『Deus Ex: Mankind Divided』(以下、『Mankind Divided』)は昨年8月に海外で発売され、日本語版の発売が今年3月と、国内で販売されるまでに半年以上のタイムラグがあった。作品自体は、昨年末から今年3月にかけて多数リリースされた野心的な大作の中に紛れてしまった感があるが、逆に今あらためてプレイすることで、本作は別の意味を、強い緊張感を持つようになる。
そう、本作はドナルド・トランプ大統領が就任して以降、特に日本でも目にすることが多くなった“分断(divided)”の状況を予言した内容になっているからだ。それだけではなく、イギリスのEU脱退をはじめ、現在の欧米で進行している分断の状況を、『Mankind Divided(人類の分断)』というタイトル通り疑似体験するビデオゲームなのである。
EUとアメリカで進行している移民との分断を予言
2016年5月、発売の約半年前、「The Mechanical Apartheid」と呼ばれるトレーラーが公開された。映像では機械化された女性と健常者の男性が引き裂かれていく様を中心に、機械化した人間が社会から隔離されていく姿が描かれている。映像の最後に映る「機械化された人間へのアパルトヘイト」といったメッセージを筆者が見たとき、南アフリカで行われた黒人隔離政策を機械化された人間にあてはめたような、差別の構造を単純にしてしまったような違和感を覚えていた。ところが実際にゲームプレイをしてみると、それが間違いだったことを思い知らされた。アパルトヘイトとはあくまでもわかりやすくするための言葉選びであり、本当に描かれているのは移民・難民との分断なのだ。
『Deus Ex』は、なにかと“予言”との関連が指摘されるゲームだ。初代『Deus Ex』の冒頭シーンで自由の女神がテロリストによって破壊されるという内容が、後の9・11を予言しているとされたり、前作『Deus Ex:Human Revolution』では、後にカナダでジャスティン・トルドー大統領の誕生を示唆するメールが残されていたことが判明している。これらはスピリチュアルな意味での予言というよりも、近未来の世界をサイバーパンクとして描く『Deus Ex』の開発陣の目が、未来の世界情勢を的確に見抜いているという意味合いが強い。
その中でも本作『Mankind Divided』の予言は、他のシリーズと比較しても飛びぬけている。特にトランプ大統領が今年の1月に発令したイスラム差別から発した6ヶ国の入国禁止令や、アメリカとメキシコの国境線に壁を作る発言など、過剰なまでに移民を排除し、自国を優先するパフォーマンスは日本でも大きく報道され、“分断”という言葉を生々しく感じさせるものだった。それはここ数年で進んでいたEUのいくつかの国で起きている移民との分断と呼応しており、トランプ氏の大統領就任は決定打だった。ゲームとして見ると、本作は他シリーズと比べて小規模になってしまったのは否めないが、予言的であり現在も進行している事態と重なる緊張感は他にない。
非寛容な近未来のチェコ
実際、作品世界の描写は、現実の政治と経済の状況を参照している。現実世界では経済の自由化によってどんどん発展していくことが目された一方、膨大な移民が各国を巡るようになり、その中に紛れてイスラム過激派組織ISIL(アイシル)がテロを起こしてきた。こういった表向きの自由や寛容の裏にある不信感や恐怖感を表現している。
舞台はチェコ共和国・プラハ。作中の2016年に初の女性大統領となったゾフィー・ルジッカは、大規模な経済の自由化政策を打ち出し、同国は大きな発展を遂げていた。この発展の要となったのは、「パリセイド・プロパティ・バンク」である。作中のチェコはプライバシー法を推し進め、さらに銀行業界や企業を優遇している。プライバシー法を利用するパリセイド・プロパティ・バンクは、世界の大企業が持つ莫大な機密情報を匿名で保管し、さらに自国の政府が調査できない点を売りにしていた。
機密情報のタックス・ヘイブンとなったことで、多数の有力企業が参入。そこで発生した雇用を求めて、国外から多くのオーグメント化された労働者が押し寄せ、好景気をもたらした。プラハには膨大なオーグメントが住むようになっていた。そこで労働者用の住居として建設されたウトゥレック団地に、多数のオーグメントたちが住むようになっていった。
この作中の展開は、経済の自由化によって多数の移民が労働者として流れ込んだ現実世界でもみられる背景に、オーグメント利用者の存在が重なるように描いている。オーグメント利用者が住むウトゥレック団地というアイディアも、フランスで移民や難民が数多く住む郊外の団地バンリューを想起させる。古くから移民を受け入れてきたフランスでは、郊外に高層団地を建設し、移民たちをはんば隔離するように居住させてきた。
ところが2027年、前作『Human Revolution』のラストで起きた、全世界のオーグメントが同時多発的に混乱し暴動が発生。後に“オーグメント・インシデント”と呼ばれる事態によって、莫大な死者が発生する。特に多数のオーグメント化を受けた移住者を抱えていたチェコでその影響は大きく、大統領までもが犠牲になった。リムジンで移動していたゾフィー・ルジッカ大統領は、オーグメントを装着していた運転手が混乱したことによって、交通事故で死亡してしまう。
オーグメント・インシデントから2年。世界各地でテロが横行。オーグメント化した人間の犯行のほかに、反オーグメント派の犯行が入り混じっている状況だったが、世論ではオーグメント・インシデント以降の「いつまた暴走し、混乱するのか」という、オーグメントへの不信感が高まっている状態だった。
2029年のプラハでは、いまだ大統領までもが犠牲となるほどの被害を受けたことが影を落としているなか、経済の発展の中で膨大なオーグメントを受け入れた国として、どう対応していくのかが世界的に注目が集まっている状態だった。そんな中、政府の人間が会合中のホテルで爆破テロが発生。続く2か月後には警察署が爆破テロの被害にあう。
事態を重く見たプラハでは、オーグメント装着者の行動を規制。街で行動するには許可証が必要になり、持たない場合は強制的にウトゥレック団地に送られてしまう。オーグメントへの不信感や恐怖が蔓延する中、かつてオーグメントの労働者の居住地だったウトゥレック団地は、オーグメントの隔離地域へと変貌し、“ゴーレムシティ”と蔑称されるようになっていた。街中では常に警察がオーグメント装着者を見張っており、地下鉄の乗車口はオーグメント装着者と生身の人間の列で分けられている。
世界的に「いつまたオーグメントが暴走するのか。テロが起きるのか。」の緊張状態が続く中、国連ではある法案が提出される。全世界的にオーグメント装着者の行動を規制し、機械化を受けていない人間の保護を第一とする“人間復興法案”である。この法案が採決された場合、世界のオーグメント装着者は行動を規制され、決定的な分断が生まれることは必至。プラハの街は人間復興法案が採決された場合の、非寛容な世界の未来を見せている状態だったのだ。
この法案が本作の要になっており、プレイヤーの選択と行動次第で可決されるかが決まる。そう、これはそのまま「アメリカ・ファースト」はじめ、EUのいくつかの国が表明している自国優先の政策をとり、移民との分断していこうとする流れに重なる。
テロの恐怖から生み出される、他人への不信感と恐怖感
プレイヤーが探索するプラハは、まさに移民からテロが発生しているのではないかという不信感や恐怖が満ちた状況を疑似体験するのに近い。刻一刻と変化していく時代状況をどう解釈していくかがそのままゲームプレイになっている。
主人公アダム・ジェンセンがプラハにやってきたまさにその日、到着した駅で爆破テロが発生するシークエンスは、黒幕が背後にいる陰謀を追うメインストーリーの始まりというよりも、近年のフランスやベルギーで起きたテロの緊張を思い起こすように作られている。
あの冒頭のテロは、誰が敵であり味方であるのかがわからなくなる、他人への不信感と恐怖のただ中に放り込まれることを意味している。プラハに住む人々はテロやオーグメントの暴走を恐れているし、オーグメント装着者は隔離を恐れ、居住の許可証が欠かせなくなっている。それを見越してか偽造の許可証が裏では横行し、立場の弱いオーグメント装着者に売りつけることで金銭を巻き上げている。追い詰められたオーグメント装着者たちのあいだでは、カルト教団までもが台頭していた。(これはオーグメントを移民の暗喩と仮定するとぎりぎりの内容である)
目を覆うような事件に移民に対しての犯罪、俗にヘイトクライムがあるのだが、これもサブミッションとして存在している。現実世界ではイギリスのEU離脱の国民投票の結果後や、アメリカでドナルド・トランプが大統領に当選した後で報道された例がある。『Mankind Divided』でも、オーグメントに対するヘイトクライムが大きく取り扱われる。オーグメント装着者の隔離政策を第一に挙げている政治家が存在し、その人物を追うオーグメント装着者であるジャーナリストが惨殺される事件が発生する。プラハの緊張状態からして、オーグメントへの憎しみを抱えた人間の犯行であるかに思われるのだが、犯人は一体何者なのか。事件は意外な展開へ発展していく。
昨年は「ポスト真実」という言葉が話題となった。事実かどうかよりも、感情へのアピールを優先させた報道により世論を作ってしまう意味であり、まさに真実よりも感情で票が動いたとされるイギリスのEU離脱を問う国民投票やアメリカ大統領選から注目された言葉だ。こうしたメディアの報道に関わるミッションもある。主要メディアもオーグメントに不利なニュースを日々報道している。テロの真犯人も不明な中、世論をオーグメント排斥の方向に誘導し、人間復興法案が通るように進めている。それに対して、地下メディアは主要メディアが隠している真実を暴こうとする記事を制作している。その報道は陰謀論も多分に含まれたものだった。プレイヤーは主要メディアが隠す真実を暴くか、それとも陰謀論をばらまく地下メディアを始末してしまうかを選ぶことができる。
不信感と恐怖が広まっているのは、主人公ジェンセンの周囲をとりまく人間たちも例外ではない。ゲームが進むごとにいったい誰が本当の味方なのかかが曖昧になる。それは他の人物がジェンセンを見る目も同様だ。ジェンセンは実際にテロ対策組織に所属すると同時に、敵対するハッカー集団に所属しているダブルエージェント、さらにはオーグメント装着者の立場でもあるため無理はないのだが、ほぼ全員がわずかな利害でなんとか繋がっている関係である。
さらなる分断の予言
『Mankind Divided』はイギリスのEU離脱やアメリカのトランプ大統領誕生以降の分断を予言しただけではない。これから起きる出来事さえも含んでいる。そう、フランス大統領選だ。この結果次第でEUは崩壊の可能性を高めると言われている。
膨大なイスラム圏の移民を抱えているフランスが、近年では数多くのテロの標的となり、国内で移民への不信感が高まっていた。そこでひとつの政党が支持を得るようになっていった。極右政党の国民戦線の党首・マリーヌ・ル・ペンである。彼女は移民排斥とフランスのEU離脱の国民投票を実地することを公約に挙げている。政治能力のバックグラウンドを抜きにして簡単に言ってしまえば、フランスの女性版ドナルド・トランプのような人物だ。
昨年の英国EU離脱に続き、ドナルド・トランプが当選してしまう流れに繋がる形で、ル・ペンの当選が危惧されている。4月23日に行われた第一回投票でル・ペンは上位2名が選ばれる決選投票に進んだ。もうひとりはEU存続を考え、合法的な移民は受け入れると主張しているエマニュエル・マクロンとまったくの対照的な人物だ。5月7日の第2回投票ではマクロンに票が集まると見られている。しかし、イギリスのEU離脱からトランプが大統領に当選するなど「まさか」の結果が続いており、最後までどうなるのかはわからない。
本作では人間復興法案の可否をによって分断が決定的になるか否かの緊張が張りつめているのだが、現実でも欧州での選挙の結果次第で、さらなる分断が決定的になるか否かの瀬戸際を迎えている。この記事を書いている最中にも、4月の大統領選前日のパリで警官を銃撃するテロが発生した。依然、『Mankind Divided』の予言は続いている。