『Ghost Recon:Wildlands』のゴーストたちが今回戦う相手は単なる麻薬カルテルではない。もっと禍々しい状況そのものだ。今回はその状況を詳しく説明している副読本を紹介していく。ゴーストたちの相手が何者なのかを理解できることがうけあいだ。
UBIはオープンワールドというジャンルで野心的なテーマを取り扱い、世界のある地域のシリアスな現実の状況をプレイヤーを体験させる試みを、これまでに何度も行ってきた。たとえば『Far Cry2』はアフリカの泥沼の紛争を、『Watch_Dogs』ではシカゴの監視社会を描いている。
『Ghost Recon:Wildlands』はこれまでのシリーズ同様の一小隊を率いて作戦を実行していくデザインはそのままに、オープンワールドで非常に危険な現実を体験させようとしている。それはアメリカとメキシコの国境のあいだで繰り広げられる、麻薬カルテルとの闘いである。2011年の『Call of Juarez:The Cartel』でも、国境を舞台に当時の加熱していく麻薬戦争を取り上げていたが、今回はそれよりも大規模な形で描かれていく。
一見、昔からアクション映画の題材になってきた麻薬を取り扱う悪のギャングとアメリカの正義の特殊部隊の闘いに見える。だが、そうではない。その闘いは根本的な決着はつけられず、ただ事態が狂暴になっていくのを止めることができない、不条理で暴力的な現実だ。
Polygonのインタビューを受けたナラティブディレクターSam Strachman氏によれば、本作はボリビアの膨大な自然を舞台にしたオープンワールドが魅力なのはもちろんだが、トム・クランシーシリーズならではの“What if”として、「もしメキシコの凶悪な麻薬カルテルが、コカインの原料のコカの葉を栽培しているボリビアを拠点にしたならば」を描いている。メキシコでは小さな規模でしかなかったカルテル「サンタ・ブランカ」が、コカインの原料の栽培地であるボリビアを牛耳ったことで影響力を拡大。特殊部隊ゴーストはその鎮圧へ向かう。そう、これはアメリカとメキシコの国境線上から場所を変えた、麻薬戦争なのだ。
数十年に及ぶアメリカとメキシコの麻薬戦争を描く作家の参加
ボリビアを舞台にした麻薬戦争のリアリティを描写するために様々な協力を得ており、そのひとりとして小説家のドン・ウィンズロウの協力が公式サイトで発表された。探偵や犯罪のミステリーを描いてきた作家が今回の協力に至ったのは、メキシコの麻薬戦争を描いた小説「犬の力」を執筆したことで有名だからだ。
「犬の力」(上巻・下巻)
出版社:角川書店
著:ドン・ウィンズロウ
訳:東江一紀
価格:952円(税別)
この小説は70年代から90年代後半にかけて、数十年にも及ぶアメリカとメキシコの麻薬カルテルとの闘いを描いている。アメリカ麻薬取締局(DEA)の特別捜査官のアート・ケラーと、メキシコの麻薬カルテルを率いるバレーラ兄弟との対立のストーリーと並行して、アメリカとメキシコとの状況が数十年のあいだにいかにして変わっていったのか、麻薬カルテルはどう拡大していったのかの緻密な背景が語られていく。
タイトルの「犬の力」とは旧約聖書からの引用。序文に「わたしの魂を剣から、わたしの愛を犬の力から、解き放ってください」という一文が引用される。主人公のアート・ケラーが麻薬カルテルとの闘いに入って20年を超え、ついに数多くの民間人を巻き込むほどに麻薬戦争は拡大。ケラーは赤ん坊とともに犠牲者となった母子を見ながら、カルテルが狂暴さを増していく現状に対し聖書の一節である“犬の力”という言葉を思い出す。
本書で取り上げられた社会状況の変化として大きなものは1994年に発効されたアメリカ・カナダ・メキシコ間の北米自由貿易協定(NAFTA)である。非関税障壁の撤廃によって貿易が容易になり、メキシコでは経済の成長や雇用拡大などの大きな利益が当初見込まれていた。ところが、これが麻薬カルテルを拡大させるきっかけのひとつになってしまった。
なぜならNAFTAによってアメリカへの商品の輸出が容易になった一方で、国境の警備体制まで緩和されたせいで麻薬の輸出が容易になってしまったからだ。アメリカとメキシコの国境間を走り回る膨大な輸出トラックに混じり、大量の麻薬がアメリカに売りさばかれることで麻薬カルテルは膨大な利益を得て拡大していった。経済の自由化がまさかの結果になり、「犬の力」ではNAFTA発効を境に抗争が激化していく様が描かれる。
物語は麻薬戦争の果てにカルテルのボス、バレーラ兄弟の兄アダン・バレーラを捕まえることでひとつの終わりを迎える。エンディングは2004年、闘いを終えたアート・ケラーがその後を振り返るのだが、それはハッピーエンドとは程遠いものだった。ボスを捕らえてもすぐさまに別のカルテルが台頭し、メキシコからアメリカに麻薬が大量に流れ続けるのは変わらない。物語は決着を迎えても、凄惨な状況の根本的な解決には至らなかったのだ。
その不安を残す終わりは間違っていなかった。現実のメキシコの麻薬カルテルは2000年代の半ば以降、メキシコ国内の政治状況との変化と関係してさらに凶悪化した。様々なカルテルが台頭し抗争を繰り広げ、ついに紛争地帯と比較されるまでに犠牲者は増え続けたのだ。『Ghost Recon:Wildlands』がモデルとするのは、「犬の力」より後の時代だ。
なぜメキシコの麻薬カルテルが拡大し、狂暴になったのか?歴史と政治状況のルポ
そもそもメキシコの麻薬カルテルとは、“麻薬戦争”と評されるまでに闘いは拡大したのだろうか?その背景や歴史を詳細に追いかけたルポタージュが「メキシコの麻薬戦争 アメリカ大陸を引き裂く「犯罪者」たちの叛乱」である。
「メキシコ麻薬戦争 アメリカ大陸を引き裂く「犯罪者」たちの叛乱」
出版社:現代企画室
著:ヨアン・グリロ
訳:山本昭代
価格:2200円(税別)
著者のヨアン・グリロはTIME誌をはじめ、CNN、AP通信などに関わってきたイギリス出身のジャーナリスト。本書の原題は「EL NARCO」(ナルコ)。麻薬密輸人の意味だ。その表題どおりに数多くの密輸人をはじめとした関係者へ取材を行うほか、現地のジャーナリストはもちろん、メキシコの元大統領からカルテルの殺し屋まで含めた発言をまとめている。『Ghost Recon:Wildlands』の「サンタ・ブランカ」の背景をより理解したいのであれば、本書がおすすめである。本書はメキシコの歴史と政治状況を踏まえることで、いかに2000年代の決着がつかない麻薬戦争が生まれたのかを説明していく。
特筆すべきは2000年代の政治体制の変化がいかに麻薬カルテルの拡大と凶暴化に関係していたかの記述だ。メキシコで71年に及ぶ制度革命党(PRI)による一党独裁の体制が、2000年のビセンテ・フォックス大統領の誕生によって複数政党による民主主義に変わった。
この変化が一体麻薬カルテルの拡大にどう関係したのかというと、なんとメキシコの軍隊の人間が次々と除隊し、麻薬カルテルへと加入していったのである。なぜか?一党独裁時代では麻薬カルテルと警察や軍隊は、その権力を利用してカルテルに賄賂を払わせるなどでぎりぎりの関係を保っていた。だが新政権では過去の一党独裁時代の警察や軍隊の腐敗を一掃。カルテルから賄賂を受け取った将軍が懲役50年の実刑判決を受けるなど、軍隊でカルテルと関係した人間は立場が危うくなった。くわえて、カルテル側が軍事力を増強を目指していた思惑が一致したことが寝返った要因だと本書では推測している。
こうして元軍隊のメンバーが加入していくことで、数ある麻薬カルテルの中でも際立った軍事力を持ち、台頭したカルテルが「ロス・セタス」である。彼らの存在によってこれまでの構図が一転。強力な軍事力を前に他のカルテルを圧倒することはもちろん、政府を前にしても降伏をせず直接対決するようになる。ロス・セタス以降、他のカルテルも対抗するために軍事力を増強していき、抗争は拡大。死傷者は跳ね上がっていった。
さらに激化していくのは2006年にフェリペ・カルデロンが大統領に就任し、本格的な麻薬戦争が宣言されてからである。就任当時はカルデロン大統領は短期間でほとんどのカルテルを止めることができると見込んでいた。実際、一時的に結果は現れた。ところが本格的に追い詰めた結果、逆に麻薬カルテルの抗争は激化。麻薬戦争は泥沼化してしまった。カルデロンが大統領に就任し、本書が執筆された2010年までの4年間で3万人を超える殺人が発生。そこには政治家の暗殺や大量虐殺までも含まれていた。2011年の『Call of Juarez:The Cartel』がなぜこれまでの西部劇ではなく現代劇を選んだのかというのも、もともとアメリカとメキシコの国境の街、ファレスが舞台であり、制作当時その街がまさに麻薬戦争の真っただ中だったからだ。
『Ghost Recon:Wildlands』のサンタ・ブランカのモデルはこのロス・セタスと思われる。カルテルがボリビア政府まで支配し麻薬国家に仕立て上げるという大胆なシナリオは、2000年代から現在までに起きた麻薬戦争の現実で本当に軍事化したカルテルが政府を相手にし、民間人や警察まで支配していたことを根拠にしている。
経済の自由化や政治体制の変化が、結果的に今日の麻薬カルテルの拡大に大きく関係していることから本書の帯には「グローバル化社会の影にひそむ不条理な日常」と記されている。その不条理は、ジャーナリズム以外の分野も大きく取り上げるようになる。
この世の道理が通用しない不条理
国境のあいだで拡大していく麻薬戦争のあまりの凄惨さは、ついに著名な文学者も題材に取り上げるまでに至った。「ノーカントリー」や「ザ・ロード」を代表作とする作家・コーマック・マッカーシーは映画「悪の法則」でオリジナルの脚本を執筆。こちらはアメリカ側のセレブリティの立場から、国境の向こう側の麻薬カルテルに関係することを描いている。
「悪の法則」
出版社:早川書房
著:コーマック・マッカーシー
訳:黒原敏行
マッカーシーはこれまでもアメリカとメキシコの国境線を舞台とした小説を数多く執筆していた。しかしこの映画の脚本では、アメリカの国境の向こう側にいるメキシコの麻薬カルテルの暴力を、この世の道理が通用しなくなる世界として描いた。
なにひとつ不自由のない生活を送っていたはずの弁護士が、ふとしたきっかけで麻薬密輸と関わったことでカルテルに狙われることで崩壊していく。アメリカのセレブリティと国境の向こう側のメキシコの工業地帯に潜む麻薬カルテルとの対比は、まさにグローバル化によって生まれた現代の光景そのものだ。マッカーシーならではの独白や哲学が混じったセリフとともに、国境を正気と狂気の境目として描いている。
そして再び麻薬戦争へと舞い戻る
2000年代半ばから、国家とカルテルが衝突することで過激化していった麻薬戦争の不条理な現実を前に、「犬の力」の作者ドン・ウィンズロウは再び麻薬戦争の世界を描き始めた。前作のエンディングである2004年から2012年までの麻薬戦争を描いた続編「ザ・カルテル」である。
「ザ・カルテル」(上巻・下巻)
出版社:角川書店
作者:ドン・ウィンズロウ
訳:峯村利哉
価格:1200円
収監されたはずの麻薬カルテルのボス、アダン・バレーラが脱獄。隠遁していたDEA捜査官アート・ケラーが再びバレーラと闘うことを決意し、麻薬戦争の現場に舞い戻っていく。ところが、ふたりの対決にはならなかった。凶悪なカルテル・セータ隊(これは先述した現実のカルテル、ロス・セタスをモデルにしている)が台頭しており、アダン・バレーラのカルテルと衝突。罪のない民間人も巻き込み、抗争が激化していく。カルデロン大統領による麻薬戦争の宣言により、セータ隊による暴力が制御不能になるまでに過熱化。アート・ケラーとアダン・バレーラのふたりは仲間と家族を失っていき、状況に翻弄されていく。
今作は2006年以降のカルデロン大統領が宣言した麻薬カルテルとの全面戦争の時代を反映している。「メキシコ麻薬戦争」が取り扱っていたのは2010年までだったが、こちらではカルデロン大統領の任期が終わり、大統領選挙でペーニャ・ニエトが当選する2012年までの麻薬戦争を取り扱っている。
「メキシコ麻薬戦争」と併せて読むとわかるのだが、現実の2000年代に起きた麻薬戦争での出来事がそのまま反映されている。なかにはありえない出来事まで含まれているが、ほぼ現実である。
あまりにも警察関係者が殺され、警察署長のなり手がいなくなったしまった挙句の果てに、署長の座に就いたのがなんと19歳の女の子。また、ジャーナリストが麻薬戦争の実体を取り扱うと、そのカルテルに狙われ殺されてしまうことから次第に麻薬カルテルを告発するジャーナリズムは衰退。代わりに匿名でのブログが麻薬カルテルの所業を告発し、アクセスを稼いでいく。
これらはすべて実話を基にしており、2010年当時、犯罪学を学んでいた大学生のマリソル・バジェス・ガルシアの署長就任や、現地の麻薬戦争の最前線を投稿し続けるブログborderlands beatなどがモデルとなっている。borderlands beatは2017年現在もほぼ毎日更新され続けており、状況を確認できる。
今作でのウィンズロウの筆致は「犬の力」以上に麻薬戦争の現実に対して怒りを覚えている。なにしろ、この作品は殺されるか、失踪してしまった数十人を超えるジャーナリストに捧げられているからだ。作中のジャーナリスト、パブロ・モーラは特にウィンズロウの感情が反映されたキャラクターであり、犠牲者となったジャーナリストたちへの思いが乗せられている。パブロからはカルテルはもちろん、麻薬を求め続けるアメリカやメキシコの政治状況に対して痛烈な意見を語らせている。
麻薬戦争ではすべてが起こりうる
以上の著作では、過去40年に及ぶメキシコの歴史を振り返ることができるのと同時に、現代のメキシコの麻薬カルテルとはグローバル化社会のもっとも悪質な暗部でもあるし、この世の道理が全く通用しない不条理な存在であることがわかってくる。『Ghost Recon:Wildlands』でゴーストたちが戦う相手とは、単なる記号的な敵ではなく、簡単に消し去ることのできない化け物なのである。