聴覚情報だけでプレイできる『Audio Game Hub』の追加コンテンツが開発中。浸透するアクセシビリティの概念
「誰も私たちのためにゲームを作ってくれない」。そんな一言がJerek Beksa氏をゲームデザインの道へと突き動かした。Beksa氏はニュージーランドのオークランド工科大学にて、視覚障害者のためのゲームデザイン・ゲーム開発に関する研究プロジェクトを進めている。Beksa氏が同大学のゲーム開発者5人と共に、視覚障害者向けのゲームアプリ『Audio Game Hub』を生み出したのは必然ともいえるだろう。
Beksa氏は後述するKickstarterキャンペーンの動画で「視覚障害を持つ人口は全世界で2億8500万人、失明者に限っても3900万人」におよぶと語っている。需要は確実に存在するはずなのだが、彼らに向けたゲームというのは多く開発されてこなかった。Beksa氏はそんな現状を変えるべく、聴覚情報だけでプレイできる『Audio Game Hub』を開発。2016年4月にはPC(公式サイト)/iOS/Android向けに無料公開された。
『Audio Game Hub』アプリには8つのミニゲームが含まれている。マッチ3ゲームの『Blocks』では落下音の違いでブロックの種類を判別、神経衰弱ゲームの『Memory(Animal Farm)』ではカードをめくったときに流れる動物の鳴き声を元にカードをマッチングしていく。ほかには音声ガイドを頼りに迷路を脱出する『Labyrinth』、左右に移動する音が中央に来るタイミングに合わせて弓を放つ『Archery』、音で柄目を判断するスロットゲームの『Slot Machines(Casino)』などがプレイできる。
Beksa氏たちは目立ったマーケティングを行わなかったにも関わらず、アプリのダウンロード数は半年間で3万5000回を突破したという。さらには英国の慈善団体RNIB(Royal National Institute of Blind People)からは「Application of the month」賞を、ニュージーランドのゲームイベント「Play by Play Festival」では「Excellence in Representation」賞を受賞した。またKill Screenでのインタビューによると、視覚障害を持たないプレイヤーもアプリを楽しんでくれたとのこと。Beksa氏によれば、想像力を刺激するゲームデザインが好評価に繋がったという。
Beksa氏は同インタビューにて『Audio Game Hub』のミニゲームが「他のゲームよりもはるかにシンプル」であることを認めた上で、「視覚障害を持つ方に、よりリッチなゲームプレイを提供する責任があるし、需要もある」としている。そんな彼らの活動を後押しするように、『Audio Game Hub』のユーザからはBeksa氏たちの活動をサポートしたい、もっとゲームを開発してほしいという声が多く寄せられ、Kickstarterキャンペーンの実施に至った。
Kickstarterキャンペーンの目的は『Audio Game Hub』に5つのミニゲームを追加すること。出資者は13の候補の中から追加してほしいミニゲームに投票できる。候補には、音を頼りに車道を走る車を避ける『Frogger』、そのほか『Boxing』『Bowling』『Minesweeper』『Poker』『Blackjack』といった定番ゲームが揃っている。追加タイトルについては『Audio Game Hub』アプリ内の追加課金により購入できるようになる。
またKickstarterキャンペーンでは『Audio Game Hub』とは別途、『The Whispering Tunnels』というオーディオRPGの開発を進めている旨を明かしている。本作では音声を頼りにした物語、探索、戦闘、パズルを体験できるという。多くの機能は70%ほど完成しており、近いうちにデモ版を披露できるとのこと。
Kickstarterキャンペーンにおける初期目標の資金額は6000ニュージーランドドル(約49万円)。本稿執筆時点ではキャンペーン終了まで2日を残して1万ニュージーランドドルを突破している。募った資金は声優の出演料、音源の購入費、そしてゲーム開発には欠かせないピザ代に当てられるという。
「アクセシビリティ」の現状
さて、これまで散々「障害」という言葉を用いてきたが、ここでいう障害とは何を指すのか。「ゲームと障害者の関係」については、海外でこそ話題になる機会が多いが、国内ではあまり耳にしない。せっかくの機会なので少しだけ言及しておこう。
「障害」とは視力の低下や、身体の損傷を指すのだろうか。あるいは車椅子や白杖を利用している状態を障害と言うのだろうか。アクセシビリティのスペシャリストであるIan Hamilton氏は、「PlayStation Experience 2016」のパネルディスカッションにてこう答えている。「ひとりの人間と身の回りの環境とのミスマッチ、何かしらのバリアにより日常生活に支障をきたすこと」。これが障害であると。近年では「障害者=社会の障害に立ち向かう者」と解釈されることがある。Hamilton氏の考えにも通ずるものがあるだろう。
ゲームの世界においては、ゲームデザインが意図せぬバリアを招く場合がある。それらすべてを取り除くことはできないが、いくらかは回避できる。物語を届けるには音声と字幕、アイテムの違いを示すには色彩と形状を用いるなど、オプションを増やすことがバリアを取り除く一歩となる。こうして身体的制約や置かれた環境に関係なくコンテンツを利用できるようにするのが「アクセシビリティ」である。
Ian Hamilton氏が語るには、米国だけでも何かしらの「障害」と共に生きている人口は14%にも及ぶという。デベロッパー/パブリッシャーからしても見過ごすには惜しい大きなマーケットなのだ。現に『Destiny』『Battlefield』『Overwatch』『Diablo 3』といった大型タイトルでは色覚特性モードを実装することが当たり前となっている。『Uncharted 4: A Thief’s End』では明確に「Accessibility」という項目をオプションメニューに用意している。いまやアクセシビリティに取り組むことが話題になる時代は終わり、逆に「取り組まない」ことが批判の的になるほど、アクセシビリティという概念はゲーム業界に浸透しつつある。
アクセシビリティに関する取り組みに積極的なのはゲームデベロッパーに限った話ではない。Microsoftはデベロッパー向けのページにアクセシビリティに関する項目を設けており、Unreal EngineやUnityといったゲームエンジンの開発者による取り組みも進んでいる。こうしたパブリッシャー、ゲームデベロッパー、エンジン開発者、そして障害者コミュニティを繋げるべく活動しているのが『Audio Game Hub』のスポンサーでもある慈善団体AbleGamers Foundationである。AbleGamersの創設者であるMark Barlet氏が「PlayStation Experience 2016」のパネルに参加しているように、団体の存在は業界内でも認知されている。
「ゲームと障害」というのは、実感がわきづらいトピックかもしれない。だがアクセシビリティという考えは着実に浸透しつつある。現時点で直接関わりがなくとも、ゲーマーの高齢化が進めば避けては通れない話題となる。各種メディアのゲームレビューにも、デベロッパーがどれほどアクセシビリティに気を配っているのか、という視点での評価が今後増えてくるかもしれない。それはひとりのゲーマーとしてゲームに接する際にも変わりない姿勢となるだろう。