“3Dアドベンチャー厳冬時代”になぜ『伊達鍵は眠らない – From AI:ソムニウムファイル』を作ることができたのか?高評価高コストADVを作るための飯塚Pの工夫
アドベンチャーゲームならではのプロモーション戦略と、本シリーズ独自の開発体制についての話を伺った。

スパイク・チュンソフトは7月25日、『伊達鍵は眠らない – From AI:ソムニウムファイル』(以下、伊達鍵は眠らない)をNintendo Switch/Nintendo Switch 2/PC(Steam)向けに発売した。
『伊達鍵は眠らない』は、特殊捜査官の伊達鍵が行方不明のイリスを探して存在するはずのないUFOを追う、『AI:ソムニウムファイル』シリーズ(以下、『AI』シリーズ)のスピンオフ作品だ。オリジナルの『AI:ソムニウムファイル』、2作目となる『AI:ソムニウムファイル ニルヴァーナ イニシアチブ』(以下、ニルヴァーナ イニシアチブ)に続く、本格アドベンチャーゲームシリーズ3作目のタイトルとなる。
そんな『伊達鍵は眠らない』及び『AI』シリーズについて、シリーズのプロデューサーを務める飯塚康弘氏にインタビューを実施。アドベンチャーゲームならではのプロモーション戦略と、本シリーズ独自の開発体制についての話を伺うことができた。なお、同時に行ったスパイク・チュンソフトのパブリッシング方針についてのインタビューも、別記事として公開する。興味のある方はぜひそちらもご覧いただきたい。
──自己紹介をお願いします。
飯塚康弘氏(以下、飯塚氏):
スパイク・チュンソフトの執行役員を務めています、飯塚と申します。欧米タイトルの取り扱いやSteamストアでのグローバル展開など、主に海外関係の業務を担当しています。また、アメリカにある支社(SPIKE CHUNSOFT, INC.)では代表を務めていて、自社タイトルや他社タイトルの海外向けパブリッシング事業を展開しています。最近では、『AI』シリーズのプロデューサーもやらせてもらってます。

──日本でのゲーム開発を監修しつつ、英語圏の業務も担当しているんですね。お忙しいのでは?
飯塚氏:
忙しいですが、それ以上にすごく楽しいですよ。最近はあまり担当していませんが、もともとの畑はローカライズなので、またやりたいですね。今は海外タイトルの買い付けが僕の担当になってきていて、ローカライズはほかの誰かに委ねなきゃいけないという状況に寂しさを感じています。
限られた予算で、ユーザーを満足させるには
──シリーズ最新作となる『伊達鍵は眠らない』が発売されますが、どういったお気持ちですか。
飯塚氏:
このシリーズはファンに支えられてるものなので、シリーズファンからの率直な意見を聞きたいです。

──今までの『AI』シリーズはかなりボリューミーでしたが、本作は比較的あっさりとしたボリュームになっています。
飯塚氏:
本作はスピンオフ作品ということもあり、製作体制に少し変化がありました。たとえばシナリオ担当は打越さん(前々作『AI: ソムニウム ファイル』、前作『ニルヴァーナ イニシアチブ』のシナリオを担当した打越鋼太郎氏、本作ではシナリオ監修)から山田(山田和也氏)に、ディレクターも岡田(岡田昌氏)から山田に変わっています。そういった変更から、作品の全体的なテイストや方針にも変化があったかもしれません。そういったボリューム面の変更やわかりやすさなども含めて、スピンオフではあるものの結果的にシリーズへのエントリーにぴったりのタイトルに仕上がったと感じています。
『AI: ソムニウム ファイル』はストーリーもかなりヘビーで、シリーズ1作目ということもあり結構作りが荒いところもありました。1作目の途中で離脱しちゃったような人も、また本作からシリーズに入ってきてほしいです。

──スピンオフとしては珍しく、シリーズものではあるものの前提として必要となる知識はあまりないですよね。
飯塚氏:
新規キャラクターとシリーズおなじみのキャラクターを織り交ぜつつ、これまでのシリーズのネタバレは基本的にないようにもしています。
──近年では、予算の掛かった3Dアドベンチャーが減っている傾向にあると思います。採算を取ることが難しくなってきていることが理由の1つだと思うのですが、その流れの中で本作はなぜ開発できたのでしょうか。
飯塚氏:
これは僕の持論なんですが、アドベンチャーゲームにかけていい金額というのはある程度上限が決まってると思うんですよ。それ以上掛けてしまうと、採算が取れなくなってしまうんですね。なので、本シリーズのファンの方はなんとなくわかるかもしれないんですが、このシリーズもあまりコストをかけすぎないように、特に探索パートには工夫をしています。
──確かに、同じ町が何度か出てきます。
飯塚氏:
(笑)そういった要素にお金を掛けることも大事です。ただ、グラフィック面や新しいマップなどでボリューム感を出すよりは、本シリーズで大事にしているストーリー性やシナリオの展開、キャラクター同士の掛け合いにお金を使って、ドラマ性の部分で勝負しましょうという方針を立てています。
今までのシリーズでもそうでしたが、ソムニウムパートも実は探索パートのマップも再利用しているんですよね。そこにフィルターを掛けることで雰囲気を変えたり、それぞれのパートを交互にプレイしてもらったりすることで、同じことの繰り返し感を減らしています。

──限られた予算の中で、ユーザーを飽きさせないような工夫があるんですね。
飯塚氏:
一番お金が掛かるのは、やっぱりボイスなんです。これは僕が決めた『AI』シリーズのルールなんですが、どんなしょうもない小ネタにも絶対に声を付けるようにしています。これは英語版でも徹底していますね。それが功を奏したのかはわからないですが、本シリーズの日本版の声優さんたちはみんなこの作品を好きになってくれています。この前打ち上げを開いた時にもほぼ全員出席ぐらいのレベルで集まっていただいて、嬉しかったです。
──すでに調べたところをもう一度調べた時の、「もう調べるなって!」みたいなセリフも全部フルボイスですよね。結構恐ろしいです。
飯塚氏:
そういった部分はすごく大事にしていて、お金もきちんとかけています。
根強いファンのおかげでシリーズ化を果たす
──3Dアドベンチャーゲームのファンの1人として、『AI』シリーズは質の高いシリーズ展開を続けてくれて嬉しいなと思っています。
飯塚氏:
このシリーズには、僕自身が続けたくなるような魅力があるんですよね。ユーザーの方からも「伊達とアイボゥの新しい話が聞きたい」、「もっとやり取りが見たい」というようなフィードバックをいただいているんですが、実は僕自身も聞きたくなっているという(笑)
シリーズ立ち上げの打ち合わせの時に、打越さんは「サザエさんみたいなゲームを作りたい」と言っていたんですね。たとえば、伊達とアイボゥのくだらない掛け合いって面白さに加えて安心感もあるじゃないですか。それが打越さんが目指していたサザエさんっぽさ、『AI』シリーズらしさだと思っています。だからこの手のゲームにしては珍しく、このシリーズは主要な主人公級のキャラクターを誰一人殺さないようにしているんです。キャラクターの有効活用ですね(笑)

──ちなみに本シリーズのファン層は、どこの国のどういった年齢層なのでしょうか。
飯塚氏:
打越さんとコザキさん(『AI』シリーズのキャラクターデザインを手がけるコザキユースケ氏)がアメリカにファンが多いということもあり、総合的に見るとアメリカが一番です。日本で作るからには、やっぱり日本で一番売れてほしいとは思っているんですけどね(笑)
男女比でいうと男性が6割、女性が4割ですね。年齢層は30代から20代が一番人気で、次に10代という順番です。
──女性が4割もいるんですね。本作では特定のターゲット層を狙った戦略なども練られたんでしょうか。
飯塚氏:
なんとも言えないところですね。このシリーズが『ZERO ESCAPE』のような人気が出ることを狙っていた部分はちょっとありましたけど、実際には全然違うテイストのタイトルですし。打越さんも含めて、まったく新しいIPを頑張って作ろうという気持ちで作ったシリーズなので、実はターゲット層を明確にしていたわけではないんです。
──あまりターゲティングしすぎなかったことが、かえって自由な作風につながったのかもしれませんね。
飯塚氏:
かといって1作目はスタート時点ではあまり売れなかったので、難しいところですね。

──ちなみにシリーズはどのようにここまでこれたのでしょうか。
飯塚氏:
1作目のリリース後、売上はとても多いわけじゃなかった半面メディアも含めた評価は高かったんです。特にユーザーからの反応がすごく良かったので、こんだけいい反応があるってことはまだファン層は広がっていくだろうと予想したんです。もっともっとユーザーに届けていけばファンが増えるポテンシャルはあるはずだと考えて、『ニルヴァーナ イニシアチブ』を作ったという経緯があります。
──ある程度の数字が出ないならやめてしまうというケースも多いと思うんですが、そこを情熱で通した、と。
飯塚氏:
新規IPを生み出すというのは、やっぱり大変なんですよね。せっかく荒地を畑に耕して種を植えたのに、それがうまく育たないから「はい終了」というのはやっぱりもったいない。なので『ニルヴァーナ イニシアチブ』を作ろうとなった時も、すでにあるリソースを上手に使おうということになりました。マップやキャラなどの素材をうまくコントロールして、コストを抑えることを目指したんです。
あとはSteamで早めに展開してたこともあり、Steamのファン層がすでにできていたんですね。今続編を出せば前作も上手い形でセールで売り伸ばしますよ、というプランを作って『ニルヴァーナ イニシアチブ』に挑んだという形ですね。

──そういう意味では、『伊達鍵は眠らない』も発売前からある程度セールスの想定ができているということでしょうか。
飯塚氏:
発売前のウィッシュリストの推移も、良いですよ。それに『伊達鍵は眠らない』の発売に合わせて1作目と2作目のセールを開催しているので(現在は終了)、また新しいユーザー層が広がっていくと思います。ただローンチのフルプライスで買ってくれるユーザーは限られていると思うので、これまでの2倍3倍のセールスというわけにはいかないと思います(笑)
──これまでの積み重ねの結果ですね。
飯塚氏:
タイトルが1本しかないとセールをしても売り上げとしてはそこそこなんですが、1作目の続編が出るとなるとまた1作目が売れるんですね。同じように今度1作目と2作目があるところに続編が出ると、1、2がセールで売れるようになります。これはやはり、続けてきたからこそのビジネスモデルですね。
──新作だけではない、フランチャイズとしての展開を仕掛けていると。
飯塚氏:
逆に言うと、単体のタイトルで成功するのは大変だと思います。ただ、シリーズ化する前にユーザーの反応の良い悪いは絶対に確認したほうがいいですね。ただでさえ今は開発費も高騰してますから、難しいところではあると思いますが。ただ、最終的にはやはりプロデューサーの熱意が大事になると思います。頭を下げて、「これがやりたいんです、やらせてください」という(笑)
プロデューサーは“ファンの代表”
──現代は表現などに気を遣わなければいけない時代だと思いますが、伊達鍵がバンバン下ネタを言うところはまったく変わっておらず興味深いです。こういった部分には、どのように向き合っていますか。
飯塚氏:
そのあたりは基本的にノータッチです。シナリオライターやディレクターのやりたいようにやってもらえばいいと思っています。
──こういう風にしてほしいというのもないし、これはやめてほしいというのもないんですね。
飯塚氏:
何も言ってないです。『AI』シリーズのあの雰囲気も、キャラクターとストーリーを作ってる打越さんのテイストから来るものだと思います。もしかしたら、打越さんがそもそもそういう人なのかも(笑)
──作り方をコントロールするようなことはないんですね。であれば、プロデューサーとして関わったのはどのような部分なのでしょうか。
飯塚氏:
僕はクリエイティブ部分、特にシナリオに関して何か介入したことはないです。作り方に関しても僕はほとんど口出しをしないんですが、ゲーム制作の過程の中で唯一口を挟むタイミングがあります。それは、僕がゲームを通しでプレイをした後です。
『AI』シリーズは開発チームがすごく優秀なので、制作のかなり早い段階でプレイアブルになります。そしてそれをすぐに僕が通しでプレイして、気になったことをメモ書きしておくんです。それを資料にまとめて、「ここの影がおかしい」「このキャラクターたちの関係性でこの言い合いは理解できない」「ここのギミック分かりづらいので、こうした方が分かりやすくなりませんか」などの気になるリストを作るんですね。それをディレクターに渡して開発チームと一緒に考えてもらって、アップデートしたものをまた僕に渡してもらって……という会議があるんですよ。「気になる会議」ですね。ちなみに、僕は本作を6回通しでプレイしました(笑)

──ファンを代表してのテストプレイ、みたいな。
飯塚氏:
開発者の方はずっとゲームと向き合う分、ある意味で感覚が麻痺してしまうことがあるんですね。僕は開発の早い段階でゲームをプレイできてなおかつユーザー目線でいられる唯一の立場なので、気になることがあったらすぐ会議があって、「こういう部分でこうなんですけど」と言ったらすぐディレクターが「ここは直しましょう」と動いてくれたり、逆に「ここを変えると、今度はこっちがおかしくなるので直しません」となることもあります。
──開発陣の判断で、修正しないこともあると。
飯塚氏:
一時期は全部僕が言った通りに直そうとしていたことがあったので、「それはやめてくれ」と伝えたこともありましたね。「僕の言うことは、1つの意見に過ぎないから」と。僕が気になったことに対して、開発陣が「その通りだね、確かにここは気になるから直そうか」と動いてくれてもいいし、僕が言った通りに直すのではなく彼らなりの直し方で進めてもいいし、直さないというのも1つの手だと思います。
1つ言えるのは、僕自身はこの工程をめちゃくちゃ楽しんでいます(笑)プレイ中はずっとスクリーンショットや動画を撮って、資料にまとめて「ここおかしくない」「ここわかんない」と言って(笑)
──会社のプロダクトとしてではなく、ゲーマーとしての1つのゲームとして向き合っているんですね。
飯塚氏:
1つ大事にしていることがあって、企画段階でのプロットやシナリオに対しては何も言わないようにしています。そこはあくまでもゲームの一部分であって、実際にユーザーに届ける製品とは同じ土俵じゃないから評価はまだできないですよね。
「気になる会議」では、そういった部分よりももっと細かいとこを見ます。開発の途中段階であっても、少しでも違和感を覚えたら言うようにしていますね。「ここに入っていったなら、この場所に出てこないとおかしくない?」ぐらいのレベルまで口を出しています。
──上の立場の人間がその作品のファンとしてしっかりプレイしているというのは、理想的なことだと思います。
飯塚氏:
やっぱりやらないとね、ゲーム。
──ありがとうございました。
『伊達鍵は眠らない – From AI:ソムニウムファイル』は、Nintendo Switch/Nintendo Switch 2/PC(Steam)向けに発売中だ。
[執筆・編集:Daijiro Akiyama]
[聞き手・撮影・編集:Ayuo Kawase]