2015年ベストユーザーエクスペリエンス賞『Lifeline』

2015年の7月末ごろ、Twitterのタイムラインでは一つのゲームが話題になっていた。Android/iOS向けのゲームとして発売されたSFサスペンス・アドベンチャーゲーム『Lifeline』の日本語版がローンチされたのだ。

「おそらく放射線漏えいしているエンジンに近づいて、その放熱から暖を取って休んでも大丈夫かな?」
「宇宙服なら宇宙線対策である程度の放射線防護がある。離れた場合に凍死する危険性の方が高いと思う」

偶然にも彼の救難信号をキャッチした家人が、放射線物理の技術者としての筆者に助言を求めてきた一幕だ。素晴らしく作り上げられたゲームは、我々にそのゲームでしか得られないようなユニークな体験を与えてくれることがある。

2015年の7月末ごろ、Twitterのタイムラインでは一つのゲームが話題になっていた。Android/iOS向けのゲームとして発売されたSFサスペンス・アドベンチャーゲーム『Lifeline』の日本語版がローンチされたのだ。

広大な宇宙のとある小惑星に不時着した宇宙飛行士のタイラー。プレイヤーは彼と粗末なインスタントメッセンジャーを通じて交信を行い、彼を生き残らせるべくさまざまな助言を行う。重大な決断を迫られるような状況においては、プレイヤーの助言が彼の命運を決定する。プレイヤーは、タイラーの命綱として彼を生き延びさせ、無事に小惑星を脱出させることが目標となるのだ。

リアルタイム風アドベンチャー

このゲームのインターフェースは非常にシンプルだ。LineやSkypeといったいわゆるインスタントメッセンジャー風の画面で互いのやり取りが表示されていく。
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ここで特筆すべき点は、タイラーからの返信はプレイヤーが発信してから一定の時間経過が必要となるという仕組みだ。一見してプレイ速度を阻害するように思われるこの仕様だが、「タイラーがプレイヤーからの指示によって行動を起こし、その結果を報告してくる」という形式を取っているこのゲームでは、返信を待つ時間は、タイラーが孤軍奮闘している様子を想像するための時間として機能するのだ。
重大な問題への指示を行った後であれば、彼の安否がわからず心配させられる時間を体験できるだろう。

画像は『Lifeline:サイレント・ナイト』の通知。通知をオンにしていると、タイラーからの見逃していた返信がこのように通知欄に並ぶ。これは、通信相手がスマートフォンを持っている人間だと錯覚させる効果がある。
画像は『Lifeline:サイレント・ナイト』の通知。通知をオンにしていると、タイラーからの見逃していた返信がこのように通知欄に並ぶ。これは、通信相手がスマートフォンを持っている人間だと錯覚させる効果がある。

シンプルかつ日常的なインターフェースと、適切な時間の進行とを組み合わせることで、『Lifeline』はプレイヤーに対して一人の人間の命を握っているという緊張感を見事に体験させることに成功している。

これは「あなたの」体験である

主人公のタイラーは、訓練生として宇宙船ヴァリア号に搭乗した男子学生。実際にやり取りをしているとわかるが、彼は素直で有能だが若く未熟であり、自分の感情を激しくあらわにすることもある。彼とコミュニケーションができるのは、スマートフォンの「こちら側」にいるプレイヤーだけだ。だからこそ、プレイヤーの一言が彼の感情や行動を簡単に左右してしまう。想像してみてほしい。真っ暗で何も音のしない宇宙空間、目の前にずっと続く砂漠に似た光景の中で、ずっとひとりの人間とだけ話していたら、どうなるだろうか。タイラーにとってプレイヤーこそが救い主、唯一のよすがなのだ。
一方でタイラーが発する言葉も非常に魅力的で、ストーリーの面白さだけでなく、彼の人間的な魅力が描かれている。サバイバルを強いられた状況で、プレイヤーに未熟さをさらけ出しつつも情感豊かな彼のキャラクターは、リアルタイム風のシステムと相まって、ゲームへの没入感を高めてくれるだろう。

ひとつの結末を見ると「高速モード」が使用可能になり、選択と応答の間に設けられていた時間間隔を無効にすることができる。初回プレイのようなリアルタイム感は薄れるため、ゲーム内でも非推奨とされている。
ひとつの結末を見ると「高速モード」が使用可能になり、選択と応答の間に設けられていた時間間隔を無効にすることができる。初回プレイのようなリアルタイム感は薄れるため、ゲーム内でも非推奨とされている。

本シリーズのシナリオ担当のDave Justus氏は、Steamで圧倒的な支持を得た『The Wolf Among Us』を手がけたシナリオライターであり、その手腕には定評がある。

 

続編『Lifeline:サイレント・ナイト』

『Lifeline』のストーリー的な続編にあたる『Lifeline:サイレント・ナイト』では、タイラーのさらなる受難が語られることとなる。詳細は伏すが、ここでもリアルタイム感のあるプレイ感覚は健在。タイラーというキャラクターの魅力はさらに高まるだろう。

『Lifeline:サイレント・ナイト』では船内マップ機能が新しく追加されており、タイラーが今いる場所を即座に表示してくれる。筆者のプレイ環境では表示が機能していないこともあり、雰囲気作り以上の機能ではないと感じた。
『Lifeline:サイレント・ナイト』では船内マップ機能が新しく追加されており、タイラーが今いる場所を即座に表示してくれる。筆者のプレイ環境では表示が機能していないこともあり、雰囲気作り以上の機能ではないと感じた。


Dave Justus氏のツイートによると「これがタイラーの最後ではない」とのことなので、続編ストーリーも期待できそうである。

iPhone版は、Apple Watchを持っており接続を行えば、通知がApple Watchにも着信する。
iPhone版は、Apple Watchを持っており接続を行えば、通知がApple Watchにも着信する。

個人的には、ただポチポチするだけのゲームや、反射神経を要求されるようなゲームに疲れた諸氏におすすめしたい。読書好き、物語やキャラクターを味わうのも好きなら、なおさらおすすめである。一度最高の結末を見た後、他の結末をすぐにでも見たくなるというゲームではないが、ふとしたときに思い出して再プレイしたくなる。スルメのようなノベルゲームであろう。

Lifeline
開発元: 3 Minute Games
定価: 240円(2015年12月現在)
プラットフォーム: Android/iPhone
発売日: 2015年7月29日(日本語版配信開始)

『Lifeline』は配信後、各種スマートフォンアプリストア有料ゲーム部門にて上位ランキング入り。この好評を受けて『Lifeline2』が配信されたが、前作とのストーリー的なつながりはない。2015年12月より配信された『Lifeline:サイレント・ナイト』は、『Lifeline』のストーリー的な続編となる。

Lifeline:サイレント・ナイト
開発元: 3 Minute Games
定価: 360円(2015年12月現在)
プラットフォーム: Android/iPhone
発売日: 2015年12月5日(日本語版配信開始)

体験をデザインする

このように、「プレイヤーにどのような体験をさせるのか」という観点はゲームのデザイン上、常に重大な問題となってきた。過去に名作と呼ばれるゲームにおいても、ゲームをより理解できるように注意深くメッセージが織り込まれてきたのだ。
例えば、ENIXの伝説的なタイトルである『ドラゴンクエスト III』においては、各職業の性質を理解するための数値設計としてこんな工夫がされていた。
「まほうつかい(MPを消費して大ダメージを与える職業)の特色であるダメージ出力を印象付けるため、最初期の段階で2桁のダメージを出せるのはまほうつかいの呪文のみである。」
この数値設計により、プレイヤーは「まほうつかい」の圧倒的な攻撃力を目の当たりにできるし、さらに言えば乱発によるMP枯渇を体験して使いどころを考えるように誘導されていく。
あるいは近年のゲームではどうだろうか。

根強いファンと絶大な人気を誇るベセスダの『The Elder Scrolls』シリーズ五作目『Skyrim』において、物語の主軸となるドラゴンの存在はゲームを開始して数分と立たずプレイヤーの前に提示される。状況も(そして操作も)よくわからないプレイヤーに対して、ドラゴンの脅威は明瞭かつ印象的に提示されることになる。
ゲームを進めていくと、単身でドラゴンと対峙するような状況も生まれてくるが、かつてわけもわからず逃げるしかなかったドラゴンと対等に戦えるまでに育ったプレイヤーは気づくだろう。BGMが勇壮なメインテーマに切り替わっており、プレイヤーキャラクターはSkyrimに並ぶものの無い英雄となっている事に。
近年はこの「ユーザーの体験」という観点は、「ナラティブ」という言葉ととも大きな関心としてゲーム制作の話題に上っているようだ。
ただ、ナラティブという言葉は元々広範な概念を含んで多領域で用いられている言葉なので(元は臨床心理などの分野にも及んでいる。英語版Wikipedia参照)ここではあくまでもユーザーの体験というポイントに絞っていくつかの観点を紹介する。

 

「体験」を左右するきめ細やかな工夫

いまや無視することはできないであろう、さまざまな「ソーシャル」なゲーム。特に爛熟期とも言える状況に差し掛かっている「基本無料・アイテム課金・ガチャあり」のゲームは今や巨大な市場を形成し、タイトルのいくつかはゲーム単体にとどまらないマーケットを形成している。
これらのソフトも演出や内容、バランス等のさまざまな要素を比較され、強く淘汰される環境なのだ。その中でも他形態のゲームでは見られない「ガチャ」は重要な要素だ。多くのタイトルで収益の柱となるこのシステムをユーザーにどのように体験させるかというのは、思いのほか精緻に検討されているようだ。
たとえば今夏にリリースされたソーシャルゲーム『Fate/Grand Order』ではガチャによって強力なキャラクターないし装備品を取得できる。このガチャでは、ガチャによる結果が完全に開示される前の演出においていくつもの「予兆」を織り込むように設計されている。

『Fate/Grand Order』のガチャ演出3種。左から「キャラクターのレベルアップアイテム」「キャラクター装備品」「キャラクター」のカードが出ることを示す予兆演出となっている。
『Fate/Grand Order』のガチャ演出3種。左から「キャラクターのレベルアップアイテム」「キャラクター装備品」「キャラクター」のカードが出ることを示す予兆演出となっている。

プレイヤーは、その前兆から結果に対する期待を膨らませることになるし、さらに希少かつ強力なキャラクターが出る場合には凝った演出が現れるようになっている。原作におけるキャラクターの召喚が重要な儀式であるという設定の反映でもあるのだろうが、もしもこのガチャが、ボタンを押した次の瞬間にデータが開示されるだけの処理であれば、ガチャを回す行為に対して強くのめり込むことは難しいだろう。新しい要素を加えるならば、そこにも当然のように演出を織り込み、感情移入するように工夫して初めて多くの人の注意を引く要素たりえるのだ。

 

こだわりが受け手を選ぶことも

さて、パッケージソフトの側からは、うまくいかなかったケースも紹介してみよう。ユービーアイソフトから昨年発売された『Child of Light』は素晴らしいタイトルだ。コンパクトに作られているが、音楽・グラフィック・シナリオとも申し分のないクオリティだし、戦闘システムも日本人にはなじみのあるアクティブタイムの戦闘システムをうまく消化している。『Child of Light』はさまざまなプラットフォームで入手しやすい、良タイトルだ。しかしいくら良作とはいえ、完璧なゲームなど存在しない。

シェークスピア「マクベス」の一節から拝借していることは分かっても、筆者にはその意味するところを汲むことはできなかった。原典の文化的コンテクストを持っていないからだ。
シェークスピア「マクベス」の一節から拝借していることは分かっても、筆者にはその意味するところを汲むことはできなかった。原典の文化的コンテクストを持っていないからだ。

たとえば、本作においては、いくつかの会話やメッセージは古典の引用から作られている。英語圏ではだれもが知っているフレーズなのかもしれないが、残念ながら当時の私にとってはよくわからない内容となってしまった。制作側が感じてほしかったであろう雰囲気のいくばくかは私には感じることができなかったのだ。異なる言語の文化を跨ぐと、その文化圏では当然とされる文脈の理解に齟齬が生じるのは避けがたい問題なのだろう。おそらく、逆の事態も発生するのだ。

 

ゲームから得られる素晴らしい体験

最後に、2015年のゲームではないが、今年プレイしたゲームの中でも特に素晴らしく印象的な経験をさせてくれたゲームを紹介しておこう。またしてもユービーアイソフトで恐縮だが、『バリアント ハート ザ グレイト ウォー』だ。2014年にリリースされた本作は、タイトルにあるように「ザ グレイト ウォー」すなわち第一次世界大戦を題材にした2Dパズルアドベンチャーだ。

第一次世界大戦に巻き込まれた4人の主人公たちを交互に操作しながら、パズルを解いて各々の目的のために戦場を生き抜くゲームである。パズルゲームとしての難易度はさほど高くないが、言語によらないユーザーへの誘導、カートゥーンで描き出される個性豊かなキャラクター、大戦の開始とともに次第にエスカレートし、地獄絵図と化す西部戦線といった魅力を十分に備えている。

そして何より、このゲームの最後に訪れるプレイヤーの感情がゲームを動かす瞬間、自分が何をしたのかを自覚する瞬間は呆気にとられるほどの衝撃を与えてくれる。プレイすることによって素晴らしい体験を得られる『バリアント ハート ザ グレイト ウォー』や『Lifeline』。両作ともにさまざまなプラットフォームから手ごろな値段で入手可能なので、是非ともプレイしてみてほしい。

[執筆協力: ユラガワ]

Sawako Yamaguchi
Sawako Yamaguchi

雑食性のライトゲーマー。幼少の頃からテレビゲームに親しむが、プレイの腕前は下の下。一時期国内外のTRPGに親しんでいたこともあり、あらゆるゲームは人を楽しませるだけでなく、そのものが出発点となって人と人を結びつけ、新しい物語を作る力を持っていると信じている。2012年から始めた『League of Legends』について、個人ブログやTwitterにて日本語で情報発信を続けている。

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