ビジュアルメモリーズ 第4回「北海道経済の活性化を託されたギャルゲー 後篇」
この企画は、幼い頃からメガドライブ、ゲームギア、セガサターン、ドリームキャストとセガハード一筋で遊んできた筆者が、『バーチャファイター』の「10年早いんだよ!」というアキラの台詞がじんわり胸に沁みる未来基準の傑作ハード、ドリームキャストが隆盛を極めていた当時のゲームカルチャーを振り返る形で、ビジュアルメモリという名の外部記憶装置に永久保存された思い出の数々を掘り起こす青春連載である。
前回は名作ぞろいの1999年の中から、観光ガイドのお姉ちゃんとチョメチョメするちょっと大人の旅ゲーム『北へ。 White Illumination』を振り返り、ギャルゲーとはいえ観光促進ツールという生い立ちゆえに醸し出す独特の世界観と作風の背景には、氷河期と言われるほどに低迷していた当時の北海道経済が大きく関係していたことを解説した。第4回は、ゲームで描かれた実在の観光スポットを、筆者が直に訪れた聖地巡礼の記憶にアクセスする。
恋人は現地調達
1999年12月下旬。まだ10代前半だった私は、日本海の波を切るフェリーの甲板でまだ見ぬ北の大地へと続く水平線を眺めながら、冬の海風に頬を赤らめていた。まだ携帯電話もデジタルカメラもいまほど普及していなかった時代。この一人旅に金銭と日用品以外で私が持ち出したのは、月刊少年ガンガンの応募者全員サービスで手に入れたお気に入りのテレホンカードと、最近では古代文明の遺物と化したインスタントカメラを2個、そして『北へ。』のゲーム内で目的地の住所や電話番号を保存したビジュアルメモリだけだった。
同じ船室で知り合ったスキー観光の旅行者たち、1週間宿泊したホテルのフロント係、夜中のラーメン横丁で絡んできた酔っぱらい。みんな私の顔を見るやいなや、保護者はどこかと尋ねてきたのを覚えている。無理もない。GPSが使えるスマホが普及した現在は分からないが、当時は義務教育も終えていないような年齢の子供が、シェンムーの涼さん気取りで一人旅をしているなんて誰も想像しない。思えばあの頃から、誰とでも友達になるのが得意だった気がする。旅は道連れ。友達は現地調達。それが私のロールプレイだった。
ゲーム中で「椎名薫」の勤務先である北海大学のモデルとなった北海道大学、主人公のいとこ「春野琴梨」が案内してくれる札幌時計台や旧北海道庁、彼女の同級生「川原鮎」と出会う大通公園や狸小路、オタサーの姫「里中梢」がタブレットを忘れたロイズ平岸店、高二病全開ヒロイン「左京葉野香」と新作ラーメンを求め訪れる二条市場。そうした定番スポットについて改めて語ることはない。私のメインクエストで最初に重要イベントが発生したのは、ゲーム内ではミニゲームが楽しめるゲームセンターがある場所、すすきのの須貝ビル(現ディノス札幌中央)だ。
この場所は「左京葉野香」攻略ルートでは超重要スポットで、後年の続編『 北へ。~Diamond Dust~』でも登場する。主人公が眼帯美少女に絡まれたように、もちろん私にもイベントフラグが立った。むしろ私が“彼という主人公”に無理やりフラグを立てたとも言える。当時、私はあるシューティングゲームにハマっており、須貝ビルでも無意識にその筐体の前にいた。しかし、1台しかない上にすでに先客がいたのだ。「お兄さん、よかったら私と遊びませんか」。私は迷うことなく彼に声をかけた。齢は20代半ば。口の周りに立派なヒゲを蓄えた好青年だった。たまらん。彼の不信を拭うように私は笑みを投げた。
私たちはすぐに打ち解けた。二人で筐体にコインを山積みにして、協力プレイで何度もコンティニューしながら、ついにはそのゲームをクリアしたのをよく覚えている。その後、お茶しながら話を聞けば、彼も私と同じ理由で内地から北海道へ訪れたのだという。『北へ。』の聖地巡礼だ。同じゲームを嗜んだ仲間として、セガハードを愛する同志として、ドリームキャストのお気に入りのゲームについて話題は尽きることなく、色彩豊かな花が咲いた。その日から私たちは二人の待ち合わせ場所を決めて、毎日行動を共にすることにした。それが私たちの出会い。メインクエストの始まりだった。
大人へのカウントダウン
彼の名前は今でも覚えているが、ここではKと呼ぶことにする。私の聖地巡礼がKルートに突入して最初に訪れたデートスポットが、北海道内でも屈指の観光名所、さっぽろ羊ヶ丘展望台だ。丘の上に立つウィリアム・スミス・クラーク博士の銅像は、北海道の開拓者精神の象徴であり、彼が残した言葉「Boys, be ambitious」 (少年よ、大志を抱け)を知らない者はいないだろう。『北へ。』のゲーム内では、「里中梢」ルートの分岐点。彼女とケンカ別れをして、ハンドルネーム“ゆきちゃん”ことこずえたんがストーカーと変貌するきっかけを作る場所だ。もちろん続編でも登場する鉄板の聖地である。
その日は鼻水まで凍りそうなひどい雪の日で、クラーク像も白いものに塗れていたのを記憶している。ほっぺを真っ赤にしながら凍えていた私に、Kは温かいジンギスカンを食べさせてくれた。私が未成年だという理由で、その後も彼が食事代をすべて負担してくれたことは忘れない。お父さんや学校の先生以外で、私が初めて出会った大人の男性だった。「遠慮しないで」「好きなだけお食べ」「もっと甘えていいんだよ」。後にホステスとなった私の最初のスキルがアンロックされた瞬間である。彼と手をつないで一緒に歩く雪道は、まるで初夏の北大に広がるポプラ並木のように心地よかった。
その後も私たちはいくつかの聖地を巡礼し、いよいよ旅を締めくくるクライマックスイベントの日を迎えた。ホワイト・イルミネーション。「大晦日の夜にイルミネーション・カウントダウンで年越しのキスをした恋人たちは、永遠の幸せが約束される」と伝わるローカルイベントで、『北へ。』では主人公が後篇の冬パートでヒロインに告白するシーンに登場する。この日はテレビ塔がある大通公園がいつも以上に賑わいを見せ、夜の帳が下りた都会の喧騒は幻想的な空間へと変貌する。無言のまま散歩をして、おしゃれなカフェで暖を取り、新たな時代の到来を待つ。私がその夜、彼と年越しのキスをしたかどうかは、ご想像におまかせする。Kルートのエンディングは、私のビジュアルメモリだけに留めておきたい。
年が明けて次の日、Kは一足先に北海道を発った。彼が別れ際に私へかけた言葉は、20年近く経った今でも胸の奥に刻まれている。古代遺跡に残された賢人の言葉。人の心をあたたかくする魔法の言葉。当時の私はそれに見合う言葉を持ち合わせていなかった。言葉は無粋。私はただ、彼と出会った時と同じ笑みを投げ返した。あなたは今、どこで何をしていますか。もう結婚して家庭を築いているのだろうか。今の私は当時のKに見合う、素敵な大人になれたのだろうか。初めてのギャルゲーでロールモデルとして憧れたヒロイン、ハマーン様の声で喋る「薫さん」のような大人になれたのだろうか。
ガラスの心に焔を入れて
再び独りぼっちになった私は小樽へ向かった。ゲーム内では「春野琴梨」ルートで3日目に初デートの際にアンロックされるエリアで、ロシア人ヒロイン「ターニャ・リピンスキー」の攻略では毎日足を運ぶことになる。そして、今回の聖地巡礼で私がもっとも楽しみにしていた場所。それがターニャの職場として作中にも登場する小樽運河工藝館だ。残念ながら2011年に閉店してしまったが、当時はゲームで描かれたまま。工房からは熱気が溢れ、真っ白に輝くガラス細工に職人の魂が吹き込まれていた。私はここでサンドブラストによる製作体験を予約していた。サンドブラストというのは、ガラスの表面に研磨剤を吹き付けて模様を描く加工技術のことだ。私は一輪の薔薇を描いた。
ターニャファンなら絶対に外せないのが、主人公と彼女の約束の場所とも言える場所、喫茶エンゼルだ。ここも現在は駅前の地下に移転して影も形もないが、当時はまだビジュアルメモリの情報どおり、そこにあった。私はゲーム内で彼らがそうしたように、喫茶エンゼルでロシアンティーを注文。紅茶にイチゴジャムを入れて飲んだ。これで実績解除だ。個人的に小樽は地球上でもっとも好きな場所の一つで、『北へ。』とは関係なくおすすめのスポットがたくさんある。次に訪れたのは、アイスクリームパーラー美園。ここは「川原鮎」ルートのデートスポットの一つで、あんみつパフェだったかが美味しい。同じく鮎ルートで小樽オルゴール堂も外せない。
ほかにも三角市場に旭展望台など、『北へ。』に登場した観光スポットはほとんど網羅した。少し中心部から離れるが、おたる水族館も鉄板だ。ゲーム内では琴梨ルートの序盤でおにいちゃんプレイできる。私は独りぼっちで行った挙句、定休日で入れなかったが、最高のデートスポットではないだろうか。中でもお気に入りなのが、小樽運河に添って続く街並みそのものだ。その後、この聖地巡礼とは別に何度か小樽を訪れたが、夏の終わりに運河を染める真っ赤な夕日は、ターニャが作ろうとしたガラス細工そのものだった。ちなみに『北へ。』とは関係ないが、小樽といえば「最終兵器彼女」に登場する地獄坂もある。
再び札幌に戻って、スープカレーの老舗店、マジックスパイス。下北沢や大阪、名古屋にも展開しているが、札幌に本店がある。ゲーム内では「桜町由子」ルートのバイクデートで訪れ、激辛カレーで悶絶できる。同じく由子さんつながりなら、大衆中華 宝来も。作中では大盛りチャーハンデートでフードファイトできるが、実際には大盛りは提供していない。ほかにも、琴梨ルートの定番で紅茶の店アッサム、葉野香ルートおよび冬編の共通デートスポットのビートルバム、薫さんルートでほろ酔いの彼女が見られるイタリアンのママ・サブロッソ。残念ながら、これらは現在は閉店してしまった。
そして北海道といえばお寿司。ゲーム内でヒロイン「川原鮎」の実家という設定のお寿司屋さんは実在する。それがすすきのラーメン横丁の隣にある、寿し乃澤登。当時、子供がたった一人で入店してきたものだから、お店の人はさぞ驚いたかもしれない。ちゃんとしたお寿司屋さんでは、メニューに金額は書かれていない。ネタはすべて時価だからだ。私はとりあえず読めない漢字で書かれた魚を片っ端から注文した。中でも忘れられないのが、『北へ。』でも主人公が口にする幻のサケ、鮭児だ。卵巣・精巣が未成熟な脂の乗った若いサケのことで、言わずと知れた高級食材。一貫で数千円飛んでいくが、子供の私にも味の違いは歴然だった。人生で一度は食べた方がいいと断言できる。
止まった砂時計と別れの挨拶
そうして聖地巡礼の1週間はあっという間に過ぎていった。もちろん『北へ。』シリーズの聖地は北海道全土に存在するが、私が訪れたのはホームグラウンドの札幌と、フェリーで最初に降り立った小樽。そして旅の最終日に夜行列車で向かった函館。ゲーム内では冬編のメインスポットとしてヒロインたちと訪れる場所だ。ふれあいイカ広場やハリストス正教会、五稜郭など、定番スポットは数え切れないほどある。
旅の最後の夜、私は函館山の頂上から、人類の営みが闇夜にばらまいた宝石を見た。その夜景は筆舌に尽くしがたい。インスタントカメラなんかに収まるわけがなかった。キャンドルライトだけに照らされた薄暗い展望レストランで、サケとイクラの親子丼に舌鼓を打ちながら、私の大人ごっこは完結した。もしここにKと来れたら、どんなにロマンチックだっただろう。
まだまだ語りたいことは山ほどあるが、すでにボリュームオーバーなので聖地巡礼の思い出話はここまで。いつの日か、憧れの女性「椎名薫」のように、コンバーティブルのスポーツカーを運転して、今度は北海道全土に広がるすべての聖地を網羅したい。その時こそ、Kと別れた際に止まった私の中の時計が、再び動き出すのかもしれない。
最後に残念なお知らせがあります。この連載企画「ビジュアルメモリーズ」は、大人の事情により今回をもって終了します。記念すべき第1回で、「セガがドリームキャストの生産中止とハード事業撤退を発表した敗戦の2001年、筆者が家庭用ゲーム機で遊ばなくなった最期の瞬間までを、連載をとおして可能な限り網羅していく」と書きましたが、志半ばに断念せざるを得ません。まだたったの第4回。始まったばかりでの幕引き。まさに2年あまりの戦いで姿を消したドリームキャストにぴったりなのかもしれませんね。それではみなさん、またどこかのメディアでお会いしましょう。さようなら。ごきげんよう。