『Splatoon』レビュー 任天堂流「最新TPS」
『Splatoon』は任天堂からWii U向けに発売された対戦型TPSである。プレイヤーはイカとヒトに変身できる「インクリング(通称イカ)」の若者となってバトルを行う、オンライン対戦中心のタイトルだ。
熾烈なナワバリバトル
本作はオンライン対戦がメインのタイトルであるが、そのなかでもゲームの中心となるのは「ナワバリバトル」と名付けられたルールだ。4vs4の2チームにわかれてフィールドをひたすら塗り合って「ナワバリ」を広げ、時間切れ時に少しでもナワバリの広かったチームが勝利する。ルールとしては本当にこれだけの単純な内容なのだが、それだけにナワバリをめぐる死闘を演出するべく、システム側からさまざまな趣向が凝らされている。
まずナワバリ自体に勝利条件以外の恩恵が多い。自チームのナワバリ内はイカに変身することでインクに潜って高速移動できるほか、インクに潜っている間はブキの残弾ゲージが急速に回復するリロード行動も兼ねている。逆に相手チームのナワバリでは徐々にダメージを受ける・移動速度大幅低下・イカ変身不可とマトモに行動することすら困難。実質的に「自チームのナワバリ=行動範囲」であり、ナワバリ自体は再度塗り直すことで簡単に奪い返す事ができるので、自チームの行動範囲を広げ、相手チームの行動の自由を奪うために前線では熾烈な撃ち合いが展開されることとなる。
「ナワバリを広げる」という行動自体にメリットが設定されているのもナワバリの奪い合いを促進する。各ブキには「スペシャルウェポン」と呼ばれる必殺技的なギミックが用意されており、これは対戦中に溜まるスペシャルゲージが満タンになった時に使用することができる。注目すべきはスペシャルゲージをためる手段が「地面を塗り変えてナワバリを広げる」ことに絞られていることだ。各プレイヤーの貢献ポイント(対戦後に経験値やお金に換算される)もこのルールに準じており、マッチの勝利ボーナスを除けば、ナワバリを塗り替える行動以外で増えることはない。勝利のため、ゲージのため、経験値のために常にナワバリを奪い合うことをゲーム側が強烈に後押ししており、ゲーム展開のヒートアップに多大な貢献をしている。
スプラトゥーンというシューター
本作の勝利条件はナワバリを広くすることである。もちろん敵をキルすることもあるが、それは直接勝敗を左右するものではない。たとえ敵のローラー相手に2桁回数「のしイカ」にされようが、最終的に面積で勝っていればそれはチームの勝利である。倒した回数も、倒された回数も関係はない。
では本作は敵を倒さなくてもよいゲームなのか、敵を倒すことは重要ではないゲームなのか、と言われると、答えはNOである。本作は「とにかく生き残って塗り続ける」ことが重要なゲームであり、それはつまり「敵に塗らせないために倒す」ことが重要なゲームだということだ。敵を倒せばそれだけ敵チームの塗替え効率が落ち、逆に自分たちはのびのびとナワバリを広げることができる。逆に敵のサブウェポンや必殺技でうっかり3人まとめて死んでしまったというような場合、復活までにマップの相当な面積を失う覚悟をしなければならないだろう。邪魔が入らないのであればナワバリを塗り替え、押し返すのは非常に簡単だからだ。
逆に生きてさえいればボムでも投げてあがくことができるし、スペシャルゲージもキープできる。そして味方チームはチームメンバーの居場所に大ジャンプで駆けつける「スーパージャンプ」をいつでも発動することができるので、前線近くで踏みとどまっていれば復活した仲間がすぐに駆けつけてくれるだろう。敵を倒すことがすべてのゲームではないが、敵を倒すこと自体はとても重要で、そして倒されずに生き延びることもまた重要なゲームなのだ。
これはまさにシューターにおけるオブジェクティブルールの文法である。旗の下に陣取る敵を鉛弾で排除し、敵が復活して戻ってくる前に旗の下に滑りこんでカウントを止めポイントを得る、という行動を「インクを塗る」というアクションを柱にしてアレンジしたのが本作だ。目標物こそ「床全体」というアバウトさだが、本作は間違いなくオブジェクティブルールを持つシューターの延長線上にあるゲームなのだ。
それをもっとも実感できるのが「ガチマッチ」と呼ばれるゲームモードだ。本稿の執筆時点では「ガチエリア(マップの特定箇所をナワバリでキープし、そこを一定時間防衛すれば勝利)」「ガチヤグラ(乗ると相手陣地に向かって移動を開始するヤグラを終点まで押しこめば勝利)」という、どちらもそれぞれ『Team Fortress 2』の「King of the Hill」「Payload」をアレンジしたようなルールが実装されている。ナワバリバトルと違い目標物が明確に定められており、直線的なゲームプレイになるため、必然的にかなり「倒し合い」そのものがフォーカスされる。本作のシューターたる所以を思い起こさせてくれるだろう。
初心者フレンドリー
本作の間口は非常に広い。突き詰めれば一個のオブジェクティブシューターであるにもかかわらずである。ルールは単純明快であり、フレンドリーファイアといった窮屈なシステムもない。ボイスチャットは非搭載なので画面の向こうの誰かから肉声で罵倒されることもないし、本稿の執筆時点ではチームを固定する方法が無いため、同じ面子の熟練チームに何度もボコボコにされるといったことも少ない。
そして何より「地面を塗ってナワバリを広げる」という、本作の核である行為自体にはマッチが始まったその瞬間からアクセスでき、単純にそれが気持ち良いのである。地面や壁面にたたきつけられるインクの質感や効果音の出来も良い。マッチ開始と同時にトリガーを引きっぱなしてインクを撃ちまくりながら前線に向かうお祭り感は本作にしか無いものだ。
ゲームの初回起動時に「チュートリアルが終わったらまずオンラインマッチに強制的に叩き込まれる」というフローが盛り込まれているのも、本作のゲームプレイと「初心者でも悪意をぶつけられにくい環境づくり」に開発陣の並々ならぬ自信があったからだろう。初期装備の「わかばシューター」というブキも本作の楽しさを理解するのに最適な性能設定であり、はじめてのオンラインマッチでもそれなりに撃って塗りまくることができるだろう。そういう点で本作は非常に隙無く作られている。
マッチング時の「ブキや装備を変更するためには一度部屋を抜けなければならない」という仕様にも長短あり、メンツはこのままでやりたいけど装備だけローラーにしたいなあ、というような気まぐれをシステムのほうが許可してくれていない。これは一見すると明確な短所であるが、一方で「チーム内の装備選択に悩まなくてもよい」というように、マッチングの空気感を緩和する役目も担っている。下手にルーム内で装備が変更できたり、他プレイヤーの装備が見えてしまうと、バランスを考えて空気を読みたくなるのが人情というものだが、本作はあえてそれをできなくすることで「初心者でもなんでも何も気にせず好きなブキを担いでバトルを遊んでくれ」と言っているのである。
すべてのマップが点対称もしくは線対称になっているのも特徴で、スタート地点による優劣や差異はない。これもまたマップに対する必要知識を減らし、敷居を下げているといえるだろう。本作の間口は大変に広いが、それはグラフィックや演出の妙というだけでなく、こうしたシューター初心者に優しい要素を一つ一つ積み重ねていった結果実現した美点である。本作の最も誇るべき達成はこの点ではないかと私は思う。
インターフェイスはやや不満
ゲームプレイや初心者向けの取り組みに関しては相当に理詰めで作りこまれており、極めて完成度の高い本作であるが、インターフェイス周りに目を向けるといくつか見過ごせない問題を抱えている。まず装備のプリセットを登録できない。装備にはギアパワーと呼ばれる特殊能力がつくため、ブキに合わせた組み合わせを保存しておきたいが現状それができない。全部個別に変更するのは意外と面倒なので「ハンガー」という名目か何かでいくつか組み合わせを保存する機能がほしいところ。
キーコンフィグが存在しないのでデフォルトのボタン配置に馴染めないと厳しいというのもつらい。Lボタンがあいているので、とくに基本的にスティックでエイムする私はLボタンにジャンプを割り当てさせてほしいのだができない。もっとも、任天堂タイトルでキーコンフィグがつくタイトルは非常に稀なので半ば諦めているが……。
マッチングも対戦相手のサーチ中にキャンセルする機能が実装されておらず、マッチング時間切れになるとロビーに戻されてしまうのでややストレス。自動でリトライしてくれてもよさそうなものだが。
「初心者でも悪意をぶつけられにくい」のは確かだが、それでもやはり迷惑プレイヤーに遭遇してしまうことはある。私はフレンドに合流できるシステムを使用した7人部屋にマッチングされ「自分以外の7人が誰も何もしない」というゲームに付き合わされたことがあった。こういうこと自体は対戦ゲームの宿命だが、本作にゲーム内から迷惑プレイヤーを通報したりブロックする機能がないのはやや片手落ちに感じる。その他、開催のたびに新たな課題が浮き彫りになる「フェスマッチ」の仕様など、バトルを取り巻くインターフェイスについては全体的にもう一歩といったところだ。
ナワバリバトルに関して言えば、撃破されて復活した際の無敵時間に関しては改善が必要だと思う。現状では「復活地点にいる間は無敵、そこを一歩でも出たら無敵解除」という仕様になっているのだが、復活地点まで押し込まれる展開になると射程で劣るチーム編成ではひっくり返すことがかなり難しいマップがある。1マッチ3分という時間設定は、こうしたワンサイドゲームを押し付けられた際にも何とかガマンできるギリギリの設定だと思われ、この無敵仕様も開発陣の検討の結果こうなっている可能性が高いが、もう少し納得感がほしいところ。既に本作向けには何度か更新データの配信が行われ、細々した不具合やバランス調整が行われた実績はある。なまじゲームプレイの完成度が高いだけに欠点や不満もひときわ目立ってしまうが、アップデート等で改善される、すなわち時間が解決してくれることを祈りたい。
オフラインプレイ、そしてamiibo
オフラインモードについても少し触れておく。インクを塗り広げること自体が目的だったナワバリバトルとはうってかわって「ゴール到達までの移動手段」としてのインク塗りにフォーカスした、全28ステージのステージクリア型のアクションゲームが本作のオフラインモードである。ここでしか出てこない地形ギミックもあり、ボス戦をクリアするごとにオンライン対戦で使用できるブキが解放される。
このモード、決して不出来というわけではないのだが、ややテンポが悪く面倒臭さを感じる場面が多かった。オンラインのテンションの高さと比較すると、BGMや演出からあえてそのように作っている可能性が高いが 、特にラスボスは正直長すぎて苦痛だった。ブキ解放という要素がなかったら遊ぶのはもっとずっと後になってからだっただろう。
そしてamiibo連動である。「amiibo連動でしか入手できない装備」まではギリギリ理解するが、ミニゲームが出なかったりオフラインモードのステージを他のブキで遊ぶといったゲームプレイまで連動で隠してしまうのは正直行きすぎているように感じる。これは本作に限った問題ではないが、amiiboの立体物としての出来が決して悪くはないこと、amiibo連動で出現するゲーム要素の比重が大きくなりつつあり、amiibo自体が必須アイテムになりつつあること、そして転売業者に目をつけられたことからamiibo自体の需要が高騰しており、欲しい時になかなか買えないという状況もamiibo連動への嫌悪感を加速させてしまう。普通にアンロックキーを有料DLCで売ってくれればこういうことにはならないのだから。
イカした最新シューター
決してすべてが斬新というわけではなく、むしろ要素の一つ一つは過去のシューターをかなり研究していいとこ取り、あるいはあえての引き算を行った上で「インクを塗る」というギミックで見事にまとめあげた、れっきとしたTPSの「最新作」である。ガチマッチのルールなどから『Team Fortress 2』のにおいを特に強く感じるのは私だけではないだろう。
そして、本作の「とにかく時間いっぱい撃って撃って塗りまくったら勝つ」「死んで塗れない時間が長いと負ける」というトリガーハッピーな体験は強烈な独自性と魅力があり、これほどまでに「“だれでも”楽しめるのではないか」と思わせるシューターは近年なかった。シューター初心者には優しさで、熟練者には奥深さで迎えてくれる、任天堂が練りに練り上げたイカしたゲームである。
発売から1か月経過しているが、これまで週に一度のペースで新しいブキやマップの追加が行われているほか、不具合の修正やバランス調整を含んだパッチの配信もあったことからも、開発側から当面の間はサポートが続けられるだろうことがうかがえる。本作の世界に飛び込むのはまだ遅くない。