『World of Diving』はスキューバダイビングをテーマとした作品だ。Windows/Mac/Linuxに対応している。開発・販売はオランダのVertigo Games、Steamでの配信開始日は今年8月26日(ただし早期アクセスあつかい)。価格は1980円。ちなみに、昨年5月ごろにIndiegogoにて目標額7万5000ドルで出資者をつのっていたが、未達に終わっている。
Oculus Riftにも対応しており、起動時に選択できる。Oculus持ちならば迷うことはないだろう。残念ながら私は所有していないため、普通の液晶モニタでプレイした。
"現実"を取りあつかうゲームとして
本作からは、たしかなダイビング愛が伝わってくる。スキューバや海が大好きな開発者らによって創られたのだろう。だが、多くの問題点により『World of Diving』の価値は大きく引き下げられている。
現実の競技などをゲームに落としこむ場合、それはかならずしも現実そのものである必要はない。『マリオテニス』でも『実況パワフルプロ野球』でも、プレイヤー=人間でプレイするスポーツのシミュレートにはあきらかに固執しておらず、むしろ削る方向へ意識がむいているものと推察される。
当たり前だが、極限までリアル路線を追究すると「じゃあ現実で実際にやれ」になる。総合芸術としてのゲームに落としこまれるということは、すなわち不要なリアルを削り、かつ必要なアンリアルを加えるということだ。先にあげた2作は、いずれもこの点を文句なくクリアしている。
ひるがえって『World of Diving』はどうか。そこには愛の轍はある。骨子は存外しっかりしているのだ。しかし残念ながら、「ゲーム化」にもとめられる工程が欠落している。とにかく、必要なものがなく不要なものが目立つ。
リアルさを中心に不足した部位
いろいろと欠落してはいるが、結論をさきに要約して述べてしまうと「本作は海の魅力を伝えられていない」。これがなによりも厳しい。
現実の海とスキューバダイビングを再現する必要などない。だが、本作のその描写はあまりにも雑だ。ビッグタイトルではないのだから抜かれるべき手もあるだろう。それにしてもあるべきものがない。海底にはのっぺりとしたサンゴが没個性的に鎮座し、目を見張る多様な海洋生物もいない。こうした性質をミニマルとは呼ぶべきではないだろう。
視覚的な部分の問題はほかにも多数ある。Fast Swin、ようするにスプリントすると手が平泳ぎになるが、これはまずありえない行為だ。マスクを変更しても視界は変わらず、ただのアバター要素にとどまっている。同じく、ダイビングギアやスーツ類の変更による有意差は存在しない。列挙しはじめると本当にきりがないのでやめておくが、とにかく海にこだわりがある者ならばそのぶんだけ不満がつのるだろう。
ゲームとしてもあらが目立つ。文字が小さすぎて読めない(筆者の環境は1080p/23.8インチモニタ)、チュートリアルが妙に不親切なうえにいやらしい、マルチプレイがただただほかの誰かと同時に海中にいるだけでしかない、等など。とくにチュートリアルはスパルタンではなく、ひどい。初プレイでは最初のチュートリアル「ターゲットを撮影しろ」で10分ほどつまづいた。まさかスキューバダイビングゲーム最初のミッションが、一度水面まで浮上してから小屋にあるフロートを撮影するものだとは想像できなかったのだ。
なお、ミッションエディターモードも実装されているが、「なにかを作れる」水準の内容であるとは感じられなかった。
スリム化にある難
現実を忠実に再現しすぎるとゲームは往々にしてつまらなくなる。それにしても『World of Diving』はスキューバダイビングにある味わいを削りとりすぎだ。
浮力の調整、姿勢の制御、泳ぎと視野移動のままならなさ、エアの残圧、減圧症のリスク、水中透明度の変化、その他もろもろ。すべてがWASD入力の構文にまとめられてしまったせいで、「らしさ」は消し飛んでいる。これではFPSスタイルで海を移動するだけのゲームだ。せめてマウス入力に関してはオプションで調整できるようにすべきではなかったか。海と2Fortの操作感的区別がつかないというのはさすがによろしくない。
その移動もノーリスクで水中スクーターを使えてしまうため、泳ぐ楽しさや「リアルさ」も、これまた消えさった。マルチプレイでは全員が水中スクーターをかかえて右往左往するシュールな光景が繰り広げられている。
唯一ゲームと現実が確実にリンクしそうな写真撮影についても、まったく評価できない。海中撮影の妙味といえば、できるかぎり静止し、被写体を入念にファインダーにおさめ、闇夜に霜の降るごとくシャッターを切るところにある。でなければブレているうえに何が写っているのかわからないデータが残るだけだ。
『World of Diving』の撮影は、完全にFPSだ。とにかくターゲットの近くで左クリックすればよい。どれだけ猛烈な速度でカメラを振ろうと超科学技術できれいに撮れる(ただしISOは100のようだ)。上述したような難しさや、テクニック習熟の過程は完全に省かれている。
スキューバダイビングはその認知度とは裏腹にさほどメジャーではない。レジャーとして安価ではなく、参入障壁も低くないことがその一因だろう。それにしても、本作はそのすばらしさを伝えるにあたって必要な事柄の取捨選択にミスがあると断ずるほかない。
Oculus Riftのデモンストレーションなのか
かように、『World of Diving』への私の強い期待は見事に裏切られた。今後のアップデートで抜本的な見直しや(本来あるはずの)大規模な追加要素がこないかぎり、とてもではないがプレイできない。もちろんほかのゲーマーにおすすめもできない。本作で海の良さを説くなどもってのほかだ。
しかし、可能性はたった一つだけ残されている。Oculus Riftとの相性だ。ビジュアルの難点も、もしかすると立体視でお茶をにごすどころか昇華されるかもしれない。たとえそれが問題をぼやかすものだとしても、価値は価値だ。すくなくとも、いちおうはゲームとして能動的にOculusで動かせるものが商品としてSteamに流通しているのは悪いことではない。
『World of Diving』は、「海ゲー」ならば見境なく購入するような好事家以外定価では購入すべきでない。Oculusでのプレイングについても、恥ずかしながら環境がないため保証できず、また推測ではあるが欠陥をすべてくつがえすようなものではないと思われる。
なお、本作には課金要素がある。上述したアバターを購入するさいに必要になるゲーム内通貨が有料だ。早期アクセスでマイクロトランザクション、1年以上かけて強まったのかもしれない商売気だけはきちんと評価したい。