ゲームを生み出すには過酷な労働が必要なのか?『RDR2』開発者の週100時間労働告白が「働き方」議論を加熱させる

『レッド・デッド・リデンプション2』の開発を率いるRockstar GamesのDan Houser氏が、同作を作り上げるために週に100時間労働したことがあると告白したことが波紋を呼んだ。そして労働に関する話題は、海外を大きく揺るがす議論のテーマとなっている。

『レッド・デッド・リデンプション2』の開発を率いるRockstar GamesのDan Houser氏が、同作を作り上げるために、2018年に幾度か、チームが週に100時間労働することもあったと告白したことが波紋を呼んでいる。Houser氏は、ニューヨークマガジンVultureのインタビューにて、『レッド・デッド・リデンプション2』がいかに大作であるかを力説する上で、チームが週100時間労働することもあったと話した(関連記事)。しかしその告白は、一部のユーザーやメディアにとって“頑張りの成果”ではなく、労働者を虐げているように映ったようだ。海外メディアが大々的にこの問題を報道し、フォーラムの議論は加熱。ゲームとは別の部分で、『レッド・デッド・リデンプション2』は注目の的となった。

 

強制ではない

Houser氏はこの報道に反応し、Kotakuの問い合わせをうけ、釈明をおこなった。その要点をまとめると以下のようになる:

・インタビューで話したのはHouser氏が属するシニア・ナラティブ(脚本)チームに関する内容であり、スタジオ全体に当てはまる話ではない
・チームは4人で構成された、12年以上業務を共にしてきたシニアチーム
・100時間労働をしたのは、7年間のうち3週間のみ
・会社の他の人々にこんな働き方を強いてはいない
・作品に対する情熱から一部のシニアスタッフが長時間労働を行うことがあるが、違った働き方をしているシニアスタッフもたくさんいて、彼/彼女らも同等の生産性を発揮している
・長時間労働を強いたことはない、あくまで任意

つまり、自分たちがスタジオの上層部かつ特殊なチームであること、一週間の労働時間が100時間を超えたのは3週間のみであったこと、そしてその長時間労働は任意であったことを強調している。ゲーム開発が終盤に差しかかると、プロジェクトチームは締め切りに追われ、徹夜をふくむ長時間労働を連日くりかえす期間が訪れる。海外ではこれをCrunchと呼んでいる。Rockstar Gamesが過度なCrunch状態にあったとの指摘に対し、Houser氏は、短期間のみかつ任意、そしてスタジオ全体ではなく一部のスタッフだけが経験したものであると釈明した形だ。

ホリデーシーズンに発売される作品の中でも規格外のスケールを誇る『レッド・デッド・リデンプション2』。超大作が、過酷な状況下で制作されていたという衝撃に加えて、Rockstar Gamesは2010年にRockstar San Diegoに務める従業員の妻たちから、労働環境に対する糾弾を受けていたということもあり、疑惑の目がさらに強められたわけだ(Gamasutra)。Houser氏は弁明をおこなっていたものの、2005年から2009年にかけて同社に在籍し、マーケティングに携わっていたJob Stauffer氏は、『グランド・セフト・オート IV』の開発中は土日も働かされ、四六時中頭に銃を突きつけられているような状態だったと告白。Rockstar Gamesの共同創設者であるHouser兄弟からは、彼らと同様に必死に働くことを求められていたとしている。Stauffer氏が在籍していたころから環境が変化した可能性はあるが、今でも続くRockstar Gamesの風習であるとの見方が強まっている。

 

私達が経験したCrunch

この100時間労働事件をきっかけとして、SNSではいかに過去に苦しい労働をしていたかを、激白する開発者が続出している。なお、以下紹介する開発者たちのエピソードは、現在所属している組織に対して語っているわけではないようなので、留意してほしい。現在BungieでPvPデザイナーを務めるAndrew Weldon氏は、数か月にわたり週80時間労働を続け、ひどい時は36時間連続で労働したことがあると過去の経験を告白。睡眠障害を患い、回復するのに5年を要したと語る。16時間労働した時も、「これがうまくいかなければ、キャリアは終わってしまう」と自分を納得させていたという。Insomniac Gamesに務めるリードライターのSam Maggs氏は、以前の職場で、最終的にストレスが原因で傷病休暇を取る人や、肉体的な問題が見つかるまで過労し続けた人をたくさん見てきたといい、そうした働き方をしている人々を偶像視するのは止めたほうがよいと訴えかけている。とにかく多くの開発者が、Crunchを経験してきた過去を告白したり、Rockstar Gamesのスタンスを厳しく批判している。

特に散見されるのは、Houser氏が「勲章」かのようにその労働時間を語ったことについての懐疑的な見方だ。CriterionのデザイナーであるAllen Frank氏は週100時間労働について「計画と見通しの失敗を強調しているようにしか見えない」と吐き捨て、「失敗を逃れたいのか発売を遅らせたくないのか知らないが、そのためにチームを殺すのは受け入れられない」と激昂。Crunchはやめなければいけないとし、文を締めている。Houser氏の発言を自慢や誇りとして解釈する人は少なくないようで、『Chroma Squad』などに携わるデザイナーのMark Venturelli氏は、「2018年にもなって(過酷な労働を)誇りかのように自慢する人がいるのか?チームよ、お大事に……。」と同じく批判的。誇りではなく、それどころかマネジメントの失敗であると烙印を押す声が印象的だ。

一方で、前出したBungieのWeldon氏はCrunchのもうひとつの側面についても語っている。というのも、Weldon氏はCrunchを強いられたことはなかったのだという。夢の仕事で情熱があるからこそ、自主的にやっていたというわけだ。またその血脈は後輩にも感じられるようで、後輩が“デスマーチが楽しみです”といきいきと話しているのを見て、過酷な労働は業界の文化として根付き、それが義務や押し付けられたものでなくとも、常にそのプレッシャーに晒される環境であると語った。Telltale Gamesにかつて所属していたEmily Grace Buck氏もまた、Crunchは良くないものであると断定。一部の情熱的な人々が週末などに労働することで、その会社のスタンダードを作ってしまうと嘆き、ボランティアなものであっても、会社が労働を禁止しなければいけないと話した。Houser氏は、長時間労働は任意のものであるとしていたが、一部のメンバーが長時間労働に踏み切ることで、他の皆もそうしなければいけないという社内のプレッシャーは少なくとも存在していたかもしれない。

 

優れた作品を生み出せるのか

今回はRockstar Gamesの名があげられているが、前例はいくつも報告されている。『アンチャーテッド』シリーズに長きに渡り携わったAmy Hennig氏は、Naughty Dog在籍時代は常時Crunch状態であったことを過去に告白している(関連記事)ほか、『ウィッチャー』シリーズを手がけるCD Projekt Redも昨年10月に匿名の企業レビューサイトGlassdoorにて、職場は“混沌状態である”とし、労働環境が悪いとう声はいくつも投稿されていたことが話題を呼んだ(PC Gamer)。こうした流れを見ると、優れた大作を生み出すには、過酷な労働が免れないと結論付けることもできる。そもそも、ゲームづくり自体が過酷なものであり、長時間労働なくして良い作品は生まれないと考えることもできるわけだ。

そうしたSNSの声を聞いたVlambeer に所属するJan Willem Nijman氏が、“Crunchなくして完成したゲーム”を募りだした。過酷な労働をせずとも、優れた作品が生まれることを証明すべく、数多くの開発者が成功体験を語りだした。ResetEraなどに寄せられたタイトルが羅列されているので、有名どころを拾ってみよう。

・Cultist Simulator
・Dreams
・Endless Space 2
・Florence
・Guacamelee 2
・Minit
・Sunless Sea

これらはほんの一例で、約50人の開発者がCrunchなしでゲームを作れたと報告している。作品の傾向を見るとすぐにわかるとおり、ほぼすべてがインディーゲームである。大きな会社に雇われるのではなく、自分たちで時間をマネジメントできる小規模スタジオは、過酷な労働環境にすることもできるが、そうでない環境にすることもできる。優れたゲームはCrunchなしで生み出すことができることを証明する一方で、いわゆる大作については名が連ねられていない。後述するが、会社によっては契約の一環として、公では労働環境については語らないという取り決めがあるようなので、それが関係しているのかもしれない。とはいえ、このリストを見ると、やはり大作は過酷な労働があってこそ生まれものであると解釈できる余地があるのが現状である。

しかしながら、労働環境が優れていると呼ばれる大きなスタジオがあるのも事実。前出のMaggs氏が現在所属するInsomniac Gamesの開発者は、氏も含めて数名がSNS上でCrunchに反対する姿勢を示していることから、スタジオのカラーが見て取れる。KotakuのJason Schreier氏も同スタジオを「まともで、Crunchのない環境であると聞いている」とコメント。Insomniac Gamesが手がけた『Marvel’s Spider-Man』はメガヒット作品であり、評価も極めて高い大作。そうした大作が、健全な環境で作られていると考えれば、ひとつの反証になりえるだろう。またBlizzardとElectronic Artsは前出のGlassdoorにおいて2017年、労働環境が優れた会社として評価されている(Gameindustry.biz )。Blizzardではライフワークバランスが考慮されているとの声が寄せられているほか、Electronic Artsは給料の高さと施設の充実度、そしてサポート体制が評価されている。マイクロソフトもまた、高い評価を受けている。大規模な会社にて大きなプロジェクトに携わることになると労働環境が過酷になりやすいと想像できるが、かといってすべてのプロジェクトがそうなるとは限らないだろう。

『Marvel’s Spider-Man』

 

どう労働と付き合っていくか

そして実は、Rockstar Gamesの労働問題には、まだ続きがある。今月18日、「会社から公で、労働環境について話していいという許可をもらった」と前置きし、Rockstar Gamesで働くスタッフが、どのような環境で働いているのか語り始めた。3年半Rockstar San Diegoでプログラマーとして働くVivianne Langdon氏は、50時間を超える労働をしたことはなく、1週間に2~6時間の残業を、手当をもらいながらしていると告白。Rockstar Northに2年務めるアーティストのDanny Bannister氏は『レッド・デッド・リデンプション2』に携わっている身であるとしつつ、週に100時間も働いたことはないと明言。Crunchは馬鹿げていると主張し、氏の労働時間は多くても週に60時間程度であったと話している。労働時間については決して少なくないながらも、週に100時間働くことはないと声をあげている。

ただし一方で、Rockstar North のオンラインツールデザイナーのTom Fautley氏のように、週100時間働くことはないとしながら、「Crunchしている」と主張するスタッフもいる。自身は基本的に40~45時間労働であるとしながら、それ以上に働いている人は多く、健康とは言えない状態の同僚も見てきたとも話している。週100時間の労働は声を揃えて否定しており、現在の環境について好意的な見方を示す開発者も多いが、職種やスタジオによってその負荷はかなり異なりそうだ。Rockstar Northで働くシニアコードコンテンツデベロッパーのPhil Beveridge氏は同じく週100時間労働を否定。自身は普段40から45時間、締切の数週間前は60時間働くと語り、残業が発生しないとは言えないと慎重な姿勢を見せつつも、『レッド・デッド・リデンプション2』での労働環境は『グランド・セフト・オート V』時代よりも大きく改善されたとし、労働習慣も良くなっていると話した

『グランド・セフト・オート V』

さらに、労働環境に対する批判を受け、Rockstar Northの幹部であるRob Nelson氏がThe Guardianのインタビューに回答。同インタビューでThe Guardianへ提出したデータによると、2018年の従業員の平均労働時間は42.4時間から45.8時間の間であるという。最長となる7月の第一週で50時間。この時は20%のスタッフが60時間以上働き、最長のスタッフで週67時間労働であったとのこと。本件に関するRockstar Gamesおよび従業員の動きは政治的なにおいを感じさせるものの、“週100時間”というイメージを避けようとしてることがうかがえる。健全な環境であることをアピールする行為は、会社の姿勢をひとつ体現するものではあるだろう。

現在、海外のゲーム業界の潮流としては、過酷な労働環境を批判する声が日々強くなってきている。その一例として、以前より、業界で労働組合を作るべきではないかという声が強まっていた。3月にはGDCにて多くの関係者が集い、組合の結成について真剣に論じられた(The Verge)。Game Workers Unite なる団体も生まれており、8月には実際にイギリスで拠点を作る動きが報じられていた(Eurogamer)。先日からはSNS上で、#AsAGamesWorkerというタグをつけ、労働環境に対する改善や要求を願う声が寄せられている。一方で、前出のAmy Hennig氏は組合によって制御するのではなく、Crunchを促さないようなマネジメントに注力すべきであると語っていた(Gameindustry.biz )。労働組合発足の機運は高まっているが、労働環境の改善を望むすべての開発者が、労働組合発足が正解だと感じているわけではないようだ。

直近の例としては、セガグループも、先日公開された統合レポート2018にて、「長時間残業を2014年比8~9割削減するなど早くからグループ全体で長時間残業の削減を進め、これまで確かな成果を得てきました。」と報告していた(67ページ参照)。組合による交渉で変わっていくこともあれば、企業姿勢から変わっていくこともあるのだろう。いずれにせよ、セガグループの労働環境の転換がフォーラムなどで高く評価されているように、クリーンな働き方を望む声は業界内で強まっている。注目が高まりつつある「働き方」はどう変わっていくのだろうか。そして、そうした変化はゲームの品質にどのような影響を与えていくのだろうか。海外を中心に、労働にまつわるおおきな波が生まれつつあることは間違いないだろう。

Ayuo Kawase
Ayuo Kawase

国内外全般ニュースを担当。コミュニティが好きです。コミュニティが生み出す文化はもっと好きです。AUTOMATON編集長(Editor-in-chief)

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