Item # SCP-████
Object Class : Euclid
概要:SCP-████は、日本のゲーム情報誌『AUTOMATON』に発生した情報空間転移性特異点です。この特異点においては、情報の位相が逆転しています。この特異点は逆入れ子型の自立押し出し式情報排出口で、自らを複製して増殖する特性を持っています。この特異点のコピーを発見した場合は直ちに本部に報告し、指示に従って下さい。なお特異点となった記事の執筆者は████、機動部隊イプシロン-13によりすでに身柄は確保されています。執筆者の発話能力は失われており、重度の精神障害が起きています。特異点の内容は補遺████.1を参照してください。
補遺████.1
『Lobotomy Corporation』は、総じてAbnormalityという分類に振り分けられた怪物を収容し、それらの怪物から何らかのエネルギーを吸収して販売する企業を描いた、風変わりなマネジメントゲームである。プレイヤーはこの奇妙な企業のマネージャーとなり、怪しげなAIのインストラクションを聞きながら従業員を動員して、より効率的にエネルギーを吸収し、また起こりうる怪異を防がなければならない。防がないとどうなるか? 従業員の死骸が企業内のあちこちに散乱することになる。
このゲームは、アリの巣を横から見たような俯瞰図をメインに進んでいく。『XCOM』の基地運営パートや『Fallout Shelter』、『Beholder』と同じような視点である。特定の部屋には、目玉が無数にあって頭に山羊の角が生えている馬のような怪物や、十字架を背負ったしゃれこうべ、全裸で壁に向かったまま何事かをぼそぼそと呟いている女性、しばしば強すぎるハグで研究員を絞め殺してしまうテディベア、あまりにカワイイのでつい履いてしまった女性従業員を狂気に陥れる赤い靴などが軟禁されている。
プレイヤーは研究員をアサインして、こういった怪物たちを調査し、彼らの特性をまとめつつ、同時にご機嫌も取っていく。というのは、彼らの機嫌がいいときに出すエネルギーにはエントロピーを無限に拡大する力があり、その力を利用することでこの企業は成り立っているらしいからだ。反対に、機嫌が悪くなった怪物たちは手のつけようのない怪奇現象を引き起こし、建物のなかに怖ろしい混沌をもたらす。なんとなく、ドストエフスキーやトルストイのクローンが登場する、ロシア人作家ソローキンの小説『青い脂』を彷彿とさせるモチーフだ。
ゲームのステージは一日という単位でまとめられていて、たとえばゲーム開始時の初日には一匹の怪物しかいないが、6日目になると5匹もの怪物を同時に管理することになる。ある一日のクリア条件は、怪物から一定量のエネルギーを吸収すること。つまり、プレイヤーはつねに数体の怪物たちのご機嫌を取り続けるため、いそがしく従業員たちに仕事をアサインしつづけることになる。仕事の種類をざっくり意訳すると、「えさを与える」「掃除してやる」「コミュニケーションを図る」「楽しませる」「暴力を振るう」の五種類で、たとえば先述した「十字架を背負ったしゃれこうべ」は、どうも研究員の内的な独白を聞くのが大好きらしく、いろんな人間にコミュニケーションを図らせるとものすごく機嫌が良くなる。
この怪物たちは姿形もその能力もまったく予測不可能なので、なんとなく送り込んだ研究員が精神攻撃を受けて発狂したり、話を聞いてもらってすっきりした顔で部屋から出て来たりする。彼らの能力や好みのコンタクトの方法は、とにかく従業員を送って実地で学んでいくしかないため、どんどん犠牲者が出てしまう。ただ、一日をクリアするたびに従業員は数名ほど補充される。どんな方法で面接をしているのかは知らないが、こんな企業に入るくらいなら比喩ではなく死んだ方がましだろうなと思う。誰ひとりまともな死に方をしないからだ。
従業員が全員死ぬか、発狂してしまうかするとゲームオーバーとなるが、ある任意の怪物の情報は次のプレイに引き継がれるので、ゲームを続ければ続けるほど効率的にご機嫌を取ることができるようになる。いまのところわかっているのは、壁に向かって何事かをぼそぼそと呟いている女性は暴力を振るわれるのが大好きで、頭に山羊の角が生えている怪物も暴力を振るわれるのが大好きらしい。
怪物たちの趣味趣向の理由のようなものは、従業員を何度も送り込むことによって得られる情報のなかに記されている。たとえば、ふだんは揺り椅子に座って大人しくしているものの、誰かが室内に入るたびに延々と物語を語って聞かせる老婆の姿をした怪物について、従業員からの報告という体裁でこんなテキストが用意されている。
「従業員F5049へのインタビューからの抜粋:
彼女はAbnormalityのなかでもいちばん寂しい怪物だと思う。こいつのなかには孤独感がいっぱいにつまっていて、どうにかしてその寂しさを追い払うためにお話を語るんだ。物語には聞き手が要る。誰かが部屋のなかに入ってくると、彼女はその寂しさを埋めようとするんだ。もちろん、彼女の話に耳を傾けるのは危険なことだ。彼女は世界中のすべての話を知っているし、その上、この世に存在していない話まで知っている。私たちの精神はそんな話に耐えられるようにはできていない。この怪物は私たちの脳みそを一瞬で丸焦げにできるのさ」
筆者が感心したのは、このフィクション性とゲームシステムの融合だ。怪物のご機嫌を取るために彼らのバックグラウンドを探る必要があるのだが、そのバックグラウンドがそのままフィクションとして面白い読み物になっている。よくよく読み込んでいくと、どれも人間の悲しみや人工物の悲しみを濃縮したようなものになっていて、思わず彼らに同情し、もっと頑張ってご機嫌を取らないとな、という気分にさせてくれる。ちなみに、この老婆がいちばん好きなコマンドは「コミュニケーションを図る」で、たぶん従業員は耳栓をして話を聞いているフリをしてやるのだろう。
怪物たちが引き起こす怪異の演出にもかなり光るものがある。たとえば、あまりにも強力な精神攻撃で数々の従業員を発狂させてきたT-03-46-Aは、最高に機嫌が悪くなったとき、エヴァンゲリヲンで見たような十二使徒を呼び出して従業員全員を皆殺しにするのだが、殺戮のあいだにはエスケープキーやヘルプメニュー、ポーズさえ効かなくなる。ポーズキーを叩くたびに耳をつんざくような鐘の音が鳴り響き、「時間を信用することなかれ、余がそなたを導くのだから」というテキストが画面に大写しになる。もちろんすべての怪物におなじくらい強力な演出が用意されているわけではないが、これ一本だけでも、まだ見ぬ怪物たちとの出会いが楽しみになるほどだ。
12月17日にアーリーアクセスが開放されたばかりなので、あったらいいなと思うような機能が搭載されていなかったり、詰めが甘いところも散見される。いままでに開放した怪物たちの情報の一覧もないし、ゲームの難易度として理不尽なレベルの怪異が頻繁に起こる周回が連続したりもする。音楽もそこまで調和しているわけではないし、ユーザーインターフェイスもあまり見やすくない。もとは韓国語で制作されていたからか、ほんのすこし英文がおかしいところも散見される。それでも、次々と現れる興味深い怪物たちの姿や、彼らが引き起こす怪異、そしてゲームプレイにしっかりと調和したフィクション性などは、荒削りながら現状でも充分に魅力的だ。ここからどのように完成へと向かっていくのか楽しみになるような作品だし、気になる方はいまのうちに手を出しておいて間違いはないだろう。