOSに対応しているゲームエンジンCRYENGINEの提供元Crytekも1月11日にアナウンスメントを出している。SpatialOS/CRYENGINEの組み合わせにより開発されているタイトルとしては、1000人対戦型バトルロイヤルモードを搭載することで注目を浴びた『Marvericks: Proving Grounds』が挙げられる。発表内容としては、Unity/Improbable間のトラブルについて直接意見するのではなく、あくまでもCrytek/Improbableが引き続き協力体制にあることを強調するものとなっている。他のデベロッパーや関係者を安心させると同時に、SpatialOSが世間の注目を浴びているこのタイミングで、自社製品や自社の取り組みを改めて宣伝することで、認知度を上げる狙いもあるのだろう。

このようにUnityとImprobableの関係解消は、複数のゲームエンジン提供者を巻き込んだ騒動へと発展していった。Unreal Engine・Epic Gamesストア・『フォートナイト』などで勢いに乗るEpic Gamesが話題をかっさらいつつあるが、Improbableの一方的な情報公開により向かい風を受けたUnityも、公式ブログなどを通じた状況説明や開発者サポートにより、正しい情報が行き渡るよう対応を続けている。なおEpic Gamesは「よりオープンなゲームエンジン」という表現を用いているが、UnityとImprobableの交渉が決裂した理由が明らかでないがゆえに、Unityが開発者にとってオープンなゲームエンジンなのか、そうでないのかは、この一件を持って結論付けられる話ではないだろう。

Ryuki Ishii
Ryuki Ishii

元・日本版AUTOMATON編集者、英語版AUTOMATON(AUTOMATON WEST)責任者(~2023年5月まで)

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