『ゼルダの伝説 ブレス オブ ザ ワイルド』 ハイラル城という「異境」についての考察
本記事は別記事”『ゼルダの伝説 ブレス オブ ザ ワイルド』レビュー 伝統からの脱却と呪縛からの解放“の補稿、いわば延長戦のような立ち位置の記事である。先の記事ではネタバレが過ぎるという判断から触れることを明確に回避していた、ゲーム中におけるラストダンジョン「ハイラル城」にスポットを当て、『BotW』におけるその存在について紐解いてみようという試みだ。そのため、本記事では文章や掲載するスクリーンショットについて、ネタバレ防止の配慮は行われない点について、予めご了承いただきたい。
『BotW』におけるダンジョン
まず『BotW』におけるダンジョンの存在について整理しておきたい。『BotW』における「ダンジョン」と呼べる存在は「各地に点在する”試練の祠”」「メインダンジョンである”神獣”」「最終目的地である”ハイラル城”」の3つがそうだ。まずは「祠」「神獣」について軽く振り返っておこう。
さまざまな革新を果たした『BotW』内において、「試練の祠」「神獣」という存在については、既存シリーズのダンジョンの様式を比較的踏襲していると言えるだろう。祠にせよ神獣にせよ、「フィールドとは隔離された独立空間」として存在しており、その内部でのみゲームが進行する。フィールドとの出入り口は定められており、祠にはゴールがあり、神獣には最後にボスがひかえて居る。それぞれ侵入にはチャレンジの完遂が必要な場合もあり、さらにチャレンジのためには専用アイテムが必要であったりもする。内部では独自のギミックを攻略する必要があり、最終的に克服の証や英傑の力といったアイテムを入手して帰ってくる。こうしたお作法については、3Dゼルダの既存シリーズの流れを踏襲しているといえるのではないだろうか。
無論、これはあくまでダンジョンという存在のみに注目した結果であり、ダンジョンの内容については既存シリーズから大きく変化している点がある。既存シリーズからの差異で一番大きなところを挙げると、ダンジョン内の「部屋」の独立性がやや薄まっているという点があるだろう。試練の祠はもともと1部屋から3部屋程度と規模が小さいため実感は薄いが、神獣については意識的に「部屋」の仕切りを排除し、「ダンジョン全体を一個の部屋あるいはフィールドに見立てる」という試みがなされているように感じる。ダンジョン内はシームレスに移動でき、扉の開け閉めで読み込みが発生したりということはない。神獣ギミックを通じて部屋単位ではなくダンジョン全体の影響を考える場面が多く配されており、祠にせよ神獣にせよ、ハイラルの通常フィールドでは実現出来ない遊びは何か、独立空間だからこそできるギミックは何かという考えから生まれた、その場限りのアトラクションといえるだろう。
「ハイラル城」というフィールド
冒頭で私は「『BotW』における「ダンジョン」と呼べる存在は「各地に点在する”試練の祠”」「メインダンジョンである”神獣”」「最終目的地である”ハイラル城”」の3つがそうだと述べたが、実はハイラル城をダンジョンと呼ぶことが適切なのかどうかは、いまだに迷っている。ハイラル城は本作における「フィールド」の文法、その延長線上に位置する存在であり、試練の祠や神獣内部とは根本的に異なる存在であるからだ。
ハイラル城。本作のフィナーレを飾る場所でありながら、その有り様は本作の他のどのダンジョンとも大きく異なっている。ゲーム開始時から既にそこに存在し、そして入退出もほぼ制限されないのである。入り口にたどり着けるならいつでも侵入でき、しかもそれは城門やそれ以外のあらかじめ用意された侵入口でさえなくても良い。外堀を飛び越えて崖を登っても良い。退出にしてもメニューから脱出機能が使えるし、やはり外堀をパラセールで飛び越えてしまえばそのまま脱出可能だ。ハイラル城はフィールドと地続きであり、フィールドの一部分としてハイラル城が存在するのである。
それは立地だけの話ではない。たとえば既存シリーズや試練の祠での「小さなカギ」の探索や、神獣での制御端末のように、「これをしなければボスにたどり着けない」というようなギミックも存在せず、手段を問わずガノンのいるただただ本丸を目指せば良いというシンプルな構成になっている。それに加えて、試練の祠のように英傑能力が使えなかったり、神獣内部のように壁が登れないといった制限事項が、ハイラル城には存在しない。その気になれば一の丸・二の丸といった施設や城内をほとんどを飛び越えて、一気に本丸にアクセスすることすら可能だ。
では、ハイラル城とは頭上を飛び越えられるだけに存在するようなつまらない場所なのか、と言われると断じてそんなことはない。むしろフィールドと同じ能力を使って探索できる、数少ない屋内メインのマップであることもあり、リンクの機動力に見合った濃厚な作り込みが成されている。城の各所に配置、あるいは放置されたかつての武具は、おおむね高級品であったり強力であったりするため根こそぎ持ち出したくなる。各所で語られるストーリーを裏付ける存在である地下坑道、図書館や食堂にゼルダ姫やハイラル王の私室など、忍び込んで色々と覗き見をしているような背徳感もを生みだす場所も多くある。これらの要素によって、ハイラル城は城内をくまなく歩き回ってしまいたくなる魅力ある廃墟に仕上がっている。
『BotW』の集大成
ダンジョンと呼ぶ、呼ばないにかかわらず、私はこのハイラル城こそが『BotW』の目指した遊びの一つの集大成、完成形なのではないかと思う。ハイラル城には「何もない」。制御端末もなければ即身仏もおらず、シルバールピーを集めさせられたりもせず、すべてのたいまつに火を灯せと言われるようなこともない。あくまで「探索しがいのある廃墟」として作り込んであるだけで、どう遊ぶか、どう攻略するか、あるいはすべてを飛び越えてボスに直行するのかは、すべてプレイヤーに委ねているのである。そのうえで、頭上を飛び越えられて終わりかもしれない、プレイヤーが目にすることがないかもしれない城内には、しかし探索に見合うだけの発見、魅力に満ち溢れた作り込みが成されている。
思考と探索、達成と発見。これは『BotW』の魅力の骨子であり、ハイラルのフィールドはその為の舞台として遺憾なく作り込まれていた。そこにフィールドにはほとんど存在しなかった「屋内」の要素を加えたうえで、濃厚に煮詰めたのがハイラル城なのだ。一方で、そこまで綿密に作り込んだフィールドでありながら、それを強制的に押し付けることはせず、めんどくさかったら飛び越しても結構、ショートカット大いに結構という姿勢は崩さない。緻密さと大らかさを全て内包したこのハイラル城こそ、どこよりも『BotW』らしいロケーションではないかと思うのだ。
各地の神獣の「神獣全体をひとつのフィールドに見立てる」という設計思想に見どころがあったのは間違いない。とくに筆者は、「風の神獣ヴァ・メドー」については、傾くだけというシンプルな動作ギミックと、妙に仕掛けの解法が幅広くファジーであるところから非常に気に入っている。神獣突入イベントの熱量で言えば「水の神獣ヴァ・ルッタ」が抜群に良い。これらはある程度フィールドと切り離さなければ実現できなかったイベントや遊びであり、そこに優劣はない。それぞれの取捨の結果である。
しかし『BotW』ならではのダンジョン、この路線の先が見たいと最も強く私の心を動かしたのはハイラル城であった。シリーズ中最も解くべきギミックが少なく、『BotW』内においてもダンジョンとしては異端でありながら、フィールド上に世界の一部として常に存在し、自発的な探索を促す仕組みはまさしく『BotW』のゲームプレイの延長線上に位置するものだ。これこそが『BotW』が目指したゲームプレイの集大成の姿といえるのではないだろうか。
だからこそ、この路線―――ギミックや凝った謎解きがあるわけではない、ただ世界の一部として地続きに存在する異境―――を突き詰めたダンジョンをもっと見てみたい、遊んでみたいと私は考えてしまう。それくらいフィールド探索は、ハイラル城のガサ入れは楽しかったのだ。この欲求がはたして満たされることはあるのか、それが冬のDLCなのか、あるいはまだ見ぬ新作なのかはわからない。もしかしたら満たされることはないかもしれない。しかし私が『BotW』のハイラルのフィールドを、そしてハイラル城を忘れることはないだろう。
ありがとう『ゼルダの伝説 ブレス オブ ザ ワイルド』とても楽しかった。