英語版『ドラクエ』、地域方言を活かしたローカライズの妙味
ここ最近、日本のゲーム業界をにぎわせている国民的RPG『ドラゴンクエスト』(以下『ドラクエ』)シリーズ。9月1日には新作『ドラゴンクエストヒーローズ』が発表され、9月4日にはニンテンドー3DS版『ドラクエX』が発売された。
無双スタイルにMMORPGと多方面に手を広げる同シリーズは、じつは英語へのローカライズにおいてもこれまでさまざまな創意工夫の歴史をたどってきた。その大きな特徴のひとつが、地域方言をふくめた非標準英語の活用である。本稿では英語版『ドラクエ』でみられる地域方言を紹介しつつ、そこに込められたローカライズの意図をさぐってみたい。
導かれし方言たち
最初にとりあげるのはニンテンドーDS版『ドラクエIV』。日本では2007年、海外では2008年に発売された。シリーズ中、方言をもっともふんだんにとりいれた作品といっていいだろう。序章を終えて第一章に入ると、プレイヤーの目にはさっそく見なれない英語がいくつも飛びこんでくる。一瞬、言語設定を誤ったかと疑うほどだが、まぎれもなく英語である。
これは、つい先日までイギリスから独立するか否かで大きな議論をまきおこしていたスコットランドの英語だ。第一章の舞台バトランド地方では国民の台詞はスコットランド訛りで訳されている。上掲の国王の台詞では、knowの派生系であるkenなどがスコットランド英語の特徴としてあげられる。また、スコットランド人の名字には「~の息子」の意味をもつMc/Macがよく使われる。スコットランドが第一章のテーマとして選ばれた理由は定かでない。ライアンをはじめとする王宮の戦士たちに、かつてスコットランドを守るため勇猛果敢に戦ったとされるハイランダーの姿をみたのだろうか。
続く第二章のテーマはロシア、第四章のテーマはフランスだ。それぞれロシア訛り・フランス訛りの英語が用いられている。こういった地域方言の活用はローカライズ版で追加された新規要素だ。もとの日本語版では一部のキャラクターをのぞき、基本的にみな標準語を話す。英語版『ドラクエIV』では、われわれ日本人ユーザーの知らないインターナショナルな世界観が展開されていたのだ。
また、第四章には英語版ならではの新たなストーリー設定までくわわっている。この章のボスであるキングレオは悪に魂を売ったことで言葉がフランス訛りに変化した、というのだ。彼の配下も同様である。第五章で勇者たちに打ち破られ正気をとり戻すと、彼の口調もまた標準英語に戻る。方言をたくみに利用した味のある演出といえる。
なお、方言を話すのは人間のキャラクターだけではない。なんと犬のほえる声まで地域に合わせて訳す徹底ぶりだ。けっして付け焼き刃ではなく、各方言をきちんと調査したうえでローカライズしたことがうかがえる。
このように地域方言を盛りこんだのは一体どのような目的からだろうか。『ドラクエIV』の勇者一行は、人種のるつぼといえるほど多様な身分・職業・境遇の集合体だ。言語に変化をつけたのは、世界中から戦士たちが導かれてくるという本作のテーマを強調するためだと推測できる。
人生最大の選択に影響をあたえたローカライズ
続いて紹介するのはニンテンドーDS版『ドラクエV』の地域方言。『ドラクエIV』と同様、本作でも一部メインキャラクターの台詞が方言で訳されている。なかでも注目に値するのは、主人公の幼馴染にして花嫁候補のビアンカだろう。日本語版ではごく普通の標準語を話すビアンカだが、英語版では少々田舎くさい訛りでしゃべるのだ。
ビアンカの方言の正体には諸説ある。オーストラリア英語に近いという意見もあれば、ロンドンの労働者階級の社会方言「コックニー」だとする声もある。筆者の知人のネイティブに見せたところ、イングランド北部のヨークシャーの訛りではないかと言われた。ひとつの方言にしぼるのではなく、複数の方言の特性をブレンドしたのではないかと思われる。
ちなみにロンドンの下町方言「コックニー」は英語版『ドラクエVIII』のヤンガスの台詞に使用されている。一般に社会的評価が低いといわれる下層階級方言だ。現実世界では、サッカー選手のデヴィッド・ベッカムが話していた方言、といえばピンとくるだろうか。もちろんビアンカの口調はヤンガスほど訛りのキツイものではない。しかしそれでも、「洗練されていない」、「田舎者の娘」などマイナスの印象を抱くユーザーはいたようだ。
英語版『ドラクエV』の発売後、海外のインターネット掲示板でもやはり”あの議論”はまきおこった。そう、日本では定番の「誰と結婚するか?」論争である。 海外ユーザーの声はおおむね日本人プレイヤーと共通している。「子どもの髪がスーパーサイヤ人(Super Saiyan)になるからビアンカ」、「魔法に秀でているからフローラ」、「おもしろそうだからデボラ」など。
しかしその中に混じって「ビアンカの訛りが気に入らないから選ばない」という意見もごく一部ではあるが見うけられた。この大胆なローカライズによって、(変な言い方だが)ビアンカの”婚姻率”にすくなからず影響がおよんでいたのだ。ビアンカの言葉に訛りをもたせたのは個性づけのためと考える。おてんばな印象を強化することにより、しとやかで上品なフローラとのコントラストをより明確にする意図もあったのだろう。
本作ではビアンカのほかにもサンチョとルドマンの台詞がそれぞれスペイン訛り・イタリア訛りの英語で訳されている。サンチョのほうはスペインの小説『ドン・キホーテ』のサンチョ・パンサを意識しての翻訳だろう。ルドマンは、おおらかな大富豪のイメージにイタリア英語が適していると考えたのだろうか。その結果、英語版のサンチョ、ルドマンはわれわれの知る両者とは一風異なるイメージをもつキャラクターとなった。
原文に「プラスアルファ」のこだわり
英語版『ドラクエIV』、『ドラクエV』、『ドラクエVIII』の翻訳を手がけたのはPlus Alpha社。日本語から英語への翻訳に特化した会社で、『ドラクエ』シリーズ以外にも『レイトンブラザーズ・ミステリールーム』や『逆転裁判3』など多数の日本産タイトルを英訳している。
同社の公式サイトには「You’d never know it started in Japanese!」(もとが日本語だとわからない翻訳)が理念として掲げられている。なるほど、欧州のさまざまな方言に訳された台詞を読んで、原文が日本語だとわかるユーザーは少ないだろう。単なる思いつきではなく、「ネイティブにとって自然な英語に訳す」という職人魂にささえられたローカライズなのだ。
また、Plus Alpha社のこだわりは方言以外からも垣間みえる。たとえば同社が訳した英語版『ドラクエIX』では、宿屋の娘であるリッカの名前はErinn。宿屋を意味するInnと引っかけた名前になっている。また、彼女の父親にあたえられた称号「宿王」も、英語版では「Inncredible Inntertainer」。Innをうまく織り交ぜた造語を生み出したのだ。これにはおもわず膝をうってしまう。社名のとおり、原文に「プラスアルファ」のおもしろみをくわえる見事なローカライズである。
評価はさまざま。だがその心意気やよし
地域方言を多用したローカライズは賛否両論で、否定的な声もある。もっとも目立つのは「読みにくい」との批判だ。英語の方言ではスペルが大きく変化する単語も多く、ネイティブであってもスラスラとは読めず一瞬小首をかしげてしまうのだろう。大衆娯楽であるテレビゲームには向かないという意見も一理ある。
『ドラクエ』のローカライズは第一作から斬新だった。初代『ドラクエ』の英語版『Dragon Warrior』では標準英語ではなく中世英語を使うという方法がとられたのだ。のちのゲームボーイカラー版では現代英語に一新されている。不評だったのか、あるいは単に文字数の問題だったのだろうか。日本のゲーム業界を代表する『ドラクエ』シリーズは、海外ではこのような試行錯誤を繰り返してきたのだ。
評判はさておき、こうしたチャレンジ精神はリスペクトしたい。筆者の経験上、日本でヒットしたタイトルを海外に出す際、大胆なローカライズには打って出づらい。世界観を壊して大作の看板に傷をつけるのではないだろうかと、ついつい及び腰になってしまうのだ。だが『ドラクエ』のローカライズは違う。英語圏でも存在感をしめせるようにと、積極果敢に英語版独自のエッセンスを追加しているのだ。まさに『ドラクエ』に似つかわしい、冒険心あふれるローカライズだ。
[参考文献: 『World Englishes―世界の英語への招待』]