『バルダーズ・ゲート3』レビュー……をしようとしたが、レビューではない形でその面白さを伝えたい

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これまでそれなりの数のゲームレビューを投稿してきたが、本作ほど言語化が難しいゲームには出会ったことがない。『バルダーズ・ゲート3』が成し遂げたことは極めてシンプル。「あなただけの冒険」を提供すること。目を引く派手さや、分かりやすい斬新さも無く、それ以上でもそれ以下でもない。だが「あなただけの冒険」というこの8文字の裏には、唯一無二の、無限に近しい奥行きのある体験が用意されている。そしてどことなく、JRPGっぽい。

※本稿はスパイク・チュンソフトからコードの提供を受け、PlayStation 5版でのプレイに基づき執筆している。ストーリーのネタバレは無い。


『バルダーズ・ゲート3』は“異文化”そのものなので、重めに前置きしたい


『バルダーズ・ゲート3』について語る前に、本稿からは「ある重要な観点」が抜け落ちているということについて言及しなければならない。というのも、その事柄は日本におけるゲーム文化からすると馴染みのない、「異文化」に帰属するものであり、帰属している以上、文化に浸からずしてそれを語ることはできず、文化に浸かっていない人間がそれを聞き取り理解することもまた同様に出来ないからである。ではその抜け落ちている「観点」とは何か。「異文化」とは何なのか。それは、本作のジャンル「コンピューターRPG(CRPG)」がもつ文化的背景である。本作を語る上では、この背景についての認識をどうしても、まず共有しておきたい。コンピューターRPGの歴史にも踏み込む内容となるが、お付き合い願いたい。

ゲームジャンル誕生のルーツにはさまざまなものがある。その1つとして挙げられるのが、「テーブルトークRPG(TRPG)を1人でも遊びたい」という需要だ。さらにいうと、これは正確では無い。TRPGという言葉は和製英語であり、日本のゲーム文化に根ざした言葉である。「ロールプレイングゲーム(RPG)を1人でも遊びたい」という表現のほうが、米国を中心に発生したこの需要を表現するにあたって、より真に迫れるだろう。この需要のもと誕生した遊びがコンピューターRPGであり、「RPG(日本でいうTRPG)という遊びの電子的再現」こそ、『バルダーズ・ゲート3』のルーツ……作品に込められた願いである。(しかしながら便宜上、本稿ではTRPGという言葉を使わせていただく)

よって、本作を語る上で「ここがTRPGっぽい」という指摘を行うことはたいへん重要なことだ。しかし、日本においてTRPGは、『バルダーズ・ゲート3』が開発され、すぐさま販売された地域と比べると遊びとしてはマイナーであり、比較対象になりがちな類型作品『Pathfinder: Wrath of the Righteous』は日本語化されていない。そのため、未経験者に指摘内容を理解してもらうことは難しいだろう。(ちなみに『バルダーズ・ゲート3』はカジュアル、『Pathfinder: Wrath of the Righteous』はコア層向けの作品になっている)さらに日本のTRPGは米国など現地のTRPGとは異なる方向性で発展を遂げている。たとえば現地の代表的なTRPGは「ダンジョンズ&ドラゴンズ」の系譜にある作品群であり、『バルダーズ・ゲート3』はこの世界観やゲームシステムを原作としている。一方で日本における比較的ポピュラーなTRPGといえば「クトゥルフ神話TRPG」 や「ソード・ワールドRPG」の系譜にある作品群と言える。そのため、“TRPGっぽい”という言葉がもつ意味自体にも、本稿での意味と読者による解釈との間で、乖離が生じる可能性がある点は、ご留意いただきたい。


また、「TRPGを1人でも遊びたい」という需要そのものに対し共感や理解を覚える人も、日本国内では比較的少ないと思われる。なぜなら日本においてコンピューターRPGは、「TRPGを1人でも遊びたい」との需要に対する解決策として生まれたのではなく、すでに米国にあったコンピューターRPG作品の発展形として存在感を増していったからだ。そのため、日本国内と米国といった地域では、ユーザーのコンピューターRPGに対する捉え方の傾向も違うわけである。やがて、日本ではよりカジュアルなRPG体験を提供することに成功した「JRPG」というジャンルが生まれ、国内RPGのスタンダードとして根付き、今日に至っている。すでにカジュアルな体験が存在しているのにあえてコアなTRPGらしさを望む行為は、ジャンルファン以外からすると懐古主義的に見えるかもしれない。

さらに申し添えておきたいのは、『バルダーズ・ゲート3』が開発された流れの中にも、長い文脈があるということだ。まずハードウェアの性能向上に伴うアクションRPGの発展とコマンド式戦闘を採用したRPGの衰退という文脈があり、コロナ禍を通じたオンラインセッションの盛り上がりなどTRPG文化の変化やオープンワールドアクションRPGの盛衰を経て、ゲーム体験のあり方が見直されていく中で本作が登場したという背景だ。

要するに、『バルダーズ・ゲート3』は「ダンジョンズ&ドラゴンズ」が隆盛を誇る米国といった地域におけるゲームの歴史や、その背後にあるTRPG文化、生活環境の結晶……例えるなら対象地域の理想的な「おふくろの味」ようなゲームだ。しかし、これらの文化の外にいる多くの日本人などにとっては、その美味しさを正確に鑑賞することは難しく、鑑賞結果を共有することも厳しい。筆者とて日本生まれの日本育ち。TRPGに触れたのは成人以降であるため、『バルダーズ・ゲート3』を完全な形で鑑賞することはできていない自覚がある。また仮に完全な形で鑑賞をできたとしても、多くの国内読者にその情報を届けることはできないだろう。幼い頃、年上の先輩から「ダンジョンズ&ドラゴンズ」を教わって遊び続け、後輩に教えることで文化を繋いできた米国のRPGプレイヤーたちのような国内プレイヤーが少ないことは想像に難くない。筆者含め、『バルダーズ・ゲート3』が育ち、大ヒットした文化圏の外から、この作品を楽しみ語るしかないわけだ。

すなわち、「国外のTRPG文化体験に由来する観点」これが本稿から抜け落ちているものである。また、本稿においてTRPGの用語を使った作品内容の説明は可能な限りおこなっていない。よって本稿はレビューではなく感想文になっている。ここまで目を通してくれた読者の中にはこう思った方もいるだろう。「その重要な観点が抜けているのに、どうして記事を書いたんだ?」と。その理由としては、「私がライターである」ということ以上に挙げられるものは無い。抜け落ちている部分があるとしても、思わず書き記したくなるものが『バルダーズ・ゲート3』というゲームにはあったのだ。


「あなただけの物語」を作り上げるゲーム


『バルダーズ・ゲート』シリーズは、リアルタイムなゲームプレイの中に、プレイヤーが思考する時間を確保するための「一時停止」システムを組み込んだ、RPGの中でも俗に「Real Time with Pause」と呼ばれるジャンルの作品であった。初代『バルダーズゲート』がこのジャンルにおけるパイオニアの1つとして知られており、国内では『Kenshi』などが有名だろう。今回の『バルダーズ・ゲート3』ではより遊びやすいデザインとして、ターン制バトルを採用。内容としては開発スタジオを同じくする『Divinity: Original Sin 2』の探索体験とタクティカルなターン制バトルの組み合わせをベースに、RPGの要素を大幅に強化した内容に仕上がっている。ゲームの外観そのものは旧作に似通っているものの、最大の特徴であった「ゲームプレイ全体がプレイヤーがもつゲームへの能動的な姿勢に極めて強く依存している」点をより洗練させ、「あなただけの冒険」を提供することに成功した作品となっている。

『バルダーズ・ゲート3』の基本的なゲームフローは、ほかの一般的なRPGとなんら変わりはない。フィールドの探索や戦闘、会話劇を通じてクエストを達成する。これを繰り返すことでゲームが進行し、やがてエンディングに辿り着く。だがプロセスにおける1つ1つの要素が、プレイヤーの創意工夫を通じて解決されていくことを重視した内容になっている。本作はRPG作品であり、経験値とステータスシステムを導入している。だが、戦闘を通じたファーミング(経験値やお金・道具を稼ぐ行為)は不可能である。戦闘回数は固定されており、基本的にはフィールドの開拓やクエスト達成を通じてレベルアップを遂げ、ステータスを向上させていく。それでいて、クエストがフィールドのどこで発生するのか一切分からないようになっているのだ。そのためプレイヤーは世界をすみずみまで探索することを強いられるのだが、本作では探索中に入力可能なコマンドの量がとにかく多く、キャラクタービルドの結果に攻略の成否が左右されるフィールドギミックも多い。

たとえば鍵のかかった扉に直面したとき、プレイヤーは素直に鍵を探すこともできるが、攻撃コマンドを入力したり、爆弾をぶつけることで扉を破壊することもできる。普通ならたどり着けない足場でも、ドルイドの仲間がいれば、鳥に変身することで到達することが可能である。狭い場所は背が低い種族に探索を任せてみると良いだろう(変身魔法で姿を変えれば同じことができる)。犯罪行為がしたければ囮役と実行役にパーティを分割し、囮役が注意を引いている内に隠密能力に長けた実行役が犯罪を行う、なんてこともできる。そして「この状況を前にして何ができるか」というヒントがゲームから提示されることはほとんどない。まるで即興劇を演じるかのように、プレイヤーのアドリブ力やクリエイティビティが状況に応じて試される。そして出来得る限りの何をしても物語に破綻が発生しないのだから凄まじい。


これは戦闘においても同様である。戦闘突入前にバフをたっぷりかけてから戦うもよし、召喚魔法を駆使して敵との戦力差を埋めても良い。敵の武器を叩き落して戦力を削ぐのも効果的だ。さらには氷魔法で床を凍結させ、拘束したあとに炎魔法をぶつける。すると床の氷が溶けて水浸しになる。追い打ちで召雷魔法を使い、電流で敵のグループを一網打尽にする。こういったコンボも可能である。本作は先述したようにターン制コマンドバトルとタクティカルシミュレーションを融合させたシステムを採用しており、敵と味方ユニットの距離や、フィールドギミックを活かして戦う必要もある。キャラクタービルドの方向性も多種多様なものが量を伴いながら揃っている。クリエイティビティを喚起する数多くの仕組みを通じ、コマンド1つにつき1つの行動しか表現できないコマンド式戦闘というシステムを採用しながら、プレイヤーひとりひとりに異なる戦闘体験を提供することに成功している。

作品のベースとなった『Divinity: Original Sin 2』の時点ではコンボが強すぎる印象を受けたり、ビルドによって1ターンの行動回数にばらつきがあったが、本作では近接攻撃の強化や、コマンド入力に必要なリソースの変化、行動回数に関しても1ターンに最大2回という形に統一されたことなど、さまざまな点で調整が成されており、全体的なバランスは良くなっているように感じられた(採用しているビルドによっては1ターンに4回以上攻撃可能になるものもある)。


そして本作では会話劇を通じて物語内容が分岐するシステムを導入している。この手法自体はすでによくあるものだが、ユニークな点としてはプレイヤーの運で物語が分岐していく場面が多数用意されている点が挙げられる。これは本作の源流にあるTRPGの要素……ダイスを振り、出目の変化でゲーム内容が変化する要素を表現し、コンセプトに近づけるためのものである。善人プレイや悪人プレイといった明確なくくりを設けず、プレイヤーの態度を尊重しているのも特徴である。

また、本作のキーキャラクターたちの人物像が旧作と比べるとより現代的になったということにも触れる必要があるだろう。「JRPGに登場しそう」と言った方がいいかもしれない。記憶喪失になったカルト教団メンバーや、復讐を誓うヴァンパイアの眷属、老練なドルイド、うさんくさい魔法使い。傲慢な悪魔らしい悪魔。めちゃくちゃな強さを誇るバカップル。みな癖が強く多彩な属性を持ち、内面を知りたくなる造形が成されている。中には好感度が設定されている者もおり、会話劇中の選択を通じて彼らのプレイヤーに対する好感度は変動していく。最悪離脱されることもある一方で、性別問わず恋愛関係になることもできる。なかでも一部キャラクターと可能なロマンス体験のバリエーションや描写の凝りようはほかのRPG作品と比較すると群を抜いており、異性、同性に関わらず、恋愛というコミュニケーションを重要視している西洋圏の文化が如実に反映されているといえよう。

こうしたキャラ造形の変化に関して「いまさらか」と考える向きもあるかもしれないが、本作のようなジャンルにおいては大きな一歩であり、このゲームがすでに高い人気を獲得している一因でもある。TRPGを意識している『バルダーズ・ゲート3』に限らず、パーティーゲームをソロプレイ化したジャンルにおいて最大の弱点といえるのが「パーティプレイの興奮をソロの状態では味わえない」という点である。仲間内であーだこーだと言い合い、オンリーワンの体験を共に作り上げる高揚感を味わうことはできない。この弱点を本作では魅力的なNPCとの温かみあるコミュニケーションを用意することで補っている。ただ先ほど述べた通り、これは既にJRPGがカジュアルなRPG体験を生み出すため、長い時間をかけて洗練させてきた技術でもある。いわば“亜流の技”が源流に取り込まれた結果、評価される一因となった今回の状況は、JRPGに対する海外での価値観の変遷を踏まえると非常に興味深い。こうしたキャラ造形が広く受け入れられた背景にはJRPGの浸透のほかにも、日本アニメの海外での隆盛など、いわゆるオタク文化が現地のポップカルチャーに合流したことも関係しているだろう。


以上の要素を支えるためのシステムも揃い踏みだ。ゲームに慣れさせるためにあえて機能が制限されている初心者向けの難易度がある一方で、一度本作をクリアしたプレイヤー向けに超上級者向けの難易度や、細かく項目を設定できる難易度も用意されている。「低難易度」「高難易度」という文言を使わない配慮や、難易度をプレイ中に変更可能な点も嬉しい。ゲーム体験を左右するキャラクタービルドのリセットも比較的簡単である。ゲームが用意する仲間キャラクターの造形が気に入らなければ、好きな仲間を自分で作ることもできる。アクティブサーチや鍵や物資などを別枠でまとめる機能、快適なカメラ操作といった、ゲームプレイを快適にする便利システムも旧作から引き継がれている。ローカライズのクオリティは高く、TRPGや世界観の設定にまつわる専門用語が大量に登場する本作をスムーズに体験させてくれる。


総じて『バルダーズ・ゲート3』は、プレイヤーの想像力と創造力を強く刺激するフィールド探索と戦闘、そして運を通じて物語が分岐する仕組みが組み合わさることで、RPGとして文字通り「あなただけ」の冒険を描写し、提供することに成功している。遊びの脇を固める魅力的なキャラクターたちの存在は、物語体験を深めるだけでなく、パーティゲームをソロプレイする際に発生する寂しさを解消してくれる。もちろんマルチプレイも用意済みだ。エンディングまでに達成するクエストの数やマップの広さも絶妙であり、ファーミングが必要ないことも合わさってリプレイ性が極めて高い。あえて難点を挙げるとすれば、作品の鑑賞体験の質が冒頭で述べた「米国のTRPGファン」といった特定の文化圏に帰属しているか否かによって大きく左右されうることだ。しかし、そうした文化圏に帰属していない筆者にも、作品に込められた理念をこうしてある程度伝えることができているという点で、本作に込められた開発陣のエネルギーや各システムに対する調整量の凄まじさが分かる。

ゲームボリュームの縮小化や、1プレイですべての要素に触りきれるような設計が流行するなか、TRPG由来の「手探りでゲームを解き明かす古き良きデザイン」を極限まで磨き上げたその姿は、まさに涓滴岩を穿つ。単なる原点回帰の域を超え、唯一無二の作品に仕上がっている。ものづくりにおける理想形の1つといえるだろう。そして、物語を通じ作品からそこはかとなく香るJRPGの匂いは、日本に由来するいわゆる“オタク文化”への、米国を中心とした海外ユーザーたちの価値観の変化とJRPGジャンルの歴史、そして、日本のゲーム文化に対する親和性を感じさせる。本作がとんでもないワード数のローカライズを経て輸入販売されたことに納得を覚えると共に、コマンド式戦闘を採用したJRPGの理想を観てしまったような気持ちもある。本作がこの異国の地、日本でもヒット作となるかは分からないが、少なくとも『バルダーズ・ゲート3』が筆者に刻み込んだ衝撃は深く、大きい。

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