『Her Story』 レビュー 「ストーリー」がもたらす無二の体験

『Her Story』のレビューをお届けする。プレイヤーはレトロなデータベース端末を模した画面を操作して、夫が行方不明になったというある女性の物語を追ってゆく。『Her Story』の目的は「彼女」の証言を聞くこと。ストーリーテリングこそが目的なのである。

Her Story』は『サイレントヒル シャッタードメモリーズ』のシナリオや『Aisle』などを手がけたSam Barlowの手による新作タイトルである。発売日は2015年6月24日。GOGSteamでPC版が配信されているほか、iOS向けにも配信されている。プレイヤーはレトロなデータベース端末を模した画面を操作して、夫が行方不明になったというある女性の物語を追ってゆく。データベースには過去に行われた彼女に対する取り調べのビデオクリップが数秒~2分前後というバラバラの単位で保存されており、プレイヤーはそれを適宜検索、閲覧することで『Her Story』――「彼女」の物語を追ってゆくのである。

 

旧式データベースとの格闘

内容そのものは至極単純。Windows3.1時代を思わせるデータベース端末を模した画面を操作して、検索窓に適当な単語を入力する。その後検索ボタンを押すと、その単語が「彼女」から発言されているビデオクリップの件数と、そのうち5件のビデオクリップが検索結果として表示される。該当するビデオクリップが何件存在しようと閲覧できるビデオクリップは5件までであり、残りのビデオクリップは検索語を変える、あるいはAND検索が可能であることを利用して絞り込む、などの手段を用いて適切に検索しなければ閲覧できない。

初期画面。デフォルトで入力されている「MURDER」という単語で検索してみたところ。「MURDER」と発言している4件の動画が検索結果として出力されている。
初期画面。デフォルトで入力されている「MURDER」という単語で検索してみたところ。「MURDER」と発言している4件の動画が検索結果として出力されている。

要は「うまく検索して動画を観る」というだけの作業なのだが、本作はそこにアクセントを加えている。それが先述した「検索結果が何件存在しても閲覧できるビデオクリップは先頭の5件まで」という制限だ。

検索機能の対象はビデオクリップ中の全単語なので選択肢も選択結果も無数にある。そのためうかつに当たり障りのない単語を入れて検索したら78件該当などと表示されて泡を食うことになる。単語を総当りで入力するのは不可能なのである。
自然、ビデオクリップで語られる「彼女」の証言に真剣に耳を傾けざるを得ず、新しい名前や地名といった「新単語」を耳にするやそれを記憶(あるいはメモ)して検索窓に入力。すると未見のビデオクリップが表示され、それを閲覧、また新しい検索語候補を入手して検索窓に入力する――あるいは「彼女」の証言の内容から検索語を類推して入力するようなこともあるかもしれない。「彼女」の新しい証言を聞くために。

 

「ストーリーを追う」ということ

そう、目的はあくまで「彼女」の証言を聞くことなのだ。本作は『Her Story』であり、ビデオクリップで語られる「彼女」の証言こそが本作のストーリーと言える。そしてその断片を掘り起こして行くのはプレイヤー自身の検索語である。「彼女」の証言が変わるようなことは起こらないが、それがどのような順番で提示・展開されるかはプレイヤーの検索語が決めるのだ。プレイヤー自身がビデオクリップを見て、プレイヤー自身が考え、プレイヤー自身が検索窓に入力した英単語が決めるのだ。たとえその報酬が「英単語に関連する新証言が提示される」というだけであったとしても、そこに至るまでの思考や作業が報われたという達成感とは本作でしか味わえないものだ。

プレイヤーごとに着目する単語や思考の過程が異なるため、本作の「物語」の順序は特に定まっているわけではない。一方でまったく無秩序な進め方になるようには作られておらず、検索窓にデフォルトで入力されている単語をはじめ、検索結果が5件以下になるようなレアなキーワード、あるいは物語の核心に触れるビデオクリップの出現タイミングにはかなり気を使っている節が見受けられる。ひとつの動画がもたらすヒントと、それをもとに新たに検索されうる動画についてある程度コントロールできるように相当に脚本を練り上げたのだろう。先述した「検索結果5件ルール」も含めて、ストーリーが求心力を失わないように、プレイヤーが「彼女」から興味を失わないように、非常にロジカルにシステムやストーリーが作られているように感じた。

先ほどの画像の検索結果の一番左の動画を再生してみたところ。セリフには字幕が出るほか、簡易的ながらシークバーも備えている。
先ほどの画像の検索結果の一番左の動画を再生してみたところ。セリフには字幕が出るほか、簡易的ながらシークバーも備えている。

 

「ゲーム」ではないかもしれないが

私はここまで一度も「ゲーム」という言葉を使用していない。それは私自身が本作を「ゲーム」として認識できているかどうか曖昧だからだ。

本作の目的は「彼女」の証言を聞くことだ、と書いてきた。それはプレイヤー目線の目的なのだが、裏返して「本作が目的としているところ」もそれは同様だ。本作は『Her Story』――そのストーリーテリングこそが目的なのである。

というのは、本作には「検索して動画を観る」ということ以外にまともなインタラクションがないからだ。プレイヤーにできるのは検索すること、動画を観ることだけで、その動画の内容といえば「彼女」の証言――『Her Story』だ。それ以外のアウトプットを本作は持ち合わせていない。検索語に悩むのも、ビデオクリップの内容に頭をひねるのも、ストーリーの「真相」について考察するのも、すべてプレイヤーの勝手であって、本作の方から何かを提示することはない。あくまで入力結果に応じたストーリーを提示した段階で目的は達成される、いわばストーリーテリングのための装置のような存在が本作だ。

しかし、本作は「体験」をもたらしてくれる。ストーリーを読み解き、ビデオクリップから情報を読み取り、さらなるストーリーを引き出し掘り返す、まさにその過程――唯一無二の「体験」をもたらしてくれる。本作がゲームであるかどうかなど、その体験の濃密さに比べてしまえば些細な問題だ。無意味とさえ言っていい。

「メモを取りながら」プレイするというのはいつ以来のことだろう。いや、メモを取ることがあったにしても、それは意地悪なフラグや長大なパスワードの記録、あるいはマッピングのためであって「作中の登場人物の証言」をそのままメモに書き取るという体験をした記憶はない。『Her Story』がはじめてである。

全編英語という低くないハードルがあるが、すべてのセリフで字幕が出ること、動画も長くて二分程度と「頑張ればなんとかなる」範疇には収まっていると思う。ミステリアスなストーリー、頭を使う動画検索作業に加え、メモやストーリーに対する考察といったモニタ外のプレイングまでのひとくくりにして本作がもたらす「体験」をぜひ味わってみてほしい。その際はネタバレは絶対に避けること。

Rokurou Eyama
Rokurou Eyama

ビデオゲームとアメコミとバイク(盗難被害遭遇済)をこよなく愛する30台前半。レトロゲームも最新ゲームも等しく同じ大切なプレイ対象である。

幼少期に出会った『マーブルマッドネス』の衝撃でビデオゲームに目覚め、なぜか実家に転がっていたMSX2+に親しみ、バーチャルボーイに立体視の未来感を植えつけられゲーム人格が形成されていった。STGからRTSまでどんなジャンルも遊んでみるが女の子がいっぱい出てくるゲームは苦手。

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