「『ゼルダの伝説 ブレス オブ ザ ワイルド』は、僕を鬱病から救った」自殺すら考えたゲーマーが回復の物語を語る
海外にてゲームライターとして活躍するDerek D. Buck氏が、鬱病に陥り自殺を考えていたところ、とあるビデオゲームとの出会いによって踏みとどまったようだ。その過去を、GamsRadar+に対して語っている。氏はゲームメディアGameZoneやClassic Game Room Undertowで記事を寄稿してきた、一定のファンを抱える著名ライターだ。そうした氏の生活は見えざる影に苦しんでいたようだ。
2016年以降、氏は表舞台で目立った活躍をしていなかった。どうやら氏は精神的な病を抱えていたようだ。鬱病を抱えていたBuck氏は、その病により仕事や友人、夢や恋人すべてを失い苦しんでいた。そして夜中の午前3時に絶望と向精神薬による麻痺で襲われながら、「死んでしまいたい」と強く考え、恐怖する日々であった。しかしニンテンドースイッチとともに購入した『ゼルダの伝説 ブレス オブ ザ ワイルド(ゼルダの伝説 BotW)』により人生が一変したという。
氏はプレイから3分ですでに『ゼルダの伝説 BotW』の世界に没入し、リンクを「友人」であり「自分」、ハイラルの世界を「自分の世界」と見立て冒険を進めていった。ゲームを遊んでいない時はゲームのことで頭がいっぱいになっていたという。氏にとってゲーム内の世界は「聖域」であり、氏が苦手な寒い日でもそこで心をあたためることができた。病院にて医師の診断を受けながら、ゲームを介した治療は続けられたようだ。
Buck氏が同作に没頭し、心を回復させた理由として「世界の美しさ」をあげている。鬱病にかかっている時は、光の失われたクローゼットに閉じ込められているような感覚を味わい、暗い世界に縛られ窒息しそうになっていたと氏は語る。一方でハイラルの世界は、まぶしい光にあふれ草木も輝く。探索により新しい発見が心を軽くし、氏はゲームをプレイしている時は「呼吸している」ことを感じられ、ゲームをプレイすればするほど心が治療されていく感覚に包まれていったという。
またゲームプレイの中では、考えさせられる点もいくつかあったようだ。たとえば、ハイラルの天候は常に変化し続ける。嵐や雨がきてもいつかは止み、太陽が顔を出す。お気に入りのアイテムはいつか壊れてしまうが、その痛みは一時的で、新たなものを見つけることができる。そして、ストーリー上では過去にどれだけひどい目にあっても、涙を見せないリンクの姿勢に強い感銘を覚え、勇気をもらったという。ゲーム内で刺激を受けつつ、長きにわたり欠けていた「達成感」を胸に抱きつつ、コログや試練の祠をコンプリートしてもその旅をひたすら続けてられていたと語る。
Buck氏はこうした感動は「カルト的だ」と認めながらも、ゲームが必ずうつ病をなおすわけではないが、氏にとっては救いになったと語り、「お姫さまはもう救えない。今度はきみ自身を救う時だ。」と記事を締めている。
こうしたBuck氏の心理的な変化は氏のTwitterを見ても垣間見ることができる。同作の発売前である2月中旬には「神様がいないことを冬が証明している。」と塞ぎ込んだ投稿をしているが、3月に入ってからは『ゼルダの伝説 BotW』にまつわる楽しげな投稿が続く。8月に同作をクリアしたという投稿をするまでプレイ報告が続けられていた。確かに氏のTwitterを見ていると、ニンテンドースイッチと『ゼルダの伝説 BotW』が発売されて以来、氏の気分に変化が生まれつつあることが感じ取れる。
https://twitter.com/DeathByDerek/status/870641677572165632
注目したいのは氏が感じ取った「達成感」という点だ。ワシントン大学の教授であるPatricia Arean氏は「Project:Evo」というアプリに注目し、同アプリで目標を達成することで前頭前皮質と前帯状皮質のつながりが強化され、鬱に効果をもたらすという研究成果を報告している。ゲームデザイナーであるJane McGonigal氏もまた「目標達成とモチベーション」に関連し、メンタルヘルスにおいてビデオゲームが大きな役割を担っていることを語っている。『ゼルダの伝説 BotW』におけるさまざまな要素がBuck氏の回復をもたらしたと考えられる。その中でも、コログや試練の祠など小さな目的を数多く配置し、多くの目標を達成させることでプレイヤーのモチベーションを上げるゲームデザインが、重要な鍵を握っていたことが予想されるだろう。
一昔前である2011年には、「中毒性」と「社会不安」を理由に、ビデオゲームが10代の若者を鬱病にさせるリスクが懸念され、The New York Timesに取り上げられるなど、危険因子とみられる傾向もあった。しかし近年では、BBCが『Firewatch』をプレイしたことにより、とあるユーザーが自身を客観視することで鬱病が改善されたというエピソードを報じ、また『ポケモンGO』によって外出する機会が増え、鬱病が快方に向かったというエピソードなどがあげられ、ビデオゲームが精神的な病に良い影響を与えるという報道が増えてきた。さらには、精神への影響を考慮し、認知行動療法に基づいたRPG『SPARX』が開発されるなど、各所でさまざまな試みが続けられている。
もちろん、ゲームに限らず時に長時間のプレイなどを繰り返せば、精神への悪影響が生まれることは否めない。ただ使い方を考えて選べば、病に限らず日々の生活を豊かに、楽しくすることができる。あくまでひとつのエピソードではあるが、そうしたゲームの可能性を、Buck氏の体験を通じてあらためて感じ取ることができるだろう。