米国の大手ゲーム販売会社Electronic Arts(以下、EA)は先月30日、ゲームコンテンツのダウンロード販売による収益がすでに全体の半分以上を占めていることを、欧州で開かれたナスダックの投資家向け説明会にて明らかにした。いまやPCゲームのみならず、家庭用ゲーム機においてもオンラインストアでのデジタル販売は、パッケージ販売の存在と小売ビジネスを脅かすほどに定着し始めている。書籍や楽曲のダウンロード販売が従来のアナログ媒体を侵食しているように、ゲーム業界全体のデジタル化も例外ではない。究極的には利便性へ帰着していく消費傾向と、デジタルコンテンツならではのビジネスモデルから、ゲーム文化を飲み込むデジタル化の波を紐解いていく。
ダウンロードの利便性へ帰着する消費傾向
ゲームソフトのダウンロード販売は昨今、SteamやOrigin、UplayのようなDRMプラットフォームを通して購入するPCゲームのみならず、Xbox LiveやPlayStation Networkといった家庭用ゲーム機向けのサービスとしても身近なものになった。店頭でのパッケージ販売に比べて、ディスクやカートリッジといった物理媒体や外装パッケージ、取扱説明書などの製造コストがかからないことに加えて、小売店への流通コストも削減できるため価格を低く設定できるというメリットがある。また、インディーゲームをはじめとした小規模ビジネスの場合は、上記コストを含めた希望小売価格では採算が見込めないことが多いため、ダウンロード販売が非常に強力なツールとなる。なお、在庫管理が容易であるという利点から、プロダクトコードを封入したダウンロード版がパッケージ版と並んで店頭販売されるケースも珍しくない。
業界メデイアGameSpotによると、EAの最高財務責任者Blake Jorgensen氏は、同社の全収益の半分以上がダウンロード版や追加コンテンツ、サブスクリプション、モバイルアプリといったデジタル販売によって得られていると報告した。前年度におけるゲームタイトルのセールスの内、25パーセントはOriginやXbox Live、PlayStation Networkを通したダウンロード販売によるものだったという。さらに今年度へ入ってからの数字は30パーセントに近づきつつある。インターネット環境によってはゲームデータのダウンロードに長時間を要することや、ゲーム購入の際にはクレジットカードが必要な点など、デジタル販売にもデメリットはあるものの、その利便性から究極的には全てのゲーム販売がデジタル化へ向かっていく消費傾向があると、Jorgensen氏は語る。
「書籍や楽曲、映画やテレビ番組と同様に、最終的に消費者はゲームもデジタルで消費するようになるのではないか」。Jorgensen氏の予想では、セールスの25パーセントがダウンロード版だったという上記の数字は、5年後には50パーセントに到達する可能性もあるとのこと。デジタル製品のダウンロード販売は、小売店におけるパッケージ販売よりも利幅が高いため、この傾向は直接EAの増益に繋がる。一方で、現在でも電子取引を扱わないストアの存在も決して無視できないことにも言及。その中で、提携する小売店とは今後も協力する姿勢を崩さないとしながらも、最終的には消費者の選択によって淘汰された結果に順応していく構えであると説明した。このほかにも、より大容量なハードディスクを搭載した家庭用ゲーム機の普及もまた、デジタル販売の流行を支えているとJorgensen氏は考える。結局のところ、何事においても消費者は利便性に帰着するというわけだ。
インディーズの発展と課金要素の定着
このように家庭用ゲーム機におけるダウンロード販売が以前にも増して確実に浸透している中で、全体的なデジタル化の波という現象の根底には、いまや業界シェアのトップに君臨するとも言われるPCゲーム市場がある。スマートフォンの爆発的な普及により、一見ゲーム業界も無料アプリとマイクロトランザクションを使ったマネタイズ戦略に支配された印象が強いが、PCゲームの市場シェアも著しい成長の一途をたどっている。ダウンロード販売プラットフォームの代名詞ともいえるSteamは、サービス開始からおよそ10年でアクティブユーザー数が1億人を突破。現在、5000本近いPCゲームがオンラインストアで販売されている。その数字は過去数年で指数関数的に伸びており、先日にはおよそ38パーセントのゲームが今年に発売されたものであるとの報告もあった。業界全体のシェアをPCゲームが占める割合は3割以上と言われる。
その背景にはインディーゲームの台頭がある。開発リソースも予算も小規模なインディーズには、トリプルA級のマルチプラットフォームタイトルのようにパッケージ生産や流通コストに資金を割ける余力がない。そもそも効果的なプロモーションが見込めない小規模ビジネスでは、商品を物理的な流通に乗せるメリットがないのだ。パブリッシャーがゲームをパッケージ販売する場合、通常では小売店に対して発売日の流通量を示す初回提案数を提示する。この数値が低すぎる商品は小売側にとって店頭に並べるメリットがほとんどない。つまりゲーム自体が販売できないことになる。そうなると小規模開発と低予算が売りのインディーゲームにとって、自然とダウンロード販売が唯一の選択肢となる。さらに、以前はインディーズといえばPCユーザーの専売特許のような存在だったが、近年Steamで販売されたインディータイトルがPlayStation NetworkやXbox Liveでコンシューマ向けにリリースされるケースは珍しくない。急速に拡大するインディーズ市場を、ソニーをはじめとしたファーストパーティが諸手を挙げてサポートする流れを作ったからだ。
デジタルコンテンツが占める収益増加には、マイクロトランザクションの存在も大きい。近年、家庭用ゲーム機や携帯ゲーム機が対象のゲームソフトでも、発売後に新たなシナリオやキャラクターを追加するダウンロードコンテンツや、コスチュームやアイテムを増やす有料コンテンツの導入は至極当たり前のビジネスモデルになった。また、いわゆる“ガチャ”と呼ばれるアイテム課金型のマイクロトランザクション機能は、スマホゲームのみならずPCやコンシューマゲームでも多々見られる。特に、定期的にゲーム内イベントを開催するような基本プレイ無料のタイトルでは、ユーザーからの継続した納金を期待できるため、デジタル販売の収益率はおのずと高くなる。EAの全セールスを占めるデジタルコンテンツの拡大は、ゲーム本編のダウンロード版が単に便利という理由だけでなく、こうしたビジネスモデルのトレンドによる影響も大きいと考えられる。
ちなみに、こうしたゲーム業界を飲み込むデジタル化の波は、オンラインストアにおける価格設定にも議論がおよんでいる。昨年5月、欧州連合の執行機関である欧州委員会が、EUにおけるデジタルマーケットを一つに統合することを目指したデジタル単一市場(通称DSM=Digital Single Market)戦略を発表したことがあった。これにはデジタルコンテンツのオンライン販売における共通規則の施行も含まれており、計画が実現すればSteamやPlayStation Network、Xbox Liveといったオンラインストアにおけるゲーム価格が、全てのEU加盟国の間で均一化されるというものだ。その際にも、ゲームのオンライン販売を手がける企業のみならず、業界全体がデジタルの津波に飲まれて転覆しかねない現状を認識しているとの声が上がっていた。EAのJorgensen氏が語る消費傾向のシフトは、まさにデジタルマーケットの新時代を迎える過渡期への兆しといえるだろう。