『バットマン:アーカム VR』開発者インタビュー、脳を騙す快感と大衆向けテクノロジーへの第一歩

Image Credit: Batman: Arkham Official Facebook

大手各社がVRデバイスの一般販売を一斉に開始することで、2016年はいよいよバーチャル・リアリティという技術が世界を覆い始める年だといわれている。これまで、VRデバイスが大衆向けのテクノロジーとして普及する可能性や、VRデバイスを装着したまま48時間を過ごした男が描く未来を伝えてきた。中でも、ハイエンドPCを必要としない家庭用プラットフォームを使ったVR体験は、バーチャル・リアリティの大衆化に最も近い存在といえるだろう。今回、『バットマン:アーカム VR』を体験すると共に、開発元のプロデューサーにインタビューを実施。仮想現実に求められるゲームデザインと、本作がアクションゲームではない理由について質問した。

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いかに脳を騙せるかがVR体験の醍醐味

先日、最新ゲームタイトル『バットマン:アーカム VR』をはじめ、数多くのVR専用・対応タイトルに触れる機会があった。しかし、バーチャル・リアリティのプレイフィールを文章で伝えることほど荒唐無稽な行為は他にないので、ゲームの感想は割愛する。概念やアイデアを直接的に伝えられるVRのポテンシャルは、直にデバイスを装着しないと伝わらないからだ。内容だけ端的に説明すると、「ブルース・ウェイン」になって近未来的なガジェットをテストできるモードと、ある殺人現場を近未来的なガジェットで捜査するモードの2種類が試遊できた。ゲームの内容は以上だ。

特筆すべきは、VR専用タイトルならではのゲームデザインや、存在するはずもない風や痛みを感じさせるような、いわば仮想空間における“ドラッグ体験”だ。バーチャル・リアリティは、別の世界に自分が存在していると脳に信じこませることで、没入感を超える体験を実現する。従来の3DアクションゲームやFPSのような、動的な視覚効果からダイレクトに伝わる臨場感や爽快感とは、全く異なる体験を提供してくれるのだ。たとえば、『バットマン:アーカム VR』はアクションゲームではない。これまでのシリーズとは打って変わって、殺人事件に渦巻くミステリーと謎解き要素にフォーカスしている。開発元Rocksteady Studiosでブランドマーケティング・プロデューサーを務めるDax Ginn氏が、その理由について答えてくれた。

RocksteadyのプロデューサーDax Ginn氏
RocksteadyのプロデューサーDax Ginn氏

「VRではユーザーが快適にプレイできるよう細心の注意を払わなければいけない。街をグライダーで飛び回ったり、バットモービルで駆け抜けたりなんてしたら、プレイヤーはすぐに気分が悪くなるはずだ。そういうわけで、探偵になって捜査するというゲームスタイルに終始しているんだよ。ガジェットは主に戦略的な使用を目的としている。たとえば、グラップルガン(鉤爪付きのワイヤーを撃ち出す拳銃)は、デモの最後で体験してもらったね。上空のバットウイングに飛び乗った時のように、ナビゲーションに使用する。また、遠くのオブジェクトを手元に引き寄せる際にも使える。バットラング(コウモリ型の手裏剣)にだって戦略的な使い道はあるんだよ。敵の注意を惹くデコイとして使ったり、離れた場所からスイッチを押したりね」

また、本作が決してアクションゲームではないことに付随して、プレイヤーが移動する際のメカニックについても言及している。『バットマン:アーカム VR』では、仮想空間に現れる複数のマーカーから目的地を指定して、ボタンを押すことで移動できる。「(アクションゲームのようなインタラクティブな移動方法は)VRでは難しいんだ。カメラが1箇所(プレイヤー視点)に固定されているからね。プレイヤーが使えるスペースを制限することが重要になってくる。また、身体を動かせば頭も動くだろう。先ほども述べたように、視界が揺れてしまうと酔いやすくなる。VRゲームで成功していくために、今は業界全体が経験から学んでいる最中といえる。最も快適なゲーム体験を提供するには、移動を制限せざるを得ないということだね」

VRゲームの最大の魅力は、プレイヤーをいかに錯覚させてくれるか。そのプロセスはあくまでも快適な体験でなくてはならない。遊ぶたびに胃の中のものが逆流してくるようなゲームは、誰も求めていないだろう。『バットマン:アーカム VR』に限ったことではないが、今回の体験を通して最も斬新だったのはゲームプレイそのものではない。地下深く降下するエレベーターに乗っている時、会場内に吹きもしないはずの風を感じたことだ。もちろん、近くに送風機が設置されていたわけでも、誰かがトイレに全力疾走していったわけでもない。筆者の脳が仮想現実にまんまと騙された証拠である。幻肢のような、存在しない感覚が生じているのだ。無論、個人差はあるだろうが、ホラーゲームでも脳を支配することが重要になってくる。刃物を突き刺されたのが自分の身体であると脳が錯覚すれば、ありもしない痛みを感じてしまってもおかしくはない。VR体験の醍醐味とは、ゲームそのものではなく、こうした疑似感覚にほかならないといえる。

 

大衆家電への第一歩はゲーム外の応用

バーチャル・リアリティの醍醐味はゲームに限ったことではない。VR専用・対応タイトルの存在感を前に忘れられがちだが、VR技術の真の主役はゲーム業界以外への応用といえるだろう。仮想空間内の大型スクリーンにて、映像コンテンツを大迫力で楽しめるようになれば、自宅に居ながら映画館に行った気分が味わえる。しかも、寝たきりで満喫できる。まさに“人をダメにする”デバイスになり得るのだ。また、映像出力はヘッドマウントディスプレイのみで完結するため、テレビやパソコンのモニタを専有することがない。加えて、動画再生アプリがVRに対応すれば、全天全周動画や静止画を仮想現実として再生できる。たとえば、旅行先で撮影した景色の動画をバーチャル・リアリティとして再構築することで、現地にいる気分が味わえるということだ。

仮想現実の中で“何か”に触れている様子
仮想現実の中で“何か”に触れている様子

こうした技術は、教育や福祉をはじめ、あらゆる分野で無限の可能性を秘めている。数年前にも、末期がんを患った家族の最後の願いをVRデバイスが叶えてくれたという例が報告されていた。また、前述した脳の錯覚を利用した疑似体験は、もしかしたらリハビリの手段として医療分野へ応用できるかもしれない。別の例を挙げると、CAD(Computer-Aided Designの略、コンピュータによる設計支援ツールのこと)で作成した建築物の3Dデータを取り込むことで、仮想空間で物件を下見できるという不動産業界への応用も考えられる。

同時に、家庭用プラットフォームがVRに対応していく流れは、普段はあまりゲームに触れることがなかったライトユーザーはもちろん、ゲーム自体には全く関心のないユーザー層に、バーチャル・リアリティという技術を身近なものに感じさせてくれる絶好の機会となるかもしれない。録画機能付きテレビやHDDレコーダーが各家庭に普及していったように、映像コンテンツを取り巻く新たなテクノロジーとして、まさにVRデバイスが大衆化に向けて踏み出す上での第一歩といえるだろう。一方で、そのための技術的な課題が残されていることも否定できない。人間が違和感を覚えずに仮想現実を体験できるフレーム遅延の許容限度は、わずか0.2秒だといわれている。それ以上に画像処理が遅れると、ユーザーの没入感を阻害してしまうだけでなく、最悪の場合は3D酔いを引き起こしてしまう。そのため、将来的にはワイヤレス化が望まれるが、現時点では有線通信は避けて通れないのだ。更なる技術の向上に期待したい。

このように、VR技術はゲーム業界を起点に発展しつつも、それとは無縁に等しいさまざまな領域での活用が模索されている。遠く離れた場所にいる友人や家族、恋人とのコミュニケーションはもちろん、ポルノ業界が着目しているように、相手のいないセックスをシミュレートすることにまで、すでに人々は食指を伸ばしている。先日には、秋葉原で開催されたVRポルノイベントが、予想をはるかに上回る来場者数で急きょ中止になったばかりだ。特に、文章や写真、動画よりも、概念やアイデアを直接的に伝えられるポテンシャルを秘めていることから、一部の人間にしか触れられない体験を万人に提供できるという点で、教育分野において革新的な可能性を秘めている。今年はじめ、FacebookがピッツバーグにOculus向けのVR研究所を設立したり、ドイツのゲーム会社CrytekがVR分野における研究者の育成を支援する新たなプログラム「VR First」を発表したりと、学問としての仮想現実が認知されつつあるのは、その可能性を現実のものにするための布石といえるだろう。VRデバイスが大衆向けのテクノロジーへと変貌する日も、そう遠くはないのかもしれない。

[聞き手 Ritsuko Kawai]

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