皆々様大変長らくお待たせしました!怒涛の展開を迎えたサパーンレック編、最新にして最終のエピソード遂に登場です!
去る9月28日、サパーンレック撤去という報道を受けて、このアジア最強の海賊盤市場が完全に終了することに衝撃を受けた読者諸兄も多かっただろう。しかし、すでに本連載の前2回分の記事でも触れているように、この違法占拠された市場の行く末は決して安泰ではなかった。来るべき時が唐突に来たというだけである。再開発によって変わりゆく中華街ヤワラーの現状を目の当たりにして筆者が抱いた悪い予感は不幸にもズバリ的中してしまったたわけだが、取材が滑り込みセーフで間に合ったのは神の思し召しという他ない。
今回は引き続きサパーンレックに巣食う様々な店舗から聞き出した、今となっては貴重な証言をお届けしたい。まずは、70年前の水瓶市場時代の面影を残す金魚屋の店主に創業当時の話を伺った。
かつての面影を残す店と、時代に合わせ変化する市場
証言その4: 金魚屋の店主(50代/女性)
――水瓶と金魚を売る屋台がサパーンレックの始まりだったそうですが、こちらもその頃から?
「ここは、まだ一帯が魚市場だった50年ほど前に、私の先輩がおこした店です。昔は一匹4~5バーツでよく売れたそうですが、今は魚そのものを売るのをやめ、水草や餌などの周辺グッズに絞っています」
――現在、魚関係の店は他にもあるのでしょうか?
「ここともう一軒あるだけ。常連さんがたまに来てくれる程度で、魚がほしい人はチャトチャックにでも行ってるんだと思います」
今はもう2軒しか残っていないという初期サパーンレックを支えていた金魚屋。インタビュー中に登場する「チャトチャック」とはバンコクでも有数の観光地「ウィークエンド・マーケット(チャトチャック市場)」のこと。都心部からは若干離れてはいるが、買い物客と観光客で活気溢れるエリアである。
――50年の間に、客層に変化はありましたか?
「今日に至るまで、ラジオ販売店や時計修理、車の装飾品を扱う店なんかが出来ては消え、時代によって市場そのものもガラリと変えていった歴史があります。お客さんは今もってほとんどタイ人。外国人はあまり見ませんねえ」
そう、サパーンレックは時代や人々のニーズに応えながらアメーバー生物のように増殖、変形、合体を繰り返して現在のスタイルになった。ゲームソフトやコンソールを扱う店のみならず、目覚まし時計専門店や革製品のお店、ボタン電池屋、ラジコンショップ、レコード屋や秋葉原の秋月電子を彷彿とさせるパーツ専門店が混在しており、一般のタイ人や観光客にも開放されているが、基本は卸売をメインとした商人相手の市場なのである。よって、コピーゲームソフトの価格もバンコク最安値であり、他のエリアで購入するより20バーツ以上安価で売られている。その安さ、品揃えの豊富さ故に、ここサパーンレックを起点に東南アジア近隣諸国にまでコピーゲームソフトが拡散しているのだ。
それではいよいよ、サパーンレックの核(コア)となるコピーゲームソフトに関して切り込んでみよう。
サパーンレック名物「オリジナル海賊版」誕生秘話
証言その4: コピーソフト屋店主(40代/女性)
――ゲームソフトを買いに来る客層は?
「客のほとんどはタイ人ね。彼らに人気があるのはGTA、格闘、サッカー。この三つが売れ筋ね。ウチは誰でも1枚70バーツのタイ人価格よ」
――タイ人ゲーマーの好みや特徴は?
「見た感じ、世代関係なくユーザーが多いのはXbox 360ね。高校生以下、とくに15~16歳くらいの子はPS2が現役、20代以上はPC、と棲み分けがあったけど、今は全体的にPC用の売れ行きが伸びてるかな。プロテクトが強くかかるようになったのも関係あると思うわね」
なるほど、である。コピープロテクトはメーカーにとって海賊版の複製を阻止する防波堤であり、コピー業者がそれを打ち破るツールを開発するというイタチごっこが、業界内外で長きに渡り繰り返されてきた。しかし、近年はネットを介したアカウントと購入ソフトの紐付けや、オンライン認証システムの強化が加わり、もはやコンソール本体を改造して起動さえできればよいという時代ではなくなった。特にオンラインゲームはログイン認証が不可欠で、改造コンソールやコピーソフトでは当然オンラインには入れない。
つまりは、タイ人のほとんどは新作タイトルをオフラインで楽しんでいるということになる(もちろん、お金持ちのタイ人なら本物のコンソールとソフトでオンラインゲームをプレイいるだろうが、タイではオンライン系タイトルはネットカフェで遊ぶのが主流とされている)。ゲームの魅力を100%楽しんでるわけではないにせよ、それはそれで割り切ったプレイスタイルだと感心した次第。また、オンラインアップデートが加わった場合は、すぐにアップデートを反映させたバージョンアップ版のディスクが出回ることで対応している。
そして話はサパーンレック名物の「例のソフト」にも及ぶ。
――サパーンレックでは世界でも珍しいGTAの改造タイトル(GTAクローンゲーム)が数多く流通していますが、これらの珍妙なタイトルは一体どこから……?
「最初はそれぞれの店でアイデア出して「こういう組み合わせにしたらいいんじゃない?」って作ってたの。だから店ごとに置いてる商品がちょっとずつ違ったりするでしょ。プログラムもコピーも、もちろんタイよ」
なんと、数々のGTAクローンゲームはサパーンレックのオリジナル製品だった(オリジナルと呼ぶには語弊があるが)。要は、PC版を元にMODによる改造データを駆使し、そこに著作権ぶっちぎりのコラボ相手を投入するスタイルのことで、アジアのコピー市場では古くから定番である。しかし、GTAほどそのバリエーションが豊富なタイトルは珍しいだろう。それにしても店ごとに独自性を出していることには驚いた。それは、明言こそされてないが何らかの商工会、組合のようなものがサパーンレックにも存在することを示唆している。そして、互いに切磋琢磨しながら顧客のニーズに応えようとする姿勢も素晴らしい。その情熱をコピーソフト作りではない方向に注ぐべきであろう。店主は続ける。
「ただ、コピーだからね、どうしても焼きムラが出ちゃって……クレームが多いの。持ってきてくれたら交換するし、なんなら別のゲームに交換してもいいしね。それと、海外製のハードには対応してないから、外国人のお客さんが安い!って何枚も買おうとしても、動かなかったら悪いから勧めないわね。こっちだって売れれば何だっていいってもんじゃないのよ」
いやはや、なんともユーザーフレンドリー極まりない見上げたサービス精神。ヤワラー商人の「粋」すら感じる。その情熱を……(以下略)。
そしていよいよ話題は立ち退き問題に突入する。
――周辺地域の再開発に伴い、サパーンレック立ち退きの噂もありますが、今後の見通しは?
「再開発で人が出入りしづらくなってから客足は遠のいてるわね。サパーンレック解体なんて話も聞くけど、もともと川の上にあるじゃない、すでに邪魔じゃない場所なんだから、立ち退かされることはないと思うわ!」
川の上なんだから邪魔じゃない……それは確かにそのとおりなんだが、現実は強制撤去。川の上に築かれたがために「運河の流れがせき止められ、水質汚染をもたらしている」のが、その理由であった。美しい在りし日のバンコク都の景観を回復するためには、撤去こそが最優先課題というわけだ(現在、タイ軍政はサパーンレックのみならず、違法合法まとめて様々な路上マーケットを景気良く撤去している)。
サパーンレックの終焉と新たなる市場
撤去の報道を受け、退去期限とされる10月中旬の某日に再び現地入りした筆者は、ギリギリのタイミングで閉店投げ売りセールに間に合い、その最期に立ち会うことができた。すでに三分の一は取り壊され、川面が何十年ぶりに太陽に照らされた瞬間であったが、実はまだ内部は半分営業中。残っている全ての店舗が投げ売りセール中であったため、人出は知っている限りで過去最高。あのクソ細い廊下で身動きが取れなくなるほどであり、大量のコピーソフトを抱えた僧侶、1人で10台ものドローンを抱えたオヤジ、バナナの如くフィギュアを叩き売る店と、群がる客の熱気をクールダウンさせるべくアイスクリーム屋台も大量集結でカオス度はMAX! 筆者が立ち寄ったゲームショップからは新店舗移転の名刺と、100バーツでスタンプ1個=10個貯めればコピーソフト1本サービスのポイントカードを貰った。まだまだヤル気マンマンである。
世界に名を馳せる暗黒電脳市場サパーンレックだが、実はタイの人々に深く愛されていたことがわかる。まぁ、閉店セール目当てかもしれないが、それにしても凄まじい賑わいであった。ちなみに、サパーンレックの入り口付近ではタイ警察がテントを設営し、運河をかつての姿に戻す輝かしい未来予想図が掲げられていたのが印象的。
市場の誕生から約70年。管轄行政のバンコク都も40年以上存在を黙認していたサパーンレックは、2015年10月末にその歴史の幕を閉じた。今後はサパーンレックにほど近い全館冷房付きショッピングモール「MEGA MALL」。もしくは、ヤワラーのさらに先、チャオプラヤー川の向こう岸にあるピンクラオのエリアに、ほとんどの店舗が移転する予定(らしい)。
そして最後に確認しておくが、今回のサパーンレック強制退去の執行は、あくまで「運河の景観の復活」が目的であり、「違法な海賊版市場だから」踏み切ったわけではない。つまり、市場は一時的に縮小を余儀なくされているが、そこはしぶといタイ人のこと。今後もアメーバーの如く形を変え場所を変えながら生き残り続けるであろう。
サパーンレック死すともコピーゲームは死なず。ただヤワラーを去りゆくのみ。
嗚呼、我らが愛しきサパーンレックよ、永遠なれ!
WHO KILLED VIDEO GAME
vol.1: 記録に残らないゲームたち
vol.2: タイランド電脳ガイド
vol.3: 暗黒コピーゲーム市場“サパーンレック”の真実 – 知られざるアジア最大の海賊盤市場の歴史 Part 1
vol.4: 暗黒コピーゲーム市場“サパーンレック”の真実 – 知られざるアジア最大の海賊盤市場の歴史 Part 2
自称・洋ゲー冒険家。
元々は別ジャンルで執筆活動を続けていたフリーランスライターだったが、洋ゲー好きという趣味が高じて知り合った某海外有名ディベロッパーに勢い入社。約2年半の勤務を経て再びフリーランスライターに戻り、その経験を活かした洋ゲー愛溢れる深い考察を、盟友であるゲームデザイナー須田剛一と共に週刊ファミ通にて洋ゲーコラムを連載。
2011年よりタイのバンコクに移住し、現在もファミ通.com他、多様な媒体にて執筆活動を続ける。
※「WHO KILLED VIDEO GAME」は、マスク・ド・UH氏による現地リポートであり、アジアゲーム市場の真実をお届けする連載です。犯罪を助長することを目的としていません。