皆さんは、キリンを冷蔵庫に入れる方法をご存じだろうか。中島らも氏の小説「ガダラの豚」には、キリンを冷蔵庫に入れる方法について、次のように説明されている。

1, 冷蔵庫のドアを開ける
2, 冷蔵庫にキリンを入れる
3, 冷蔵庫のドアを閉じる

多くの人々がこの解答を聞いたときに「ずるい」と感じるようだ。しかし、キリンを冷蔵庫に入れる方法は、論理的思考を学ぶ上で典型的な例題のひとつにすぎない。古より日本では論理的に正しくても役に立たない理屈のことを“屁理屈”と呼ぶ。しかし、たとえ現実的に役に立たないとしても、論理的には正しいのが屁理屈である。そしてもちろんゲームは現実ではないので、屁理屈であろうと立派に役に立つのだ。特にこのゲーム──『Baba Is You』においては。

『Baba Is You』は一言でいえば“キリンを冷蔵庫に入れつづけるゲーム”だ。「キリンが冷蔵庫に入るわけがないだろ!」などと考えてはいけない。「キリンが入る巨大な冷蔵庫があればいい」「キリンが冷蔵庫に入るほど小さいという可能性もあるよね」「そもそもキリンという概念が冷蔵庫という概念に収まればよいのであって、物理法則を考慮に入れる必要はないよね」という“屁理屈”こそ、『Baba Is You』をプレイするうえでもっとも大事な考え方なのだ。

“屁理屈”では恰好がつかないので、以後“屁理屈”のことを“チート思考”と呼ぶことにしよう。筆者は常々、「チート思考といえばゲーマー」「ゲーマーといえばチート思考」だと思っている。“チート思考”は我々ゲーマーの大好物のひとつだ。ゲーマーという生き物は筆者が知る限り、24時間いついかなる時もルールの裏をかこうとする習性をもっている。ゲーマーにとって、倫理的な基本ルールを守った上でズルをすることはお手の物だし、ズルは楽しい人生のスパイスぐらいに考えているのが、どこにでもいる一般的なゲーマーだ(異論は受けつける)。そして、このゲームでは“論理的に正しい限り、いかなるズルも許される”のだ。ゲーマー──少なくとも私にとっては、大好物といっていいだろう。

 

ゲームのルールはただひとつ「論理的正しさ」

ゲームを支配しているルールはたったひとつ──「X is Y」だ。つまり数式的には「X=Y」という単純きわまりない論理性だけが、このゲームのルールである。(※注:XやYは筆者が説明のために変数に記号を用いているだけで、ゲーム中には登場しない。ゲーム中でXやYにあたる変数は、ただなにもない空間で表されている)

「おまえは何を言っているんだ?」という声が聞こえてきそうなので、ここからは動画を交えて説明したい。

動画にはマップ左上に「BABA is YOU(BABAはあなた)」、右上に「FLAG is WIN(旗は勝利)」、左下に「WALL is STOP(壁は止まる)」、右下に「ROCK is PUSH(岩は押す)」というマークがある。

「BABA is YOU」はBABAがあなた──つまり主人公であることを示している。動画の中に初代たまごっちのくちぱっちみたいな白いゆるキャラがいたら、それがBABAだ。動画ではまず、BABAを操作して岩を動かしている。前述したようにマップ上では「ROCK is PUSH(岩は押す)」と書かれているので、この時点で岩は動く。同様に「WALL is STOP(壁は止まる)」なので、BABAが壁を通過することはできない。

動画ではBABAを操作して「PUSH」や「STOP」の変数を移動し、「WALL is PUSH(壁は押す)」「ROCK is STOP(岩は止まる)」に書き換えている。すると、通常の概念では絶対に動かせないと思われる堅牢な壁を、BABAがいとも簡単に押せるようになる。「壁を突き抜けるなんてありえない!」と思うだろうか。いや、そうではない。論理的に正しいのだから、このゲームにおいてはなんの問題もないのである。では、岩はどうだろうか。同じく文章を書き換えたことで、さっきまで動いていた岩はびくともしないはずだ。

では壁を動かすことができれば、どのようなメリットがあるのだろうか。動画を見ていただければわかるが、壁を動かすことによってBABAは壁を突き抜けて壁の向こう側に侵入している。ゴールである旗が壁に覆われた部屋の中にあるような場合でも、壁を押せれば内部に入ることができるのだ。

本作ではステージのクリア条件は「~is WIN」のかたちで表記されている。動画上では「FLAG is WIN(旗は勝利)」なので「FLAG(旗)」の座標に「YOU」である「BABA」が到達することでクリアとなる。本作は、そうやって主人公を操作し、マップ上の言葉(ルール)を書き換えることで勝利条件をクリアしていくパズルゲームとなっている。

前述したようにルールはすべてマップ上に「X is Y」のかたちで表記されている。変数“X”には主人公であるBABAをはじめ、FLAG(旗)やDOOR(ドア)、WALL(壁)、KEY(鍵)などマップ上にある名詞をなんでも代入可能だ。同じく変数“Y”にはYOU(あなた)、WIN(勝利)、DEFEAT(敗北)、PUSH(押す)、STOP(停止)などが代入できる。

先ほど主人公はBABAだと書いたが、操作できるのはBABAだけとは限らない。「~is YOU」で表記されているものが、あなたが操作できるキャラクターになる。BABAも変数のひとつなので、このゲームでは「FLAG is YOU」のように書き換えることが可能だ。その場合、あなたは「BABA」ではなく「FLAG」になってしまうので、カーソルを動かすと、動くのはBABAではなく旗の方になる。これは旗を都合のいい場所に移動したい場合に使えるテクニックだ。

 

自分だけの解法を探す楽しさ

冒頭で述べたように、本作においては論理的に正しければなんでも可能だ。一例として以下の動画を見ていただきたい。

マップの中央には「LAVA(溶岩)」が流れている。クリアするためには溶岩の向こうにある旗のもとへ行かなければならない。動画ではまず、「LAVA is PUSH」に書き換えることで溶岩を押して旗のもとへ辿り着きクリアした。しかし、このゲームの解法は一通りではない。動画の後半では「LAVA is BABA(溶岩はBABA)」に書き換えることによって、溶岩を通過するのではなく、溶岩を大量のBABAに変身させることによって旗に到達している。一見するとめちゃくちゃな屁理屈。しかし本作ではこういった“チート思考”がものをいうのだ。

本作ではほかにも「AND」といった接続詞を使うこともできる。上記の動画は「WALL AND BABA IS YOU」に書き換えることで、BABAと壁を動かし強引にクリアした様子だ。このゲームの乱暴さと屁理屈がよく表れているのではないだろうか。「AND」は複数の主語に対してひとつの結果を得る方法だが、それとは逆にひとつの主語にたいしてふたつの結果を得ることもできる。ひとつの主語に対して“L”字型に言葉をつなげればよいのだ。「is~」を二か所つくることで、ひとつの主語に対して複数の結果を得ることができる。もっとも、こういったやり方でルールを並列させるのは、大惨事を招きやすい諸刃の剣でもある。主人公が対消滅してしまうなど、このゲームでは日常茶飯事だ。

KEYに対して逆“L”字型にOPENとPUSHがつながっている

本作の醍醐味は、ただクリアするだけでなく、ほかにどんな大胆なクリア方法があるか頭をひねるところにある。ゲームには200以上のステージがあり、どのステージにもあなただけのとっておきのクリア方法があるはずだ。

 

論理モンスターへの道

プレイしていて感じたのだが、このゲームはプログラミングによく似ている。うっかり主人公が消滅してしまう文章をつくってしまった時などは、プログラムのバグによく似ていると感じた。「変数を代入」と言葉でゲーム内容説明すると、まるっきりプログラミングの教科書のようでもある。本作に一番良く似たゲームはなにかと問われれば、ゲームよりも中学校などで学習教材に使われるプログラミング学習ソフト「Scratch」などが思い浮かんでくるほど、本作はプログラミング的だ。近年、学校教育でプログラミングが導入されることが話題だが、導入の理由は「論理的思考力を身につけるため」だという。本作は論理的思考を学ぶにのに、うってつけなゲームといえるのではないだろうか。お子様たちがこのゲームで“チート思考力”を鍛えれば、将来きっと素晴らしい“論理モンスター”へと成長し、とんでもない“屁理屈”を言い出すことだろう。筆者はその日を、楽しみに待ちたい。

本作は現在SteamItch.io(PC/Mac/Linux/)および海外のNintendo Switchなどで販売中。Steamでは1520円で販売されており、3月14日のリリース以降話題の新作上位にランクインするなど人気を博している。