イスラム諸国からの入国を禁止した米トランプ大統領令にゲーム業界も反発、大手企業や開発者に高まる懸念
ドナルド・トランプ米大統領がイスラム教徒の多い中東・アフリカ7か国からの入国を一時的に禁止した大統領令について、国内外で批判や懸念が高まる波紋はゲーム業界にも広がっている。世界中から技術者やクリエイターを起用している大手各社は、あらゆる人種・ジェンダー・民族性・宗教・性的指向を尊重するグローバルな立場を貫いていくことを改めて主張。一部従業員の生活が脅かされる可能性を配慮して、社員宛にメッセージを送った企業の代表者も少なくない。また、インディーゲーム開発者の間では、トランプ政権を提訴した米国自由人権協会に寄付することで、大統領令への抗議を示す動きが広まっている。ゲーム業界における大手各社の反応を振り返る形で、米政府の移民政策がおよぼしかねない影響を紐解いていく。
トランプ政権の大統領令とこれまでの動向
先月20日にアメリカ合衆国の第45代大統領に就任したドナルド・トランプ氏は同27日、大統領令(米大統領が議会の承認を得ることなく連邦政府や軍に対して行政権を直接行使できる行政命令のこと)に署名し、テロ対策の強化を理由にシリア難民の受け入れを無期限停止、その他の難民受け入れを120日間停止したほか、イスラム教徒が多いイラク・イラン・シリア・スーダン・リビア・ソマリア・イエメンの7か国を“懸念地域”と定めた上で、該当国の出身者がアメリカへ入国することを90日間禁止した。これら7か国の出身者については当初、ビザやグリーンカードを取得している合法的な移民も含まれたが、その後グリーンカード保有者は対象外となった。現在までに、GoogleやFacebookといった移民を従業員として採用する多くの大手企業が懸念を表明している。
こうした移民就業者の中には、たまたま海外へ出張中に大統領令が出されたために再入国できず、米国内の空港で足止めをくらうケースも。多くの国際空港で大統領令に反対するデモが行われる事態となった。この事態にニューヨーク東部地区連邦地裁は現地時間で28日、米国自由人権協会(通称、ACLU=American Civil Liberties Union)をはじめとした人権保護団体の緊急申し立てを受けて、大統領令の影響で空港にて足止めされている人々を本国へ送還しないよう一時的に差し止めた。また、ワシントン州シアトルやバージニア州アレキサンドリア、マサチューセッツ州ボストンの連邦地裁も同様に該当者の国外追放を禁じる判決を下している。
特にアメリカ西部に位置するワシントン州は比較的にリベラルな思想が根強いことで知られており、州最大の都市シアトルにはMicrosoftやAmazonといった大手企業が本社を置くIT産業の中心地でもある。1988年以降の大統領選挙では民主党の支持者が圧倒的に多く、昨年の選挙でも同党から出馬したヒラリー・クリントン候補が大差で勝利した。国内外で批判が高まる今回の大統領令についても、ワシントン州は一連の入国禁止命令を憲法違反と判断し、1月30日付けでトランプ政権の提訴に踏み切った。そんな中、法廷で弁護人を担当するアメリカ司法省のサリー・イエーツ長官代行が同日、大統領令が合法にあたるか確信が持てないとして、自身の任期中はトランプ政権の弁護をしないよう省内に通知。米政府に対して反旗を翻した。
これを受けてホワイトハウスは直後に声明を発表。米国民を守るために作られた法令の執行を拒否し司法省を裏切ったとして、イエーツ長官代行を更迭した。その上で、懸念地域と定めた7か国の出身者を厳しく審査するのは過剰な行為ではなく、アメリカ合衆国を守るためには必要不可欠であると指摘。大統領令を取り下げない姿勢を明確にした。後任にはバージニア州東部地区のダナ・ボエンテ連邦検事が起用されている。なお、トランプ氏はかねてより司法省の新長官にアラバマ州選出のジェフ・セッションズ上院議員を指名していたが、上院での承認公聴会が長引いたことから、オバマ前政権で司法副長官を務めていたイエーツ氏が代理を務めていた。今月1日、セッションズ氏の就任が承認された。
ちなみにセッションズ上院議員といえば、アラバマ州の弁護士だった1980年代、公民権運動の指導者マーティン・ルーサー・キング牧師の側近を含む複数のアフリカ系アメリカ人運動家を訴追したことで知られ、たびたび人種差別的な言動が非難された人物。過去にはKKK(Ku Klux Klanの略、白人至上主義を掲げる秘密結社)に寛容的と発言したことでも物議をかもした。また、移民受け入れにおける現在の審査基準にも批判的で、合法移民の削減を提唱してきた。トランプ氏が掲げた公約の中で最も批判が集中した「すべてのイスラム教徒のアメリカ入国禁止」という考えにも賞賛の声を寄せている。長年にわたってメキシコとの国境を要塞化すること訴えてきたことから、同様の政策を掲げたトランプ氏の大統領選立候補を支援した最初の上院議員とも言われている。
ゲーム業界における大手各社の反応
トランプ政権が執行した大統領令の波紋はゲーム業界にも広がっている。イスラム教圏を含む世界中から従業員を起用している大手パブリッシャーはもちろん、文化背景やセクシャリティの多様性を尊重する多くのゲーム関連企業が、政府の強硬姿勢に遺憾の意を示すと共に、従業員が影響を被る可能性に懸念を表明している。
業界メディアVentureBeatやMashableによると、Bethesda Softworksの広報担当者Tracey Thompson氏は、「弊社はあらゆる人種・ジェンダー・民族性・宗教・性的指向の従業員を抱えるグローバル企業です。当然のこととして、いかなる時も分け隔てなく多様性を支持していきます」とコメント。Ubisoftも同様に、「企業・業界・社会としての弊社最大の功績は、それぞれが固有に持つ背景・価値観・素質を尊重し合う共同制作によって生み出されてきました」と、一切の差別を認めない姿勢を示した。
Electronic Artsは、最高経営責任者のAndrew Wilson氏がすべての従業員に対して懸念を払拭するためのメッセージを発信。同社の今があるのは移民のおかげであり、多国籍の従業員を抱えることは企業としての誇りであると伝えている。その上で、政府の都合で本人もしくは家族に影響がおよびかねない従業員に関しては、総力をあげてサポートしていくと明言した。また、人気ゲーム『Overwatch』や『Hearthstone』を運営するBlizzard EntertainmentのCEO Mike Morhaime氏や、米ソーシャルゲーム開発の最大手ZyngaのCEO Frank Gibeau氏、スマートフォン向けMOBA『Vainglory』で知られるSuper Evil MegacorpのCEO Kristian Segerstrale氏も、すべての社員へ向けて同様のメールを送っている。
MicrosoftのCEO Satya Nadella氏は、LinkedInに投稿したブログ記事の中で、同社役員のBrad Smith氏が社員へ宛てたメールを引用。「私は移民のCEOとして、移民が弊社や国家、世界にもたらす良い影響をこの目で確かめ、そして肌で感じてきました。本件の重要性については引き続き声を上げていくつもりです」と、移民としての自身の経験を語った。
Insomniac Gamesは、YouTubeの公式チャンネルにてCEOのTed Price氏が自ら動画に登場。従業員一同に囲まれる中でトランプ政権の移民政策に強く抗議した。その中で、「今回の大統領令で弊社や多くのチームメンバーに危害がおよぶのは間違いないでしょう。だからこそ問いたい。これがアメリカ人のやり方でしょうか。宗教や出身国で差別するのがアメリカ的なのでしょうか。絶対に違うと思います」と、移民国家アメリカとしての存在意義を改めて問いかけている。
このほか、PlaymaticsのCEO Margaret Wallace氏は、「トランプが自由と民主主義を抑圧すればするほど、我々の声は高まるでしょう。アメリカは移民国家です。スティーブ・ジョブズの実父はシリア人の移民でした。私の祖父も移民でした。トランプは有りもしない過去のアメリカという幻想を押し付けようとしています。恐怖を食い物にしているのです。私たち技術者のコミュニティは民主主義擁護の名の下に集い、国民として業界を先導していくために強くあらねばなりません」と、VentureBeatに宛てたメールの中で熱弁した。
大統領令が業界全体におよぼす影響
今年もいよいよ27日からの開催を目前に控えるゲームクリエイターの祭典「Game Developers Conference 2017」にも少なからず影響がおよんでいる。Twitterの公式アカウントは、大統領令の影響でイベントに参加できなくなった人々に対して、政府の決定に批判的な立場であることを表明した上で返金に応じる旨を伝えた。業界メディアPolygonによると、GDCで例年ミーティングを開いている国際ゲーム開発者協会(通称、IGDA=International Game Developers Association)は、8000人のメンバーの内で入国が禁じられた7か国の出身者は2人しかいないと説明する一方で、本質的な問題は特定国への影響のみに留まらないと指摘。常任理事を務めるKate Edwards氏は、「米政府全体に蔓延する外国恐怖症は、米国が有能な人材を起用し国際的な競争力を維持していく上で確実に影響をおよぼすでしょう」と、警鐘を鳴らしている。
このIGDAの懸念に呼応するかのように、エンターテインメントソフトウェア協会(通称、ESA=Entertainment Software Association)は先月30日、プレスリリースをとおして公式声明を発表。「ESAは現在、移民および外国人労働者に対する現行の政策に細心の注意を払うよう、ホワイトハウスへ呼びかけているところです。技術力をリードしエンターテイメントを外へ発信していく要として、米国のビデオゲーム業界は世界中のイノベーターや作家の貢献によって繁栄しています。国家安全保障を強化し国民を保護することが重要な目標であると認識する一方で、国内の企業が米国市民や外国人、移民の優秀な才能に等しく信頼を置いていることも事実。我が国の行動や言動によって彼らのアメリカ経済への参加を支持することこそ、本来あるべき姿なのではないでしょうか」と訴えかけた。
昨年、イラン革命をテーマにしたアドベンチャーゲーム『1979 Revolution: Black Friday』で賞賛されたカナダ系イラン人のクリエイターNavid Khonsari氏は、大統領令による90日間の入国禁止が解かれるまで米国からの出国を控えると、Polygonに対して語っている。同氏は永住権者として過去17年間アメリカで生活してきた。現在、米政府はグリーンカード保持者を禁止対象から外しているが、それでもトランプ政権の不透明な外交姿勢には不安を拭いきれないという。「今回の卑劣で無知で人種差別的な措置は、ほかのどんな困難にも増して私を打ちのめす出来事です。(中略)このような仕打ちを受けて、私が1979 Revolutionを制作しようと思った理由を思い出しました。私たちは歴史を繰り返すのではなくて、歴史から学ばなければいけません」。また、英国在住で以前はPlayStationコンテンツにも携わったゲーム開発者Shahid Kamal Ahmad氏も、政府が方針を明確にしない限り今年のGDCには参加しないと、自身のTwitterアカウントで表明している。
インディーゲーム開発者の間では、トランプ政権を提訴したACLUに寄付することで、大統領令への抗議を示す動きが広まっている。スマートフォン向けアプリ『Dots』シリーズの運営元Playdotsは、大統領令が署名された直後、ゲーム内にACLUへの寄付を促すリンク画面を一時的に追加した。同社CEOで共同創業者のPaul Murphy氏は、25万人のユーザーがリンクをクリックした反響を、業界メディアKotakuに語っている。また、昨年の「GDC 2016」に参加し、近年の商業ゲームタイトルにおけるイスラム教徒の扱われ方について議論したVlambeerの共同創設者Rami Ismail氏は、24時間で得た同社の収益を全額ACLUへ寄付すると、自身のTwitterアカウントで表明した。
このほか、無料テキストアドベンチャーゲーム『Depression Quest』の開発者で、現在民主党の議員に立候補しているBrianna Wu氏は、トランプ大統領の政策批判を続けるACLUの抗議に参加。自身が議員に選出された暁には、このような憲法違反の宗教迫害は絶対にやめさせると強調した。現在、米国内では反対派によるデモが連日続いており、大統領令の停止を訴える声は業界の垣根を越えて尽きることがない。特にビデオゲーム産業を含めたIT業界は、諸外国の技術者やクリエイターに支えられている部分が大きいため、今回のような企業をあげての反発は必然と言える。ゲーム開発への影響に関しては、大統領令によって直接的な弊害が生じるケースは少ないかもしれないが、IGDAが警鐘を鳴らしているように、蔓延するゼノフォビアが業界全体の発展を停滞させる可能性は否定できないだろう。