「Twitch Japan立ち上げメンバー」インタビュー。渾身のローカライズ「サブス9月」の撤回や「RTA in Japan第一回」思い出話などいろいろ訊けた

 

Twitchはライブストリーミングサービスの大手として知られ、特にゲームプレイ実況配信においては他の追随を許さない地位を築き上げている。日本でもその知名度は高く、ゲーマーならば一度は新作発表や大会、コミュニティイベントなどで利用・視聴したことがあるだろう。

今回弊誌はそんなTwitchの日本法人「Twitch Japan」に立ち上げの最初期から所属し、現在はコンテンツ・ディレクターとして日本のコミュニティと密に関わる北垣文江氏に、直接インタビューをする機会をいただいた。Twitchとコミュニティとの関わりや日本マーケットの成長、ローカライズ秘話や今後の展望など、多方面からの質問にあますところなく答えていただいたインタビューの全文を、以下にお届けする。


ローカライズに苦心した日本法人黎明期

――はじめに、自己紹介をお願いします。

北垣氏:
北垣文江です。Twitchには2015年に立ち上げメンバーとして入社し、現在はTwitch Japanのコンテンツ・ディレクターをしています。入社前はeスポーツ関連に従事していて、League of Legends Japan League の立ち上げ運営などにも携わりました。

Twitch Japanコンテンツ・ディレクター、北垣文江氏


――Twitch Japanでは普段どのような仕事をなさっているのでしょうか。

北垣氏:
私が所属しているコンテンツチームは、社内でパートナーストリーマーのみなさんともっとも距離感が近い部署になっています。私達の役目は主にパートナーの声を聞き、彼らが何を求めているのかを理解し、社内の他部署にストリーマーの声を届ける、というものです。また、セミナーセッションやオフィスサーバーを開いたり、ネットワーキングイベントを開催したりすることで、パートナーの成長を最大限サポートしています。弊社ではTwitchを、ストリーマーが自分自身のコミュニティを形成し、キャリアを築くのに最適な場所にしたいと思っています。

――全世界に展開しているTwitchですが、日本でのシェアはどのくらいなのでしょうか。

北垣氏:
具体的な割合はお答えできないのですが、日本は現在Twitchでもっとも成長している地域の一つとなっています。2022年では、日本の視聴時間は前年比で51%成長しており、配信を行ったパートナーおよびアフィリエイトストリーマーの数も63%増えています。


――Twitchが日本展開に取り組み始めた2015年当時、もっとも苦労したことはなんですか。

北垣氏:
ローカライゼーションですね。2015年当時のTwitchは、よく配信されているゲームも海外のeスポーツタイトルなどが多くて、日本人のニーズに合わせたコンテンツがない印象をもたれていたと思います。そこでまずは取っつきやすいように日本語サイトを日本語化すること、そしてただ翻訳するだけじゃなくて、日本人に馴染みやすい言葉にすることが最初の大きな課題でした。

――「この訳が大変だった」といった具体例などはありますか。

北垣氏:
今でこそ浸透している「サブスクリプション」という単語ですが、当時はあまり使われていない表現でした。これを「サブスクする」と略してしまうと日本のユーザーにはあまり伝わらないんじゃないかと思いまして、当時は「スポンサー登録する」という訳を使っていました。ストリーマーを応援するという行為がこれで直感的に伝わるかなと思いまして。後にサブスクという単語が広く認知されるようになって、そろそろ大丈夫だろうと思って「サブスク」に戻しました。

――「ビッツ」も独特ですよね。

北垣氏:
そうですね、ビッツも英語版だと「チアー(cheer)」するという表現を使っているんですけど、これもそのままだと「応援」という意味が伝わらないこともあるかもしれないと思いまして、「ビッツを送る」という表現に変えています。

ほかにも「レイド」とかは、日本人にどれくらい浸透している単語なのか測りかねた部分はありました。ただこれに関しては別の言葉にするよりも、「レイド」という新しい機能として覚えてもらおうということで、そのまま採用しました。

あとはもうひとつ、9月だとサブスクが安くなる「SUBtember」というイベントがあるのですが、これは英語だと(SubscriptionとSeptemberをかけた)ダジャレになってます。これも日本語では通じないだろうと思って、当初は「サブス9月」というローカライズ仕様になっていました。「意味を維持しつつ、日本語でもダジャレになっていて、かなり良いアイデアだ!」と思っていました。この名称は1年ほど利用されていたのですが、本社マーケティング部門から、できればグローバルに統一したいとの要望があり、「SUBtember」に戻しました。




「RTA in Japan」初期の思い出

――Twitchならではというような業務や、企業文化はありますか。

北垣氏:
Twitchは常にストリーマーのことを一番に考えており、どうしたらTwitchをストリーマーと彼らのコミュニティにとってより良い場所に出来るかを考えています。私の場合入社当初などは、とにかくTwitchのコミュニティやストリーマーのことを学んでいました。たとえば、ひたすら毎日ずっとTwitch配信を見て、さまざまなコミュニティイベントに足を運んでいろんな方の話を伺ったりしていました。

――関わったコミュニティイベントで印象に残っているものはありますか。

北垣氏:
数年前まで、Twitch Streamer BattleというイベントをTwitch Japanで開催していました。やったことがない人でも楽しく遊べて、見たことがない人でも楽しく見れるようなゲームを選んで、パートナーのみなさんをチーム分けしてそのゲームを遊んでもらうイベントです。そうすると、参加していただいた方は初対面でも仲良くDiscordで練習してたり、本番では一致団結して頑張ったり、イベント後でも一緒に遊んでいて関係が続いていたりするんですね。そういう様子を見ると、こちらとしてもやっぱり見ていて楽しいし、イベントに関わっていて良かったなと思いました。


――Twitchでお仕事をする中で、同僚やストリーマーなど印象に残った人物はいらっしゃいますか。

北垣氏:
社内ですと、特定の方というわけではないのですが、自分のチームにはすごく個性豊かな人が揃っていると感じています。元プロゲーマーだとか、コミュニティ大会の運営をしている人だとか、現役のパートナーストリーマーの方もいます。本当にゲームとTwitchコミュニティが大好きだという人が集まっているので、彼らとフラットで良い関係を築けていますし、毎日みんなと楽しく働けています。

ストリーマーの方ですと最近すごく感動したのが、釈迦さんが「Esports Awards」でストリーマー・オブ・ザ・イヤー2023のファイナリストに残ったことですね。彼は私が入社した頃からずっとTwitchで配信をしてくださっていて、一人のファンとしてもずっと応援してきたので、その方がアジア圏から初めてストリーマー・オブ・ザ・イヤーに残ったというのは、自分のことのように嬉しかったです。


――日本での展開を進めていく中で、これは成功だったな、もしくはこれは失敗だったなというような取り組みはありますか。

北垣氏:
たとえば直近でも開催されていたRTA in Japanなどは、まさに成功だったと思います。第一回の開催は2016年の冬だったのですが、そのときにTwitch Japanとして配信機材を貸し出して、オペレーションからサポートをさせていただきました。当時は3日間で、秋葉原と浅草橋の間にあるホールで開催されていましたね。そこから少しずつ成長していって、今では6日間で何万人という人が常に見ているような、日本で最大規模のゲームコミュニティイベントという規模まで来ています。RTAという文化自体もすごく浸透してきてますよね。最初はもちろん大変でしたが、こういう成長を見るとやっぱり手伝ってきてよかったなと、報われる気持ちにいつもなりますね。逆に失敗というのは、正直あまりありませんね。大変だったことはいろいろとありますが、やらなければよかったと思うようなことはありません。

――RTA in Japanには第一回から関わっていたとのことですが、何かきっかけがあったのでしょうか。

*RTA in Japan、次回は今冬開催予定


北垣氏:
実は弊社の韓国チームのメンバーがRTA in Japan運営の方と繋がっていまして、「こういうイベントを知り合いがやるらしいんだけど、サポートしてくれないか」というような形でお話が来ました。ゲームコミュニティ出身の社員が多いですから、こういったパターンは実は多いですね。


「スト鯖」は日本独自の文化

――Twitchは本拠地が北米ですが、Twitch Japanからのフィードバックがきちんと本拠に伝わり反映された例はありますか。

北垣氏:
「表示名」がそれにあたりますね。もともとTwitchのユーザーIDはアルファベット・数字・アンダースコアで構成されていて、日本語で、厳密にいえば漢字やカタカナ・ひらがなで名前を表示することはできませんでした。ただ日本のユーザーの多くは、ゲーム内やほかのSNSなどですでに日本語名で活動されている方も多く、日本語で名前を表示できる仕組みが必要だなと。そこでTwitch Japanから要望を出して、「表示名」が新たな機能として実装されました。これはユーザーIDとは別になっていて、日本語に限らず、韓国語・中国語も含めて3言語に対応しています。チャンネルにいくと最初に表示されるのはこの表示名なので分かりやすくなっていますし、視聴者も表示名がある場合はチャットでも表示されるようになり、日本人ユーザーなどから読みやすくなりました。

――Twitchにおいて、日本コミュニティ特有の傾向や特徴などは見られますか?

北垣氏:
最近ですと、ストリーマーサーバーというものが流行していますよね。たとえば直近だと『グランド・セフト・オートV』(以下、GTA5)のロールプレイサーバーがあったと思います。ああいったストリーマーだけが集まってプレイするマルチプレイサーバーというのは、日本でこそ流行っていますが、海外ではあまり見られない動きですね。

そもそも『GTA5』は2013年発売で、欧米やアジアの一部地域では非常に人気でしたが、日本ではそうした地域ほどメジャーなゲームではなかった印象です。昨年の秋頃から『GTA5』を新規にプレイするパートナーが増えてきているなと思っていたのですが、7月末に開設されたサーバーに人気のストリーマーが集まったことで一気に注目を集め、先月・今月では日本でもっとも視聴されたゲームになっています。こういった動きはかなり日本特有だと思いますね。

サーバーが終了した後も、参加されたストリーマーのみなさんがクリップをいろいろ見て余韻に浸っていたり、視聴者の方が面白いクリップをチャットに投稿してそれを一緒に見たり、楽しかったねと話していて、「すごくいい流れだな」と思って見ていました。


――ほかにも、印象に残っている日本発のストリーマー文化やコミュニティの傾向はありますか。

北垣氏:
やはりVTuberでしょうか。日本から生まれてすごく大きな文化となって、今や世界中あらゆるところにVTuber活動をしている方がいらっしゃいます。この流れの始発点が日本だったということは、かなり注目すべきことだと思います。最近のTwitchでは企業所属ではなく個人のVTuberの方の活躍も目立ってきていて、特に赤見かるびさんと猫麦とろろさんというお二方の成長には目を見張るものがありますね。

――Twitchのeスポーツ関連の取り組みについてお聞かせください。

北垣氏:
eスポーツは当初からTwitchにとって非常に重要で、大きな柱となっているコンテンツです。ゲームパブリッシャーが主催・参加するオフィシャルな大会から、Twitch Rivalsのようなコミュニティイベントまで、さまざまな形態のeスポーツイベントをホストさせていただいています。そしてTwitchは現在、この分野において確固たる地位を維持しているという自負があります。

日本国内では、『VALORANT』や『Apex Legends』などのタイトルが人気で、今年6月に発売された『STREET FIGHTER 6』もかなり熱が高まっている状態です。今後もパブリッシャーやストリーマーと協力し、Twitch Dropsや、「ウォッチパーティー」と呼ばれたりもするeスポーツ大会のコストリーミングなどを実施します。そうしたさまざまな施策を通じて、eスポーツシーンをさらに盛り上げたいと思っています。


ストリーマーとそのコミュニティに、一番快適な環境を提供したい

――Twitchの機能で「これは便利なのにあまり知られていないかも」というものがあれば教えていただけますか。

北垣氏:
「ゲストスター」という機能がありまして、雑談配信などでゲストを呼びたいときに、相手が配信者ではなくOBSのような配信ソフトをもっていなくても、簡単に視聴者の方などを配信に呼べるという機能になっています。こちらの機能は最近アップデートが入りまして、今までですと他のストリーマーを呼ぶ時に、呼ばれた側が配信中だとダメだったのが、両方とも配信しながらゲストスターで喋れるようになりました。これは雑談やコラボ配信をする方には、かなり便利な機能だと思います。

あとはフォロー通知などのアラートに関しても、今まではサードパーティのツールを使っている方が多かったと思うのですが、最近Twitch側もネイティブで対応するようになりました。このアラート機能、ハイプトレインやチャンネルポイントといったやや特殊な機能やイベントにも対応していて、カスタマイズ性がかなり高いです。まだリリースされたばかりであまり浸透していないようですが、ぜひ配信を盛り上げるために活用していただければと思います。

出典:https://help.twitch.tv/s/article/guest-star-getting-started?language=ja


――ゲームプレイのストリーミング配信に対しては「ネタバレの温床になっている」、「収益が開発元に分配されていない」といった懸念の声もユーザーからあがっています。Twitchとしてはそうした指摘に対して、ゲーム会社と連携するなどなにか対策や取り組みなどはなさっていますか。

北垣氏:
ゲーム開発側との対話や協議といった部分には、私は関わっていないのであまり詳しくはないのですが、相手となる会社個々で内容は変わってくるとは思います。自分の仕事の範囲ですと、やはり私達はストリーマーと視聴者がインタラクティブに、革新的にコンテンツを体験できることを重要視しています。ですので、主にTwitchでのオーディエンス拡大に関心があるデベロッパーとの連携を模索しているという形になりますね。

あとは、たとえばストリーマーの方から新作ゲームに関して「これはプレイ配信出来るのか」というような要望が来ることがあって、そうした要望をゲーム会社との連携を担当するチームに引き継ぐ、といったケースはあります。ゲーム開発側に「こういうコミュニティイベントが予定されているけど、何かサポートをできたりしないか」と聞いてみるといったことは、結構ありますね。

――多くある配信プラットフォームサイトの中で、Twitchならではのバリューというのはどこにあるとお考えでしょうか。

北垣氏:
Twitchは単なる配信サービスではなく、何百人もの人々が毎日集まって、情熱を分かち合うグローバルなコミュニティだと私達は思っています。Twitchのサイトでコンテンツを見た後、そのままコミュニティとの交流のために滞在している、といった声もよく耳にします。

Twitchのビジネスはストリーマーをサポートするために構築されており、ストリーマーがコミュニティを構築し、好きなことをして収入を得ることが出来るようツール・リソース・テクノロジーのエコシステムを構築してきました。だからこそTwitchが、長期的にストリーマーにとってベストな選択肢になるよう、今後も常に革新していくつもりです。

――TwitchConのような大規模オフラインイベントを日本でも開催する予定はありますか。

北垣氏:
残念ながら、現時点では日本でイベントを開催する予定はありません。ですが、来月幕張メッセで開催される東京ゲームショウには出展する予定です。そこでTwitchパートナー同士の交流が実現したり、コミュニティのメンバーと出会ったりすることを期待しております。東京ゲームショウにお越しの際は、ぜひTwitchブースにお立ち寄りください。

――最後に、日本のTwitch視聴者や、ストリーマーに向けてメッセージがあればお願いします。

北垣氏:
日本はこれまでも、そしてこれからもTwitchがインスピレーションを得るマーケットの一つです。Twitchは日本で著しく成長しており、配信者も、視聴者の数も大きく増えています。日本では特に若い世代にとって、ライブストリーミングが主流のエンターテイメントとして受け入れられているため、引き続き成長の余地があると考えています。

Twitchでは、視聴者をわくわくさせるような新しいコンテンツを常に探しています。私達の目標は、Twitchをストリーマーがキャリアを築き、コミュニティが好きなコンテンツを見つけるのに最適な場所とすることです。今後もTwitchをよろしくお願いします。


――本日はありがとうございました。

[聞き手・執筆・編集: Mizuki Kashiwagi]
[聞き手・編集: Seiji Narita]