たとえばの話で、そう遠くない未来のある日、リリースされたばかりの『System Shock 3』をプレイするとしよう。あなたはかっこいい宇宙船のなかで、エイリアンやロボットとの銃撃戦を満喫する。期待に違わず、すばらしい作品だ。ちょっとした用事のためにプレイを中断し、コンピューターの電源を切ってどこかへ出かける。戻ってきてはじめからやりなおすと、銃撃戦のあとはきれいに掃除されていて、宇宙船の内部は新品同様に美しい。
一般的な話だが、プレイによって変化するオブジェクトの飛散や特殊効果は、ゲームの開発者が用意したプリセットから派生するものだ。あたりまえのことだが、プレイによって配置が変更されたオブジェクトは、新しいセーブデータを読み込むと同時にもとの位置に戻されなくてはならない。では、いったい誰がその後かたづけをしているのか。もちろん、何らかのプログラムのはずである。
『Viscera Cleanup Detail』はこの推測を否定する。ゲームはプログラムが元通りにするのではない。あなたや私のような在野の人間が後かたづけをして元通りにするのだ。本作の発売日は10月29日。執筆時のSteamにおける価格は12.99ドルだ。トレーラーやレビューに散見される「マップを掃除するゲーム」というとんでもないコンセプトに物怖じしたが、協力プレイモードが用意されていたので、友人を誘って遊んでみた。
プレイヤーは簡単な指示書と掃除用のモップを頼りに、惨劇の舞台となった地球外の施設を清掃する。内部にはすでに同業者の手によって、水の入ったバケツを無限に自動生成してくれる機械、どんな材質のごみであろうとも完全に燃やし尽くす焼却炉、簡易ごみ箱を無限に吐き出してくれる機械などが用意されている。マップのなかに落ちているファイルの日付を見ると、西暦2100年代である。「バケツを無限に自動生成してくれる機械」が可能な世界ならば、そもそもなぜすべてを自動で掃除してくれる機械が発明されていないのか問い質したくなるが、おそらくこの世界においても雇用の問題は根深いものがあるのだろう。
プレイヤーは黙々と、散乱したエイリアンの死骸、ばらばらになった仏さんの遺骸、スナック菓子の袋やジュースの空き缶などを焼却し、赤色や緑色の血が散乱した室内をモップで掃除していく。作り込まれた結果だとは思うのだが、 とにかく物理表現の融通がきかない。 自分自身の肉体の当たり判定が非常に憎たらしく、そんなつもりはなかったのに汚水でいっぱいになったバケツを蹴飛ばして床を汚してしまったりする。そうするとまた最初からやりなおしだ。
もちろん手際の良さも関わってくるが、1プレイあたり30分から1時間程度でマップをきれいに掃除することができる。告白するが、筆者は実際にやってみるまでこのゲームのコンセプトに疑問を抱いていた。協力プレイに参加してくれた筆者の友人は、「勤労に疲れて帰ってきたところだというのに、なぜゲームのなかで奉仕活動に努めねばならないのか」と文句を垂れていたが、筆者もまったく同意しつつプレイを始めた。しかし10分ほどで一通りの操作方法を覚えると、我々はなぜか掃除に夢中になり、むしろ意欲的に「このあたりはおれがやる」「この区画はこうやって進めたほうがいい」などと段取りを始め、効率的にマップを清掃する方法を模索しはじめたのである。
壁に据え付けられたファーストエイド・キットの中身を補充し、仏さんの身元証明であるUSBメモリのようなものを回収し、マップのへりに隠された最後の空き缶を焼却するころには、我々は自分たちの仕事に誇りを感じていた。本作には掃除を楽にするアイテムや装備品といった類のものは存在しない。頼れるのはスパゲティーのような形の細いモップと、残された汚れを検出するポータブルデバイス、そして自分の両手のみである。
このゲームが教えてくれるのは、労働に対する報奨のひとつはそれ自体に伴う達成感であるということと、賃金や他人からの感謝がなくとも人は働けるという滅私の観念である。筆者と友人ははじめのうちこそ試行錯誤を繰り返していたが、終盤ではほとんど口をきくこともなく、ただ目の前の汚れと格闘することに夢中になっていた。電子タイムカードに勤務終了を報告する際、いくつか用意された報告文のなかから、「私は自分の仕事に誇りを感じている」という文章を選択したのは言うまでもない。
このゲームは心を惹くストーリーやど派手な銃撃戦、身もすくむような恐ろしい形相のエイリアンとの遭遇は描かないが、散乱した肉片や薬莢、仏さんたちが存命中のころに記された仕事に対する愚痴、それらを容赦なく清掃していく労働者たちによる「事後」を見せることによって、もしかしたらあり得たのかもしれない労働者としての矜持を発見させてくれる。もしも掃除というものすごく基本的な生活上の必要さえ満たすことができないほど仕事が忙しくて疲れていたり、自分はものぐさで怠惰な人間だという自覚があるのなら、『Viscera Cleanup Detail』はおすすめのゲームだ。いそいで断っておくが、ゲームのなかで掃除をする時間があるくらいなら、現実の私室を掃除したほうが心身への影響はずっといいことは確かである。それを措いても仮想空間で散乱したエイリアンの死体を片付けたいという熱い思いがあるのなら、本作はその期待にしっかりと応えてくれるだろう。
ちなみに本稿の執筆にあたり協力プレイをともにした友人だが、執筆後に確認したところ、彼のプレイ時間はすでに30時間を超えていた。複雑な心境だが、当人が幸せならそれでいいだろうと思う。