ゲームクリエイター斎藤のポーランド滞在記 第六回「ポーランドの大手ゲーム会社に就職するために何をしたか?」

ゲームクリエイター斎藤成紀氏が、独自の目線でポーランドの生活やゲーム事情を伝える連載。はれてFlying Wild Hogに就職した同氏が、就職のためにしたことを記載していく。

編集部注:
ゲームクリエイター斎藤成紀氏が、独自の目線でポーランドの生活やゲーム事情を伝える連載。斎藤氏は、さまざまなゲーム制作に携わってきた開発者だ。大学卒業後、アートディンクにてレベルデザイナーやリードデザイナーとして経験を積んだのち、スクウェア・エニックスに入社。某大型タイトルにて、リードグミシップデザイナーを務めたのち退社。そうした実績を誇るクリエイター斎藤氏は、なぜポーランドへ赴いたのか。そして何を見たのか。独特の感性を持つ斎藤氏の目が捉えた、ポーランドの現在をお届けする。



どうも、斎藤です。脂の木曜日(トゥウステ・チュヴァルテク)、という日をご存知だろうか。一年のうち、ポーランド三大名物の一つ、ポンチキというドーナツを死ぬほど食べていい日である。ポンチキのうまさは凄まじい量の脂と砂糖によって暴力的なほどに高められており、アウトレイジ最終章のビートたけしに網走番外地の高倉健が菅原文太の運転する暴走トラックの車上からドロップキックをかますレベルの暴力に匹敵する。つまり高倉健の右足が脂、左足が砂糖に相当する。

そしてこの仁義なきポンチキの暴力を存分に味わう日が、脂の木曜日なのである。時期は毎年変わるようだが、今回は2月の20日が該当日となった。筆者の働くオフィスでもポンチキ配布が行われ、キッチンに山積みのポンチキが届けられた。筆者は苦手な味で食べられなかったのだが、後日お気に入りのポンチキ屋で味覚中枢が痺れるまでポンチキを貪り食った。

ワルシャワのダウンタウンにあるStara Pączkarnia(スタラ・ポンチカルニャ)が、ど定番だがおすすめ。中のフィリングがマッシブで、生地は外はグレーズされていてザクザク、中はラードでモチモチとして食感が最高。きれいにまとまった他のポンチキ屋とは違い、シンプルに砂糖と脂で殴りにいくスタイルが美しい。この際血糖値の心配はヴィスワ川に不法投棄してこよう。

FWHで配られたポンチキ


ところで、自宅勤務が始まって早2か月。最初は何かとストレスが多かったが、多少は慣れてきたところだ。レストランも床屋も空いていないので、料理も散髪も自分でやらなければいけないのだが、学生時代に自分で散髪する技を身につけたのがまさかここで役に立つとは思わなかった。食事に至ってはポーランドに来て以来、値ごろでおいしく栄養バランスの良い外食にあまり恵まれないためもっぱら自炊しているのだが、ここにきてすっかり料理にはまってしまい、外出制限令が出てからは毎日のように料理している。

ほかにも、筆者の勤務先Flying Wild Hog(以下、FWH)では会社主催でゲーム大会が開かれており、筆者も同僚と『Overwatch』をプレイしたりしている。それ以外にもFWHのメンバーで好きな曲をまとめた「Spotify」のプレイリストを作ったり、日々オンラインで集まって気軽に家飲みしたり、「会社の誕生日」パーティーをしたりと、PR部門主催でいろいろなアクティビティが開かれている。また、HR(ヒューマンリソース=人事)部門主導でマスクやグローブといった手に入りづらいコロナ対策の必需品を、会社が費用を一部負担した上でまとめ買いして配布するなど、この危機的状況を乗り切るために気配りが届いたさまざまなサポートをしてくれており、とても心強い。なお、ここでタイトルの補足となるが、FWHは現時点で社員数246名を抱えるポーランド最大規模のゲーム会社の一つとなるため「大手」という書き方をした。スクウェア・エニックスのような多国籍企業等と比較すると小さいが、ポーランドの国内企業としては大手。

仕事を探すときの話

さて、ようやく本題になるが、前回予告どおり、仕事探しの過程のあれこれを書いていくことにしたいと思う。主に越境就職を計画している方、ゲーム関係の仕事に就いている方向けの内容になるが、それ以外の方にもなるべく分かるよう書いていきたい。これから越境就職する方は、コロナのせいで現地勤務がなかなか難しいかもしれないが、あくまで参考程度に興味を持って頂けたら幸いだ。またポーランドや他のヨーロッパの企業において共通することは多いと思うが、筆者はFWHにしか応募しておらず、他の会社については知らないので、その点ご了承いただきたい。

まず、仕事探しにおいて真っ先に気になるのは、採用プロセス、そしてどういうスキルが必要になるか、日本からこちらへ越境するとどう環境が変わるのか、ということだろう。順を追って説明していきたい。

採用プロセス

筆者の場合、Flying Wild Hogの採用に至るプロセスは以下のような成り行きだった

  1. たまたまゲームイベントでFlying Wild Hogの社員と知り合いになる
  2. 知り合った社員に幾つか応募に関して質問をしていた中で、HR(人事)に連絡を取るよう勧められる
  3. HRに会社に関する問い合わせをしたところ、CV(職歴書)提出の要望を受け、提出
  4. 書面でNDAを交わし、リードゲームデザイナー、リードレベルデザイナー、HRとの3対1面談メールで課題告知を受けたあと、一週間の制作期間を費やし、課題作品提出
  5. 採用通知の電話を受ける
  6. 再度面談して、改めてプロジェクトの紹介を受け、仕事内容に関する打ち合わせ

およそ全体で一か月程のプロセスだった。面談では筆者の経歴について説明した後、これまでの経験について尋ねられ、最後に筆者の役割や所属先のプロジェクトに関して相談を行った。課題提出はヨーロッパでは一般的な就職試験の形式で、レベルデザイナーならレベルのレイアウト、アーティストなら自分の専門分野の3Dモデルや2Dグラフィクスを期限内に作って提出する。FWHの場合、面接で試験についてレクチャーを受けた際にはレギュラー、シニアの職能段階を判断する目的もあり、受けるかどうかはあくまで任意という説明を受けた。他の会社で同様かは分からない。筆者は、ここは正々堂々とテストを受けておいたほうが後になってお互いモヤモヤすることもなかろうと思い、任意でもテストを受ける旨回答した。


筆者の感覚としては、採用試験が筆記ではなく実技なのは助かった。数学の試験とかのために参考書を引っ張り出してくるのも面倒だし、そもそもポーランドにそんなものは持ってきていない。デザインスキルを確認するにも、書面で何か見せるよりは、成果物を見るのがお互い最も確実だからだ。

また採用プロセスでNDAが出てくるのはとても腑に落ちたと共に、少々驚いた。日本ではパブリッシャー・デベロッパー間とか、デベロッパーから別のデベロッパーに外注するときくらいにしか見かけなかったNDAだが、NDAが結べれば、お互いプロジェクトの内容について突っ込んだ話ができ、「あのですね、例えば『BioShock Infinite』と『Gears 5』を足して2で割ったようなゲームって作るの得意ですか?」「あー、『Gears 』5はやったんですけど『BioShock Infinite』はあんまよく分かんないですねー」といったざっくりした会話でお互い微妙な感じで入社日まで漠然とした不安感を残すようなこともない。

日本では所属先のプロジェクトを会社が決めるケースが多く、採用プロセスも中途であれば呆気なくただ面接だけで採用に至るケースもある。結局違う会社に入ったので入社には至らなかったが、筆者も同様の経験をした。今回筆者は運良くプロジェクトを選ぶチャンスがあり、 所属プロジェクトが選べるというのは応募側としては大きなモチベーションになるし、その上での課題提出というのであれば作業内容も明確でやりやすいので、大きなメリットだと言える。いつも筆者のようにプロジェクトが選べるわけではないのだが、他社含め、複数プロジェクトを抱える会社においてはしばしばこのような機会があるようだ。

続いて、採用段階及び仕事をするに当たり要求されるスキルについてざっくり書いていこうと思う。当然、英語を話す必要があるが、それ以外にもレベルデザイナーとしてはデザイン・実装・コミュニケーションスキルを求められていたと思う。

デザインスキル

デザイナーとして経験値が如実に出てくるのが、デザインスキルだと言えるだろう。レベルデザイナーのデザインスキルとは……という説明を開発者以外の方に分かるよう簡潔に書くのがとても難しいのだが、ようは建築士の仕事だと思っていただきたい。イカす建物の形状を考案し、中で住んだり働いたりする人がエキサイティングかつ快適に過ごせるよう構造計算と意匠を帳尻合わせするスキルだ。

ポーランドで外国人として就職するには、当然だが一定以上のデザインスキルが要求されるだろう。どの程度のスキルかといえば会社の方針次第になるだろうが、日本人を含め外国人開発者に関しては、シニアレベルのスキルは求められている気がする。どれくらいのスキルがあればシニアレベルか、というのも難しいのだが、もし自分がシニアクラスの人材を募集する立場にあるとしたら、闇雲に手を動かすだけでなく、ちゃんと自分の頭で考えて超イカすデザインを狙って組み立てて、それが口で言うだけではなく実際にゲームの中で効果的に機能するように持っていくことができる人が欲しいと思う。

とはいえそういった現場的なことを限られた機会で判断するのもなかなか難しいこともあり、先にも少し言及したが、ポーランドでは大まかに
-ジュニア(新人)……3年以下
-レギュラー(いっぱし)……3年以上6年以下
-シニア(中堅~ベテラン)……6年以上

といった経験年数ごとのざっくりとした認識が置かれている。6年以上の経験があることが、就職のチャンスを得る一つの条件と言えるだろう。ただし、いくら年数を積んでも能力が伴っていなければ後述の試験で成果を出すのは難しいだろうし、アーティストからデザイナーへの転向等の場合は実際の価値判断はより複雑になるだろう。

外国人、特にシェンゲン協定に批准していないEU外の外国人を雇うためにはビザや保険のサポートが必要で、それにかかる人事コスト・弁護士費用がばかにならないうえ、何かの拍子に自国に帰ってしまう可能性もある。相応のスキルがなければ、会社も余計採用に慎重になるだろうというのが筆者の見立てだ。

その点、ポートフォリオがよりダイレクトに仕事のクオリティ評価に繋がるコンセプトアーティストなどは評価がしやすいとも考えられるので、6年以下でも採用の見込みが比較的高いかもしれない。ただし、デザイナーはポートフォリオでのスキルの評価がしづらい職種なので、ケースによって経験年数は評価基準の中で大きなウェイトを占めることになる気がする。

また、上記のように弁護士の存在が必要なことから、それを賄えるだけの会社となると、それなりの大手でなければ外国人を雇うことは(不可能ではないが)難しいと言える。中小規模の会社に応募を掛けても、スキル関係なく受け入れ体制の有無が壁になってくる可能性が高いだろう。

そして気になる「具体的にどのようなスキルがあれば良いのか」だが、スキルとは何ぞやの概念があまりに人によって観点が違うので、 これまた難しい。あんまり長くすると他のところの説明をするまでに誌面を埋め尽くしてしまうので、後日機会があれば詳しく書いてみたいと思う。

ちなみに、ゲームデザイナーの仕事像としてよく言われるのが「面白いこと思いつくのが仕事でしょ」「仕様書を書くんでしょ」といったことだったりするのだが、実際の仕事は全く違うので、その辺もうまく説明してみたいところ。

実装スキル

いくら紙面で一見面白そうなアイディアを見せられても、それを実際にゲームとして動かし、プレイヤーに提示するところまで持っていけるかどうかまで含めてデザイナーは責任を持たなければいけない。それはデザインスキルとはまた少し違ったものになる。つまりそれが実装スキル。

日本とヨーロッパで大きく異なる採用プロセスとして、「作品提出」というものがある。1週間か2週間くらいかけて、課題の要件を満たす作品を作成し、提出するというものだ。アーティストの場合はモデル作成などになるが、レベルデザイナーの場合はレイアウト作成があると考えておいた方が良いだろう。例えばUnreal Engine、Unity、Mayaなどを使って、所属先のプロジェクトが必要としているような3Dモックアップを作るといったものだ。といったわけで、実装スキルはそもそも重要である以上に、市販のゲームエンジンやDCCツールを使えなければ、そもそも作品の提出すら出来なかったりすることがある(コンバットデザイナーとかエコノミーデザイナーはまた別かもしれない)。

UEやUnityなら手早くプレイアブルなプロトタイプが作れるので便利。しかし、エンジンの仕様把握が中途半端だったりプログラミングの基礎が出来ていないと逆に作るのに時間が掛かったり、相手方が受け取ったデータが壊れていてプレイ/再現ができない、挙動が安定しないといった事故にも繋がるので、日頃からプロトタイピングに慣れておくことは重要だ。

日本ではこれらのツールを使えなくても「プランナー」にとって必須スキルではないケースが多々あると思うのだが、ヨーロッパ、特にレベルデザイナーにとっては一般的であるので、社内ツールに依存しないツール使用能力が必要だといえる。筆者も昔、「Unityなんか弄ってもしょうがないだろう。別にプランナーがプログラミングを覚える必要はない」などと言われたものだが、プログラムの挙動を知っているかどうかは、現場での問題解決能力に大きく関わってくる。特に、自分で一本ゲームを作ったような経験は実装スキルに物を言わせる。あると無いとでは覚醒したキアヌリーブスと昼間からワンカップ片手に暇つぶししているおっさんくらいの差が開いてしまうだろう。そういった実装スキルだけでもデザイナーとしてフルに活躍できるくらいだが、プロジェクト全体を見回して欲しいときに欲しい策を施せるようになるには、デザインスキルも併せて持っておく方が動けると思う。ちなみにFWHでUnreal Engineを使っているレベルデザイナーは全員Blueprintをフルに使いこなす力量を持っており、かなり技術レベルが高い。こういう人たちと一緒に仕事できるのは、とてもやり甲斐を感じる。

コミュニケーションスキル

ざっくり括ったが、ここで言うのは「説明能力」「言語能力」のこと。プログラマーやアーティストに達成したい目標を伝えたり、例外時の対策方法を相談したりすることだ。

昨年12月の社内イベント「ダサいセーターの日」の同僚たち


当然、全て英語やり取りすることになるので、英語能力は必須。試験の数値は必ずしも当てにはならないが、スコアを見せることで最低限「この人は英語話せる」と安心してもらえるだろう。英検は勿論のことTOEICも日本国外ではあまり使われていないので、費用も難易度も高いがIELTSやTOEFLを受けておく方が後の余裕に繋がるだろう。留学の足切りラインとかから類推するに、スコアはIELTSで6.5、TOEFLで90くらいが世界標準な気がする。

また試験と業務は完全に別物。試験でいい点を取っても、いざ会話になると頭が真っ白になることもあるので、実用英語は経験値次第。逆もまた然り。とにかく会話の経験値稼ぎが必要だ。

なおポーランド人は基本ポーランド語で話すが、以前記事でも言及したように開発者は全員英語ができるので、ポーランドの会社でポーランド語を話せることは必須要件ではない。ポーランド人もネイティブ並に流暢な人は結構いるが、基本的には第二外国語なので、多かれ少なかれポーランド語アクセントで話す人が多い。海外在住・留学経験皆無だった筆者の経験から言っても、比較的日本人の耳にも聞き取りやすい英語を話すように思う。

一方、ポーランド語能力皆無だと日常生活がかなり重荷になるだろう。筆者も買い物やレストランで使える程度のスキルは身につけたが、かれこれ1年近く経ってもまだポーランド語と苦闘している。そもそも難しい言語なのだ。7年以上こちらに住んでいるイギリス人の同僚も、「3年頑張ったけどもうギブ」と言っていた。

そして言語はあくまでスキルの一つでしかない。残念な事実だが、英語ができるだけの人は世の中にたくさんいる。ヨーロッパ各国のハブであるポーランドで仕事を探すなら、近隣のドイツ・ウクライナ・ベラルーシ・ロシアといった国からくる開発者たちと競合することを頭に入れておきたい。

昨年12月の社内イベント「ダサいセーターの日」の同僚たち


ほか、採用段階において求められるのは、もちろん普通に面接ができること、そして課題提出時にデザイン意図を相手に伝えられる能力だと思う。仕様ドキュメント作成はただ要件や意図を並べたりフォーマット作ったりするだけでは不十分で、相手の知識に合わせて設計思想や説明画像を組み込んでいく必要がある。それは異文化間に限った話ではないが。日本では会社ごとに独自の語彙や思想を持っていたりするので、それをそうと知らずに相手に伝えようとすると誤解を招くだろう。なるべく普遍的に、シンプルな書き方をする方が伝わりやすいと思う。個人的には、「わちゃわちゃ」「ぶっ刺し」「もう一声強めで」とか開発者スラングやオノマトペ、あるいは「ギミック」「ハング」「アサート」のような日本でしか定着してないカタカナ語・和製英語を英語にするのが結構一苦労で、日頃意識して語彙を変換しておくようにしている。

面接においては自分の能力を口で説明しても実証性に欠けることも多いので、これまでの経験分野や自分の得意・不得意領域を説明したうえで、相手と共有して一緒に仕事した際にどういったチームワークが構築できるかといったイメージ共有を重視してもいいかもしれない。相手が何を求めているかを確認することも重要なので、自分が外国人であることも含めて、お互いの不安要素を極力解消することがプラスになるように思う。自分を実力以上に見せるのが上手な人もいるが、 別にそんなコミュニケーションスキルが無くても仕事は見つかると思う。会社によるのかもしれないが、売り手市場や買い手市場といったことを考えて無暗に怖気づいたり遠慮せず、腹を割って相互に得するような関わり方を協力して模索できればベストだろう。無用な駆け引きはお互いの精神衛生上、避けられるに越したことはない。

スキル以外の話

スキル以外で、国外で就職する際に一般的に考えられることも、軽く言及しておこうと思う。

現地に住む

住居なのだが、住めるなら先んじて現地に住んでおくと、採用プロセスが楽になりやすいと思う。といっても昨今、コロナのせいで前にも増して困難ではあるのだが……。そもそも筆者の場合、ワーホリのブラブラついでに就職したので、計画的に住居を先行確保したとかいうわけでもない。ではなぜ現地に住むことが重要なのかと思うかもしれないが、ちゃんと理由がある。それはNDAだ。

前述のようにNDAがあるとお互い信頼関係を築きやすくなるのだが、日本と国際郵便でやり取りするとなると、書類にサインして返送するだけで2週間以上掛かったりする可能性もあり、非常にまだるっこしい。その人の採用によほどのメリットがあるか、十分に信頼に足る実績があるとしても、国境をまたぐ以上訴訟するのも困難と費用が伴うわけで、会社側がそんな手間とリスクを負うのはあまり現実的ではないだろう。ゆえに、会社側が紙のドキュメントを必要とする限り、NDA締結ができる可能性は比較的低いと考えられる。

ただしコロナのプラス面として、書面のやり取りからオンラインでの契約締結にシフトしつつある側面もあり、実際にFWHでは既にオンラインでのNDA締結にシフトしており、紙のやり取りが不要となっている。可能であれば事前に会社側に確認しておくのがよいだろう。

さらに日本はヨーロッパや北米からは遠く離れており、移住のために高額の旅費を出したり、居住を支援しないといけないとなると、会社側も金銭の額だけでなく手続きにおいても面倒が多いということも理由として挙げられる。Zoom面接というのも、お互いに音質やラグの問題や表情が伝わりにくかったりで、コミュニケーションが図りづらく、7(夏)~8(冬)時間の時差も伴うので、お互い可能なら対面でコミュニケーションしたいと考える人は少なくないだろう。こちらから見たポーランドと日本の距離感をざっくり説明すると、ポーランド→EU加盟国→→EU以外のヨーロッパ各国→→→→→→(雄大なるヒマラヤ)→→→→→アジア→→→日本。「日本からの応募」が精神的にものすごい距離感を伴うことを念頭に入れておいたほうが良いかもしれない。

ということで、現在国際アクセスが遮断されている上に対象者が絞られる話ではあるが、ワーホリが取得可能な30歳以下で、暫く仕事を離れて休暇を取りたいと思っているようであれば、現地文化や言語に馴染めることを含めプラスになるだろう。前述の通りポーランドでは開発者以外で英語を話す人口は(日本よりは多いが)少ないので、語学学校に通って勉強することは生活の助けになる。友人ができれば現地語で会話できない以上は英語を日用することになるので、英語スキルを強化する意味でも多少のメリットはある。ただし仕事をするのであれば、別途就労ビザが必要になることは留意しないといけない。筆者の場合、就職に際しては会社が就労ビザの申請を行ってくれたので、違法労働ではないということを一応補足しておく。

職歴の充実

デザインスキルのところでも言及したが、外国人には経験値が殊更に求められているので、相手に伝わりやすい職歴があることが望ましいだろう。日本の有名タイトルというのは、結構な確率で海外で知られていなかったりすることが多く、北米とヨーロッパで知名度が大きく分かれるゲームもある。日本国内でプロジェクトを選ぶことは難しい一方で、いくつかの海外知名度の高いタイトルを持つ会社はプロジェクト単位で人材募集をかけていたりするので、可能であればそういった自分の行きたい地域で知名度の高いタイトルを持つ会社で経験を積むのがいいかもしれない。これも前述のとおりだが、特にポーランドで就職するなら6年以上のキャリアがある方がいいだろう。

日本とポーランド/FWHの環境の違いについて

日本からポーランドに越境するにあたり、さまざまな環境の変化があった。国が違えば全ての法律・文化・経済状況が違うので、あらゆる固定観念を排除して柔軟に状況に対応していく必要がある。といっても筆者もそこまで下調べしてからポーランドに来たわけでもなく、行きあたりばったりの毎日なのでさほど心配はないと思うのだが、あくまで参考として書いておこうと思う。

良いこと:

・プロジェクトの選択肢
前述通りだが、プロジェクト単位で募集が掛けられていたり、NDAを結んで内容を教えてもらえることが多いので、自分が関心を持つプロジェクトに応募するチャンスに恵まれやすい。モチベーションがぐっと上がることは間違いない。なお、ヨーロッパの会社では(不満のあるなしは定かではないが)、プロジェクトの解散とともに大勢が退職することが日本より一般的だと言われており、長く会社に留まる人は比較的少ない。そのためポーランドの大手開発会社間の人材の行き来は非常に活発。FWHのケースでは入ってくる人は多いが、法律で定められた通りの勤務時間や休暇の取りやすさなど、居心地の良さ故か出ていく人は比較的少ないようで、社内で鉄板になっている冗談が「FWHは引退した開発者のデイサービス」。

余談だがワルシャワの大手企業は立地が密集しており、大手6社を一筆書きして歩いても1時間で回れるくらいの距離感。日本で言ったら品川から新橋くらいまでの間にスクエニ・セガ・コナミなどが全社集結しているようなコンパクト感である。

・長い休暇と福利厚生
ポーランドの会社では、雇用形態に関わらず取得できる休暇期間が比較的長い。そして取得が比較的容易であることが多い(ただし会社による)。個人的に例外的な話もちらほら漏れ聞いてはいるが、少なくとも制度上は1年で20~30日前後の有給休暇が取得可能であることが多い。

筆者の体験から言うと、FWHでは25日の有給と10日の疾病休暇(疾病休暇の給料は20%引きになる)があるほか、有給の前借りというアクロバットも可能であり、実際にやっている人もいる。プライベートを大事にする姿勢から、多くの開発者が休暇の取得には積極的だ。また、医療費も会社がメディカルパッケージ(民間医療保険のようなもの)の支払いを、基本プランならば全て、上位プランでも大部分を負担してくれる。そして最近は外国人向けのポーランド語学習サポートも始まり、何かと大手らしい待遇に恵まれている。

医療費というのはプライベートのドクターのことで、ポーランドの公的医療は基本無料なのだが、予約してから診療までにかかる時間が非常に長く、1周間待たされるのは当たり前、先進医療ともなると半年や1年待たされることまである上に、ドクターは英語が話せない確率が非常に高い。そのため待ち時間が短く、英語の話せるドクターのいる民間医療機関を訪ねる方が外国人労働者にとっては現実的。なお、歯医者は保険の対象外だが、他のEU諸国よりは安く、わざわざ歯の治療のためだけにドイツなどから訪ポする人もいる。クリーニングで2000円、詰め物の詰め直しで7500円くらいかかった気がする。ちなみにジム通いの費用も援助してくれるが、筆者は使わないうちにコロナが来てしまった。

そのほかにも、大手はどこでもメディカルパッケージの費用援助はしてくれるし、語学学習のサポート(FWHやCD Projekt Red)といった福利厚生のオプションが充実している企業が多く、人材獲得に熱心であることが伺える。

・よく分からないけど楽しい
毎日新しい体験があって刺激があるし、異なる価値観に触れられる。ポーランド語は大概何を言ってるか分からないが、たまに分かると楽しい。さまざまなバックグラウンドの人に支えられたインディーシーンは盛んだし、会社の開発者にもゲーム以外にも多趣味な人が多くて話していると観点が広がる。時と場合によるし何言ってもいいわけではないが、日本より心なしかブラックジョークの敷居が低いので、気さくに意識低い話ができる。何よりポーランド人はおしなべて酒が強いので、ウイスキー好きにも飲み仲間が出来やすい。ただしボトルをあけるまで帰れないことは覚悟として必要。

良くないこと:
・給与
ポーランドの物価は安いので、給与水準も日本と比べると安い傾向がある。以下の古い統計では、6年以上の経験があっても、月額17万円くらいが平均収入となっている。

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※デザイナーは「Projektanci & QA」のところを参照

ただしこの統計は2012年の情報だということに気をつけたい。昨今は急激なポーランドゲーム産業の成長に合わせて給与水準が飛躍的に伸びているそうだ。『ウィッチャー3』が2015年にリリースされた後はCD Projekt Red以外にも投資が波及し、爆発的な成長が現在に至って全国的に進行しているので、現在は比較にならないほど水準が上がっていることだろう。さまざまな企業で筆者も含め外国人開発者の登用が進んでいることも裏付けとして挙げられる(外国人の雇用は出身国にもよるが、国内採用より費用が掛かるものと想定してよいだろう)。

ゲーム開発者は給与面で比較的優遇されている業種であり、ポーランドの他の職業と比べて給料は高め。ワルシャワ大やワルシャワ工科大といった難関教育機関で学んだポーランド選りすぐりの人材が多数おり、語学スキルが必要であることも鑑みると、要求水準の高さから裏付けとしては納得できる。また、給料最高峰のIT業界に引っ張られているとも友人から聞いたことがある。ポーランドはIT産業が盛んなのだ。

参考までに家賃相場について触れておくと、ワルシャワならシルドミエシチェと呼ばれるダウンタウンからの距離により、シェアフラットが月2~4万、一人部屋なら5~8万くらいが相場だ。一人部屋でも流石に東京都心より高いことはないが、条件によっては大阪より高めになるかもしれない。ただし部屋のサイズは若干広めで地震や津波、そしれらに増して何よりゴキブリの心配はないのがありがたい。ワルシャワ以外の都市であれば、詳しいことは分からないが、ぐっと安くなるそうだ。

・いわゆる「正規雇用」が一般的ではない
日本の「正社員」「業務委託」に該当する概念はポーランドにも存在するが、雇用の流動性が高いため、正社員的な待遇の開発者の割合は日本ほど多くないように思う。

正社員は平均給与が安い代わりにボーナスが出て年金支給が付く。一方で大きく異なるのが「業務委託」。これは日本の「業務委託」と「契約社員」の折衷のような概念で、給与が高いぶん、ボーナスはなく年金支給もない。税収の申告は会社が代行するので確定申告のような煩わしさはなく、休暇や福利厚生のベネフィットは正社員と同様に受けることができる。ただし、契約上の身分は対等であるため、社員側からだけでなく会社側の都合で雇用契約を一方的に解除できるので、それができない正社員と比べてリスクは高い。また、定期的な契約更新という概念も存在しないので、給与交渉は任意のタイミングとなる。ただし、雇用契約の解除にあたっては、契約期間の長さによって2週間から3ヶ月前の通告が義務付けられているので、「はい、明日から会社に来なくていいです」といったことは通常起こり得ない。

これが本当にデメリットなのかは正直筆者にもよく分からない。「正規非正規格差」はあくまで高度経済成長期に成立した価値観に由来する日本固有の事情だと思うし、年金政策も国次第だから、給料からの天引きがメリットなのかはなんとも言えない。外国人にとってはなんともピンとこない話だし、根深い問題だ。

その他、ポーランドの独特な文化として「BtoB契約」というものがあり、会社側が「別事業の個人事業主」である就労者と業務契約を結ぶというものだ。こちらは就労者側の税務状況などから選択されることがあり、独特の税制が敷かれたポーランドならではの文化と考えている。なお、ポーランドではゲーム開発者の副業が一般化しており、昼はゲーム会社に勤め、夜はインディーゲームの開発に勤しむ人が少なくない。筆者のこの連載も副業のようなものだが、Flying Wild Hogは副業についてオープンであるため、会社のお墨付きで続けている。

・キャリアパスが不明瞭
日本でも似たようなものだが、実際にどういうスキルを積めばどういう仕事に就けるか、といった道しるべがあまり明瞭ではない。デザイナーの場合はQAからクラスチェンジする場合が多く、QAがRPGの基本職のような扱いとなっている。ゲームデザインはごくまれだが公立大学の専攻になっていたりもするので、大学を出てそのままデザイナーとなるケースも存在する。なお、余談だがポーランドの公立大学教育は、共産主義の名残ですべて無料である。筆者の元フラットメイトは、ゲーム批評を書くライターからPeople Can Flyのデザイナーへと鞍替えしたキャリアを持っている。デザイナーになる道は人それぞれということだ。

なお、QAにはQA自体の資質やスキルがあるので、他の職種の下積みみたいな言い方は個人的に好きではない。前職や前々職でも、豊富な知見を持つQAには何度もお世話になったものだ。

・任意保険よさらば
これに至ってはもはや就職とも関係ないのだが、日本で長年育ててきた任意保険をキープしてもしょうがないので、解約するとなると、新規契約した際に保険料が上がってしまうというジレンマがある。かといって医療先進国である日本の医療を手放すのも惜しいので、一部の補償だけ残して契約内容を変えるなど、地味に悩ましいものがある。

といったところで、ポーランドで仕事を探す際に起こるあれやこれやを書いてみた。今回の記事がコネとか海外居住経験とかの支えなしに、自力で道を切り開こうとする人たちの一助になれば良いと思う。我々のように持たざる者が壁を越えるには頭を使わなければならない……つまり、壁が壊れるまでヘッドバットを叩きつけるしかないのだ。機知に富んだ知恵やスタイリッシュな技など無用であり、見えない相手が参るまで、コナンのようにふんどし一丁、なまくら刀一本で殴り続けるのである。コナンとは当然、コナン・ザ・グレートのシュワルツェネガーであり、小理屈を捻り惰弱な文明の利器に頼る少年探偵になど用はない。全ての謎を解決する鍵、それは腕力と筋力である。


コナンの道は辛い。何故なら勝てるか分からない勝負に無制限に労力を放りこめる程、我々は無計算に生きていないからだ。コナンよりは幾分失う物があるからだ。だとしたら、勝てる見込み自体を上げればいい。そのために、出来ることが3つある。

一つは、ヤケクソにならないこと。コナンは絶望的な包囲の中でも慌てふためいたりしない。ただ黙って敵を睨みつけ、その辺で拾った剣を力に任せて振り回すだけだ。もう一つは、不可能を信じないこと。コナンはどんな凶悪な魔術師相手だろうが、とりあえず何も考えずに掴んだ獲物で殴りにかかる。自ら降参しなければ負けにはならないのだ。最後の一つは、他人どうこうではなく自分との戦いに持ち込むこと。コナンにとって戦いとは自分の肉体の限界との戦い。相手が自分なら勝てる見込みは五分五分、悪くない勝率だ。

試練を乗り越えた先に大いなる自由を見出すことが出来るならば、賭けに出ることは悪くはない。人生の重要局面は大体、悪手を取るか最悪を取るかの博打だし、いずれどこかでベットするのなら、タイミングと賭けの対象は自分で決めるほうが良いに決まっている。本当に何か手に入れたいものがあるならば、失うものなどさしたるものではない。やれることを全てやったら、あとは野となれ山となれ、じゃなかった、肚を括って運を天に委ねるのみだ。

Shigeki Saito
Shigeki Saito

Flying Wild Hog シニアレベルデザイナー。某大学にて政治学を学ぶ。アートディンクにてさまざまなタイトルに携わったのちにスクウェア・エニックスに入社。某大型タイトルではリードグミシップデザイナーを務めた。ポーランド好きが高じて、ポーランドに移住のち現地のデベロッパーに就職。

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