『Papers, Please』は、架空の共産主義国家Arstotzkaに唯一存在する入国検問所の審査官となり、その仕事と人生を追体験するパズルゲームである。プレイヤーはArstotzkaへの入国希望者のパスポートと関係書類を審査し、入国に対する最終判断をおこなってゆく。
入国審査はおもにパスポートや必要書類の間違い探し形式で行われ、書類に問題が見つからなければ入国許可を、逆に何かしらの不備が見つかった場合は入国拒否のスタンプを押す。そうして正しく許可を与えた、あるいは拒否した人数に応じて日当が手に入るので、これで食費と光熱費をまかない、家族とともに日々を生き延びていくのが目的である。
優れた「単調な作業」
提示された書類から、ただ間違いを見つけ出すだけのゲームを「政情不安定な共産主義国家」という世界観を軸に見事にまとめ上げた良作と言える。単調で退屈、そのうえ煩雑なゲームプレイに素晴らしい説得力を持たせている。
なにしろ本作でプレイヤーのやることと言えば、ゲームスタートからエンディングまで入国管理の業務だけである。そして、それは常時書類の審査に忙殺される事なのだ。狭苦しいブースの中、入国希望者から提出される各種書類を、ゲーム中の各種資料と突き合わせて必死でアラを探し、入国可否のスタンプを押すだけ。これを退屈と言わずに何を言うのか?
しかし、本作はその退屈な作業を見事に「ゲーム」に昇華させた。ゲーム全体を徹底的に覆い尽くした陰鬱な雰囲気と閉塞感、そして作業を行うプレイヤー自身にスポットをあて、本作の登場人物のひとりとして引きずり出している。
試される人間性
入国審査官の仕事は退屈だが、それでいて多忙でもある。審査範囲はかなり多岐にわたるため、もれなくチェックするために時間をかけたいところなのだが、Arstotzkaは共産主義国家のくせにプレイヤーの給与体系が歩合制。「正しく入国可否の判断をした人数」に応じて日当が支払われ、間違えるとペナルティで減給されてしまう。生活費の清算は賃金計算と同時に行われるので、できるだけ正確に、かつ人数をさばかないと家で待つ家族を食わせてやれないし、最終的にはプレイヤーも極貧の中飢えて死んでしまう。
なので少しでも審査ペースを上げて賃金を稼ぎたいところなのだが、不安定な政情がゆえに日に日に審査書類が増減する。当然ながら書類ごとにチェックするポイントは異なるし、それだけ審査に手間と時間もかかるようになってゆく。もちろん共産主義国家に残業などと言う制度は無く、定時を迎えた時に審査している希望者を最後にその日の業務は終了だ。ちなみにゲーム中は概ね0.5秒=1分のレートでリアルタイムに時間が進行する。
そんな業務内容なので、本作はプレイヤーの人間性を浮き彫りにする。私の場合は、まず入国希望者を全く信用しなくなった。そして審査書類に不備がある事を望むようになった。というのは正しい書類は最後まで確認しなければならないが、書類不備はその時点で審査終了にできる可能性が大きく高まるからだ。その時間の分審査人数を稼ぐ事が出来る。審査人数を稼げば日当も上がる。なにせ日当を稼がなければ家族が危ないのだ。
むろん書類不備があったからと言って即入国拒否できるわけではない。口頭質問や指紋の追加調査等で書類が正規の物であることが確認できる場合もある。普通は安堵するところなのだが、追加調査にかけた時間を考えると複雑な心境になるのだ。「不法入国者でなくて良かった」ではなく「余計な手間取らせやがって」と考えてしまうのである。
人間性という点でもうひとつ例をあげると、入国希望者の最終的な入国可否の判断はプレイヤーに一任されているという点がある。ゲームの背景設定が背景設定だけに入国希望者もひと癖ある人物ばかりで、パスポートが不正だったり銃や麻薬の密輸業者だったりと明らかな犯罪人から「人身売買組織に追われてるの助けて!」「家族が待っているんだ、通してくれ頼む!」などのパスポートすら持たない哀れな亡命者、果ては反政府組織の諜報員に至るまで、入国希望者の背景も様々である。
そんな彼らに手を差し伸べるか、お役所仕事を全うして検問所から蹴り出すかはプレイヤーに委ねられている。もちろん書類の足りない亡命者を入国させたり、書類不備の無い相手に対して入国拒否をつき付けると、審査ミスとしてペナルティは受ける。一方でプレイヤーの入国可否判断そのものが覆る事は無く、1日あたり2回までならミスに対する賃金のペナルティも軽微。となると「ちょっとくらいはヤンチャしても良いんじゃないか……」と考えてしまうのも人情というもの。
もちろんこのゲームはそんなに甘くない。日々の賃金ペナルティとは別にミス回数や「誰を通したか」という情報はしっかりとArstotzka諜報部に確認されており、あまりにおイタが過ぎると予期せぬ結末を迎えたり、抜き打ち検査に引っかかって役職を解雇されてしまったりもする。ミスを指摘する赤い電報の送り主も諜報部だ。
入国希望者達には入国希望者達なりの人生があるが、プレイヤーだってそれは同じなのだ。常時監視され生殺与奪を握られている。そんな立場に追いやられ「入国許可をしてくれ!」「私は後ろに並んでいる男に買われたの。あいつは正しい書類を持っているけど、あいつを入国させないで!」とすがられた時、どんな行動がとれるだろうか?
時間に追われ、貧困にあえぎ、入国拒否すれば「地獄に堕ちろ」「政府のイヌめ」と罵られ、温情を見せれば諜報部からクギを刺され、家では家族が賃金を持って帰るのを必死に待っている。わずかな楽しみと言えばたまにやってくる密輸犯や手配犯を拘束し、警備兵に連れて行かれる姿を見送る事のみ。その時ばかりは罵倒の言葉すら心地よい―――普段我々の見る「ガラスの窓口の向こう側」の存在が、人間からいつしか大理石のような心臓を持つ、あるいは持たざるを得なくなる過程を、このゲームは淡々と教えてくれる。
ストーリーは押しつけがましくなく、それでいて作中のストーリー展開は基本的に入国審査業務に直結するため没入感は高い。本作はマルチエンディングだが、その分岐についても入国審査業務の内容が反映されるように作ってあり、ゲーム内容とストーリー進行が極めて理想的な形になっているように感じる。散発的に発生する国境テロ、朝の新聞記事からうかがう社会不安、汚職の斡旋、反政府組織の接触に突然の党幹部の来訪……入国希望者のほかにこうした出来事やキャラクターにも翻弄されつつ、プレイヤーは業務に勤しむのだ。
唯一無二の体験
本作のコアの部分は本質的には単調で退屈な内容だ。そもそも共産主義国家の小役人をモデルにした仕事が単なる作業にならないはずはないし、その作業自体が面白いはずもない。しかし本作はそれらすべてのマイナス要素を肯定し、世界観やストーリー展開、陰鬱なビジュアルに息苦しいBGMなどすべての要素と完全にギアリングさせることで、人を人とも思わないようなお役所仕事を見事にゲームとして要約してみせた。
それは銀紙を奥歯で噛むような、自分の精神をみずから進んですり減らしていくような内容で、それを「楽しい」と言ってよいものかどうか判断に困るが、興奮と憂鬱、やりがいと虚無感といった相反する感情を、順番にではなく全て同時に体験できる稀有な仕事でもある。
複数用意されたエンディングはどれもややあっさりした内容だが、それは本作の魅力を損なう事にはならないだろう。本作の魅力はそこに至るまでの体験にこそあり、プレイヤー自身の行動や思考まで含めて、全てが本作に欠かせない魅力的な構成要素であるからだ。