『Quadrilateral Cowboy』レビュー コマンド入力で機密情報を盗む。サイバーパンク前の時代描くハッキング・アクション
『Quadrilateral Cowboy』はサイバーパンクをテーマにした一人称視点パズルアクションである。プレイヤーはハッカーとなり、キーボードでコマンドを入力することで閉じられたドアを開いたり、ロボットを操作することで機密情報を盗み出していく。
開発はBLENDO Games。同スタジオは過去に『Gravity bone』『Thirty Flights of Loving』といった作品を公開してきたが、本作でもその特徴的なビジュアルデザインは健在だ。一方でゲーム自体はハッキングをベースとした歯ごたえのあるパズルアクションとなっており、過去作が一人称視点アドベンチャーののキャンペーンモードを10分弱に凝縮するような実験的な構成を取っていたのに対し、本作はおよそ10時間のゲームプレイが可能なボリュームになっている。
”サイバーパンクの時代”が来る直前の時代へ
サイバーパンクは映画から小説、漫画などでありふれているテーマだ。たとえば映画「ブレードランナー」のようにネオンサインが輝く都市風景に、シンセサイザーによるBGMが流れ、「攻殻機動隊」のように人体改造を施された登場人物や、ハッカーたちが機密情報を盗もうと動いているというのがありきたりな描写だ。
特にビデオゲームの界隈では、このテーマは映画や小説以上に取り扱われてきた。『Final Fantasy Ⅶ』や『Deus Ex』シリーズといったAAAタイトルだけではなく、『Dex』や『Technobabylon』のようなインディータイトルに至るまで広く採用されている。振り返ってみれば、80年代にビデオゲームがジャンルとして拡大していく歩みと、サイバーパンクが定義されていく歩みが一致していたせいかもしれない。
『Quadrilateral Cowboy』もありきたりなサイバーパンクらしい要素はいくつもある。3人組のハッカーがサイバースペースを通じて機密情報を盗み出していくストーリーもそうだし、タイトルにある「カウボーイ」という言葉も西部劇のそれではなく、弊誌でも書評を行ったサイバーパンクの古典「ニューロマンサー」の作中に出てくる用語からだ。にもかかわらず、本作は先に挙げたビデオゲームが描いてきたサイバーパンクとは一線を画している。
その理由は『Quadrilateral Cowboy』がサイバーパンクというテーマが今のように定義される時代の直前を描いていることだ。ゲームの冒頭で忍び込む列車には、「ハッピーニューイヤー1980」と書かれた装飾が掛けられている。1980年は「ブレードランナー」も「ニューロマンサー」もリリースされる前の時期だ。BGMもサイバーパンクお決まりのシンセサイザーの音色ではなく、古い歌のレコードが流れる。その中でも特にサイバーパンク以前を意識したゲームデザインが、キーボードによるコマンド入力を中心としたゲームプレイである。
キーボードでコマンドを入力し、仕掛けを解く
プレイヤーはクライアントから依頼を受け、サイバースペースに入り込み機密情報を盗み出すミッションに挑む。数々のロックされたドア、赤外線センサーなどが立ちふさがるのだが、それをどうするのかというとコンソールを取り出し、キーボードを利用して解除していく。Telnetを介してドアを指定し、「open.(x)」というコマンドを入力することでロックを解除したり、ロボットに「datajack.0」と入力して、セキュリティをオフにしながら目標地点に向かっていく。
そう、サイバーパンク前夜の時代ならではのゲームプレイとは、ハッキングや遠隔操作のロボットといったガジェットの操作のすべてを、他の作品のように省略せずに直接コマンド入力していくことである。本作のゲームデザインを担当したBrendon Chung氏はinverseのインタビューにてこう語っている。「ゲームでのハッキングの多くは、バーやタイマーのミニゲームにされてしまっていると思うんだ。」。ゲームパッドが主流であるゆえにハッキングが簡略化されたデザインとなっていることに疑問を呈し、そこでPCならではのキーボードによる操作体系に注目した。「タイピングはもっともハッキングをアナログに感じられる演出だよね。」と本作のゲームデザインを説明している。
これは80年代以前のPCゲームで、たとえばテキストアドベンチャーゲームがキーボードで「take」「look 」といったコマンドを入力して先に進んでいくゲームプレイを模しているとも言える。PCに直接コマンドを入力することでレスポンスを返してもらうという原点回帰的な手触りでもある。この点を特化したゲームプレイこそが、本格的なサイバーパンクの時代が来る前のサイバーパンクという、本作ならではのアプローチである。
コマンド入力に慣れ、ミッションを進められるようになるころには、遠隔操作できる銃の仕掛けられたアタッシュケースなどのアイテムが追加される。入力したコマンドを「まばたき」して実行するショートカットの使い方のレクチャーも行われる。プレイヤーが独特のハッキング体験を徐々に習得し、自分のものにしていく全体の構成は見事だ。
コマンドを直接入力する手触りの一方、慣れていないと難しい点も
一方、全体のパズルの難易度はそれほど高くないかわりに、プレイヤーが行き詰まりやすいと思われるのが、そもそものコマンド入力に慣れていない序盤である。たとえばコマンド入力でロボットを動かすシーンでは、前に進むコマンドだけでなくどれだけ進むのかを数字で入力することが必要なのだが、筆者は気付くのに時間がかかってしまった。
キーボードで”help”のコマンドを入力したり、ミッションの内容が書かれたアイテムを参照したりすることで、ある程度まではどうすればいいのかわかるのだが、基本的にこと細やかには書かれていない。プログラミングに慣れているプレイヤーならばさほど難しいことではないと思うのだが、知識がない人にとっては序盤は大きな壁となるだろう。また、ミッションのクリア方法にバリエーションはなく、解き方はほぼひとつだ。リプレイ性がタイムアタックのみに絞られる点は物足りない。
新しさと同時に原点回帰する、ありそうでなかったサイバーパンクの体験
コマンドを入力に関してはプログラミングの知識がないと理解しづらいという難点はありつつも、文法に慣れていき思い通りにロボットや銃の仕掛けられたアタッシュケースを扱えるようになれば、本作ならではのサイバーパンクの実感を感じられるようになる。BLENDO Gamesはビデオゲームで溢れかえるサイバーパンクのテーマを、ジャンルが勃興する80年代以前の時代にアプローチすることで、かつてのPCゲームのようなコマンド入力の原点回帰をしながら、新しい体験を作り上げている。サイバーパンクが今のようになる直前の世界は、きっとこんな感じだったのだ。
作品情報
『Quadrilateral Cowboy』(公式サイト)
制作 BLENDO Games
価格 ¥1,980
Steamで配信中
評価: エスプリの効いたハッキングの体験が特徴。ビデオゲームジャンルであふれかえるサイバーパンクのイメージを打ち破る、80年代直前の時代をアプローチとしたアートスタイルやBGMが新鮮。特にキーボードでコマンドをタイピングし、ロックされたドアを解除したり、ロボットを動かしたりするハッキングのゲームプレイの手触りは、往年のPCゲームでコマンドの単語を直接タイミングするような原点回帰の部分も含んでいる。徐々に使えるアイテムも増えていき、プレイヤーが追加板をじっくり習得していけるステージ構成も優れている。
しかし、コマンド入力によるハッキングは、プログラミングなどに慣れていない人にとっては敷居が高く、行き詰まってしまう可能性がある。また、各ステージの解き方にバリエーションが無いため、リプレイ性が低い。