海外の大手ゲームメディアIGNは8月8日、古城探索アクション『Dead Cells』のレビュー担当者を盗作疑惑により解雇したことを発表した(該当ツイート)。事の発端は、YouTubeにてゲームレビューを投稿しているBoomstick Gamingが「IGN Copied my Dead Cells Review: What do I do?」という動画を投稿したことから始まる。この動画では、Boomstick Gamingが7月24日に公開した『Dead Cells』のレビューと、IGNが8月6日に公開した同作レビューの内容が酷似していることが指摘されている。
この情報がIGNに行き渡り、調査を進めるとして8月7日にサイトからレビュー掲載が取り下げられた。そしてこのたび、2つのレビューは正当化しようがないほど似通っているとして、レビューの削除と別担当者による再レビューの実施を発表。IGN読者や『Dead Cells』の開発元Motion Twin、そして被害にあったBoomstick Gamingに謝罪するとともに、盗作の疑惑がかかった編集者とは関係を断った旨を、声明文を通じて伝えている。IGNにて『Dead Cells』のレビューを担当していたのは、主に任天堂関連のコンテンツを担当していたFilip Miucin氏である。
https://twitter.com/FilipMiucin/status/1025922295569702912
Boomstick Gamingが指摘したように、両者のレビュー内容は酷似している。以下では、ニュアンスだけでなく単語単位で似ていることを理解してもらうため、両レビューの一部分を原文で引用する。
例1)
Bloomstick Gaming :
Dead Cells takes the progression of a Metroidvania and integrates it into this procedurally generated action roguelike
IGN Filip Miucin Review:
It takes the progression system of a Metroidvania and transforms it into a procedurally generated action roguelike
例2)
Bloomstick Gaming :
Dead Cells only falters slightly with some repetition setting in especially on the early areas and during longer play sessions.
IGN Filip Miucin Review:
Dead Cells does falter slightly with some repetition but it’s only felt in its earlier areas and during extended play sessions.
例3)
Bloomstick Gaming :
Combat system is fast, fluid responsive and one of the most rewarding representations of 2D combat of the entire genre
IGN Filip Miucin Review:
Fights are fast fluid responsive and hands down one of the most gratifying representations of video game combat I’ve ever experienced
例4)
Bloomstick Gaming :
Dead Cells figures out an intriguing way to have your roguelike and Metroidvania experience all in one by focusing on your failures and urging you to try something new the next time.
IGN Filip Miucin Review:
Dead Cells strikes a perfect and engaging balance between the Metroidvania and roguelike experiences by focusing on your failures and urging you to experiment every time you do fail.
上記のようにMiucin氏のレビューには、Bloomstick Gamingのレビューからコピーした文章の一部を類義語で置き換えたような内容が多く含まれていた。なお本件について報じている海外メディアのKotakuは、IGNに入社する以前からMiucin氏は盗作常習犯であった可能性があると、文例を出しつつ指摘している。ただし、こちらに関しては『Dead Cells』のレビューほど酷似した内容ではなく、盗作とは強く言い切れない印象だ。
IGNから出された声明文は、Brian Altano氏、Max Scoville氏、Mitchell Saltzman氏など多数の同僚からもリツイートされており、IGNの動画チャンネルNintendo Voice ChatにてMiucin氏と共演していたSaltzman氏に至っては、盗作は「間違いを犯した」という言葉では済まされない罪であり、「過ちから学んで前に進もう」という甘い考えは通用しないとコメント。「彼のライターとしての、そしてもしかすると、コンテンツ・クリエイターとしてのキャリアもおそらく終わりでしょう」と述べつつも、Miucin氏はゲーム業界で出会った人々の中で最も優しい人間のひとりであり、Miucin氏がいなくなると寂しくなると伝えている。
To say he made a mistake is an understatement. Plagiarism isn't the kind of mistake you can learn from and move on. His career as a writer and maybe even as a content creator is most likely done. I really hope he's able to find a way to land on his feet.
— Mitchell Saltzman (@JurassicRabbit) August 8, 2018
盗作の被害にあったBoomstick Gamingは、IGNによる声明文が出される前、Miucin氏が今回の失敗から学び、自身の倫理観を改め、IGNで勤務し続けられることを願っているとコメントしていた(該当ツイート)。盗作を指摘する動画でも怒りをあらわにするのではなく、淡々と事実を提示して判断を視聴者に委ねるスタンスを取っており、彼の一連の対応は好意的に見られている。今回の一件は、Boomstick GamingがIGNのレビューとして採用されても違和感のない良質なコンテンツを制作していることを示しており、盗作事件をきっかけに存在を知った視聴者が増えたのか、同チャンネルの登録者数は事件前の1.1万人から3万人にまで増えている。
Hopefully Filip has learned from his mistakes and continues to better his ethics while he hopefully still works at IGN.
— Boomstick Gaming (@BoomstickAlex) August 7, 2018
Filip Miucin氏がIGNに入社したのは2017年10月。Nintendo Editorという肩書が与えられ、主に任天堂関連のコンテンツを担当していた。もともとはYouTuberとして活動しており(チャンネル名:FILIP)、当時から任天堂タイトルやアクセサリーに特化した動画コンテンツを制作していた。IGN入社後は、2017年6月に退社したNintendo EditorのJose Otero氏と入れ替わる形で、IGNの動画チャンネル「Nintendo Voice Chat」にてホスト役を務めていた(本稿執筆時点で、YouTubeのチャンネルトップからMiucin氏の写真が削除されている)。
https://www.youtube.com/watch?v=od1-Cjxvyf0
近年ゲームメディアでは動画コンテンツが増加傾向にあり、IGNでもここ数年の間で既存編集者の露出が増えただけでなく、元IGNのAlanah Pearce氏(現在はFunhaus所属)のように、他メディアや個人の動画チャンネルでの活動を通じてカメラの前での振舞いに慣れた人材が、即戦力として採用されるケースが確認できている。実際、Pearce氏は入社直後からIGNの動画コンテンツに多く出演していた。Pearce氏はジャーナリズム専攻のライターであり、与えられたトピックに対し自身の知識に基づく見解や洞察を示すことでコンテンツに付加価値を加える力があると、日々の活動を通じて証明してきた人物である。
一方でMiucin氏は、LinkedIn上の経歴によるとジャーナリストとしてのバックグラウンドはない。IGN入社前はYouTuber、ビデオグラファー、マーケティング・ディレクターとして活動しており、ゲームライターや編集者としては未知数の人材であった。ゲームメディアの編集者でもカメラの前に立つことが求められるようになった現代において、カメラの前で魅力的に映るパーソナリティを即戦力として確保するというのは自然な流れ。ただゲームジャーナリストとして能力を発揮することと、カメラの前で映えることは別のスキルセットである。Miucin氏の場合は自身のアピールポイントにもなっている後者の力を生かしつつ、経験を積みながら前者の能力を高めていく段階だったのだろう。ただ今回盗作に走ったということは、レビュアーとしての能力に自信が無かったものと思われてもおかしくない。編集者という職業に求められるスキルや資質が増える中、始めから必要な能力を全て備え持った人材というのは希少なのかもしれない。
ちなみに、Miucin氏の先任者であるJose Otero氏は、現在Nintendo of Americaに所属している。Miucin氏が手にしたIGNのNintendo Editorという職は、任天堂ファンが夢見るようなキャリアを築くための貴重なステップであったはず。だが今回の失態により、その道はおそらく途絶えてしまった。
なおIGNによる『Dead Cells』の再レビューは、レビュアー歴の長い編集者Brandin Tyrrel氏が担当する予定だ。
In light of recent events I'll be filing a re-review of Dead Cells on IGN this week. Reviews are supposed to serve our audience and help inform purchasing decisions so if you're wondering whether Dead Cells is worth a purchase, in my opinion, definitely. Full review coming ASAP. https://t.co/yTbU82Ze5c
— Brandin Tyrrel (@BrandinTyrrel) August 7, 2018
【UPDATE 2018/08/11 16:50】
IGNによる『Dead Cells』再レビューが公開された。合わせて動画レビュー(バージョン2)も配信されている。