『Fallout 4』トイレットペーパーModに見る常識という名の没入感、紙の先端は本当に表向きが正しいのか

『Fallout 4』のゲーム内でトイレットペーパーの向きを変更するModが、ソーシャルメディアを中心に脚光を浴びている。紙の先端が裏向きになるようにデフォルトで設置されていることに違和感を覚えた一部のファンが、より“現実的な没入感”を追求するためにグラフィックを表向きに差し替えるModを制作した。

Fallout 4』のゲーム内でトイレットペーパーの向きを変更するModが、ソーシャルメディアを中心に脚光を浴びている。本作に登場するトイレットロールは、紙の先端が裏向きになるようにデフォルトで設置されている。今年はじめ、それに違和感を覚えた一部のファンが、より“現実的な没入感”を追求するためにグラフィックを表向きに差し替えるModを制作した。ほんの些細な変更を施す作品だが、多くのユーザーから共感と賞賛が寄せられている。しかし、本当にトイレットペーパーは表向きが正しいと言えるのだろうか。ゲーム内のトイレ制作を担当した開発者があえて裏向きに設置した意図を紐解いていく。

 

方向をめぐる議論はジョークじゃない

『Fallout 4』は、2015年11月にBethesda Softworks(以下、Bethesda)からMicrosoft Windows/PlayStation 4/Xbox One向けに発売されたオープンワールドのアクションRPG。西暦2287年の荒廃したボストンを舞台に、前作『Fallout 3』から10年後の物語を描いている。今年3月から毎月のペースで、ダウンロードコンテンツ「Automatron」「Wasteland Workshop」「Far Harbor」「Contraptions Workshop」「Vault-Tec Workshop」を配信。8月30日には、最後となる追加コンテンツ「Nuka-World」がリリースされた。

Modサポートとは、Bethesdaが提供する公式ツール「Creation Kit」を利用することで、キャラクターやアイテム、ゲーム内エリアなど、あらゆるコンテンツをユーザーが自由に制作、コミュニティ内でシェアできる機能だ。PCユーザーの間では、10年以上前から親しまれている。中でも、キャラクターが何も装備していない状態からさらに下着を取り除く所謂“全裸Mod”は、開発元が共通の『The Elder Scrolls』シリーズや前作『Fallout 3』から根強い人気で、自分の性器をモデルにしてテキスチャを再現する熱心なMod制作者が現れるほど。Modコミュニティは常にこうしたファンの創造性によって支えられている。ゲーム本編をバニラ(Modを使用していない状態のこと)でクリアした後は、Modの大量導入でPCスペックの限界に挑戦してきたプレイヤーも少なくないだろう。

ゲーム内のトイレットペーパーは裏向きがデフォルト
ゲーム内のトイレットペーパーは裏向きがデフォルト

投稿サイトNexusのユーザーjet4571氏とElianora氏が制作した『Fallout 4』向けMod「Immersive Toilet Paper」は、冒頭で述べたようにデフォルトで裏向きに設置されたゲーム内のトイレットペーパーを、表向きのグラフィックに差し替えるだけというもの。先日、Twitter上で話題になり再び注目されたが、元々は今年3月にアップロードされたものだ。現在までに600件を超えるEndorsements(Nexusサイト内でModの人気度を表す投票数のこと)を獲得している。“没入感を追求する”という意味のタイトルから一見ジョークModのように見られがちだが、投稿者のjet4571氏はコメント欄で次のように否定している。

「このModは決してジョークなんかじゃない。Immersiveという単語が広く使われてきたこともあって、確かにタイトルは若干ユーモラスではあるけれどね。それでもタイトルは適切だと思う。ゲーム開始時の自宅は我が家であるはずだし、私は普段トイレットペーパーをあんな風に設置したりしない。だからたまたま目についた時に、付け方が間違って見えるし違和感を覚えるんだ。Homemaker(自由にマイホームを建設できる別のMod)で居住区にバスルームを作ってトイレットペーパーを設置する時も、へんてこりんだしやっぱり間違っていると感じる。つまり没入感がなってないんだよ。(中略)ぶっちゃけ、Bethesdaの誰かが一部のプレイヤーに対する嫌がらせのつもりでこんな風に設置したんだと思う。トイレットペーパーの向きに関する議論は笑えるし決着がつかない問題だ。このModを見た誰かがいい意味で笑ってくれることを願っているよ」。

分かりづらいかもしれないので改めて説明する。トイレットロールの向きには、紙を上から回す表向きと、下から引っ張る裏向きの二通りの付け方がある。日本では大抵の公衆施設で表向きに設置されており、こちらが適切な使用方法だと感じている人も多いだろう。一部例外については後述する。これまでアメリカでは、トイレットペーパーの向きはどちらが適切かという議論がたびたび重ねられてきた。対立の歴史は極めて長く、幾度となく政治や心理分析の分野で人々の好みに関する調査が行われている。ちなみにバスルームの専門家を交えて実施された過去の消費者アンケートでは、6割以上が表向きを好むという結果が報告されている。中にはトイレットペーパーの向きが深刻な夫婦喧嘩の原因になるといった意見や、国民投票で正しい方向を定めて遵守させるべきとの主張もあるが、結局のところ好みの問題である。なお、1891年に取得されたトイレットペーパーの特許内容では、表向きに設置するように描かれていた。

 

決して表向きが正しいとは断言できない

『Fallout 4』でトイレットペーパーの向きを変えるModには、多くのユーザーから正しいことをしたとの賞賛が寄せられている。中にはゲーム内のトイレ開発を担当したBethesdaの開発者をモンスター呼ばわりする声も。また、SNSでの盛り上がりをきっかけにMod内容を報じた業界メディアKotakuは、ジョーク交じりではあるものの記事内で表向き至上主義を貫いている。しかし、果たして本当に表向きが正解であると決めつけられるのだろうか。トイレットペーパーは上から回すのが常識であり、裏向きに設置してあることは異端なのだろうか。アメリカでの調査が示すとおり、表向きを好む6割以外の人間は裏向きを好むか、もしくはどちらでもいいと考えている。確かに表向きはマジョリティではあるが、決して反対意見を魔女狩りの如く排斥できるほどの勢力ではない。

表向きに設置されたトイレットペーパーで遊ぶ飼い猫 Image Credit: Dan4th in flickr
表向きに設置されたトイレットペーパーで遊ぶ飼い猫
Image Credit: Dan4th in flickr

加えて、状況によってはあえて裏向きに設置しているケースも少なくない。たとえば、屋内でネコを飼っている家庭では裏向きが好まれることが多い。特にフタの付いていないホルダーにトイレットペーパーを表向きに設置していると、ネコが前足でカラカラと回すおもちゃにしてしまい、あっという間にトイレを紙で埋め尽くしてしまうからだ。ネコを飼ったことがある人なら誰しも体験したことがあるだろう。また、キャンピングカーの中に設置する場合において、走行中の慣性による紙の落下を防ぐ利点があることも報告されている。さらに、垂れ下がった紙の先端が裏側に隠されていた方が清潔感が増すという意見や、トイレットペーパーは裏地の方が柔らかいためと主張する愛好家も存在する。

もちろん表向きに設置するメリットは大きい。一般的に、ホテルやオフィスで見られるように三角折りによって清掃済みであることを示したり、紙の先端の位置を視覚的にとらえやすくすることでユーザビリティの向上につながったり、そもそもホルダーにペーパーカットを備えた上蓋が付いていたりと、常識という社会的地位を獲得するには十分な利点と言えるだろう。しかし、裏向きを好む人たち、あるいは裏向きを強いられている人間は確実に存在することを忘れてはならない。もしかしたら『Fallout 4』でトイレ担当だった開発者が家でネコを飼っており、トイレットペーパー被害に悩まされていたかもしれないし、たまたま育った環境に影響されて裏向きを好んでいたのかもしれない。はたまたポストアポカリプスの世界ではトイレットペーパーを裏向きに設置することが主流に変わっているという設定なのかもしれない。いずれにせよ、決して間違いではないのだ。

1960年代の著書「あなたが聞いたんだもの」や「ティーンエージャーズとセックス」で知られるアメリカの女性ジャーナリスト、アン・ランダーズ氏が当時新聞に掲載していた人生相談コーナーでは、読者の問いに裏向きと答えたことで何千通もの抗議文が届いたという逸話がある。ちなみに、その後に表向きを推奨した際にも同数の反対意見が寄せられたと言われている。今回、『Fallout 4』で話題に上った「Immersive Toilet Paper」の投稿者が決着のつかない問題と最初からコメントしているように、トイレットペーパーの向きは究極的には好みや事情の問題でしかない。このModの制作意図は決して社会的常識の押し付けなどではなく、投稿者の嗜好に基づいた開発者へのささやかな反論なのだ。その真意を多くのユーザーが見逃しているように感じられる。表向きが多数派だという理由だけで開発者を非常識と嘲笑するのではなく、没入感の定義を改めて考える必要があるのではないだろうか。

Ritsuko Kawai
Ritsuko Kawai

カナダ育ちの脳筋女子ゲーマー。塾講師、ホステス、ニュースサイト編集者を経て、現在はフリーライター。下ネタと社会問題に光を当てるのが仕事です。洋ゲーならジャンルを問わず何でもプレイしますが、ヒゲとマッチョが出てくる作品にくびったけ。Steamでカワイイ絵文字を集めるのにハマっています。趣味は葉巻とウォッカと映画鑑賞。ネコ好き。

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