動物保護団体「People for the Ethical Treatment of Animals(略称: PETA)」が任天堂に対して批判の声明をあげている。PETAはNintendo Switchにて発売されているパーティーゲーム『1-2-Switch』で用意されているゲームのひとつ「ミルク」に不満を持っているようだ。ミルクはJoy-Conを縦向きに持って牛の乳に見立て、握るような形でコントローラーを下すことで疑似的に搾乳が体験できるという内容となっている。
PETAがFacebookにて公開している文書を要約すると「乳絞りは決して楽しいものではない」「搾乳を正確に再現するなら、暴力的な繁殖を含んだあらゆる面でのサイクルを見せるべきだ」「動物が苦しまないような内容を含んだ再現ゲームへと切り替え(Switch)てはどうか」と述べている。
この文書のなかでPETAは、ある出来事をきっかけに任天堂への抗議を決心したと述べている。その出来事とは、ミニゲームのミルクだけでなく、ミルクにちなんだ任天堂の活動が関連していたようだ。発端となったのは、アメリカのバーモント州にある農場「Billings Farm & Museum」のFacebookの投稿だ。「任天堂が『1-2-Switch』で搾乳に焦点を当てたゲームを発売したと聞きつけた。本当のやり方を教えるために手紙を送ったが、まだ返事はきていない。」と挑発めいた書き込みをしていた。この返信に対し任天堂は「受けて立つ!」と答えており、近日中に現地へ向かうことが予定されていた。PETAの苛立ちは、こうしたゲームの枠を超えたキャンペーンが原因だったようだ。
これまでのビデオゲームにおいて乳絞りを扱ったゲームは少なくない。くわえて、ゲームをプレイした人ならわかると思うが、ミルクは腕を振る反復運動が多いので、楽しさと同時に過酷さも味わうことになる。PETAの要望する、倫理観に関する描写を含んではいないものの、単に楽しさを提供するだけの内容ではないのも確かだ。もっと言えば、残虐性を示唆していない、ファミリー向けの「パーティーゲーム」を開発する際に、生命に対する倫理観に常に配慮しなければいけないというのもなかなか息苦しい。一方で、ビデオゲームに限らず、動物や植物など、保護団体が存在するジャンルを扱う際には突っ込みが入ることは珍しくない。しかしながら、この問題においては「何」を発したからよりも「誰」が発したかに注目が集まっている。
“おなじみ”のPETA
今回批判の声明をあげたPETAは、単なる動物保護団体ではない。これまでいくつもの騒動を起こし注目を集めてきた組織だ。ふるくは『スーパーマリオ3』や『スーパーマリオ 3Dランド』に登場する「タヌキマリオ」に対し「タヌキマリオは、マリオがタヌキの皮を剥いだ結果だ」と批判し、FLASHゲームを作成し激しく抗議していた。
PETAは特に『ポケットモンスター(以下、ポケモン)』シリーズを目の敵にしており、『ポケットモンスター ブラック・ホワイト』発売時には「ポケモンはあたかもトレーナーたちの都合のよい道具として扱われている。動物たちの意思を尊重していない虐待行為だ。」と批判し、鎖につながれ傷ついた「ピカチュウ」らがトレーナーを倒していくパロディーゲームを公開していた。さらに『ポケモン』がマクドナルドと共同のキャンペーンを実施した際には「私たちはポケモンを愛している。彼らがどんどんこちらの世界にきているが、動物に対してどのような扱いをしたかを見て、彼らは私たちを愛してくれるのか疑問だ」と発言し、またしてもパロディーゲームを作成し任天堂を批判している。昨年には『ポケモンGO』をめぐって「現実世界のポケモンの捕獲は、野生から無理やり連れだすという意味で動物園やサーカスでおこなわれていることと何ら変わりない」と抗議をおこなっていた。
PETAが標的にしているのは任天堂というよりも、ビデオゲーム全体だろう。2010年には「食肉に反対する」という立場から『Super Meat Boy』に抗議し、「Super Tofu Boy」というパロディーゲームを作成。2013年に『アサシンクリード4』が発売された際には「捕鯨」要素について批判するなど、さまざまなゲームに牙をむいてきた。
「見てもらいたい」PETAの方針
実はPETAは『マリオ』シリーズを攻撃する前から『マリオ』を利用したパロディーゲームを作成している。鶏肉を扱うフランチャイズ「ケンタッキーフライドチキン」に反対することを主張するパロディーゲームでは『スーパーマリオブラザーズ』を模倣するなど、彼らのキャンペーンはゲームと密接に関係している。PETAに掲載されているパロディーゲームの数を見てもその姿勢がわかるだろう。
そもそもPETAはこうした行為を「注目を集めるためである」と公式ホームページで明言している。彼らは、自身の行動を「賛否両論を引き起こす戦略」であると自覚している。なぜこうした行動をとるのかというと、動物保護のメッセージを発するためには「宣伝費を持たないはゆえに、無料の広告を利用することが不可欠であるから」と語っている。つまり、影響力の大きな業界や商品を批判することで騒ぎを起こし、宣伝活動をおこなっているというわけだ。「タヌキマリオ」をめぐる批判についてもKotakuに対して「マリオファンは落ち着いて!諸問題に注意してもらうための、楽しいジョークなんだ」と語っており、自身と動物保護に対して関心を集めるために騒動を起こしていることを公然と認めている。
こうした一連の行動によって、PETAはインターネットユーザーにからまともにとりあってもらえていない。PETAは動物保護という使命を抱えて行動しているはずであるが、動物保護に注目を集めるためというよりは、ただ自身が目立ちたいだけのようにも見える。アメリカにはPETAのほかにも動物福祉団体「Humane Society of the United States」といった格式ある組織も存在しているが、保護団体という組織自体の意義が疑われかねないPETAの行動によって被害を受けているのは、ほかならぬ彼らだろう。
当の任天堂のスタッフはというと、PETAの批判はどこ吹く風といった様子だ。約束どおりBillings Farm & Museumへと向かい、農家の人々と楽しげに乳絞りする映像をYouTubeにアップロードしている。