『この世の果てで恋を唄う少女YU-NO』音楽家・高見龍氏インタビュー 今明かされる『EVE burst error』『YU-NO』秘話
『この世の果てで恋を唄う少女YU-NO(以下、YU-NO)』は1996年12月に発売されたアドベンチャーゲームだ。SFやミステリーが絡む骨太で重厚なストーリーと、時間軸を自由に行き来できるA.D.M.Sというシステムが渾然一体となっている点が最大の特徴であり、しばしば「アドベンチャーゲームの金字塔」とも評される。2000年代以降に流行ったループものの再評価の道筋をいち早くつけた作品であり、ループものをゲームシステムに落とし込んだという意味では、いまだにこのゲームを超えたゲームは登場していないと言っても過言ではない。
『YU-NO』はまずPC98からリリースされ、97年にセガ・サターンに大幅にアレンジされて移殖、2000年にはWindowsにオリジナルに近い形で移殖された。ただしWindows版は限定生産の特殊な再発売だったため、普及はしなかった。その後、『YU-NO』の移殖やリメイクに関しては音沙汰がなく、その間に哲学者が単行本のなかで『YU-NO』について多くを割いて論じたり、Wikipdiaの『YU-NO』の項目で1本のゲームとは思えないほどの膨大な記述がされていたり、長らく美少女ゲームサイトの読者投票で1位だったりと、ある種、伝説的な色彩を帯びた作品となっていった。
だが長らくの沈黙を破り、2017年3月16日にPlayStation 4とVita向けにリメイクしてリリースされることになった(リメイク版公式サイト)。初回版には現在の倫理基準で修正はされているもののオリジナルのPC98版のゲーム本編が同梱され、限定版ではオリジナル含めさまざまな『YU-NO』の楽曲が入ったハイレゾサウンドトラックDVDが5枚組で特典として含まれる。『YU-NO』はゲーム本編だけではなく音楽の評価も極めて高い。その『YU-NO』のオリジナル楽曲を手掛けたのが梅本竜氏と高見龍氏だ。しかし梅本竜氏は惜しまれつつ2011年8月に逝去し、後を追うようにゲームデザイン・シナリオを手掛けた『YU-NO』の生みの親である菅野ひろゆき氏も同年の12月に逝去する。
梅本氏と菅野氏の死から約5年が経った2016年11月12日、リメイク版『この世の果てで恋を唄う少女YU-NO』の発売を記念し、秋葉原にあるクラブMOGRAにて「You Know? Ryu Umemoto」が開催された。このイベントはその名のとおり、故・梅本竜氏の追悼もかねている。
イベントの冒頭では梅本氏の盟友でもあった高見龍氏、ヨナオケイシ氏、せんたろ氏が登壇。梅本氏が『DESIRE 背徳の螺旋』『XENON -夢幻の肢体-』『EVE burst error』などのサントラを出していた2008年ごろ、サントラを出したくても版権がどこにあるのかわからず出したくても出せない最後の作品が『YU-NO』であったが、それもやっと実現できたと感慨深く語った。イベント本編では、梅本氏とゆかりのあるさまざまな音楽家が登壇し、梅本氏の楽曲をそれぞれのアレンジにて大音量で流すパフォーマンスを披露。その合間に梅本氏の詳細な略歴、さまざまなエピソードが関係者から語られる構成で、イベントは満員のなか盛況に幕を閉じた。筆者はイベント後に梅本氏や菅野氏、そして『EVE』『YU-NO』の制作当時について高見龍氏に語ってもらった。
『YU-NO』のサウンドトラック
――イベントの始めに、『YU-NO』の版権がなかなか取れなくて、梅本さんもそのことを強く望んでいた、やっと実現できたというお話がありました。まず最初にそのことについて詳しくお聞きかせください。
高見氏:
梅本竜くんが存命のころから、彼が『YU-NO』のサントラを出せないのは悔しいという話はしていました。『DESIRE』『XENON』『EVE burst error』などのサントラは復刻できたので、最後に『YU-NO』のサントラによって、昔の集大成として一区切りつけたいと。
そのあと梅本くんが亡くなって、正直みんな梅本くんの突然の死に実感が持てなかったんですが、もし追悼するなら彼の念願であった『YU-NO』のサントラを実現させることではないかと考えました。それをなんとかしたいなと思っていたのが、ヨナオケイシさん、僕、せんたろさん、という梅本くんの知り合いの3人でした。そのなかで社会的肩書きを持っていたのはせんたろさん。彼はゲーム開発会社の社長さんで、そのラインから『YU-NO』の版権について接触しようとしましたが、その時のelfさんの反応は、『YU-NO』の版権がelfにあるかどうか確認が取れないというものでした。いったい『YU-NO』の版権はどこにあるんだろう?というところで、『YU-NO』のサントラ企画はいったん頓挫してしてしまいます。
するとケイブを退社されてMAGES.に入った浅田誠プロデューサーから、『YU-NO』の版権は僕が動くからと待ってくれと連絡がきた。浅田さんも我々が『YU-NO』のサントラを出したいと思っていたことをケイブ時代から知ってたんですね。浅田さんは昔から梅本くんの知人で、「『YU-NO』のリメイクを作れるくらい偉くなって、その音楽を梅本竜にやらせる」というのは彼の決まり文句でしたが、本当にリメイクを作れるくらい偉くなっちゃった。版権は結果的にelfにあって、浅田さんのおかげでMAGES.が版権を取ってくれました。
こうしてリメイク版『YU-NO』の限定版には梅本くんの念願だったサントラが付属し、今回のイベントで先行販売した『YU-NO』の楽曲アレンジの梅本竜追悼トリビュートCDが実現できたというわけです。
――いろんな関係者の思いが『YU-NO』につまってますね。リメイク版『YU-NO』といえば、高見さんは音楽のアレンジをヨナオさんと共に担当されています。
高見氏:
リメイクが決まったとき、ヨナオさんとすごく悩みました。原曲を変えるぐらいやっちゃうか、原曲のイメージを残したままやるべきか。結局、原曲のままでおかしなところだけ直そうと後者にしました。僕らが今の技術で理論的か音楽的におかしいところだけは修正するけれど、梅本くんがFM音源で作った「間」とか「長さ」とか呼吸感はそのままにして、変なものを付け足すのはやめようと。なぜなら『YU-NO』は梅本竜くんの作品だから。僕らはデータを作るお手伝いをしている、という形で進めさせてもらいました。今でも梅本くんの音楽は普遍的で、通用するものと思っているので、個人的には間違っていないと思います。
『EVE burst error』と『YU-NO』
――リメイク版の音楽もさらに楽しみになってきました。過去にさかのぼりたいんですが、高見さんは『YU-NO』の音楽に関わる前に、菅野さんと梅本さんの作品である『EVE』の音楽にも関わられています。高見さんが『EVE』に関わられた経緯はどういったものだったんでしょう。
高見氏:
『EVE』に関しては、梅本くんに呼ばれてテスト版を遊んでみたら、それじゃあ手伝ってと突然言われたんです。合いそうな曲を書いてよってアバウトに頼まれた。梅本くんはハードボイルドという雰囲気を音楽で出そうと苦労してて、当時いろんな資料を買っていましたね。そのなかで影響を受けたアーティストにはパット・メセニー・グループやエリック・クラプトンがいたり。彼は色々調べて、何曲も作っていました。『DESIRE』も『XENON』にもありますけど、彼のモールス信号みたいな特徴的な繰り返しのシークエンスのフレーズありますよね。あれが面白かったので、僕ならこうするよと返して最初に作ったのが『EVE』のハッキングシーンの曲です。それが彼にとってショッキングだったらしくて、こんな作り方があったのかと感心されました。すると狂気を感じさせる曲を作ってくださいと、わりと具体的な話になって、曲を作っていきましたね。ハッキングのシーンは、そういう場面があるのは前々から聞いてはいたんですけど、専用に書いたわけではなくて、菅野さんがこの曲はこのシーンに合うなと、たまたま僕の曲をチョイスしてくれたんで、あれほどの効果を得ているんです。結果、梅本くんはそれによって「『EVE』の曲は最高によかったです。特にハッキングが」といろんな人から言われて、散々僕に愚痴を言っていました(笑)。
――(笑)。『EVE』で一番盛り上がるシーンがハッキングのシーンですからね。
高見氏:
そこで使われてる曲が人気でるのは当たり前ですね。プレイヤーの感情が一番そこにこもってますから。ゲーム音楽って自分の盛り上がった気持ちとか、嬉しいとか悔しいとかの記憶の再生装置なんですよね。その曲を聴くと当時の自分の心境がよみがえってくるから、いい曲に聞こえるというのはあります。単純にみたらハッキングの曲なんか、良いも悪いもないんですよ。作曲者本人が言いますけど、あれは梅本くんのフレーズが面白くて30分で作った曲。僕自身は何の思い入れもありません。ただ素晴らしい使われ方をして、プレイヤーが盛り上がってくれたからこそ、いい曲に聞こえてくれた。いい演出に当てはめてくれた菅野さんに感謝です。おかげで僕は梅本くんから散々嫌味を言われましたけどね。ゲーム音楽家ではよくある話なんです。そのゲームが売れたり、良い場面で使ってくれたら、良い曲として認識される。自分が良い曲と思ったのはあまり評価されなかったりね。
――良いゲームがあるから、良い曲が際立つと。
高見氏:
もちろんそれは一定の水準を超えた話ですけどね。だからこそ今回のイベントでは、梅本くんの音楽は『YU-NO』だけじゃなくて他の曲もいいんだよと示したつもりだし、他の出演者の皆さんも同じ気持ちで梅本くんのいろんな楽曲を発掘したと思います。
――不思議だったんですが、『EVE』ではなぜ高見さんがクレジットされていないのでしょうか。高見さんが途中から入られた経緯もありますが。
高見氏:
『EVE』に関しては梅本くんが責任者でしたし、彼の判断で僕がサブに回った形なんで、クレジットされていないことに関しては不都合を感じたことはないですね。フリーランスなのに不思議がられるかもしれませんが、僕自身が裏方の気分だったので、名前を売る発想がなかった。いい曲作れるんなら誰かのゴーストでいいと思ったんですよ。ただサブで僕が関わっているんだと梅本くんが主張したい、と言ってくれていたのは覚えてます。
――次に『YU-NO』の話に移りたいんですが、『YU-NO』の音楽は『EVE』のハードボイルドのように、テーマ的なアプローチはあったんでしょうか。
高見氏:
『YU-NO』に関してはなかったんじゃないかな。梅本くんは『EVE』に関しては前々の『DESIRE』でやるべきことを『EVE』でやろうとしましたね。『EVE』も『YU-NO』もメインテーマに昼と夜というテーマが必ずあって、梅本竜くんはハードボイルドには昼の顔と夜の顔があるというのを常に言っていた。それは理解できるし、作曲家の立場としては同じメインテーマやフレーズを使って違うアレンジで昼の感じと夜の感じを表現するのは労力的に楽だと思ったんだけど、彼は真剣に「いやそうじゃないんだよ、物語の没入度が違うんだよ」って力説していました。
――そういう『EVE』からの流れがあって、『YU-NO』にも高見さんが自然に関わることになったんでしょうか。
高見氏:
それが違うんですよね。『EVE』が終わった後に、菅野さんが「個人的に高見さんの別のタイプの曲も聴きたいです」っていうメッセージをくれたので、それで送った曲が『YU-NO』の亜由美さんのシーンで使われてる曲なんですが、これは後でわかった話です。まず梅本くんがフリーランスで携わった『EVE』と違って、『YU-NO』の時は梅本くんはelfの社員だったので、彼の専任でした。だからフリーランスの僕が『YU-NO』に関わるはずがなかったんです。当時、僕は梅本くんと一緒に暮らしていたんですが、梅本くんはelfで缶詰になってなかなか帰ってこなくて、彼はどんどんやつれていきました。そしてとうとう疲労が頂点に達して、ちょっとしたことで彼は失踪してしまうんです。その失踪したタイミングが、ちょうど『YU-NO』の異世界編のほとんどの楽曲が残っている状態の時だった。そこで梅本くんの穴埋めに、菅野さんが梅本くんと知り合う前からの知り合いだった神奈江紀宏さんが担当することになったんですが、さらに急遽、僕が呼び出されて、残ったイベントシーンの楽曲をやってくださいということになった。
まずは開発途中の『YU-NO』をノーヒントでプレイさせられました。おそらく、そうしないと菅野さんはゲームの全体像がわらないと思ったのかもしれない。奇妙な話ですが、菅野さんに僕が個人的に送った曲が、亜由美さんのシーンで使われていることもそこで知りました。全体像がわかったら、次に足りないのはこれとこれとこれなんですってリストを見せられて、「え、これ作るんですか?」って曲を作りはじめたのが、僕が『YU-NO』に関わることになった真相ですね。
――梅本さんが失踪したから高見さんが関わることになったというのは驚きですが、梅本さんとはどのタイミングで再会したんでしょうか。
高見氏:
『YU-NO』が完成して、梅本くんの家に住んでいたからそれが維持できなくなったので、引っ越してから、その1年後ぐらいですね。「会って話ができないか?」と、当時はPHSでしたが、いきなり梅本くんから電話がかかってきました。梅本くんと再会して、僕が「何か言うことはないの?」と言ったら、彼は「ごめん」と。僕が「どこか行くところあるの?」って聞いたら「ない」と答えたので、「僕の家くる?」と言うと彼は「うん」と。それも通過儀礼みたいなもので、彼は僕が許してくれるだろうと見越して会いにきてくれたと思います。
――『YU-NO』に話を戻しますと、こちらも『EVE』のように島田竜(梅本竜氏の変名)さんの単独クレジットで、高見さんはクレジットされていませんよね。
高見氏:
血反吐を吐きながら『YU-NO』の楽曲を作りましたが、僕としては梅本くんが渾身の力をこめて作った現代編の楽曲があって、失踪したのは事実としても、もうこれは彼の作品だろうと。彼の曲に似せて作ったつもりだったんで、僕は関わってないことにしてクレジットしなくていいよと。実際、大半の曲を書いたのは梅本くんですから、それでいいじゃないと(笑)。
――ところがPC98版と違って、セガ・サターン版『YU-NO』では、音楽が島田竜さん、高見龍さん、神奈江紀宏さん、OP楽曲がヨナオケイシさんとクレジットされています。
高見氏:
それは僕もびっくりしたんです。僕はelfで2か月間、家に帰ることすらできない缶詰状態になって、自分の機材もelfの作業場に運ばれていました。そしてやっと仕事が終わりました。精神的にも限界でしたので、絶対クレジットには載せないでいいですと、去り際に言ったんです。そしたら後日、他の人にサターン版に名前が載ってるよと言われて驚いた。elf的には危機的な状態で手伝ってくれた感謝の気持ちだったかもしれないけど、僕の希望と違うじゃないかと(笑)。
――ちなみにセガ・サターン版の全体的なアレンジは高見さんが担当されたんですか?
高見氏:
いえ、僕も梅本くんもセガ・サターン版に関わっていないです。
――神奈江紀宏さんという可能性は?
高見氏:
本当に知らないんですよね。
【UPDATE 2017/02/02 17:40】 インタビュー記事を受けて、シンガーソングライターの佐藤龍一さんが移殖を手掛けたことを公言された(ツイッターとブログ参照)。菅野ひろゆき氏とのやり取りも語られている。
――クレジットされていない非公開の人の可能性が高そうですね。セガ・サターン版『YU-NO』のあと、菅野さんがelfを退社して、アーベルを設立した時に梅本さんも連れて行こうとしたという話を今回のイベントで小耳に挟んだんですが。
高見氏:
菅野さんにとっても梅本竜はなくてはならない存在で、菅野さんは梅本くんに執着してましたね。梅本くんは当時、失踪という形で姿をくらましていたわけで、社会的にいろいろと問題があると思われていた。あの時、僕のほうに菅野さんから梅本くんの所在の確認がきたんですが、梅本くんは僕の家に住んでいて、要するにかくまっていたんです。ただ菅野さんの思いは純粋だったんで、そこは本人同士で話あってくれと。2人は相思相愛でしたが、結果的には世間がそれを認めなかった。打診があったのは事実ですが、いろいろあってアーベル行きはなくなりました。
高見龍氏から見た故・菅野ひろゆき氏
――高見さんから見た、菅野さんのエピソードもお聞きしたいです。
高見氏:
彼は非喫煙者で、僕は喫煙者でした。僕が「タバコを吸っていいですか?」と言うと、笑顔で「いいですよ」と言って、でもタバコを吸うと嫌そうな顔で「ふ~!!」ってするようなお茶目な人です。あとゲームセンターで『バーチャファイター2』をずっとやっていたという話を聞いています。菅野さんがいないぞってなった時は、ゲームセンターに行って『バーチャ2』の筐体を覗くと、菅野さんがいるという話がまかり通るぐらいでした。
――当時、業界最大手であるelfに菅野さんが電撃的に移籍したとき、菅野さんは美少女ゲームのパイオニアである蛭田昌人さんと共に、これからは交互にゲームを出していくと豊富を語っていましたが、結果的に菅野さんは『YU-NO』だけを制作してelfを退社されました。とても言いにくい話だとは思うんですが、elfにおける菅野さんの状況を教えていただけますか。
高見氏:
菅野さんはelfでは孤立してましたね。理由は単純で、elfは蛭田さんのカリスマで集まってきたスタッフの人たちの会社だったから。当時、彼は『EVE』でフリーランスになっていたので、役員としてelfに入ったわけです。elfのスタッフからしたら、外からきた人間が突然役員になって命令してきたということで、トラブルがいろいろあったという話を梅本くんからも菅野さんからも聞いています。ただ菅野さんを抜擢した蛭田さん自身は『YU-NO』にはまったくノータッチで、すべて菅野さんを信じて任せてました。
――『EVE』で菅野さんがフリーランスになっていたという話は初耳です。菅野さんは『EVE』の前に作られた『XENON』までは姫屋ソフトの社員で、『EVE』の時からはフリーランスだったんですか。
高見氏:
正確には『XENON』じゃなくて、その次の『エイミーと呼ばないでっ』までですね。
――『エイミー』はゲーム中に出てくるクリア後の開発室で、『EVE』のような作品について言及してる箇所があって、ファンの間では菅野さんの作品ではないかと噂されていましたが、やはり菅野さんの作品なんですね。
高見氏:
そうです。『エイミー』の話をすると、菅野さんはすごく恥ずかしがって「やめてください」と繰り返し言い続けてましたね。あれは明るいエッチな漫画の要素を詰め込んだ作品と僕は考えてます。当時すでに、美少女ゲームというのはエロがなければ売れないという前提条件で物が作られていました。
高見氏:
菅野さんは『DESIRE』の時期にすでに『EVE』と同じようなマルチサイトの構想があったんですが、『DESIRE』のマコト編をほとんどエロシーンに改変させられたわけです。それが悔しかったらしくて、『XENON』で『かまいたちの夜』的なマルチシナリオシステムを構築して、3つぐらいルートのシナリオを作り、その内ひとつがエロだったらいいだろうと。最後に社員として会社の方針に忠実に『エイミー』という純粋で明るいエロゲを作って、そこからフリーになって好きなものを作らせてくれ、として出来たのが『EVE』だったんです。そこでエロ絡みではないマルチサイトが初めて作れたわけです。
――興味深い話です。とはいえ『XENON』はルートによってストーリーの前提そのものが変わりますよね。その点では『かまいたちの夜』というよりも『弟切草』だと思ったんですが。
高見氏:
確かにシナリオ的には、ある時点でルートが確定して未来の自分になったり、宇宙海賊になったりするところは『弟切草』ですが、システム的な作り方を見ると『かまいたちの夜』だと思います。要するに『XENON』は「ピンクのしおり」がやりたかったらしいです。
――なるほど、『XENON』のメインシナリオ以外にエロに特化したルートがあったのはそういうことだったんですね。その時から影響を受けるぐらい菅野さん的には『かまいたちの夜』は衝撃的だったと。
高見氏:
『YU-NO』はシステム的には『かまいたちの夜』を視覚的に見せることにして、自由に移動できるようにした。そしたら簡単になっちゃうので、制限としてつけたのが宝玉です。シナリオに関してはタブーに挑戦することがテーマ。近親相姦だったり、カニバリズムだったり、あるいは家畜を食べることとかの常識自体に疑問を突きつける。ただそれもはっきりと描写せずに、プレイヤーに自分がこうなったらどうする?という問いかけを行っている。それを菅野さんに指摘すると、嬉しそうな表情をしていましたね。菅野さん自身、『弟切草』や『かまいたちの夜』ができて、なんで『YU-NO』の分岐システムのA.D.M.Sを誰もやらないのかが不思議でしょうがないとずっと言っていました。あれが技術的にできるのだったら、『XENON』や『EVE』の時点でやっていたと。ただ当時は兼任していたプログラマーとしての能力がなくて、自分のフラグ管理での分岐しかできなかった。それが菅野さんの当時の発言でしたね。
――高見さんが『YU-NO』に関わったというのが異世界編からということですが、菅野さんはもともと異世界編でもA.D.M.Sシステムをやろうとしていたというのは事実ですか。
高見氏:
それは本当です。本来、A.D.M.Sは二次元ではなく三次元だったんです。つまり現代編、異世界編というのは本来は別の次元の未来だったかもしれない。そうなると当然、過去もある。当初の構想では三次元を宝玉で移動するという話になったんです。ただ開発期間8か月でさすがにそれをやるのは不可能なので、ああいう形になってしまった。菅野さんはそれをすごく悔やんでいて、それを次回作『エクソダスギルティー』でやろうとしたわけです。『YU-NO』は発端として400年周期から始まったらしいです。人類とか日本史でもそうですけど、400年ごとに鎌倉幕府とか、徳川幕府の成立であったりとか、大きな事件が起きている。そこに着目したんですね。そこに菅野さんは400年ごとに人類の進化が促される存在を作って、要するにクラークやデニケンのような定番なSF描写と組み合わせた。
――SFといえば、小松左京さんの『果しなき流れの果に』はタイトルが似ていると指摘される作品ですし、ループものといえば筒井康隆さんの『時をかける少女』だと思うんですが、菅野さんからこのあたりの言及はなかったでしょうか。
高見氏:
まったくなかったですね。『EVE』の頃に菅野さんとお会いした時、推理小説やSF小説の話で盛り上がったんですが、日本の作家は推理小説が多かったです。島田荘司さん、綾辻行人さんとか、横溝正史の金田一シリーズの話がよく出ましたね。ああいう因習というのは心のどこかにある感情を刺激するもので、あれは異世界の話なんだけど、どこかで現実になる可能性があることが一番怖いという話をしていました。菅野さんにオススメされたのが御手洗潔シリーズの「占星術殺人事件」。SFに関しては、仮想世界ものやアウタースペースものが流行ってて、ジェイムズ・P・ホーガンが「量子宇宙干渉機」とか仮想現実ものを書いてて、その話で盛り上がったのを記憶してますね。あの人は僕から何かをオススメしたら、次に会った時には全部読んでました。あれだけ仕事量あるのに、すごく詳しくなってて、ちょっと怖かったですね。作品に対しては真摯的だったので、知らないことを恥ずかしがらなかった。「それは知りませんでした、参考になります」と言って、次の週に会ったら網羅してるような人でした。
――小説以外だったら、ストーリー性のあるゲームに『かまいたちの夜』以外では言及されてましたか。
高見氏:
褒めていたのは本当に『かまいたちの夜』だけですね。『弟切草』のめちゃくちゃになる感じは大好きで、それがあってこそのピンクのシナリオと言ってましたね。あと『ファミコン探偵倶楽部』を梅本くん経由で、菅野さんと梅本くんが盛り上がったというのは耳にしました。
2人の天才 蛭田昌人氏と菅野ひろゆき氏
――蛭田さんの特定のゲームを褒めていたとかは?
高見氏:
まったくないですね。意図的にしゃべらなかったかもしれないし、僕も菅野さんに「主人公の感じは蛭田節ですね」とは言えなかったですし。だって『EVE』は『野々村病院の人々』そのまんまだったから、指摘するも何も。
――菅野さんは以前、TVドラマの「俺たちは天使だ!」に言及されてましたので、ハードボイルド文学とか松田勇作の「探偵物語」みたいなTVドラマのコミカル・ハードボイルドはお好きなのかなと。
高見氏:
結局、蛭田さんが好んだ作家スタイルの源流がそこだったんですよ。蛭田さんがアドベンチャーゲームでもたらした、破天荒で常識知らずの主人公キャラクターですよね。菅野さんは蛭田さんの次の世代だと思うんですよ。同じ世代ではなく、明らかに蛭田ゲームフォロワーだと思うんです。
高見氏:
菅野さんはシナリオデビュー作の『悦楽の学園』が売れなかったことがショックだったんです。あの謎解きがなんで理解されないのかを研究するために売れてるゲームをやった。それが多分蛭田さんのゲームだったと僕は近くにいた人間としてみています。もともと素養があったというより、現場の叩き上げなんですよ。たくさん売れた蛭田さんの『同級生』や『DE・JA』、『ELLE』などのエッセンスや源流を研究するのが、菅野さんは得意だったのだと思います。
――蛭田作品をさらにさかのぼって、菅野さんは堀井雄二さんのアドベンチャーゲームをやられてたんでしょうか。
高見氏:
世代的にやってておかしくない世代なんですけど、僕らのあいだで堀井さんの話題が出たことはほとんどないですね。『ドラクエ5』でビアンカ派とフローラ派で論争になった程度です(笑)。
――『軽井沢誘拐案内』は主人公に破天荒なところありましたけど、どちらかいうと蛭田さんが『オホーツクに消ゆ』や『軽井沢誘拐案内』に影響を受けてる節が見られますね。
高見氏:
脈々とした流れがあって、フォロワーのフォロワーなんですよね。『オホーツク』も、推理小説があって、それがテレビドラマになって、それがゲームになっている。そういう流れがあって、今度は蛭田さんが『リップスティックアドベンチャー』を作り、蛭田さんがあって菅野さんがある。
――『リップスティックアドベンチャー』といえば、メインヒロインとエッチできないのが『DESIRE』のティーナや『EVE』のプリンへの影響を思わせます。
高見氏:
それに関しては、単に時代だと思いますね。80年代のラブコメやエロコメとかは、ヒロインが設定されて、多数のゲストのサブヒロインが出てくるんですけど、お約束の定番として、メインヒロインとは深い仲にはならないというのがあった。そこからアニメ的な記号が先鋭化されていって、結果としてメインヒロインがいなくなって個別のヒロインになります。そういう流れのギャルゲーが増えていくなかで、エロに特化した抜きゲーの作品が90年代に増えてきました。このなかで蛭田さんも菅野さんも、もっとストーリーの方がメインだろうと、ヒロインとエッチできるできないとかじゃなくてプレイヤーが何をして何を得たかの方が大事だろうという気持ちは常にあったと思うんです。
高見氏:
『同級生』ですら本来はメインヒロインはいて、後のキャラクターはサブヒロインなんです。ところがキャラクタールートがあったから、メインヒロインを抑えてサブヒロインのほうが人気が出ちゃった。これによってマルチヒロインが『同級生2』で確立するわけです。そこで蛭田さんは限界を感じたと思うんです。キャラクターが前に出すぎてしまうと、そのキャラクターを中心にしたストーリーしか書けない。背景にある何か深いテーマを描こうとするストーリーものが書けなくなってしまう。一方で蛭田フォロワーである菅野さんのキャラクターは、あくまでストーリーを描くためのコマで、真逆なんです。菅野さんのゲームは運命に翻弄される少女が中心で、主人公はそれに干渉する存在。それ以外のキャラクターはそれらの真実を知るきっかけになるだけの存在です。キャラクターよりもストーリー重視で、キャラクターはストーリーの装置でしかない。そういう認識は僕ら世代の菅野ゲーム好きな人の共通点でもあるし、『EVE』のテスト版をプレイしてる時から感じていたことでしたね。
――『YU-NO』には宝玉で記憶した過去の地点に戻るシステムがありますが、『リップスティックアドベンチャー』にも宝玉が登場して、クライマックスではその宝玉を使って過去に戻るシーンがあります。銃を向けられるシチュエーションなど、終盤は『YU-NO』に少し似ていると思いました。
高見氏:
それはもしかしたら仕掛けとして菅野さんがリスペクトしていたのかもしれない。蛭田さん気付いてる?みたいな。実際に言っていたかも。わかんないですけどね。ただ菅野さんは『リップスティックアドベンチャー』をやっているでしょう。蛭田さんのゲームはさかのぼってプレイしているでしょうから。
――蛭田さんの『ELLE』は菅野さんの『XENON』に影響を与えているでしょうか。両作とも遠い未来が舞台のSFで、どこからが現実でどこからが夢なのか?というような不条理サスペンスです。
高見氏:
多分、ないことはないと思います。でも『ELLE』は少し形而上学的というかフィリップ・K・ディック的な要素が入ってますよね。『XENON』はどちらかというと「ソラリスの陽のもとに」とかロシアのSF作家のイメージがある。不可解な現象が科学的に説明がつくあたりは似てるんですが、菅野さんはそれを哲学的に考えるあたりの表現形態が違うかなと。
――『ELLE』はSFドタバタコメディで、かつ死体の内臓を詳細に描写するグロテスク性もあるという変わった作風です。筒井康隆さんの「霊長類南へ」という小説がまさにそれで、『ELLE』に影響を与えたのではないかと思っていました。
高見氏:
蛭田さんは完全に筒井康隆さん世代だと思うし、それも読んでいると思いますよ。当時、表現規制が強まるという噂は業界内であったんですよ。規制以前の残酷描写を限界までやった作品として『ELLE』は傑作ですよね。蛭田さんは良くも悪くも「宇宙戦艦ヤマト」世代だから、日本のエンターテイメントの影響が強い。菅野さんはそのフォロワーになって、蛭田さんの源流を辿っていって、アーサー・C・クラークとかアシモフとかそっち方面に行く。
――菅野さんは好きなSFにアシモフの「鋼鉄都市」を挙げていましたね。菅野さんはクラーク的な「神」という大きなテーマを作品で描いていますが、蛭田さんはそういうことはしません。そういう意味では菅野さんは小松左京的で、蛭田さんはメタフィクションを方法論的に使うところも含めて筒井康隆的だなと。菅野さんは蛭田フォロワーではありますが、似ているようで明らかに根幹が違います。
高見氏:
そこが2人の対照的で面白いところですよね。星新一や筒井康隆を蛭田さんは書けるけど、菅野さんには書けない。言うならば菅野さんは理系で、俯瞰で人間や世界を見るんですよね。理詰めで作品を作っている感覚。一方で蛭田さんは文系というか文学的でアナログな感覚です。蛭田さんの『ワーズ・ワース』も、善悪というものを先に見せておきながら、プレイヤーには本当に善悪ってあるの?と問いてみたり、人間の愚かさを描く。そういう皮肉めいたブラックユーモアな作風があります。しかもそれを物語のドンデン返しとして仕掛けるから、嫌味になってないしわかりやすい。逆に難解なのが菅野さん(笑)。
――『ワーズ・ワース』といえば冒頭の空を見上げているシーンや、二部構成の展開は『YU-NO』に影響を与えているかもしれませんね。わかりやすいという観点でいえば、蛭田さんは劇的な展開は凄いんですが、菅野さんと比べて結末がはっきりしていて、ちょっと物足りなさを感じるんですよね。クリアしても後を引かないというか。
高見氏:
わかりますよ。物語的な緩急でいえば、ドンデン返しが最大のピークですからね。エンディングまですんなりいくので、もうひとつ山があればと思うことはあります。
――その点『YU-NO』はドンデン返しがいくつもあって余韻も凄いですね。後半から盛り上がるところしかない(笑)。
高見氏:
「コブラ」か「装甲騎兵ボトムズ」ですよね。菅野さんに「ボトムズですよね?」って聞いたら、「高見さんだけですよ、ちゃんとそのあたりをわかってくれるのは」って言われたことがあります(笑)。
――蛭田さんと菅野さんという、似てるようでまるで違う2人の天才がコラボレーションして生まれた唯一のゲームが『YU-NO』で、本当に奇跡的な存在と思います。最後の質問なんですが、だいぶ後年になって、菅野さんと梅本さんは接触したんですか。
高見氏:
また仕事で組みたいとして梅本くんから菅野さんに接触を試みたことはありましたが、できませんでした。さきほども言いましたが、菅野さんはこっちがこわいと思うくらい吸収しようとする貪欲さがあります。あれは本当に常人にはついていけないレベルで、だから菅野さんみたいに天才についていける人は限られてしまい、それによって菅野さんの後年の評価があったのかなとも思います。菅野さん自身としては、他の人に自分と同じ気持ちで作品に本気で関わってほしいところがあって、菅野さんにとっても梅本くんっていう存在は同じ温度で仕事ができるパートナーだった。僕はそれになれるとは思えなかった。菅野さんを見て、同じレベルで仕事をやれって言われたら死んじゃうから無理だと思いました。助言はできるし、いろんな提案もできますが、それ以上は求めないでくださいと菅野さんに言ったんです。まさか後年まで接触できなくなるほどとは思いませんでしたが。
――とはいえ、そこは梅本さんからも接触できなかったわけです。
高見氏:
梅本くんが菅野さんと接触ができなかったから、梅本くんが僕に頼んできたわけですよ。彼は『YU-NO』の時に失踪したとか、トラブル起こした引け目があるから、彼個人から直接は接触できないんですよ。だから僕を経由してなんとかしてくれないかと言ってきたんですが、僕からでも接触は無理でした。
――今回のリメイク版『YU-NO』で邂逅を果たしたといえるかもしれません。それでは最後にAUTOMATONの読者に向けて『YU-NO』の紹介をお願いします。
高見氏:
AUTOMATONさんの読者に向けてですか、難しいですね。よくPCの洋ゲーを紹介されてますよね。僕は『スカイリム』が大好きで、Twitterのアイコンにしてるほどなんですが、『スカイリム』と『YU-NO』って実は構造的にとても似ているんです。どちらも大まかなストーリーは決まっていますが、それに至るまでの自由度がとても高い。『YU-NO』はオープンワールドのゲームではありませんが、A.D.M.Sという分岐システムによって、『スカイリム』のように時の流れがあり、その裏側では同時に何が起こっているのか、空間というものを意識させる作りになっているんです。まさに時空ですよね。プレイヤーは主人公と一緒にそういった時空を旅しつつ、大きなうねりに翻弄されながら重厚なストーリーを楽しんでいただけたらと思います。
――ありがとうございました。
[聞き手・撮影 Koji Fukuyama]