AUTOMATON vs. 木村祥朗 『moon』から『Million Onion Hotel』まで (後編)
中編より引き続き、Onion Games代表の木村祥朗氏へのインタビューです。
“アーリーアクセス商法” VS. 『MOH』
――海外ではどちらかというと、未完成のゲームをリリースすることにあまり抵抗がないようになっている風潮があります。あれはいかがですか? Steamではアーリーアクセスは頻繁に見かけますし、普通にそれを20ドルくらいで販売したりしています。
0円じゃなくて? ……それはアカン(笑) いや、それでもチャレンジしてるわけだからね。おカネないと創れない! ってなってるわけだから。何年もかけてバージョン1、バージョン2って完成させるって話もありうるし。そういうゲームを見ててすごいとは思うけどね。続けてちゃんと完成するなら、それはそれでいいじゃん。
お客さんからしてもアーリーアクセスってわかってるわけじゃん。これは未完成なんだ、って。だとしたら、そういった意味ではおカネ払うのもやむなしかなと。
――私自身もそれをわかっていて買って、起動すらしないというパターンは何回か遭遇しました。
そういうシステムがあるってだけでも面白いことだと思うよ。他のモノにくらべてゲームって創るのに時間がかかるじゃないですか。だから、そういうときにね。……あー、僕もアーリーアクセスやろかな……
――『MOH』は現時点では触ろうと思っても触れません。トレイラーを観るしかない状態ではあります。デモ版やアルファ版のリリース予定はありますか?
iOS版はそういうのが存在しないからね。それに、プロトタイプで出したら満足して終わっちゃうかもしれないじゃないですか。それは悲しいじゃない。BitSummitで出したところまでは本当は公開してもかまわないんだけどね。
でも、あれも僕の本来の主義とは少し外れてて、BitSummitだから出したってだけ。BitSummitじゃない他のショウとかだったら出してない。BitSummitが僕の心のスイッチを押してくれてるから、大事に思ってて。仲間にちょっと無理言って号令かけて、「やってるぞ!」って見せようと。1年前のBitSummitは無駄じゃなかったんだぞと、僕たちを表現しにいこうと、意識してた。
本当は『moon』の名前ばっかり出すのは好きじゃないんですよ。あんまりにも昔のことすぎて。それでも『moon』とか『チュウリップ』のファンが見てくれてるのは知ってるから、そういう人に「僕らはちゃんと活動してます」って言うべきやろうと。そういうことを含めて、BitSummitに出たの。だから、東京ゲームショウとかは応募してない。(注: 5月のインタビュー時点でのこと。インディーブースの展示費が無料になったこともあり、現在ではTwitterなどで参加をほのめかしている)
――去年はいらっしゃいませんでした。今年も?
去年は単純に創ってる途中だったから出せなかった。今年のTGSももうしばらくしたら申し込み終わると思うけど、出さない。なぜなら、できてるかどうかわからないから(笑)
――インディーシーンだと、未完成品でも展示するというケースは多々あります。しかしそうはしないと。
それは本当はつらいことだよね。『MOH』の今のバージョンも、BitSummit用に”できている”ような雰囲気にしてて、できていないところを見えないようにカットしてる。たとえば、本当はボスまで見せたかった。ボスまで行かないと本当のゲームの構成がわからないのに、ボスに到達したらBitSummitバージョンでは終わっちゃうんで。「これなに?」ってなっちゃうんで……悲しいよね。
ま、でもいざとなったらさ、新宿のどっかに屋台でも出してさ、真夜中のゲームショウとかやればいいんじゃない? 「今から新宿で試遊会やります」つって。
――普通に面白そうです。
興味ある人にTwitter経由で来てもらって遊んでもらうってのも悪くない。ファンの人らと直接つながってコミュニケーションしたいって気持ちがあるから、イベントに参加する意識はすごく強いんだけど。完成してないのに参加すると、なんかね、申し訳ないな、って思っちゃうよね。あと、買える状態にしてから参加したいじゃん。今アクセスすればダウンロードできます! って状態でイベントに参加したいよ、ほんとは。なーんて(笑)
――比較的前進的なお考えかと思います。
そういうふうにな気持ちになる人ってあんまいないの?
――一概にはいえないかもしれませんが、先行でのプロモーションを重視するケースも散見されます。
うーん。じゃあこの話しよっか。今インディーゲームの問題って、プロモーションとか露出方法とか拡散方法とかに思いを巡らせてるでしょ。だから、創ってる状態から出したり創る前からおカネ集めたりってことあるでしょ。それはテクニックとしてはいいと思うんだけど、結局一番大事なのは面白いものがお客さんに届くってこと。これは何も変わらない。インディーだろうがコンシューマーだろうがアーケードだろうが、お客さんがおカネ使った瞬間に全員同じフィールドで見られる。「ああ100円・300円・1000円、5800円払ってよかったわ」とかなるわけでしょ。
そして、満足する人がいれば同じようなものが好きな周囲の人に「あれは良かった」って伝えてくれるかもしれないじゃん。でも、満足できない状態で1回でも触らせてしまったら、その人には「思ったよりイマイチだったな」っていう印象で終わってしまう。強烈なファンであれば大丈夫かもしれない。でも、新参者でインディーでどうなるかわからない人の作品となると、触った瞬間一発目「買ってよかった」って思わせないと。その状態にいたらないで出してしまうのはヤバいじゃないですか。
――ヤバいですね。実際にヤバい事例もあります。
(笑) だから、BitSummitで出したのは本当に僕の哲学からするとギリギリの妥協だった。BitSummitだから・ミルキーだから・京都だから。仲間もいるし。そんなギリギリさ。
出した最初の20面は、製品版で出しても怒られないくらいにデバッグしたよ。1回もフリーズしなかったし……いや1回くらいしたかな?(笑) でも、ショウ中はおおむね無事に動作してたし。でも見てる人は見てるんだなと思ったよ。このシステムだと1ライン消しばかりになるとつまらないよね、と欠点を言い当ててくる人とかもいて。やっぱわかってる人はわかってんだなー、この状態だと半ナマだってわかってんだなー、すいません、って思った。
それでも、ゲームシステムじゃなくてキャラクターを見てほしかったから出してよかったなと思ってるよ。アスパラさん出してよかったなって。みんなに見てもらえて。
――なぜアスパラが下から出てくるんだろうと疑問を感じさせないくらいの迫力があります。
(笑) ああいうのもインディーゲームの世界だと普通なんだよね。コンシューマーでアスパラさんとか出すとめずらしがられるかもしれないけど、インディーだとおかしなゲームがいっぱいあるので「わりと僕も普通だなー」って心が落ち着くね。ここにいていいんだ、ここに存在していいんだ、って。
――インターミッション「旅」
ウガンダとザイールの間に森があってね。そこにゴリラがいるって聞いて。かなり昔、まだ20代後半のころだけど、行ったの。バスもなく、電車もない、なにもない。通りかかったクルマをつかまえるしかない、みたいなところ。ジャングルの中にキャベツを配っていくトラックにキャベツと一緒に乗っかってね、森の奥深く行ったら、寂れたキャンプ場作りかけみたいなとこがあって。周りは原住民の村みたいなとこで、何語しゃべってるのかもわかんない。
そこに長老がいて、ここで100ドル払えば我々がゴリラまで案内してしんぜよう、ってね。原始的なものばっかりなのにそこだけちょっと文明の香りがするの(笑) ぱっと出されたマシーンが「100ドル確認機」みたいなだったの。100ドル札を本物なのかどうか判別するやつ。ここまできていきなり100ドル払わされるのか嫌だな、って思ったけどさ、そこにはもうそれしか収入源がないわけ。
来る人もレアで、基本的に誰も来ない。ここに来た日本人はお前が二人目だ、って。前に来たのは冒険家で写真家の人。その人は日記があるから読め、って読んだらある有名な冒険家でね。「ああすごいな、この先生来ちゃってるんだ」って思った。んで、何か書けって言われたから、その先生の日記の最後らへんにちょこっと「木村です」みたいに書いたよ(笑)
で、森のなかに入っていって、ゴリラがいるところ探すの。ゴリラがウンコしてるの。ウンコを探して歩きまわるのよ。「あれ?指が赤いな?」ってよく見たら赤い虫がいる、そんなとこ。そういうノリ、ジャングル。最後、ゴリラの村にたどりついたらでっかいゴリラがいてね。平和なのかな、僕らが行ってもとくに襲ってきたりはしなかった。警戒信号は出すけど、とくにケンカはしないというか。すごく和やかなところだった。
――ゴリラを見にジャングルへ……。
森の奥へ。まさにワイルドフォレスト。そういうとこには普通のツアーじゃ行けないからね。森の奥にあるって情報だけを頼りにしてた。でも、今ならさすがにそういう情報もちょっとはあるのかも。バナナでできた焼酎も飲んだな。ワラジっていうんだけど。……あんまりゲームに関係ないね……。
――いえ、ルーツは大事だと思います。
ゲームの世界に起こる不思議なできごとよりも、よっぽど面白くて怖くて奇妙で不思議なできごとが世の中にいっぱいあるからね。それを若いころからずっと味わい続けてる。
――私も旅というほどではありませんが、旅行は好きです。先日も海に行っていました。素潜りをやりますので。
ひええ。素潜り危ないっしょ?
――ある程度海況さえ安定していれば。それと、技術がきちんとした者が複数いれば大丈夫かなと。もちろん危険はありますが。
昔は僕も潜ったわ。
――スキューバではなく素潜り?
うん。素潜りでわりと長く潜れてた。特殊な練習をし続けてたら潜れるようになっちゃって。でも今はもう無理だろうなあ。
――シビアといえばシビアですからね。
海の中で心を落ち着ける方法はもうわからない。静かにしてる感じがイメージできない。心をどうやって作ればいいのかわからない。たぶんTwitterによって失われてしまった(笑) ざわついてるのが前提みたいになっちゃったから。
――私は頭の中に常に漢字を思い浮かべます。「正」の字をずっと書き続けるのを想像しています。
ほおーっ、面白いね。てことはあれだ、瞑想してるのと同じような。三昧(注: 瞑想において精神が極限まで集中しきった状態のこと)だ。よく座禅の練習でもカウントしろって言われるね。たしかにいけるかも、それ。
――座禅やヨガの技法は素潜りのトップクラス選手にも導入されています。
好きだったのよ。あんまり人には瞑想、瞑想って言わないけどね。怪しいメディテーション話をするとことさら怪しいって思われるから(笑)
いろんなことがあったなあ……。不思議なこともたくさんあったし。
木村祥朗が伝えたいこと
――そろそろ締めに入らせていただきます。秋目標の『MOH』ですが、今まで創ってこられた『moon』や『チュウリップ』、『RULE of ROSE』のような明確なメッセージ性がわかりづらいです。トレイラーからなんとなく想像はできるのですが……。今回伝えたいことは一体何なのでしょうか?
これははっきりしてて。毎回テーマはあるけどね、たとえば『moon』だったら「ゲームなんてやめてしまえば?」、『チュウリップ』はキスではなく「幸せは人それぞれに色々ある」、『RULE of ROSE』は「愛は束縛」、『王様物語』は「王様はえらいのか? えらいって何?」。
今回の話は、大げさなんだけど、ピース。
――平和。
そう。ラブアンドピース。これにたいして自分なりの答えを出す。
――トレイラーからは少し想像がつかないテーマでもあります。
爆発してるでしょ。
――爆発してますしベッドインしてますし……。
それもピース。どれかがラブで、どれかがピース。どんな世界がピースワールドなの? って今頑張って書こうとしてる。
――それであの爆発。語る上では外せない。
外せない。あれはもう書くしかない。そのことをゲームでね。具体的にそこまでピースって言わないけど、「Dr. ピース」(注: タイトル画面にも登場する”P”の字が入った謎の乗り物に乗った人物)が「ピースピースイェイ」「ラブアンドピース」って言ってるじゃん。適当に吠えてるように聞こえるかもしれないけど。こいつが最初っからテーマ語ってるの。
――白い鳩もピース。
そう。夜に鳩は飛んでないけど鳩がいる。そういうこと。やってみます、僕なりに。宮﨑駿みたいに本当の戦争の時代生きてないけど、僕にだって戦争の話は書ける。やれるはず。
――戦争。
戦争の話なのよ、ようはこれって。向こうに爆弾が飛んでくる、そんな戦時下の不思議なホテルの話。アチラノ国とコチラノ国の間にホテルがあるのよ。んで、そのホテルにアチラノ国とコチラノ国のえらい人が来るわけ。不可侵領域みたいな感じで。スープを飲みに来る。
――スープ。
マジックオニオンでできたスープを。そのスープを飲んで、しあわせになりましたとさ。セレブリティたちがたくさんスープを飲んでトリップしちゃいましたとさ、でも彼らは銀河の彼方に消えて行方不明になってしまったとさ、そういう話。これは最初のフライヤーやチラシ、リリース情報にも書いた既出の情報だけどね。
で、みんなコピペしてくれたのにパズルのことばっかり聞いてくるから、もう!って思ったんだけど、ま、いっかな。ゲームの中でちゃんと表現するから。
――奇策を弄するのではなく、あくまで直球でご自身で表現したいことをなさる。出すときはモックアップにも妥協しない。木村さんはめずらしいタイプなのかもしれません。
僕、真面目なのよ。むっちゃ真面目よ? ふざけてるように見せてるのも、真面目にそうしてるだけだから(笑) アホは天才にあこがれて、天才はアホにあこがれるみたいなのあるけど、僕は両方にあこがれちゃうんで。
――中道を往くと。
中道ではないかな。アホにもなりたいし、天才にもなりたい。複雑な気分だよ。ほんとこのゲーム、パズルもあるんだけど、「Dr. ピース」をどう料理するかが大問題というか。こういうのを心をこめて創るからね。見る?デモ版。
――ぜひ。
(開発版を拝見する)
BitSummitバージョンを残してるのよ。最新のやつだとバグ出るかもしれないじゃん(笑)
――(キャラクターのセリフが)ハナモゲラ語ですよね。
ハナモゲラ語大好きなんだよ。僕的には「ヘンテコボイス」だけど。こういうのをどんどん入れていくよ。いい雰囲気にしたい。
このゲーム、長くないよ。短い。すぐ終わっちゃう。短すぎるって怒られちゃうかもしれないけど、でも最近僕は「短いのに良いな」って思える、小さな宝物みたいなものを目指すのが目標なんよ。
――私の個人的なゲーム仲間のあいだにも確実にあるニーズです。
7時間とか10時間とか、まして40時間とかもう遊びたくなくて。僕は1時間でゴールに行けて、「ああこういうのもあるな」って感じたい。
――ということは、どちらかというとリプレイ推奨ですか?
そう。リプレイ推奨になるように、ホテルの住人っていう隠れキャラクターがいるし。BitSummitのときにもいたんだけどね、2人しか出してくれなかった。なぜならみんな1回しかプレイしないから。だから、1回目にお嫁さんだけ出しても、旦那さんどこにいるのかなってやりなおされないんで。本当は、どちらも出すといいんです、チューするから。
――ピースに近づく。
そう。ラブアンドピースがやってくる。
――今拝見していた感じですと、全編ノンバーバルで進める形でしょうか?
キャラクター設定や世界設定の説明は日本語で書いてあるけど、ゲーム中は基本的に何をしゃべっているのかわからないようにしてる。ただ、なんか感覚的にはわかる、っていうのをやろうかなと。
字幕さえ出さないっていう決意をしたんだよね、今回。でもちょっと悩んでて、最終的には出しちゃうかもしんない(笑) 字幕出さないとわかんないってなりそうだから。……字幕出し機みたいなの登場させればいいのか。字幕の魔法とか。クリアしたときにほんやくコンニャクみたいなのゲットしたら字幕が表示されるようになる、とか。
――あのときじつはこういうことを言っていた、みたいなのが2周目以降判明する、と。面白そうですね。
普通に面白そうだね。やれるかもしんない。いいね、どうしよう。
でも、デモのところが処理落ちしちゃうの。ちょっと処理食うだけでヤバいのでプログラマーに聞いてみなきゃ。処理落ちしたらアウトだ。
小さくしかし大きなこだわり、そして「真面目」
――映像表現にこだわるからには、処理落ちは許せない?
処理落ち大嫌い。今、iPhone 4で処理落ちしないように頑張ってるんだけど……4S以上にしないと厳しいかな。でも、iPhone 4を持ってる人を切り捨てたくないから。
――おそらくなのですが、『moon』や『RULE of ROSE』等となると、酒とクスリでもキメながら創ってらっしゃるんじゃないかというイメージを持つファンも少なからずいたかと思います。きわめて理性的でありながらパッションがある、意外な側面ではないでしょうか。
だから僕、真面目なのよ(笑)
――そうやって落とさなくても大丈夫です(笑)
こうやって繰り返しておかないとね、ニコ動とかでグローバルナンパおじさんって呼ばれたりするからね、ナンパはしてないよ僕は。女の子のこともちょっと考えてるけど、ゲームのことも考えてるよ。
――では最後に何か一言、AUTOMATONの読者向けにメッセージをいただけますか?
昔から僕のことを知ってる人も、BitSummitで『MOH』に気づいてくれた人も、ネット上で知ってくれた人も、ぜひ遊んで欲しいと思ってます。PV見るよりもより深い状態を味わえるように創っています。発売したら遊んでください、よろしくお願いします。変なゲームを創り続けます。
――変でありながら、作り方は真面目。
真面目に変なゲーム創ります。
――……そういえば肝心なことを忘れていました。予定価格はおいくらでしょうか?
これ発表してないんですけども……有料です。アメリカの有料ゲームの価格帯に合わせて売っていいかどうか迷っています。国内だとさー……もうね、みんな100円でゲーム売るのやめてくんないかな……
――安売りしすぎの傾向はあります。
だから、僕はちょっと高いです。500円くらい? 1000円は高いから……。でも500円って大変よ? とんでもなくたくさん売れないと元取れないから。でも500円にするといろいろ言われそうだなあ……。わかんない、考え中ってことにして! 有料です! 高いです! 考え中です! にしとこう(笑) いやーこれほんと悩んでるんだ……
――ありがとうございました。
[写真: Mon Gonzalez]
[インタビュー] AUTOMATON vs. OnionGames木村祥朗 – 『moon』から『Million Onion Hotel』まで (前編)
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